2014/3/21

トスカとオネーギン  音楽

 お若い方には、トスカを見ることも大丈夫でしょう。相当に濃い筋なのです。特に、悪とか、悪意の存在を目の前に見る悲劇です。主役が二人とも死んでしまいます。ロミオとジュリエットもそうですが、その影に、中世の家族主義が大きく含まれていて、その時代に生きては居ない私たちは、その筋を、フィクションとしてとらえて、見ることが出来ます。また、椿姫は、結核の悲劇です。ラ・ボエームも大体似たようなもので、今現在歌劇場に足を運んだり、テレビの前で、悠長に二時間ほど、オペラを見ることの出来る体力なら、結核であるはずもない。
 マダムバタフライも悲劇です。でも、日本人は、「らしゃめん」といって、そういう女性たちを軽蔑した自分たちの歴史を知っているし、戦後の進駐軍支配時代も似たようなものだから、ある種の苦さを感じるわですが、と、同時に美化されたヒロイン像に、慰謝されている趣もあるわけです。だから、見ていて、娯楽として受け入れられます。アリアはきれいですしね。

 でも、私の知る限り、トスカはもっとも、暗い悲劇のひとつです。「アイーダ」だって、二人が死ぬことになる(酸欠か、飢えかで)のは、推定できるのですが、ともかく、恋愛中の二人は、愛をまっとうできたのがわかるので、悲劇が半分に減らされています。それに、数千年昔が舞台ですからね。『これは、フィクションだね』と、冷静であることが出来ます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 また、フィガロの結婚など、まったく明るいものです。内容は当時、同時進行的なものとしては、画期的に政治的でした。貴族階級を批判しているのです。その結果、モーツァルトは、追われる身というか、批判の対象となっていき、散々の苦労をするのですが、でも、「貴族制度を、打破しよう」などという直接的なものではないので、これが、娯楽として長らく生き抜くことが出来ました。
 そして、制度が変わった今では、「そういう時代もあったのね」と思いながら、最後の美しい和解の四重唱や、お小姓の有名なアリアほかを聴いて楽しむことが出来ます。

 それに比べると、トスカの方は、救いようがないほど、暗い話です。プッチーニはサラ・ベルナール主演の演劇を見て、すぐ権利を買いたいと思いましたが、ほかの人の手に渡り、まず、ヴェルディが依頼をされたが、ヴェルディは、この結末を好まなかったとあります。なるほど、ヴェルディの神経のほうがまともかな? 

 暗い結末ですから。その後、別の今では名前の残っていない作曲家に依頼をされたそうですが、その人はお手上げとなってしまい、最後にもう一度プッチーニが依頼をされたのでした。因縁のある脚本です。ともかく、プッチーニは原作どおりのオペラを仕上げ、すばらしいアリアを、二曲書いたのです。ヒロインの歌う『歌に生き、恋に生き』とカヴァラドッシの歌う『星はきらめき』です。両方とも、耳にすぐ残る名曲です。で、このオペラが傑作オペラとなりました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 すこし、エウゲーニ・オネーギンと比較をしたいです。オネーギンも見事に時代を反映しています。帝政ロシアの末期現象をあらわしています。無責任で、不誠実で、あらざるを得ない主人公オネーギン。と、彼に少女期に振られるタチアーナの物語です。

 この中にも銃殺(ただし、決闘の結果であるが)の場面があり、しかも結末が救いようがないものなのですが、それでも、こちらの方が見やすいのです。ただし、アリアとして、大衆にまで有名になっているものがありません。途中で、その銃殺されてしまう詩人が死の直前に歌うアリア(9分とかいう長いもの)が一番有名ですが、長すぎて普通の人には覚えられません。

 主役のふたりには、あまりよいアリアが当てられては、いません。でも、見やすいのです。これも、演出しだいですが、メトロポリタン版で、ルネ・フレミングがタチアーナをやった版は、演出が素敵でした。あれは最高でした。

 それはテレビ放映を見たのですが、ここで、ちょっと脇へそれます。別の日(タイスのテレビ放映の日)に、フレミングに対して、メットの裏方たちは、マダム・フレミングと呼ぶのを知りました。アメリカでは、たいてい、敬称抜きが普通です。だから、ルネと呼ぶのかと思っていましたが、違いました。それに、ミズとか、ミスと呼ぶのか、または結婚されているからミセスと呼ぶのかと思ってもいたら、マダムですって。これは、小さいエピソードですが、フレミングの実力のほどをあらわしていて、素敵な話でした。心から尊敬をされているわけです。

 オネーギンが見やすいのは、恋愛と、不倫の扱い方なのです。それを、主人公がどう、判断するかの基準には、賛否両論があると思いますが、『自然なことでしょうね』と観客が納得するような方向で、終わります。悲劇としては、燃焼不足で終わります。二人の恋人は結びつかず、ヒロインは、軍人の妻として、オネーギンの前から去ります。それが、非常に現代にふさわしく、それゆえに、オネーギンは命永らえるオペラとなっています。そして、見やすい、楽に見ている事の出来る悲劇となっています。銃殺される詩人が、もっとも、立派なアリアを歌うなどというのも、プーシキンか、チャイコフスキーのどちらかの配慮でしょうが、リアリティもありますし。

 この文章の総体として、オペラ・トスカを傷つける目的があるわけではありません。その評価を低くすることが目的でもありません。もちろん、主演者や演出家を、けなすものでもありません。ただ、私の年齢やら、経験上、CDでアリアだけを聴いておくほうが無難なオペラとはなって来ていると、いいたいだけです。では、
     2010年4月17日            川崎千恵子     雨宮 舜
クリックすると元のサイズで表示します
0

2014/2/10

(無題)  

佐村河内守の、曲は短く、20秒ぐらいNHKニュースウォッチ内で、三田だけでしたが、嘘だろうと、思っておりました。第九のスコアが、
小冊子になって売られておりますが、ああいうものを、音大を卒業をしていない素人が、つくることができるとおもいますか? 第九だけで厚さ4センチぐらいですよ。クリックすると元のサイズで表示します
0

2009/1/25

希望に満ちた、漁師を育てる(NHK・経済羅針盤から)  文化・芸術

Weblog / 2009-01-25 11:17:07  この文章は、今日09年1月25日の日曜日の午前中、番組を見たあとで、すぐ、書いていて、すぐ、アップロードをします。本日の午後5時10分から、NHK衛星第一放送(BS1)で、再放送があるので、それを、皆様にご覧頂きたくて・・・・・

 自分のために申し上げますが、昨日の深夜、更新した文章が下に、あります。それも、良心的なお店(小さいけれど経営者のセンスが優れているお店)ですので、よかったら、覗いてやっていただきたく。

 今日は、辺りに希望を振りまく、新しい感覚の経営者に出会いました。テレビ画面(NHKの経済羅針盤内)ですが、素晴しい生き様で、それは、日本国中の人に伝えたいほどの輝きを持っておりました。ので、このブログとしては、安易なテーマ設定ですが、伝聞をさせてくださいませ。

 佐々波鰤網(さざなみ、ぶりあみ・・・・・石川県)と言う会社を経営している勝木省司という社長さんの話です。オンデマンド放送を申し込んでいる方なら、それで、ご覧を頂きたいし、この文章の最初に書いてある、再放送もご覧を頂きたいほどの、よい内容でした。

クリックすると元のサイズで表示します

 この方は、「50歳になるまで、自分は勉強をしなかった」と仰います。昔の言葉で言えば網元の坊ちゃんとして、生まれて、小さいときから経済的には恵まれて育ち、就職活動などの苦労も知らずに育ってきた人なのでしょうが、社長職を父親から継いだ頃、ちょうど、会社は、危機状態にありました。

 会社に若い人が入社してこない。会社の内部が精神的に暗い。人手不足で、元からいる社員も、気がすさんでくる。・・・・・それに、この番組内では仰らなかったけれど、・・・・・世界経済のグローバル化で、農業と同じく、漁業(第一次産業)も単価の上で安い輸入食材に負けてしまうという上部構造もあったでしょう。

 しかし、この方は、丈夫な精神と身体を持っている人のようで、エネルギーをかけてその頃、勉強を始められた。まず、新聞やテレビのニュースを把握することなどから始められたのだと、私は考えます。私だって、10年前までは、『クイズに出たら、好成績を取れるわ。私は雑学の女王ですから』と、内心で嘯くほど、新聞の隅々まで読んだし、テレビもあれこれ、雑多に多分野を、視聴したものです。

 今はある信念があって、外部からのインプットを最小限にとどめておりますが、偶然接する記事や番組にすばらしいものを発見することが多く、これも、その一つです。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 勝木社長のすばらしい点は、ご自分が獲得した部分を、社長訓示として、上から与えるのではなく、社員自らが学ぶ姿勢を、とることに腐心をなさった点です。それは、読書感想文の発表会とか、月に一度のテストなどに現れています。そのテストですが、内容が相当詳しい。しかも多分野です。設問がぎっしりとある。100点満点方式で成績表が個人名入りで、後日張り出されます。

 やわな日教組主導で、過剰な平等主義の導入時代があり、小学校の運動会でかけっこさえ、禁止された時代のある事を考えると雲泥の差です。

 しかし、ここで、大切なことは、これが、今流行の成果主義とは、異なる点があるところです。成果主義の失敗点は、それを、すぐ、給料の上下などに結びつけ、日本に昔からあった年功序列制度を破壊した点にあります。経営側のいじましい強欲が見え見えで、社風を区らしくした点にあります。

 しかし、この佐々波(さざなみ)鰤(ぶり)網と言う会社のあっけらかんとした制度は、とても明るい感じを社員に与えております。成果主義導入で失敗した会社に現れる暗さは微塵も見られず、これが却って、若者たちの、この会社への定着を招きました。

 若者は鰤漁と言うものへの正しい知識を充分にはもっていなかったのですが、それを、上のものから教えてもらう機会も、こういう新制度導入以前は、なかったのです。

 上の人、つまり、古くからの漁師たちは、新人教育の方法を知らなかったし、伝統的な、『だまって、俺の背中を見ろ』と言うシステムで、教育すれば充分だと考えていたのです。しかし、このテストとか、読書感想文発表会制度が始まってからは、自発的に、下のものへ言葉や身振り、で、実際の道具を使って教えるように、なりました。

 鰤の定置網量と言うのは、相当大掛かりな、しかも知能の限りを尽くし、工夫をし抜かれた伝統的な漁法なのです。私は小学校時代、それを、自由研究で学んでいますが、CGで再現された最近の定置網は、もっと、複雑な形となっておりました。

 あっちこっちが、複雑に入り組んでいて、しかも立体的ですから、その全体が浜辺に上げられて、平面と化してしまうと、何がなにやら、どこがどこに当たるのかも判らないというほど、複雑なものなのです。が、それが、漁のたびごとに、一部分で、切れたり破損をしたりするので、それを、修理しなければなりません。その修理一つでも、教えられながら、習得するのと、手探りで習得するのでは、圧倒的に、知識や技術の獲得量が違うのです。結果として、常に叱られている状態が生まれるか、又は、気持ちよく、仕事に集中できるかの違いが生まれてしまいます。
 
 そして、一番よい結果が、社内が明るくなったことです。数年前に、西日本鉄道で、社員いじめと同意語とも思える、運転手訓練が行われていて、その結果、大事故を発生したニュースは、まだ、私たちの記憶の中から消えません。そういうところに勤務している人に比べて、この会社に勤務している人は、何と幸せでしょうか?

 この社長さんは、他にも優れたアイデアを、たくさん持っている立派な、人でした。

  では、2009年1月25日     川崎 千恵子(筆名 雨宮 舜)
0
タグ: アート 銀座 テレビ

2008/11/7

幸田文の小説『闘』を思い出す。  

 昨日、5日の火曜日に、青木奈緒さんが、NHKへ、赤い和服で、出て、10分間ほどお話をされました。この方は多分、幸田露伴のそう孫です。そして、母が青木玉さんで、祖母が幸田文さんです。

 私は露伴のものには、別に感動しないのですが、幸田文さんの、小説『闘』には深く打たれたものです。これは、一種のグランドホテル形式の小説で、登場人物が多いのですが、主人公は中年の渋い男性で、結核を闘病するという形ですが、勇敢で男らしいところを見せるのです。それに対して、いろいろな行動やら、心理の持ち主が、たくさん登場します。

 どうして、幸田文さんは、これを書けたのだろうと思うほど、リアリティがあります。この小説はほぼ、50年前に私が高校生のときに、婦人之友(その頃は存在感の大きな雑誌だった)に連載をされ、いまでも、新潮文庫にあると思います。

 結核とは今ではあまり聞きませんが、戦前には世界中で猛威を振るった病気です。ストレプトマイシンなどが、出る前は、ただ、ただ、安静にしていて、自分の体力と回復力に頼るしかなかった、忍耐を要する病気でした。これにかかることによって、知性の人となると言うか、学者とかクリエーターの道に入った人は多いでしょう。特に文学の道へ。

 トーマスマンの魔の山もスイスの結核病棟に、彼が入った経験に基づいているとか、聞いた事があります。

クリックすると元のサイズで表示します

  ところで、若い日の村松友視が、幸田文担当の編集者だった頃、文さんは常に、マッチ箱にきれいな千代紙を張ったものを用意して、ちょっとしたお土産としてくださったそうです。そののりの乾かないうちにもらった記憶もあると、村松友視が書いているのが、エッセイ集「幸田文のマッチ箱」ですが、その装丁に、マッチの図柄の千代紙が使ってあります。その本がどこかへ行ってしまったので、記憶のみで語りますが、その千代紙は伊勢辰の物ですが、原案は竹久夢二だとか、そうではないとか。

 私は美しいものが好きです。だけど、和風のものは海外へ行くときに、お世話になる方へのお土産として、鳩居堂のものを、たくさん買っていくぐらいですね。主に洋風の現代アートを創作していますので。では、2008年11月6日  雨宮舜(川崎 千恵子)
0

2008/11/6

TSUKUMO 電気の破産を悲しむ  文化・芸術

ちょっと弁解めいた自慢をして申し訳ございませんが、私は閉鎖されたメルマガをAOLのスクリーンネームで、多数の方に送ってまいりました。11年間続いております。その中では、相当目新しいことを書いてきました。しかし、このごろ、ちょっと考えを変えて、人よりも遅れて、考えを発表したほうが良いのではないかと思うようになったのです。特にブログは未知の人に公開するわけですし・・・・・
 
しかし、今日のだけは新しい話です。

 一日ウエブニュースを開かなかった間に、こんな大きなニュースがあったのだと驚いたのが、秋葉原のTSUKUMO電気の破産です。これは、作られたニュースではなく、日本社会の構造的なものだから、とても悲しいです。

 世間は小室哲也が、なんとか、かんとか、と言って騒いでいますが、あれは、ただ、甘やかされて育った人の、贅沢が破綻しただけで、被害者は、数としては、少ないです。もちろん、プロデューサー業に、乗っかろうとして、彼にお金を払った人も多いのでしょうけれど、それは、納得しての支払いだから、仕方がないでしょう。今回は著作権を利用して騙された人が・・・・・五億円と言う大金だったけれど、・・・・・ひとりです。

 だけど、TSUKUMO電気の破綻の方は、大勢の人に影響を与えます。それらの人々の生活に直結した影響を与えます。

 ずいぶん前から、ヨドバシ効果(悪効果?)のために、秋葉原の秋葉原らしさを、生み出している、線路の西側が寂れているのには気がついていました。『もったいない』と言うか、非常に残念でした。私のような電気関係の素人、特にアートが専門の66歳の女性でも、TSUKUMOがパソコン好きの間では、非常に信用の置ける店として確立をしていたのを知っています。

 小さな規模の部品屋はあるが、すべての部品を網羅していて、メンテナンス・サービスも充実しているTSUKUMOは、玄人にも、旗艦店として、情報を得る場所だったと思います。ヨドバシカメラは、秋葉原への出店を遠慮するべきだったと感じますね。ただ、ヨドバシが遠慮すれば、ビックカメラが進出したかもしれないし、ヤマダ電機が進出したかもしれない。クリックすると元のサイズで表示します

 古典的な言葉だけど、資本主義社会の、弊害の一つともいえるでしょう。仕入れの能力や、そのほかで、大きいものが勝つ、大資本を持っているものが勝つ・・・・・となると、個性や、特色を生かすことが出来ません。これは、文化の破壊です。ウエブニュースによると、周辺の店も同情的と言うか、悲しんでいると書いてあります。その通りだと思います。

 私は二つ目の、自己宣伝となりますが、今、グーブログで、タイトルは『銀座のうぐいすから』と称して、パリやニューヨークの思い出を、連日更新する形で書いております。それほど、文化の事が好きですが、パリには、もっと遅い変化が起こります。そして、伝統やら、古いものが大切にされていると感じます。日本の変化は早すぎます。

 もし、良かったら、そのおっとりした報告書を読んでくださいませ。URLは

  http://blog.goo.ne.jp/amesyun-goo/ です。最後になりましたが図版は、ハンカチの木と言う育てるのが難しい木で、これは初夏の大船植物園で撮ったものです。鎌倉でもこれを、自宅に育てている人は、自然に自慢します。うちにはもちろんありません。文章とは関係がないが、このそそとした美しさを、TSUKUMOの皆様へ捧げたい。
2008年11月4日                  雨宮舜(川崎 千恵子)
0

2008/11/4

ニューヨークでであった21歳の詩人ー3  文化・芸術

しかし、その子に会ったときから、もう、10年近くが過ぎました。・・・・・今の私はは、ただ、ひたすら一人で、何も考えずに本を作っています。本当にひとりで。何の評価も期待せず。・・・・・なんだか、彼とそっくりになっています。

・・・・・この本は売れるあてもないですだ。流通をさせません。本屋に流さないのです。出版社も自分自身です。だけど、今は彼(21歳の詩人)の気持ちがすっかり、自分のものになっていて、そんな、自分を発見します。

・・・・・そして、皆様にはあまり詳しいことは報告をまだしていないものの『それが人生の賜というか、時の賜たまものというか、・・・・・無理をして、無理をして、ニューヨークへ行ったことの賜だ』と、感じています。

・・・・・あなたさまが読んでくださったことへもお礼を言いたいし、今、私を助け、救ってくださっている大勢の方へも、深い感謝を捧げましょう。私が最近作った本『黄色いさくらんぼ』は知人たちの、無償のご協力を、頂いている点が多々あるのです。

 さて、もう一回、彼についての説明へ入ります。私の想像ですが、エジプトの上流階級の子弟として、彼は、中学か高校時代に、エジプトからニューヨークへ留学に来たのではないかと。しかし、学校からドロップアウトをしてしまいました。クリックすると元のサイズで表示します

 遠く離れたエジプトにいる家族が、見放したために、仕送りがなく、つんつるてん(中学か、高校の時に作ってもらった、スーツ)を、未だにきているのです。エジプトは暑い国ですから、すべての外出着がフォーマルも含めてサマーウールを使っているのでしょう。材質はとてもよいスーツです。白地にベージュの格子縞が入っている。でも、清潔なのにぼろぼろなのは、コインランドリーで、何度も洗ったからだと思います。

 でも、特に重要なことは、これだけ、貧しい服装なのに、高貴極まりないところを持っているのが私に判る点でした。

 この短い文章の中でも、申し上げておりますが、今の私は、彼にとても似てきています。それは、さまざまな苦難に遭遇し、人間の真実とはとか、幸せとはなにかと言うことを、以前より深く、考え始めたからです。

 この五冊目は、9年前の記録ですが、その後の私の心境の変化とか、心理的な成長があってこそ、まとめられたと感じています。
   では、2008年(9月26日初稿)送るのは、11月4日雨宮舜(川崎 千恵子)
0

2008/11/4

NYで、出遭った21歳の詩人ー2  文化・芸術

私は彼の若いのに疲れた感じとか、うなだれている姿が気になったのです。「今、好景気で繁栄を極めているというニューヨーク(これは、二〇〇〇年の秋)でも、ホームレスみたいな人もいるんだ」と思って。

 私はこう言う人に大変興味がありました。その頃は修行中のアーチストで、デラシネ(浮き草)そのものでした。ですから、「いつの日か、自分もこうなるかも知れない。その覚悟はできているの?」と常に、自問自答するからこそでした。実業の世界で働いていないアーチストなんて、本当に脆い物ですからです。

 私はついと立って行って話しかけましたた。こういうことが許されるのが、ニューヨークの良さです。「貴方は、アーチストではないの?」と聞くと Maybe (多分)と答えます。

 それで、私はますます興味を引かれ、話し合いたくなって「何処へ何時までに行くの?」と聞くと、ほぼ四十分ぐらい、お茶を飲めることがわかりました。

 Nラインと言う地下鉄がマンハッタン島に入った途端の駅に降りました。

 とてもはやっている、しかも上品なカフェに入りました。ただアメリカは、値段は安いです。まあ、紙コップ入りだけど、コーフィーが一ドル半です。それなのに、彼はおごられるのを拒否して、お水だけを飲んでいます。貧しそうな外見と反比例する高い矜持。しかもどことなく、哀しそうな王子様といった風情もある。年は二十一だとのこと。

 彼は、芸術家といっても、美術ではなく、文章の方で、それも、詩が主体のようでした。私が「詩集を出したの?」と聞くと彼は一瞬怒ったようでした。

 それは、その通りなのです。出版の世界に近づけば近づくほど、それが容易ではない事が、判ってきますし、特に詩集のような儲からないものは、自分がお金を出さなければいけませんから、ビンボウったらしい服を着ている彼に、そんな、質問をしてはいけなかったのです。でもね、私は極シンプルに、芸術家ってすべて、ビンボウったらしいものですし、その外見で、彼らの才能やら、素質を見抜けるものでもないから、これほど、品の良い顔の男の子だったら、既に詩集ぐらい出ているのかもしれないと思って、質問をしたのでした。

 彼は、「出版は未だだけど、・・・・・何処からがアーチストといえると思うの?」と聞いて来たので、こちらは、心の中で赤面してしまいました。これは、本当にすごい質問でした。芸術家に線引きはできない。それを、21歳にして、彼は主張できる。
            2008年11月3日クリックすると元のサイズで表示します

 本を出そうが、出すまいが、詩人である事にかわりは無いのです。人間社会が織りなす上下関係、それとは、別の世界で生きているのが、芸術家なのです。十五の時から書いているといいました。

 私は弁解めいて「日本では、アーチストとして認められるのは、本を出すとか、コンクールに入賞するとか、そういう基準があるみたいなのよ」と、五十八才のその日にはいいました。
 そして、その日には、彼に比べれば、自分の方が、世の塵あくたに、まみれすぎている事を感じました。・・・・・

 しかし、この結論はこういう形だけでは終わりません。その続きはまた、次回へ。
            2008年11月3日 川崎 千恵子
0

2008/11/2

ニューヨークでであった21歳の詩人−1  文化・芸術


 皆様、お送りをさせて頂きますのは、ニューヨークでであった、純粋無比な芸術家(青年)のお話です。

 この青年は、私が2000年に滞在していたときに、駅のベンチに後姿を見せて、かがみこんでいたのです。横から見ると肌の色が真っ白です。あとで、エジプト人だと名乗っていますが、白人との混血が何代も前からあって、しかも、現代エジプトの最上流家庭の出身だと思います。クリックすると元のサイズで表示します

 髪が黒くて長いので、しかもそんなに、色が白いのですから、最初は女の子だと思いました。しかし、それにしては、不思議な事が一杯あります。

 先ず、かがみこんでいる肩幅が広いこと。女の子の背中ではありません。そして、ニューヨークの秋なのに、サマースーツを着ています。これは、季節はずれであり、寒々しいのです。しかも、サイズがつんつるてん。

 ほら、皆様は、NHKの朝ドラマ『ちりとてちん』を覚えていらっしゃるでしょう。(まあ、男性で、現役で働いていらっしゃる方はご覧にならなかったかもしれませんが)、あの男性としての主人公、は、背が高く、おかみさんに作ってもらったスーツがつんつるてんですね。あれを思い出してください。

 でも、さらに違和感を感じたのは、彼の服が、ぼろぼろだったことです。いろいろなところがほつれていて、めくれあがっていたりします。でね、いろいろな事が不思議で、ずっと横顔を見つめていたのです。

 あとで、私の視線には気がついていたと、彼は言いました。
さて、そういう彼について、だんだん、なぞが解けてくるのですが、それは、明日以降に書かせてくださいませ。2008年11月2日  雨宮舜(川崎 千恵子)
0

2008/10/31

ジャニス・ジョップリン(もてるとかもてないということ)  

私の文章をよく読む主人が、「簡単な典型分類はよくない、人間は複雑なものだよ」といいます。私はそれは、わかっているけれど、一回のメール(10年メルマガを運営しています。最近、このブログも熱心に取り組み始めました)で送ることのできる量が少ないので、どうしても、結論が簡単になると、自覚していて、その批判も『改良するのは難しい』と内心で思っているのです。

 しかし、女性をステレオタイプで分けるときに、もうひとつ、重要な尺度があったと、今、思い出しました。それは、『もてるとか、もてない』という尺度です。人間にとって思いがけない罠というか、陥穽というのが人生の途次にいくつもあって、こういう風にやりたかったのに、できなかったとか、希望がかなえられなかったということが起こるのですが、その第一番に出会うのが思春期の問題でしょう。

 日本人は、大学の入試が難しいので、普通の人は、それ(つまり、恋愛)を高校時代までは、抑制すると思います。・・・・・・あ、ここの部分は、ちょっと、私の年齢ゆえに、感覚が古いかもしれませんが)
だから、大学に入学したとたん、そういう方面が解禁されるわけですが、そのときにはじめて、今まで、出会ったことの無い基準に出会うのです。
 
 それは、異性にもてるとか、もてないということ。そして、女性(つまり同性)にとって、『あの子はいい子なのにね』と思う人が、男性にもてるわけでもないのです。そうです。男の子にしろ、女の子にしろ、内面に善意を持っていて、長い時間を一緒にすごせば安心だと思う人が、即、一直線に、異性に、もてるわけでもない。フェミニンという意味で、それを表現することが上手なお嬢さんがもてるのですが、それを、もっておりながら、表現するのが下手な子はもてない。

 ジャニス・ジョプリン(NHKハイビジョンで、その人生を放映)はまさにそういうタイプでした。女の子なのに、日本で言ういわゆる文化祭で、「もっとも、もてない男の子」に選ばれたとは、やるほうにとっては遊びでも、やられるほうにとっては、ひどい、傷になったはずです。つまり、もっとももてない女の子でもなくて、男の子というところが、何重にも輪をかけた、侮辱なのです。

 おしゃれひとつしなくても、そして、一見するとラフそのものに見えていても、内面がフェミニンそのものという人はいるのです。彼女は歌を、自作するぐらいですから、感性が鋭く、他人に見せない部分で、繊細そのものだったのに、それが周りには全く理解されていなかったということです。

 彼女が成功をひたすら求めたのは、その少女時代の悲惨さに対するコンペンセーション(補償)の意味があったと思われます。

 彼女の人生を語るのに、四人の元恋人が座談会をするという番組の作り方は、あざといと思われましたが、デーヴィド・ニーハイムという最後の、そして、本当の恋人が登場して、回顧に入ると、やっと、ほっとする展開になります。
 
 しかし、感性の鋭い人たちの間柄は難しい。ましてや、子供もいない二人が、まだ、二十代です。そして、ジャニスにとっては、歌う仕事を捨てられない気持ちがある。
 でも、ジャニスにささげる言葉として、『芸術家は、伝説を残せばよいのです』をプレゼントしたい。彼女の人生は、十分にストーリー性(+悲劇性)があります。

 そして、二人が、気持ちが通じ合っているのにも関わらず、なかなか、現実社会では、同じとき、同じ場所にいられない、不思議さ。すれ違う運命の悲劇。

 このあたりは、同じような番組として、この間みた、サンテクジュベリと妻コンスエロの間柄と似ていましたね。

    では、今日は短く。           雨宮 舜
クリックすると元のサイズで表示します
1



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ