行ってきました 下関海響マラソン
初の会場の為 地理や駐車場等不案内の為
前日 土曜 午前中から長崎を出発し
下関には3時間ほどで到着
(なかなか便利な地の利です)
前日受付をし 会場付近を散策

明日のスタート地点を確認し
コースを下見ドライブ
前半はフラットですが 20kを過ぎてから橋を渡るため
アップダウンが多くなる
車ならチョチョイと廻れますが さて、どうなる事やら
時間も余ったし、バイク好きがウズイテ
いろいろと出発前から 相談していたちゅう吉さんに顔を出す
タイムリーと言うか

憧れのモンティ231のフレームが届いたらしく
店内では アーバンからフレームを引っ剥がし
早速、アレヤコレヤと大騒動で移植
何とか形になって

皆でワイワイと試乗会が行われ
私も またがらせていただきました
トラ好きが集まって、人口セクションも用意されている
そんな 基地があることが とてもうらやましく思いました
場所だけではなく これはtoraさんの人柄によるものでしょう
マラソンまでいろいろと摂生してましたが
全て元の木阿弥になりましたが 私らしい前夜祭です
(これでなくっちゃね)
皆さんが帰途に付き出した頃
私も明日の駐車場確保のために
会場近くの臨時駐車場へ
ゲートがオープンされていたため
好位置をゲットでき 今夜は車中泊です

スタート位置の夢タワー?もライトアップされて明日を待つ
勿論 車内では一人宴会
振り返ると
いつの頃かも思い出せない
初フル「天草マラソン」
冷たい雨の降る正月
冷え切って 一歩も動けなくなり 35キロでのリタイヤした事
リベンジの佐賀「空港マラソン」では
ゴールテープを切っても感動の一欠けらも無かったような
辛いだけだったような想い出
近いところでは04年の「指宿菜の花マラソン」など想い出し
なかなか寝付けない
ついでに学生時代の下関の思い出や
果ては
何故か過去の一人旅での野宿や駅泊などを思い出し
軟弱な車内では「チョット厳しさが足りない」とか
「次はテント担いで山泊じゃ!」などと
やっぱり酔ってたのね状態になっても
アホな感傷が頭の中を駆け回り
ある意味ロマンチックな時間を過す事ができましたが

安酒と とどめの日本酒で朝の5時半まで熟睡
しかし、起床後も会場近くの気安さに又二度寝を決め込んでしまい
あたふたとスタートの準備をすることに
以上の理由で
携帯もデジカメも車内に残し
スタート位置に付く
勿論ウォームアップなど無し(余力もないし)
7500人ほどの出場者で 号砲からスタート地点まで2分ほど掛かり
2キロまでは大混雑でスローペース
前半は疲れも無くハーフを越える
「なかなか良い調子じゃ?」と思って
練習で走った最長距離 28`までは何とか越えた後
右足の底に先程から強い痛みを感じだす
29`地点でソックスを脱ぐと
特大のと水ぶくれを発見
原因は練習不足を口実に
急遽 買い求めた高価なソックスと理解するが
救護テントには 応急用品は既に底を付いてしまったようで
どうしようもなくスタート
ついでに一口蕎麦を2つも詰め込んだ祟りか
胃までムカつきだすが、入ったものは出てこず
案の定 魔の35`地点を前にして
5時間ペースランナーに抜かれ 足が止まりだす
次の救護場でマッサージを受け
復調を期待するが 右フクラハギと股関節がつり出し
後ろに蹴れなくなり、歩いたり 走ったり
結構、下りが辛い
そのうち、歩きだけしか出来なくなって
「まあ 歩けるだけでも良いか」と思っているうちに
歩きもままなら無くなってくる
最後の2`は
「頑張れ」の声でか、痛みでか、自分への不甲斐なさでか
涙が出そうな 情緒不安定な状態へ
終いには
競技スタッフから
「今のペースでOKですよ、完走できますよ」との声に
「俺は走りたいんじゃ!!」と毒づきたくなるありさま
俺は弱い!!!
最後の200mだけは何とか足を引きずり走ってゴール
しかし、またもや 感動は無し
ただ、、、「やっと 終わった・・逃げ延びた・・」
という敗残兵みたいな気持ちだけが充満
記録 5時間25分50秒
ネットT 5時間23分57秒
良かった事は
ゴール後 へたり込んで腹筋がつり出し起きる事が出来ない状態のとき
初フルを 仲間達が皆無事に完走でゴールしてくれた事
(俺の初フルとは大違い、君たちは強い!!)
今回、勝手なお願いを快く 引き受けてくれた知人と
長いブランクにもかかわらず以前のように接してくれた友人には
心より感謝いたします。
翌日の今日は、ちょっとした筋肉痛だけで
昨日の痛みは忘れてしまいそう
走る前は ハーフで充分と思い
何故、フルを走るかに疑問を持ち
又、走ることへの疑問についても
その答えを 見つけることは出来なかったが
1%ほど、リベンジの気持ちも・・・・さて
もう少し強くなったら又お逢いしましょう。

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