*大阪・天王寺ナーサリー*は、 大阪市内で乳幼児から第2七年期までの子ども達の育ちを支える育児支援活動を行っています。 アントロポゾフィーの観点から(シュタイナー教育もこれに含まれます)、おやごさんには子どもをよく観ることのヒントを提案し、子ども達には環境としての大人であることを実践していきたいと思っています。 場所は大阪市内、天王寺周辺。 すべての講座に関してのお問い合わせ、お申し込みは下記のメッセージBOXをご利用下さるか、kodomonojikan_osaka★yahoo.co.jpまでご連絡下さい。(★を@に変えて下さい。)

 

天王寺ナーサリーの活動内容  トップページ




定期ナーサリー幼児クラス
 0歳からおよそ5歳までのお子さんとおやごさん対象の親子クラスです。月3回〜の年間を通しての定期クラスです。(2016年度から月3回、6回、9回、12回からご選択頂けるように変更しました。)
 少人数(3組〜4組)でひとりひとりの子どもの課題を見守り、それぞれの課題に具体的に対応していきます。
 大人が子どもの成長について学び、子どもを観る力に気づくための講座の時間があります。情報を子どもに当てはめるのではなく、個としての子どもにとって今必要なことをおやごさんご自身が見つけていくためのクラスです。→詳細


定期ナーサリー小学生クラス
Aクラス
 幼児期にナーサリークラスに2年以上在籍されていたお子さんが対象です。
第2七年期の子ども達の知覚・感覚を育むクラスです。様々な手仕事や遊びを通して第1七年期の育ちを補完しつつ、第3七年期の準備も行います。月2回(土)の年間を通してのクラスです。月1回の子ども達の様子のシェアと学びの時間を持ちます。

Bクラス
 1年生〜4年生までの小学生の子さんとおやごさん対象のクラスです。月1回〜2回の小学生クラスと月2回の親の学びのクラスを平行して行います。(天王寺ナーサリーが初めての方、幼児期の在籍が2年未満の方はこちらのクラスになります。)

A,Bクラス→詳細


単発(体験)ナーサリー
発達のご相談は単発ナーサリーでも承っています。月一回程度日程を設定します。
詳細


新生児・訪問ナーサリー
 およそ3ヶ月までの赤ちゃんがいらっしゃるお家に訪問します。乳児湿疹、夜泣き、授乳の間隔等の問題のケア、ママの身体のケアと、赤ちゃんの身体の発達状況と具体的な日常生活での注意点などをお伝えします。こちらは1回3000円(交通費は実費)です。お一人のお子さんにつき2回が上限です。上のお子さんの対応もご希望の方は個別対応ナーサリーで承ります。→詳細


個別対応ナーサリー
 4ヶ月〜小学5年生のお子さんが対象です。こちらは大阪府以外の方、完全な個別での対応をご希望の方が対象です。→詳細


大人の学びのクラス「アントロポゾフィー講座」
 社会論、生理学、バイオグラフィーなど、人そのものや営みに関する洞察を深めるクラスです。→詳細

部屋のレイアウトアドバイス&実践
 子育て支援の活動を通して子どもの発達に日常の住環境が大きく影響することがわかってきました。2013年より実践を始め2015年からプログラムとして導入しています。
詳細


スタッフ:伊藤由香 大出絢子 松川千能 

ご参加をご検討されている方はお問い合わせ下さい。ご参加をご検討されている皆様へ

*ご注意*

・定期クラスの参加基準額について。→詳細
・すべての定期クラスの参加費は、手仕事材料や道具、席の確保等の事情により、参加者都合のお休みがありましても返金はいたしかねます。原則、日程の振り替えもありません。
・定期クラスは1年を通してのクラスです。年度途中に退会される場合は残りの月の月額基準額をお支払い頂きます。
・クラスの時間内の事故や怪我、トラブルに関しては、各自で対応をお願いします。(保険加入はありません)
・メールでの、お子さんのご様子やシュタイナー教育の内容についてのご質問は承っておりません。


以上ご了承の上お申し込み下さい。

(このページが常にトップに来ます。ブログの更新はこの記事の後に続きます。)
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2016/9/10

【関東その他】個別対応、新生児対応等の募集  スケジュール

9/12現在、すべての日程にご予約をいただいており調整中です。
新たにお受け可能な日程が決まりましたらこちらでお知らせいたします。


個別対応ナーサリー
新生児訪問ナーサリー
部屋のレイアウトアドバイス&実践
・少人数での講座(子どもの発達、社会論、バイオグラフィー等ご希望をお知らせ下さい。)
単発ナーサリー(2家族以上でご参加いただきそれぞれのお子さんの発達について対応します。参加費はご兄弟姉妹の人数にかかわらず家族単位となります。)
を下記日程にて承ります。

講座や単発ナーサリーをご希望の場合は場所のご提供をお願いします。
原則としてお子さんもご一緒される場合は単発ナーサリーとしてお受けします。

なお、この後は3月下旬の受付となります。(1月、2月は空き日程はありません。)


【関東・東海道方面】11月22日、23日、12月21日


【上記地方以外】12月18日、19日、22日



【お申し込みお問い合わせ】kodomonojikan_osaka★yahoo.co.jp★を@に変えて下さい。
 @お名前(お子さんのお名前と年齢)
 Aご住所
 Bご希望の対応又は講座内容
 Cご希望の日時
 D電話番号
 Eその他




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2016/9/10

アントロポゾフィー講座2016秋冬クラス  大人の学びクラス

久しぶりにアントロポゾフィー講座を行います。

これまでに、この講座では人間の成熟について、社会について、経済について、バイオグラフィーについて、生理学について、子どもの発達成長についてなど多岐に渡って皆さんとご一緒に学んできました。取り上げたテキストは以下。
「社会の未来」R・シュタイナー
「現代と未来に生きるのに必要な社会問題の核心」R・シュタイナー
「いかにして超感覚的世界の認識を得るか」R・シュタイナー
「秘されたる人体生理学」R・シュタイナー
「霊学の観点からの子どもの教育」R・シュタイナー
「バイオグラフィー・ワーク入門」グードルン・ブルクハルト
「医療と教育を結ぶシュタイナー教育」ミヒャエラ・グレックラー
「才能と障がい」ミヒャエラ・グレックラー
など。

2016年10月からスタートする講座では認知症についてのテキストを選びました。

「認知症ーアントロポゾフィー医学の治療と介護の現場から」
Jan-Pieter van der Steen



私たちはクラスで日頃幼い子ども達から思春期に入った子それぞれの成長を見守っています。
いわば人生の歩みの前半です。

そしてそのおやごさん方の多くは人生を70年と仮定すれば人生の真ん中あたりでしょうか?

身体的な衰えと共に精神の成熟が深まる後半の人生について、この本はとても具体的なストーリーと共に生理学的にそして人間の精神の領域について深い洞察に基づいて書かれています。

このテキストを通読することは、認知症についての理解を深めることと同時に、私たちが、なぜ子ども達に良い教育を願っているのか?という根本的な動機や方向性を確かめる作業にもなると思い、このテキストを選びました。

200ページ以上あるこのテキストを7回で集中的に読んでいきます。
出来るだけ通してお越し下さい。
1回に30ページほど進みます。
毎回、お子さん連れでのご参加のご希望を頂きますが、お子さんが傍らで過ごすには負担がかかると思います。その事を御了承の上お子さんをお連れになる場合はできるだけお子さんにご負担が無いように、また周りの方のご迷惑にならないように準備とご配慮を各自でお願いします。


【日程】全7回
10/11、10/17、11/11、12/23、
(未確定ですが、1/9、1/15、1/29)

【時間】9:45〜12:30

【場所】天王寺ナーサリー(気分転換に?何度かはカフェを利用する予定です)

【参加費】ナーサリー定期クラス、小学生クラスに在籍されているご家族の方は無料です。
上記以外の方は1講座基準額3000円をお願いします。

【テキスト】各自でご用意下さい。図書館などで借りられてもいいかもしれません。
購入をご希望の方は実費(2916円・税込み)にてこちらでのご用意も可能です。メールにてお申し込み時にご明記下さい。





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2016/7/30

小学生クラスお泊まり遠足@山  小学生クラス

夏休み期間を利用して先日1泊での遠足に行って来ました。

朝、それぞれが電車とバスに乗って集合場所の山の麓に集合。
天気は雨。
集合場所でレンコートに着替えます。
山道なので傘は相応しくないですが、傘を持ってる子どもがいました。
こういう場所や状況に合わせた装備やタイミングは、それをよく知ってる大人に導かれる必要な有るのが子ども時代です。

子ども達に2日分のおやつをひとりひとりの名前を書いて配り、ロープウエイ(雨のため沢沿いの登山は断念)と徒歩で宿まで向かいました。

宿に荷物を置いてちょっと早めの昼食をログハウスの中でいただきました。
雨模様で電灯がついていない小屋の中は薄暗く。暫くすると目がその暗さに慣れてきます。
日常生活が明るすぎることが子ども達の視力を低下させていることに気付いている大人は少ないですね。

昼食を食べ終わった頃には雨は止んできました。木々からしたたり落ちる雨粒と濃霧の中、山頂まで向かいます。雨が止むと鳥のさえずりや虫の声が活発になっていきます。

山頂で休憩した後は沢へ。

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石を取るとその下には沢蟹が居ます。
蟹がいそうな石を見つけられるようになると次々と見つかるのですが、そこまでは自分で経験を積まないと見つけられるようにはなりません。
蟹が居そうな石を探すときに多くのおやごさんは言葉でそれを教えてしまうのでしょう。
そう対応されてきた子ども達は経験を積むという感覚を知りません。
自らが経験を積むそれ自体が楽しいことだと知らないままなので、見つけても大して嬉しくないのです。(親の世代が経験を積むなんて時間の無駄だと言われて育ったのかも知れません。もしくは最短距離で出来るようになることを賞賛されてきたのかも知れませんね。)
そして直ぐに飽きてしまいます。夢中になれる時間が無い。これでは集中力が育ちませんね。

子どもたちが夢中になれない状態の時、どう対応すれば良いかということを実践しました。

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川の先が見えないほど急勾配な場所です。


宿に戻り各自の部屋に荷物を置いてまた外へ。
この時、宿に備え付けられた御菓子を食べた方々がいましたが、おやつはもう山頂で食べています。目の前にあるから食べるというのは「リズム」にはなり得ません。

夕方17時頃に順次お風呂へ。
上がったらお布団を各自で敷きます。
この隙間の時間に子ども達がどう過ごしてたかで普段のご家庭でのお子さん達の様子がわかります。

17時50分、夕食はお鍋でした。子ども達の食欲の旺盛なこと。黙々と。いつもよりたくさん食べたことでしょう。

空腹と満腹。今時の子育てでは、この極と極が健全な生活のリズムを作る土台であるということが忘れられてしまっています。

一時間強かけて夕飯を食べた後は歯磨きをしたりして床につきました。
この時点で19時30分。
直ぐに寝た子、1時間くらいおきてた子。これも普段の就寝時間によってどんなに疲れてても入眠するタイミングは習慣化されてるので直ぐに入眠できる状態と出来ない状態に別れます。
第1・7年期ならまだ習慣がそれほど固定化していないので、日常より疲れたら入眠は直ぐですが、第2・7年期の子ども達はそうは簡単にはいきません。これが続くと翌日にも疲れが残るといった大人のようなだるさを抱えて次の日を過ごすことになっていくのです。
それでも回復力のある子ども時代ですから、翌日からは、就寝時間や朝起きる時間が早く変化していることでしょう。夏休みはそのリズムを守って下さい。

翌朝、子ども達は起きてから朝食まで外に出て遊んだり、お風呂に入ったり。
しっかり睡眠が取れれば、朝はお腹が空きますが、睡眠の質が悪いと朝食は余り食べられません。朝ご飯を食べた方が良いとか食べない方が良いとかどれくらい食べるのが良いかとか、色んな情報がありますが、まずはしっかりと活動すること質の良い睡眠を取ることで身体がどう要求するか耳を傾けるのが先でしょうね。

朝食後、自由に過ごす子ども達の傍らで、30分ほど大人達はカフェタイム。
夏休みの過ごし方、特に読書についての話を先日の親クラスに続いて再度お伝えしました。
生理学的には第2・7年期は心肺機能が発達する時期です。
それに合わせて12感覚の中位4つが意識され始め意図的に使えるようになります。
そして記憶と学習の能力が高まっていくのと比例して、感情が大きく胎動し始めます。
第2・7年期のちょうど中間点の9歳までの子ども達には図書館通いは不要であるだけでなく有害になり得てしまうということ。まるで暇つぶしのように活字を追うという生活はとても危険な事をお伝えしました。

中位の4つの感覚が躍動するその奥で、上位の4つの感覚がまるで胎児のように育ち始めていることも忘れてはならないポイントです。

上位4つとは聴覚、言語感覚、思考感覚、自我感覚。この第2・7年期に必要な事は、物語を耳で聞くこと。そうでないと活字では読めて理解できても、聴覚ー要はリアルタイムでの会話が成り立たちにくいといった状況が生まれても不思議では無いでしょう。(幼児期に自発的に!!読書をするなんてとても危険な事なのです。)

レポートは遠足に戻って。
第2・7年期に入ってるとは言え、眠りの質が悪かった子どもは朝から機嫌が悪いのでわかりやすいですね。まだまだ子ども。
眠りの質が良かった子どもはサクサク身支度をしていたことでしょう。
起きている覚醒している事が楽しかったから睡眠の質が良くなり、次の日はその楽しさにまた到達したいと思うからこそ身支度という最小限のやるべき事はサクサク終えてーとっとと楽しいことに向かいたい!向かうで〜!という感じでしょうね。
そういう感じで日常に必要な身支度が習慣になればもうそれは何かの障がい(ハードル)にはなり得ないのです。当たり前の事として身についてるから。
そうやって生活のリズムとは、昨日と今日そして明日に繋がって行きます。

岐路は前日予定してた登山コースを下山することに。沢沿いの道。
大人でも一歩一歩が慎重さを要求される石の上を、急斜面でなおかつ水が流れる場所を、降りていきました。

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舗装された山道について小休止。

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ここでビーチサンダルに履き替えた子どもが居たので靴を履くように伝えました。
子どもは「お母さんがこれでも良いって言うたのにー」と泣き始めました。
舗装されてるとはいえ山道です。しかも帰りは下山をしてきた人達と同じバスに乗るのです。
登山靴で素足を踏まれたら?
毎日下駄で過ごしていた昔の子どもはどんな場所でもそれで過ごしていた(もしくは自主的に脱いだりして調整していた)のでそれに合う身体能力や反射神経が育ってますが、現代の子ども達がそうではないのは明らかでしょう。ここでも、見通しをもった大人が責任をもって今はどうすべきかきっぱりと伝える必要があります。

昨日集合したバス停に着き、そこで解散。
2日間一緒に過ごして、さらに後日送られてきたそれぞれのおやごさんからのレポートを読んで感じた事は、殆どのおやごさんはお子さんに張り付いてるな、と言うことでした。

視点が近すぎて視野が狭い、常に子どもの後に張り付いている行動からの視点。
張り付いてるので、大人が子ども達の気ままな有害ですら有る行動も気付かず、大きく状況を捉えた判断も出来なくなって子どものなすがままに流れてしまってる感じ。

12感覚の1番目の感覚である、触覚が育つには、「抱きしめるだけでなく、解き放つこと」。

夏休みはこの解き放つということが皆さんの共通の課題だと感じました。

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2016/7/22

小学生・親クラス'16 ー4  大人の学びクラス

現在ツイッターを使ってお子さんの様子を書いていただき、それに対してこちらからコメントしています。

会話だと曖昧な表現であっても会話が流れていくこともありますが、文字にして可視化すると問題が明確になります。

ママが他者とどうやって相互理解を深めてるか否か。
その同じ作法でお子さんと関わっているということがこのツイッター上での応答が可視化されます。

何故、子どもが攻撃的になるのか
何故、子どもがおしゃべりばかりで遊べないのか
何故、子どもができないとできそうなことでも親に愚図って訴えるのか
何故、子どもが兄弟姉妹に執拗に干渉するのか
何故、子どもが親から離れられないのか
何故、子どもが脈略なく動き回るのか
何故、子どもがお友達にい威圧的なのか
何故、子どもが周りに極端な警戒心を持つのか
何故、子どもがものを盗むのか
何故、子どもの視力が育たないのか
何故、子どもの骨密度が上がらないのか
何故、子どもの筋力がつかないのか
何故、子どもが家でゴロゴロするのか
何故、子どもの姿勢が丸く前かがみなのか
何故、子どもが。。。。。。

7歳ごろまでの子どもは生まれ持って模倣の衝動がある事を、人間の四つの構成要素が子どもと親(教師)の間でどのように関係するかということをとらえた上で、上記列記した子どもの状態を理解することが可能なのです。

上記の行為は幼児期ならまだ学習途上。
その子の人格からの行為ではない。

けれど人間の子どもは模倣の衝動によって生活の術の基礎を築くので、周りが子どもに現れた行為に違和感を感じたのなら、大人自らを振り返ることなしには、大人側に内包されている客観的に見たら違和感のある傾向を学び続け、9歳の脳と自律神経系が完成する頃に時はその子の人格と完全に融合するでしょう。

幼い子どもは模倣の対象である親の行為が良いとか悪いとかの判断ができないまま親の傾向をそのまま学ぶのです。
しかも、構成要素の法則により、下の世代には上の世代の傾向がより濃縮するのです。

その理解の上で関われば、幼児期なら一瞬で変化します。
学童期でも大人側が一貫していけばばそう時間はかかりません。
脳神経系がほぼ完成する9歳を過ぎると模倣の衝動は消えるため大人が変わったからといって子どもは変化はしません。
9歳を過ぎた子どもは、身体感覚に合わせてエーテル体にも響くことがそれを可能にします。
意識の覚醒が暴走している(身体性は微睡んだまま)偏って早熟な子どもは、12歳を過ぎてくるともはや身体とエーテル体にだけではなく、身体性とエーテル体に合わせてアストラル体に響くことが必要になります。
ここまでくると親だけでなんとかできる領域を超えます。

ですので子育て支援ができるのは乳幼児期から8歳くらいまでなのです。

9歳を超えると親に対する子育て支援に合わせて(大人の偏向がすぐには変わらない事を理解した上で親御さんにも根気よく繰り返し伝え)、個としてのお子さんと直接向き合って、具体的な手仕事などの行為を通して関係性を築くという2重の支援に変わる必要があります。

その上でその子どもにとって受け入れられる手に負える手応えのあるクラフトを、
君にとって意味のある行為だという見通しをこちらが明確に持った上で見守り並走した時に、
子どもは新たに相互理解を学び、自分の行為に集中し、何かを掴み取ることが可能になるのです。

相互理解を学ばず、試したものが合ってるかどうか?と考えている相手!の反応を受けることにより相手の反応が気になり、当然やり遂げたという成果は当てた相手のものになる!という事を学んでしまうからです。

いろいろな方法を子どもに試す、当てはめるという発想は、故に危険極まりない教育方法なのです。






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2016/7/18

発達障がい  天王寺ナーサリー便り

私たちは、発達障がいについて、器質性だと考えています。
しかし、生まれつきかどうかは、分からない、という観点に立っています。

一定の成長を遂げた20代前後の大学生が自分たちの研究のために脳の画像を震災前と震災後に調べたら器質的な変化が脳の海馬に起こっていたというような事実が明らかになっていることからも生まれつきというには疑問が残ります。

人間は環境によって影響を受けます。

特に親からは小さくない影響を受けます。
基本的に衣食住を与えられていても、親の言動によって大きなトラウマを抱え成人して以降もそれを自分らしく生きられない障害だと感じている人は少なくない事からもその影響の大きさがわかります。

乳児期に寝返りやお座りができるようになるまで、親が親切心で手助けし続けると、幼児期に親にべったりになります。
手助けしていなくても、バウンサーや抱っこ紐、チャイルドカーシートなどで頻繁に過ごした乳児は、幼児期に自分の身体をコントロールできるようになるのに非常に困難が出てきます。

身体性が発達しなければ感覚知覚も発達を妨げられるのです。
感覚知覚が育たなければ、何か手応えを感じたい衝動は、鈍感がゆえに極端な行動になるでしょう。

乳児期から言語に重点を置いて接すれば言語には多少は長けますが、幼児期になって周りの物に異常な警戒を持つようになります。言葉が実体験を凌いでしまうからです。

乳幼児期から言語で理屈を教え込まれると、小学校に上がる頃には、自分がそれを知ってるか知らないかに異様にこだわりを持ち、知ってる事を延々話し続け、結果、新しい事を学ぶのが困難になっていきます。

これらは毎日子どもと接してる大人なら誰でも観察できる事です。

発達障がいや学習障害は、周りの影響が器質を変質させるほど子どもの発達原則に負荷をかけた、と考えるのはそれほど現実離れした観点ではないと考えます。

天王寺ナーサリーでは、この観点から、子どもの成長力のどこが滞っているか?いつの時期からその滞りが始まったのかを探り、そこから発達の調和をはかっていくという実践を行っています。

化学物質や環境汚染が生命力を削ぐ事実を本気で改善し、私たちの子どもたちー人間の本質への強い関心を手放さない事が、子どもたちひとりひとりの成長を支える事になると思うのです。
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2016/7/17

小学生・親クラス'16 ー3  大人の学びクラス

みなさんのお子さんは元気に学校へ通っていますか?

不登校が社会問題となったのはいつからなのでしょうか。
中学生の非行(この言葉は死語ですね)が社会的に認知されたのが1980年代。
TV番組で荒れた中学生を題材にしたドラマが流行りました。
そこから30年が過ぎた今、子どもたちから表現される問題は様変わりしています。

けれど30年間に人間が生まれてから成人するまでの普遍的な発達原則が変わったわけでは無いわけで。

思春期に校内で暴れるという行為から、学校に行かない、学校に行けない、幼稚園に行かない、幼稚園に行けないへ子どもたちの表現は変化して低年齢化しています。

普段から子どもの教育に携わってる方なら、この数行の文章だけでもため息が出るのではないかと思います。

教育現場での問題は貧困家庭のネグレクトから平均的な収入以上の家庭の子どもたちの学習障害、発達障害へと、
広がり深くなっているのが現状です。

今乳幼児を育てていらっしゃる親御さんは、我が子がそんな問題に関係するとは夢にも思えないでしょうか?
それとも、既に家庭でのお子さんの様子から不安になってらっしゃるでしょうか?

人間(子ども)の発達原則は大きく変わらないのに可視化する問題が変わってきてるという事は、
社会がー水や食べ物、空気、住環境も変わったでしょうし何よりも人の成長にとって影響が大きいのは傍にいる大人の存在ー即ち、大人の価値観や人生観が変わったからだと推測できると思います。

ただ単に自然が豊かだった時代は人権意識はありませんでした。

だとすれば物質的な環境を美しく綺麗な状態を実現する事と共に、私たち大人の価値観や人生観を省みる必要があるでしょう。

それと同時に、人間の特に子ども時代の発達原則を謙虚に学び直す必要性もあるのではと思います。

なぜなら、時代と共に変わったのは子どもの発達原則ではなく環境も含め大人の価値観や人生観の方だから。
子どもたちが荒れると大人は対処法を探して試してきました。
子どもたちが荒れずに引きこもっても対処法を探して試してきました。
まるで動物実験ですね。
人権意識があるなら許されない事ですし、命の尊さを思うなら動物実験だってもうやめなければおかしい。

私たちは時代の変化の中で子どもたちに出る問題は子どもたちの発達原則に適っていない教育や対応をしたからだという事に気付いてもいい頃でしょう。

対処療法を試す発想ではなく、子どもに関心を持つ事で子どもから人間の発達原則を学び取る事に注力し、
そこから教育を新たに紡いでいく必要があると思われませんか?




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