2011年4月中旬から急にアクセス数が増えて驚いています。あくまでもタイトルにあるように個人利用の為の備忘録に過ぎず、公開を目的としたものではありません。

2012/5/27  11:41

日本の技術  日本国内



ドラマ・企業攻防】鉄の芸術品「方向性電磁鋼板」極秘技術はなぜ流出したのか
2012.5.26 18:05
 付加価値の高い鋼材の生産技術が盗まれたとして、新日本製鉄が韓国の鉄鋼大手、ポスコと同社日本法人、新日鉄元社員などを提訴した。昭和40年代に開発し、門外不出としてきた技術だけに、新日鉄の怒りは強い。ポスコに対し、1千億円の損害賠償などを求めている。ポスコは争う構えだが、敗訴すれば高収益な同事業分野からの撤退は避けられない。産業スパイの代償の大きさを知らしめる裁判となるか。

 「やはりそうだったのか」

 韓国内でポスコが起こした裁判での証言の一つから、ある新日鉄幹部は、それまでのポスコへの疑念が、明確な不正だと確信。昨年末、証拠保全手続きを申し立て、裁判所が元社員の保有していた“動かぬ証拠”を押さえた。

 新日鉄は、「時効の懸念もあり、早期に提訴が必要」(幹部)と判断。4月に不正競争防止法(営業秘密の不正取得行為)違反で、ポスコなどを東京地裁に提訴した。日本企業が、不正な技術流出で外国企業を訴える事例としては最大規模だ。

 訴訟対象の「方向性電磁鋼板」は、新日鉄の八幡と広畑の両製鉄所だけで製造されている。工場勤務の長かった幹部でも、「生産工程は見たことがない」という秘中の秘の技術だ。

 変圧器などに用いられる特殊な鋼板で、電圧変更時のロスなど従来製品の課題をことごとく解消。鉄の結晶がきれいに整列する様子から、業界では「鉄の芸術品」とも呼ばれている。

 もともとは米国の技術だったが、昭和43年に新日鉄の開発チームが性能を飛躍的に高める製造技術を確立。以降、同社は方向性磁性鋼板のトップメーカーとなり、多大な利益を得ている。

 しかし、平成16年ごろからその地位を脅かすライバルが現れた。ポスコだ。ポスコは以前から類似の鋼材を手がけていたが、「急激に品質がよくなった」(新日鉄幹部)。価格も安く、次々に顧客をつかんでいった。シェア約3割の新日鉄に対し、ポスコも2割程度と一気に差を縮めた。

 一方で、業界内にはある噂が広がった。「新日鉄の技術がポスコに流出したのではないか」-。

 新日鉄はポスコ側に真偽を問い合わせたが、独自技術と言い張るばかり。「何十年もかけ、数百億円を投じてきた技術が、なぜこんなに早く追いつかれたのか」(宗岡正二社長)。疑念は募っていった。

 平成19年、ポスコが韓国で起こした裁判をきっかけに事態は急転した。ポスコは、同社の元社員が方向性電磁鋼板の技術を中国の鉄鋼メーカーに売り渡したとして提訴。しかし、裁判で元社員は「渡したのは(ポスコの技術でなく)新日鉄の技術」と証言した。これを受け、新日鉄が調査を開始。同社元社員の証拠差し押さえを経て今回の提訴に至った。

 事情を知る業界関係者は、「ポスコ側に情報を漏らしたのは1人ではなく、グループだ」と指摘する。1990年代に新日鉄を退社した開発担当者を含む数人が関与したらしい。新日鉄が提訴したのはグループのリーダー格とみられる。

 新日鉄は、方向性電磁鋼板の製造方法は特許出願していない。秘中の秘の技術は表に出さず、隠すのが通例。ただ、関連特許は数多く、元社員とは秘密保持契約を結んでいた。

 元社員はどのように取り込まれたのか。ポスコに限らず、日本企業の退職者を積極的に雇用する外資は多い。多額の報酬が提示されることもある。「エージェントを通じて慎重に接触し、籠(ろう)絡(らく)する」(事情通)ケースもある。

 技術を流した側と受け取った側の関係を立証するのは難しい。裁判は長期化が予想されるが、新日鉄側は「明らかな形で情報が流出した証拠をつかんでいる」として勝訴に自信を見せる。

 元社員はなぜ技術を漏らしたのか。「結局は金だろう」。新日鉄幹部らはそう吐き捨てる。

 新日鉄が勝訴した場合、ポスコにとっては大打撃だ。韓国や中国の鉄鋼メーカーの成長はめざましく、今年10月に予定される新日鉄と住友金属工業の合併の契機ともなったが、収益の柱は品質要求の低い建設向けが中心。ポスコとしては企業ブランドを高める意味でも方向性電磁鋼板は欠かせない領域だ。「この事業から撤退を余儀なくされれば、成長戦略に狂いが生じる」(業界関係者)。

 中・韓メーカーは、最終的に日本メーカーの牙城である自動車向けの薄板分野に手を広げようしている。特許侵害も辞さない強引な手法が目立つが、新日鉄が勝訴すれば、「彼らも態度を変えざるをえない」(同)。日本メーカーの巻き返しにつながる可能性もある。(高山豊司)


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2011/5/9  13:09

会議は踊る―こんな復興会議、何の意味があるのか  日本国内

2011年5月7日 週間現代

こんな復興会議、何の意味があるのか
まず目の前の被災者を救えよ

「被災地では、依然として有事≠フ状態が続いています。ところが政府の対応は平時≠ノ戻ってしまっている。菅首相や大臣が現場の視察に行くのはいい。でも行って見て、何をどう感じているかが問題です。

 たとえば被災地に行ったら、トイレに行ってみればいい。それだけで、被災者が何をどう不安に感じているのかが分かります。仮設住宅も、実際に中に入って生活してみる。すると、利便性も不便性もすぐに分かる。床に横になってみれば、毛布一枚じゃ寒くて大変だとか、隣の声が聞こえてプライバシーに問題があるとか。それこそが本当の『視察』ではないのですか」

 そう語るのは、民主党の黄川田徹代議士だ。黄川田氏は今回の大震災による大津波で、両親と妻、そして長男と秘書の5人を一挙に失ってしまった。

 壊滅した岩手県陸前高田市が地元だった同氏は、同じように家族や知人を失った被災者たちと手を取り合い、最前線で復興のための活動を続けている。

 そんな黄川田氏から見て、五月雨式に被災地にやってきては、現場をさらりと一周してすぐに東京に戻っていく首相や閣僚たちの行動には、「違和感を感じざるを得ない」という。

 政府がいま、あらゆるものを差し置いて、最優先でなすべきこと。それは言うまでもなく、膨大な数の被災者の救援だ。

 被災者の中には、震災発生から1ヵ月以上が経過したというのに、いまだ身を寄せる場所もなく、体育館などの避難所での生活を余儀なくされている人々がいる。原発事故によって故郷からの退去を強いられた人々は、戻れるあてもなく、職や生活の糧を失う不安に苛まれながらの避難生活を送っている。

 しかし、菅直人首相が夢中になっているのは、「会議」なのだ。この1ヵ月の間に首相が没頭してきたことは、被災地に仮設住宅を一挙に建てたり、放射能汚染で故郷を失った人々に適切な避難場所を提供したりすることではなかった。「○○対策」などと称する本部・会議を、やたらと乱立させただけだった。

 現在、政府内には閣僚が参加する主なものだけでも、「緊急災害対策本部」「原子力災害対策本部」「被災者生活支援特別対策本部」など6つの組織が存在する。さらにその下部には、副大臣らが取り仕切る「検討チーム」が複数乱立し、どこで何をやっているのか、全容を把握する人間がほとんどいないような状態だ。

 これらの事務処理にあたるスタッフからは、

「会議が多すぎて1日が会議だけで終わってしまう」

「それぞれの準備に忙しすぎて自分がいまどの会議に出ているのか、何を決めているのか分からなくなる」

 などの声が頻繁に上がる。これが有事≠フ真っ只中にある政府中枢の現実だと思うと、暗澹たる気持ちになってくる。

 そんな政府の異常事態を象徴するのが、4月14日に発足した「東日本大震災復興構想会議」だ。

 首相は会議の立ち上げにあたり、「全国民の英知を結集して復興にあたる」などと、その基本コンセプトを誇らしげに説明した。

 この「復興構想会議」議長には、五百旗頭真・防衛大学校校長が就任。議長代理には建築家の安藤忠雄氏と東京大学教授の御厨貴氏が就き、委員には脚本家の内館牧子氏やソニー副会長の中鉢良治氏、さらに福島県の佐藤雄平知事や岩手県の達増拓也知事、宮城県の村井嘉浩知事ら、被災地の首長も名を連ねている。

 顔ぶれだけ見れば確かに豪華メンバーで、彼らの英知を集め「復旧ではなく復興」(菅首相)に向け、エコタウンなど理想論的都市計画を構想(≒夢想)するというのだ。

 しかし、顔ぶれが豪華なのと、組織に実行力があるかどうか、現実的な構想が出されるのかは関係がない。政治アナリストの伊藤惇夫氏は、こう指摘する。

「会議のトップ・五百旗頭氏と、ナンバー2の御厨氏は政治学者です。皆さんがそれぞれの分野で一流の方々であるのは疑いありませんが、官僚OBのような実働部隊≠ェ入っていない(達増氏は官僚出身だが外務官僚)ので、どんな素晴らしい構想を練り上げても、それを実施するのにもの凄い時間を費やすことになる。本来は提案された構想を同時並行で実行する、タイムラグなしの作業が必要ですが、これではムリだと思います」

東電と親密じゃない人を
 議長になった五百旗頭氏は神戸大学名誉教授で、'95年の阪神・淡路大震災後には、兵庫県などが立ち上げた震災対策のためのシンクタンクで、政策提言などをしてきた経歴がある。

 こうした履歴が買われての議長就任ではあったが、この五百旗頭氏の会議初日の発言は、国民だけでなく、呼ばれて参加している委員らをも驚かせ、大いに失望させた。

「福島第一原発の問題は、あまりに大きな問題だから、この会議では扱わない」

「復興の経費を、国民全体で負担する必要がある(復興増税の提唱)」

 五百旗頭氏の提言は菅首相の意を受けてのものだという。しかし、原発事故と原発そのものへの対応を置き去りにして、被災地復興もへったくれもない。しかも、国全体が震災ショックによって沈滞しているのに、のっけから国民負担の増大を仄めかすとは、ナンセンス極まりない発想だ。

 これには「原発問題を考えないのでは会議に意味がない」(復興構想会議の梅原猛・特別顧問)、「議長が増税に関する話をしたが、議論も決議もなされていない」(同委員で臨済宗福聚寺住職・作家の玄侑宗久氏)などと、内輪からも一斉に批判の声が上がった。

 前出の伊藤氏も、政府の非常識にこう呆れている。

「増税などする前に、できる事がいくらでもある。たとえば、国と地方を合わせた公務員の総人件費の2割をカットするだけで、約6兆円が浮きます。そこには手をつけず、いきなり増税というのは順序がまったく間違っています」

 政府は復興のための第一次補正予算で、約4兆円をひねり出すのにも難渋し、なんと年金財源の2・5兆円を切り崩して充当するとの方針を示した。その切り崩した年金を補填するため、消費税や所得税の増税が必要だという。

 震災で国民が「耐えて頑張ろう」という雰囲気になっているのをいいことに、自分たちの無為無策を棚に上げて、どさくさ紛れに負担増を押し付ける。恐るべき発想の持ち主たちだ。

 当たり前だが、復興構想会議は初日から異論が続出し、混乱した。同会議には、下部に「検討部会」なる組織がぶら下がっており、ここにも名だたる大学教授や研究者らが名を連ねている。呼び集められた専門家≠フ総数は35人にも上り、政策提言の目標期限としている6月までに何事かが決まれば、奇跡に近い。

「実は五百旗頭氏の議長就任からして、紆余曲折がありました。当初、元東大総長の佐々木毅氏が予定されていましたが、『東京電力と親密だ』と政府内で反対の声が上がり、仕方なく五百旗頭氏になった。しかも元々この会議は、仙谷由人官房副長官が中心になって人選が進んでいました。ところが、『復興事業の主導権を仙谷に握られる』と恐れた菅首相が、『おれがやる』としゃしゃり出てきたのです」(官邸関係者)

会議は踊る、菅は逃げる
 菅首相は福島原発の事故で、大きな失態を犯した。現地視察をして官邸で「大丈夫」と宣言した直後、福島原発1号機は水素爆発を起こし、その時点で国民の信頼を失った。

 発足初日から、菅首相が議長に「原発は関係ない」という発言をさせた背景には、「復興構想会議」によって夢のようなビジョンを打ち出し、己の失態を覆い隠そうという首相の意図が見え隠れする。

「この1ヵ月間、菅首相は原発問題に没頭してきたが、やればやるほど事態の深刻さが浮き彫りになるだけで、逆に支持率が下がる結果となりました。首相の狙いは、あくまで政権の延命です。そこで首相は、細野豪志首相補佐官を原発担当大臣にして責任を押し付け、自分は『復興の立て役者』となることで支持を回復しようとしているわけです」(民主党政務三役の一人)

 政治評論家の有馬晴海氏も、こう語る。

「被災地の県知事を復興構想会議のメンバーに入れている時点で、一種の口封じ≠フようなものです。何か決めて批判が出た時には、『一緒に決めたのだから、あなた方が県民を説得しなさい』ということ。つまり責任を押し付けている。菅首相はそうやって、周囲を巻き込んで責任転嫁することしか考えていない」

 委員の一人・内館氏は、初日の会議後に「(乱立する他の会議の)一つに過ぎないと国民に思われたら、東北が潰れてしまう」と、菅首相に対して釘を刺した。しかし現実には、復興構想会議の行く末は、内館氏らの懸念の通り、「会議が踊る」のみで、ロクな結果になりそうにない。

「結局、会議で何か提言があったとしても、それを実行する組織が決まっていない。首相は全閣僚で構成する『復興対策本部』なる組織を新たに立ち上げるとしていますが、同時に国民新党の亀井静香代表から『復興実施本部』の設置を勧められ、そちらのプランにも飛びついた。もはや何をしたいのか、さっぱり分かりません」(官邸スタッフ)

 自分たちの立場を不審に思った復興構想会議の委員の一人が、「この状態では何も実行力がない。なんのための会議なのか」と菅首相周辺に問い質したところ、「諮問会議のようなものですから。良い提案があれば検討するということです」と、あっさり片付けられ、愕然としたという。要するに菅首相自身、この会議に大して意味がないことを、認めてしまっている。こんな復興会議、いったい何の意味があるというのか。

 この度し難い菅政権を、被災者たちは一体どういう思いで見つめているのだろう。本誌が宮城・福島など現地で聞いたところ、彼らの意見は一言で言えば「諦め」というべきものだった。

 宮城県石巻市で被災し、自宅を失って避難所で暮らす60代男性はこう語る。

「菅直人首相には、ガッカリというか幻滅です。実は、我々は口では文句ばかり言ってますが、首相が視察に来ると聞いたときは、少しは期待していたんですよ。でも、雨が降ったとかで中止になり(3月21日)、何かもう、見放されている気がする。親戚に市役所の職員がいて、当日は準備で大変だったというのに」

 また、政府によって「計画的避難区域」に指定された福島県・飯舘村に隣接する川俣町の自宅に居残る80代の男性は、原発事故に対する政府の対応を批判した。

「原発から20km、30kmに同心円で線を引いて、計画的≠ニか言われても、何の先見性も計画性もないということは、子どもでも分かります。逃げろと言われても、どこに行けばいいんですか? いつ帰れるのですか? 仕事はどうするのですか? 障害者を抱えた家族はどうするのですか? あまりのバカげた発想に混乱するばかりです。

 政府の言うことなど、もう誰も信じません。怒る気持ちすら失せました。妻は『ここから動かない』と言っています。私もそうするつもりです」

 被災者や原発事故に翻弄される住民からは、「菅首相の顔を見るだけで気分が落ち込んでくる」「気力や覚悟がカケラも見えない」といった酷評が続出した。

 首相は4月21日にも福島県内を視察したが、田村市総合体育館での視察を10分で切り上げようとし、被災者から「もう帰るんですか」「ここで生活してみてください」と非難される始末。視察など首相の自己満足に過ぎないことを、被災者はとっくに見抜いている。

 東京電力は4月17日、原発事故の収束に向けた「工程表」を発表した。原子炉を安定化させるまでに「6~9ヵ月」というもので、「本当にできるのか」と疑問の声が上がっているが、実はこの東電の発表の裏にも、菅首相の懲りないパフォーマンス癖がある。

会議なんかしている場合か
「東電は当初、数年単位の処理作業を工程表にする予定でした。ところが菅首相が、『17日の米国クリントン国務長官の来日と、18日の参院予算委員会に間に合わせろ』と圧力をかけたので、東電は仕方なく、中身は変えずに日程だけを数ヵ月に圧縮して、首相に提出した。首相本人も含め、9ヵ月で事態が収拾できると考えている関係者はゼロです」(民主党幹部)

 ヒラリー・クリントン国務長官と面談した際、菅首相はさっそく、この工程表を差し出して「いかに頑張っているか」アピールしようとしたが、長官は一瞥しただけで工程表をしまい込み、後は「原発事故への対応があまりに酷すぎる」「情報隠蔽をやめよ」と、日本政府への批判を並べ立てたという。

「クリントン国務長官の来日自体が、『果たして菅首相が正常な精神状態を保っているかを確認するため』と言われているほどです。実際に長官は、首相とはほんの顔合わせをしただけで、米国のメディアも天皇皇后両陛下との会見を大きく報じていました」(全国紙政治部デスク)

 前出の黄川田代議士は、「いま必要なのは議論ではなく、決断と実行なのです」と何度も強調した上で、こう話す。

「有事≠セと思っていないから、増税して、あわよくば財政再建を果たそうなどという議論が出てくる。でもいま必要なのは、財源が見つかったらやる、などというレベルの話ではなく、『借金してでも全力で復興を目指す』という断固たる姿勢ではないのですか。被災地が復興して経済が回復すれば、被災者だって『助けてもらった』という思いがあるから、きちんと応えますよ。

 現地では、米を買うカネもなくて、明日には死ぬかもしれないという人もいる。なのに財源がないから待て、そして死ね、とでも言うんですか。繰り返しますが、議論をしている場合ではないのです。いったい何度同じ轍を踏めば、気が済むのでしょうか」

 天災は、瞬時のうちに数万人のかけがえのない命を奪った。だが、その悲しみから立ち直ろうとしている人々の気力を萎えさせているのは、無能宰相によって延々と続く人災≠セ。

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2011/5/9  12:57

フクシマ50  日本国内

2011年05月09日(月) 週刊現代


平成の特攻隊「フクシマ50」に突入命令を出せますか
大量被曝の危険性が分かっていながら



 福島第一原発の大事故発生から約1ヵ月半、復旧の兆しはまるで見られない。東電は事故収束への「工程表」を発表し、「今後6~9ヵ月で安定状態に戻す」としたが、内容はあまりに楽観的。原発の暴走ぶりを見ると、ただの夢物語だ。

 そもそも、絶対に忘れてはならないことがある。工程表の目標を達成するには、どこかの段階で、「人間の手」による長時間の作業が必要---ということだ。

 たとえば、工程表の最初の3ヵ月「ステップ1」では、放射線量を減らすため、圧力容器に窒素ガスを注入し、格納容器に水を満たすことになっているが、この過程でも、人間が現場で自ら行わねばならないことが多い。遠隔操作ロボットはすでに一部で使われているが、建屋内の高湿度でレンズが曇り、瓦礫の上を前進もできず・・・と、本格的な作業は不可能だ。

 もちろんそんな環境は、ロボットだけでなく人間にも厳しい。ひどい蒸し暑さの中、ゴーグルが曇って前が見えず、重い防護服での作業も困難を極める。

 そして最も恐ろしいのが、言うまでもなく、放射線による被曝。現在の建屋内の放射線量では、人が「突入」して4時間余り作業をすると、年間の被曝線量の限度を超えてしまい、その後1年以上は現場に戻れなくなる。そのため、次々と人を投入、交替していかねばならず、最終的に何人の作業員が必要になるのか見当もつかない。

 今、現場の作業員たちは、気力も体力も限界に近いところで、苛酷な職務に奮闘している。彼らは当初、約50人とされたことで「フクシマ50」と呼ばれ、国内外でヒーロー視されている。

「フクシマ50」の現在の人数は約700人。内訳は東電の社員に加え、原子炉メーカーの東芝や日立製作所、それらの関連会社や子会社、そして自衛隊、消防、警察といった組織の人たちだ。彼らには今後、限度を超えるレベルの放射線を浴びて作業するという、さらなる危険が待ち構えている。

 ここで改めて考えてみたい。国と東電には、「フクシマ50」の面々を、放射線が充満する中に送り出す権利や権限があるのか。誰かがやらねばならぬこととはいえ、死ぬ可能性のある「特攻隊」のような仕事を命じることは正義なのか。

 法律家の立場から、名城大学教授で元東京高検検事の郷原信郎弁護士は言う。

「危険な職場で働くことは、命令されても拒否できます。これは、労働者に法的に認められた権利です。ただし、拒否した作業員が職場で不利益を被らないようなルールはないので、それを定める必要がある。公益通報者保護法と同じです」

行くのは東電? 自衛隊?
 郷原氏が危惧するのは、まだ原発内への「突入」に至っていない今でも、作業員のリスクを最小化しようとする努力が十分になされていないこと。そして、本当の放射線量など、作業員に不利益になる情報がすべて開示されるかどうかが明らかでないことだ。

「(原発内での長時間作業は)誰かがやらねばならないけれども、誰もやりたがらない苛酷な仕事。それをやってもらうからには、危険性をよく説明し、かつなるべく小さくした上で、自由意思で決めてもらう必要がある。自衛官でも消防士でも民間人でも、本人が危険性を認識して『やりたくない』と判断したら、強制はできません」(郷原氏)

 しかし、世間の風潮は「突入」を後押しする方向で進んでいる。厚労省は、労働者の年間被曝線量の限度を、100ミリシーベルトから一気に250ミリシーベルトに引き上げている。これで作業員は、少し前までは限度の2倍以上だった大量の放射線を浴びてもよし、とされたわけだ。

「厚労省の考えはよくわかりませんが、今は社会的に『国家的危機だから、作業員のやる気をそぐような細かいことは抜きにしよう』という空気を感じます。戦時中の神風特攻隊を連想しますね」(郷原氏)

 荘司雅彦弁護士も「政府が国民に『特攻隊の突入』のような危険な行為を命令するのは、現行法では不可能です」と断じる。それは、一般国民はもちろん、政府に雇用されている公務員や東電の従業員も同じ。

「(郷原氏が挙げた)『リスクの最小化』と『最悪の場合の情報開示』に加え、健康被害が生じたときの補償の説明も必要でしょう。しかし、そこまでして同意を得ても、大量被曝の中で作業をさせれば、将来、やはり問題になるかもしれません」(荘司氏)

 実は、今回のような未曾有の事態に対応する法は十分に整備されていない。原発はこれまで「絶対安全」が前提とされていた。したがって、致命的な大事故を想定した法令が、日本にはなかったのだ。

 本来は、そこで国が主導して新たなルールを作るべきだが、その気配はない。理由は言うまでもなく、菅首相と政府のリーダーシップの欠如だ。彼らに求心力が乏しい今、「『特攻隊』の原発への突入」という問題を政治的にどう捉えればいいのか。元防衛庁長官の加藤紘一衆院議員(自民党)は語る。

「自衛隊の任務とは違うので、自衛隊に出動要請はできないでしょう。最終的に(特攻隊は)東電や東芝の人たちになるでしょうが、誰がそれを命じるのか。権威のない今の政府に、そんな命令を出す資格があるのか。

 死を覚悟した行動を取るのは、いわば戦闘員が戦地に行くようなもの。それを命じる指揮官(菅首相)は、戦闘員に尊敬されていることが条件ですが・・・首を傾げざるを得ませんね」

 警察官僚出身で元首相秘書官の小野次郎参院議員(みんなの党)も政府の当事者意識の欠如を批判する。

「国民はたぶん、原発周辺の放射線量を政府が調べて発表していると思っているのでしょう。実は違うんです。すべて東電が計測したもので、原子力安全・保安院はそれを取りまとめて発表しているだけ。政府はなぜ自らの責任で調査し、発表しないのか。

 放射能で汚染された水を海に流したときも、東電が決めたのか政府が命じたのか、まったく不明です。あらゆることに指揮命令系統がはっきりしないのです」

 これでは、突入して行う危険な復旧作業も、国のためか東電のためかわからない。現場の作業員が気の毒だ—と小野氏は言う。

 また、菅首相や民主党政権の今の言動では、「大量被曝しても命がけで復旧に当たりたい」と希望する作業員が現れても、そのやる気を失わせる恐れがある。たとえば震災直後、命がけで原発に放水した東京消防庁の隊員を「すみやかにやらなければ処分する」と恫喝した海江田万里経産相、「消防職員はボランティア精神で応援に駆けつけてくれた」と語った菅首相・・・。

「菅首相と民主党は人の気持ちがまったくわかっていない。『この仕事は危険だが、君ならできるし、君にしかできない。だから国のために頼む』と誠意を込めて言われれば、人間、責任感を持って立ち向かうものです。しかし、脅かされたり他人事のような感想を言われたりすれば、誰もがやる気をなくす。そういう、人間として大切な資質を欠いた政治家には、公務員でも民間人でも、国民に危険な作業を命じる資格があるとは思えません」(小野氏)

 先に郷原氏や荘司氏が述べたように、人には、危険な業務命令や職場を拒否できる権利があり、海江田経産相の恫喝はそれを完全に無視している。逆に見れば、そういう基本的な知識のない人物が主要閣僚を務めていることにもなる。

 京都大学大学院教授で政治学者の中西寛氏も言う。

「海江田経産相の『処分する』発言が事実なら、『公務員は死の危険を伴う職務を拒否できない』と言っているわけですから、問題です。昔の日本軍も、特攻隊に『死にに行け』と命じたのではない。あくまで特定の攻撃を命じたわけで、また形式的にせよ、その命令に従うかどうかは本人の意思で決めることになっていました。

 原発の作業員たちについても、『志願した人を選ぶ』という一線は絶対に守るべきです。また、フクシマ50を過度に賛美するのも疑問。彼らの危険を最小限にするという、国と東電の責任が曖昧にされる恐れがあるからです」

65歳以上を集める
 もちろんこの事故は、現代文明にとって完全な「想定外」の事態だ。そうなると、今までの法や政治、社会の約束を超越して、場合によっては国の力で国民を原発に送り込み、身を挺して復旧の努力をしてもらうこともあり得る—とする考え方もある。たとえば、

「被害の決定的な深刻化、拡大を防ぎ事態を収束させるには健康を害する被ばくの危険性を伴う犠牲的な活動が不可欠である」(『四国新聞』4月18日付)

 と記した共同通信編集委員の柿崎明二氏は、次のように説明する。

「今回のような緊急時には、まず最悪の事態を決め、それを回避することに全力を挙げるべきです。今回はとにかく、放射性物質が日本そして世界へ拡散することを、何が何でも防がなければならない。不測の事態になったら、決死隊を行かせなければならなくなるかもしれません」

 その際、人手が必要になるなら、国民の生命と財産を実力で守ることが任務である自衛隊が行くべきだ—というのが柿崎氏の意見。そのときに、技術的に自衛隊だけでは放射性物質の拡散防止が難しいということになれば、政治の力で民間人も入れる必要がある。

「しかし、それを強制的に行うとすれば超法規的措置になるので、菅首相は事態が収束した時点で退陣し、国会議員も辞職すべきです。同時に、過去の原発政策を進めてきた自民党の責任も厳しく追及されねばなりません」(柿崎氏)

 危険な現場の作業は自衛隊に頼む、という点では危機管理評論家の佐々淳行氏も同じだ。

「自衛隊員にお願いするにせよ、危険を十分に認識させた上での志願制とする。加えて手厚い特別手当を与え、作業終了後もずっと放射線障害の健康診断を受けられる仕組みを整える。やむなく東電の人間も加えるのなら、身分が保障された正社員に限定する。現場で危険な作業に当たらせる人は、これが限界でしょう」

 こう語る佐々氏は、今回の原発事故の現場でキャリア官僚が陣頭指揮を執らないことを「卑怯としか思えない」と批判する。確かに、キャリアが安全地帯にいてすべて責任を下に押しつけたのでは、倫理上も問題だし、士気も低下し、組織の意思決定が遅れて、危機管理上のリスクも高くなる。

「これまで日本の大事件や大事故では、キャリアが前面に立ってきました。ところが今回の原発事故では、驚いたことにそれがない。原子力安全・保安院の西山英彦審議官が現場から離れたところで淡々と惨状を報告しているのは、私には理解できません」(佐々氏)

 人を動かすのは、法律や政治権力だけではない。経済的動機、すなわちお金欲しさに、人間はしばしば信じられないことをやってのける。「決死隊の原発への突入」が、本人の経済的動機を満たし、また社会の利益にもかなう行動になる可能性はあるのか。嘉悦大学教授で元財務官僚の高橋洋一氏は言う。

「経済合理性で割り切れば、国が外人部隊を雇うように、東電は特攻隊を雇うでしょう。多額のお金を払えば、被曝の危険などかえりみずに働こうという人たちがすぐに集まると思います。東電は資産を売却すれば、そのお金など簡単にひねり出せる。正義や不正義を忘れて合理的に考えれば、これで金で解決、となります」

 そうなれば政府も、お金のやり取りについては見て見ぬふりをして、突入命令を出せる。あるいはもっと露骨に、まさに外人部隊のように、政府が特攻隊に直接お金を出す可能性もある。実際、ある政府関係者はこう証言する。

「まだ正式に進んでいるわけではなく、政府の一部で頭の体操%Iに考えているだけですが、最後には特攻隊を政治の責任で結成するという案が出ています。メンバーの対象は65歳以上で、1日の報酬10万円、1回の作業は30分程度。これを月に2~3回やってもらうというものです」

総理と東電社長が行くべき
 つまり法的、政治的に考えて、政府が国民に突入を強引に命令することは難しい。そこで、募集に応じた人たちに報酬を支払って突入を依頼する、という流れが浮上しつつあるのだ。

 今回の事故では、国と東電の情報公開の遅れが世界中から非難された。放射能汚染の実態が分からず、国民が不安に陥ったのは当然だが、現場の作業員たちはおそらく不安を通り越して恐怖を感じていただろう。

 この、現場が中央から情報を与えられない中で頑張ったという点は、旧日本軍と同じ。太平洋戦争中、大本営は戦局を把握していたが、最前線の兵士たちは何も知らされず、無謀な戦いを強いられた。昭和史研究家の保阪正康氏は言う。

「中央の原発官僚と福島の現場で働いている作業員の関係は、まさに大本営と現地戦闘員のそれに重なりますね。中央の司令官は『つべこべ言わずに死ね』と命令し、戦闘員は特攻や玉砕の形で死んでいった。その論理が、今も原発の世界ではまかり通っているのだなと思いました」

 せめてこの平成の時代、原発の「特攻隊」には正確で十分な情報が与えられ、生命と健康に配慮がなされて、家族が安心できるよう望みたい。

 戦前から日本では、政治とメディアが特攻隊を含む若い兵士たちの活躍を持ち上げ、その陰で政治家や官僚、軍幹部らの失敗の責任が不問に付される—というパターンが繰り返されてきた。今回の原発事故について同様のことを危惧するのは、東京大学大学院教授で哲学者の高橋哲哉氏だ。

「今後、大量被曝しながら原発で作業を強いられた人が亡くなれば、『国家国民を守った尊い人』として、靖国の英霊のように持ち上げられるでしょう。かつての日本は、上層部の失敗によって兵士たちが非業の死を遂げると、国家のための尊い犠牲であるとして、靖国神社というシステムの中で美化してきました。一方、上層部の責任は曖昧にされることが多かった。そういうことが繰り返されるのに、私は賛成できません。

 それよりまず、歴代の首相や電力会社社長、官僚、学者ら、『絶対安全』と言って原発を推進してきた人たちに、今の危険な現場に行ってほしい。そうして責任に向き合ってほしいと思います」

 高橋氏によると、原発の下請け労働者は放射線の充満する場所での作業を強いられ、それが原因と疑われる病気や死亡例が後を絶たない。福島第一原発の周辺でも、'70年代からそういう問題が起こっていたが、一部のジャーナリストなどが追及しただけで、事実上、無視されてきたという。

「原発とは平時から、現場の労働者の被曝という犠牲を組み込んでおかない限り、成り立たないものです。そのシステムを今、根本から問い直す時期が来ていると思います」(高橋氏)

 あなたなら、フクシマ50に突入命令を出せますか?

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2011/5/8  15:49

日本の中小企業  日本国内

ハードロック工業社、スカイツリー採用の“絶対にゆるまないネジ”
産経新聞 5月8日(日)8時19分配信


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「商売はお客さんに喜んでいただくことが一番」と話す若林さん(写真:産経新聞)

 東日本大震災でビクともしなかった東京スカイツリーには“絶対にゆるまないネジ”が使われています。世界唯一の技術を発明したハードロック工業社長、若林克彦さん(77)の経営哲学は「喜んでもらうこと」。約40年前、その見解の違いから無償で会社を手放してしまいます。(喜多由浩)

 イギリスやドイツ、台湾の高速鉄道、日本の各新幹線、瀬戸大橋…。“絶対にゆるまないネジ”は、今や世界中で引っ張りだこ。従業員わずか50人弱の大阪の中小企業が、誰にもまねのできない技術を持っているのである。こんな痛快な話はない。しかも百パーセント国内生産。まさに、「ものづくり」で長く世界をリードしてきた日本企業のお手本ではないか。

 「ウチのネジ(ナット)は鉄道、橋梁(きょうりょう)、高層タワーなど、絶対にネジがゆるんではならない場所に使われています。これまで世界中のメーカーから、多くの類似商品やコピー商品が出てきたが、同じ品質の商品を作ることはできませんでした。詳細は明かせないが、『絶対にまねができない』という自負がありますよ」

 根っからの発明家だ。先の大戦中、長野県に疎開していた10歳のとき、楽に種まきができる「種まき機」を発明。以来、万年筆のインクがいつも一定量になるように工夫した「定量付着インク瓶」、厚焼き卵を手早く作れる「たまご焼き器」など生活に密着した発明を数多く世に送り出してきた。

 その原点にあるのが、「たくさんの人たちに喜んでほしい。よいアイデアは人を幸せにする」という信念。それが今も自身の経営哲学に反映されている。「たらいの水の原理」という考え方だ。たらいの水は、「相手の方」へ押してやると自然に「自分の方」へ返ってくる。

 「お客さんに喜んでもらえるよう努力すればするほど、自分にも利益が生まれる。逆に目先のもうけにとらわれて欲をかきすぎるとダメ。たちまち水はこぼれてしまうんですね」

 約40年前、その経営哲学を象徴するような出来事があった。かつて経営していた会社が作っていた商品に、顧客からクレームが来たのだ。

 その商品もやはり「絶対にゆるまない」ことをキャッチフレーズにしていた。だが、技術的に完成されておらず、激しい振動を受けると、わずかにゆるむことがあった。そこをただされてしまった。「絶対にゆるまないはずじゃなかったのですか」と。

 共同経営者は、そのクレームをさほど重要視していなかった。依然として圧倒的に多くの顧客から信頼されているのだし、単なるひとつの苦情じゃないか、というわけだ。

 ところが若林さんは放置できなかった。「人に喜んでもらえるはずのアイデアがお客さんを怒らせてしまうなんて…。ならば本当に“絶対にゆるまないネジ”を作ってみせようじゃないか」

 そして、自ら創立した月商1億円以上の会社を無償で共同経営者に譲り、わずかなスタッフとともに現在のハードロック工業を新たに立ち上げた。残ったのはその商品の特許料だけ。「家内にはだまってやったんです。後で話すと、開いた口がふさがらないといった様子で、あきれてましたね。でも私はがまんできなかった」

 そして約40年後、その会社と競い、東京スカイツリーでの採用を勝ち取ることになる。

 昨今の「金さえあれば何でもできる…」といったような風潮ががまんならないという。日本の技術を追っかけてきたアジア諸国の中にも、こうした“無法なやり口”で、強引に技術を盗もうとする国が少なからずある。

 「日本の企業と合弁でプロジェクトを立ち上げておきながら、メドが立つと、『ハイさよなら』と追い出してしまう。でも実際は、日本が何十年もかけて開発した技術をわずか3、4年でまねしようったってできないんですよ」。その国は若林さんのネジの模造品も多数作っているが、結局、品質面では及ばない。

 同時に、日本の“脇の甘さ”も気になる。「先端技術を持った技術者が外国に引き抜かれ放題です。このままじゃ日本はジリ貧ですよ。どうしたら付加価値が高くまねができない商品を生み出せるか。行政も一緒になって知恵を出し、体制をつくらねばなりません」

 −−発明には何が大事?

 「常に好奇心をもって『欠点』を探すこと。商品に完成品などありません。そう思った時点で思考停止してしまうでしょ?逆にその商品に足りない点が見つかった時点で発明の半分は成功しているのです」

 −−1970年代のヒット商品「たまご焼き器」もそれで…

 「私は厚焼きたまごが好きなのですが、普通の平たいフライパンで焼くとどうしても5分はかかる。『もっと早く焼けないものか』と考えて作ったのが、このたまご焼き器です。スーパーなどで実演販売をやり、1個980円の商品が1日5000個も売れました」

 −−経営者というよりも心は発明家?

 「今でもアイデアがひらめいたらすぐ会社に行って試作品を作ります。そのためにずっと無休です。でも自分が考えた商品が世に出ていくのは本当にうれしいことですよ」

 〈わかばやし・かつひこ〉昭和8年、大阪市生まれ。大阪工業大学卒。バルブメーカーの設計技師を経て独立。49年には、ハードロック工業(本社・大阪府東大阪市)を設立し、“絶対にゆるまないネジ”を開発した。世界中の鉄道、橋梁、高層建築物などに採用されている。著書に「絶対にゆるまないネジ小さな会社が『世界一』になる方法」(中経出版)。

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2011/4/24  17:47

原発とロボット  日本国内

東日本大震災:福島第1原発事故 ロボットにも放射線の壁 無人重機IC誤作動の恐れ
 東京電力福島第1原発で高い放射線量と戦う作業員の被ばくを防止する切り札として、遠隔操作できるロボットの投入に取り組んでいるのが、政府と東電の事故対策統合本部に設置されたリモートコントロール化プロジェクトチーム(リモコンPT)。しかし、日本は「ロボット先進国」と言われながら、放射線に汚染された環境で動かせる機材がほとんどなく、原発事故を想定してこなかった「安全神話」が、事故後の対応をも阻む形になっている。【青木純】

 ◇チームに危機感
 リモコンPTは統合本部事務局長の細野豪志首相補佐官が統括。民主党議員や東電、大手ゼネコン関係者に米政府も協力して無人化作戦の具体化を急いでいるが、検討作業は遅れ気味だ。メンバーの一人は「作業員の被ばく量は徐々に増えており、このままでは現場で働ける人がいなくなってしまう」と危機感を募らせる。

 同原発では原子炉冷却装置の復旧や、高濃度の放射性物質に汚染された水の処理が難航。作業員の被ばく線量の限度を従来の100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げる措置がとられたが、8日現在、同原発で働く352人のうち21人がすでに100ミリシーベルトを超えている。

 PTはこれまでに、原子炉建屋周辺のがれき撤去や注水のため、1キロ以上離れた場所から無線で操作できるブルドーザーなどの重機やポンプ車を投入。雲仙・普賢岳の火砕流災害で実績のある大手ゼネコンの大成建設などが作業員も派遣している。今後はさらに、放射性物質の放出を止める「遮蔽(しゃへい)」など、原子炉に近づいて複雑な作業ができる精密機材の投入が必要となるが、そのハードルとなるのがやはり放射線だ。

 放射線はIC(集積回路)に使われるシリコンを劣化させるため、ICを鉛の板などで覆わなければ誤作動や故障を起こす恐れがある。遠隔操作に必須のカメラの受光装置も放射線の影響をうけやすく、「通常の災害用ロボットはあっても、原発災害用なんて国内には皆無」(政府関係者)という状況だ。

 放射線に対応した軍事用ロボット「タロン」の提供を米国から受けたが、無線の周波数帯が日本の通信方式と合わず、対策の検討が始まったばかり。遠隔操作の方法には無線と光ファイバーケーブルが検討されているが、無線ロボットを原子炉に近づけるには、建屋周辺に死角がない形で中継基地を設置しなければならない。光ファイバーの場合も建屋近くまでケーブルを引き込まなければならず、結局、被ばくの危険がある人力の作業が必要となる。

 災害対策に詳しい国土交通省の関係者は「東電も研究機関も経済産業省も『原発災害なんて起きるわけがない』と考え、対策を研究してこなかったのだろう」と指摘。経産省原子力安全・保安院は「(原発災害用のロボットを)国内で開発する話は聞いたことがない。『想定していなかった』としか言えない」と認める。

毎日新聞 2011年4月9日 東京朝刊

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2011/4/24  17:36

福島原発2  日本国内

原発元設計者が米メディアで告白 「原子炉構造に欠陥あり」
週刊朝日 3月28日(月)17時27分配信

福島第一原子力発電所の原子炉には重大な欠陥があった−−爆発事故を起こした原子炉の設計にかかわった日米の元技術者がそろって証言を始めた。経済性を優先するあまりに小型に造ったため、冷却システムなどに余裕がなく、地震や大規模停電になると爆発しやすいという。今回の地震では、まさにその心配が現実になった可能性が高い。

 現地時間で3月15日、米CNNが、米国を代表する原子炉メーカーであるゼネラル・エレクトリック(GE)の元エンジニア、デール・ブライデンボー氏のインタビューを放送した。白髪に白いひげをたくわえたブライデンボー氏は悲痛な表情でこう語った。

「福島原発の事故は私たちが想定したシナリオよりもはるかに悪い。このままだと、何千もの命が失われる可能性がある。それが怖くてたまらない」

 遠い米国で、なぜ米国人に福島のことがわかるのか? 実は、ブライデンボー氏は福島第一原発の1〜5号機で使われているマーク1型原子炉の原設計をした人物だった。(※型の数字はローマ数字、以下同)

 今回、最初に水素爆発を起こした1号機は日本製ではない。1号機の建造が始まった1960年代、日本はまだ自力で商業用原子炉を造っていなかった。このためGEが造った。このあと2号機はGEと東芝が共同で建設し、3、4号機になってようやく東芝や日立製作所が主体で造った。炉心損傷を起こしている1〜3号機はいずれも、GEの設計を基にしたものなのだ。

 そしてブライデンボー氏は在職中から、このマーク1の安全性に疑念を抱き、75年に同僚2人とともにGEを退職すると、米原子力規制委員会と共同戦線を張ってマーク1の製造中止を訴えてきた。この3人は、いまでは「GEスリー」と呼ばれている。

 前出の番組でブライデンボー氏はこう語っている。

「マーク1は大規模事故に耐えうるようには設計されていません。冷却システムがギリギリの容量で設計されているため、電力供給が途絶えて冷却システムが止まると、爆発を起こす危険性がある。使用済み核燃料の貯蔵プールも最新型のように自然に冷やされるタイプではないため、電気が切れるとすぐに温度が上がってしまう」

 福島でも地震で冷却システムが止まり、1、3号機はいずれも格納容器の圧力が高まった。使用済み核燃料の貯蔵プールの温度が上がり、消防車などで必死に水をつぎだした。

 まさに氏の指摘どおりだ。一体、このマーク1とはどんな原子炉なのか。

「マーク1が欠陥を抱えているとの米国での指摘は当時から知られていました。格納容器全体の容積が小さいため、炉心部を冷却できなくなって、圧力容器内の蒸気が格納容器に抜けると格納容器がすぐに蒸気でパンパンになってしまう。最悪の場合は格納容器が破裂してしまう心配がありました」

 こう説明するのは68年から77年まで日立製作所の関連会社「バブコック日立」に勤務し、福島第一原発4号機の圧力容器などの設計に関わった田中三彦氏だ。圧力抑制プールを含めたマーク1の格納容器の容量は、新型の「マーク3」の4分の1程度しかない。

「今回、津波による電源喪失などで炉心冷却システムがすべて動かなくなったことで、格納容器が破裂しそうになりました。1号機の格納容器が8気圧になったのがそれを物語っています。運転中の格納容器は中の気体が外へ出ないように1気圧よりもすこし低くしており、設計上も約4気圧までしか耐えられないので、ものすごく大変な事態でした」(田中氏)

 このため東京電力は、格納容器にある「ガス放出弁」を開けて、容器内の圧力を下げざるを得なくなった。そしてこの弁こそ、ブライデンボー氏が会社人生をかけてまで求めたマーク1の安全対策の一つだった。

「80年代後半、私の訴えの一部が認められ、圧力を逃すガス放出弁を取り付けることが義務づけられました」(ブライデンボー氏)

 ガス放出弁がなければ今回、早い段階で格納容器が爆発しただろう。

 しかし皮肉にも、このガス放出弁から出た放射性物質を含む蒸気のために、原発周辺の放射線濃度が上がり、作業員らが被曝している。さらに、炉内で発生した水素ガスも蒸気と一緒に出て、1号機と3号機で水素爆発を起こし、建屋を吹き飛ばした。

 マーク1の欠点はこれだけではなかった。再び、田中氏が証言する。

「圧力容器に付属する再循環ポンプは、重さが数十トンもあるのに支えが不安定で、大地震時に再循環系の配管が壊れないかがよく問題になってきました。もし壊れると、ここから冷却材が格納容器へ噴き出し、『冷却材喪失事故』という悪夢になってしまうからです」

 再循環ポンプは、原子炉内に発生する気泡を取り除くためのもの。最新型では圧力容器内にあるが、福島原発のような古い型では圧力容器の外にある。

「格納容器の圧力の上がり方、水素爆発の起こり方などから推測すると、とくに1、3号機では今回、冷却材喪失事故が起きたように思えます」(田中氏)

 国はこれまで、格納容器の欠点にどれだけ向き合ってきたのだろうか? 

「ガス放出弁について当初は『そんなバカな。格納容器は放射性物質が外に漏れないようにするものだ』としばらく検討していました。設置されたのは90年代に入ってからでした」(同)

 そもそも、40年以上前に設計された原子炉を今も使っていること自体どうなのか。田中氏は言う。

「日本の原発には法的な寿命がありません。設計者は耐用年数を40年としてきました。1号機は40年を過ぎていますが、日本は米国をまね、90年代に入って最長60年まで使えるとの見解を示しました」

 マーク1のコンパクトな設計については、ロシアの専門家は、
「安全性よりも経済性を優先した結果ではないか」
 と、指摘している。ブライデンボー氏もCNNのインタビューで、こう話す。

「社員だった当時、上司にマーク1の廃炉を嘆願すると、上司は『そんなことをしたら、わが社の原子炉部門だけでなく、会社自体がなくなってしまう』と聞き入れられなかった」

 被災から11日後の22日に、福島原発にはやっと電源が回復し、温度計が復活した。1号機の圧力容器の温度が設計限界の309度を超える400度だったことがわかり、東電はあわてて炉内への注水を増やすことにした。しかし、注水を増やすと、それによって発生する蒸気で圧力容器内の圧力が格納容器に抜けて、再び格納容器が爆発する危険が高まることになる。

 小さかった格納容器という欠陥が、今も福島原発を苦しめている。

◆現場作業員が語る「あのボロい原発が・・・」◆

 地震が起きた瞬間、私がいた福島第一原発の建屋では電気が消え、上から電球などいろいろなものが落ちてきました。サイレンが鳴って、「外に避難してください」というアナウンスが聞こえ、大勢の人たちが駆けだしているのが見えました。みんな口々に、
「爆発するんじゃないか」
「放射能にやられるかも」
 とさけび、原子炉から離れた事務本館に殺到。パニックになりました。最初は「落ち着いて」と制止していた警備員も、いつの間にか一緒に走っていました。

 本館で自分の車のカギを取って逃げようとしていると、おそらく東京電力の関係者が、
「帰るかどうか、もう勝手に自分で判断してくれ」
 と声を張り上げていました。もっとも、その本人がだれよりも早く逃げる態勢を整えていたのはびっくりしました。

 車にたどりつき、
「津波らしい」
「すぐそこまで来ているぞ」
 という声を聞きながらアクセルを踏みました。車を少し走らせ、高台で原発の方向を振り返ると、まさに津波が原発に襲いかかっていました。

 これで福島第一は終わりだ、あのボロい原発が倒壊して放射能が漏れたらどうなる−−と思うと、背筋がぞっとした。かなり頑丈な建屋が水素爆発で無残に吹き飛んだ姿を報道で見たとき、この考えは間違っていないと確信しました。

 地震の翌日だったか、施設の地下で働いていた作業員2人が行方不明だと聞きました。一人は顔見知りでした。放射能の餌食になっていないか、本当に心配です。

 その後、友人経由で東電の下請け会社からメールが来ました。

〈現在の報道は非常にセンセーショナルで、当社が確認したところでは、そこまで深刻ではないとの回答を東電サイドから得ています。今後、多数の方々のお力を必要といたします。これまでのベースから日給3倍をめどにご賛同をいただける方々を募集しております〉

 3倍なら日給5万円です。より危険な区域を担当したり、経験が豊富だったりすれば10万円という話も聞きました。「もしものときに人手がいるから登録だけでもどうかな」という誘いもあります。

 しかし、応募した人はいないとか。下請け会社の話だと、原子炉への海水注入を迫られた際に東電側は、
「この原発にどれだけカネを使っているのか、知っているのか。原発がなくなれば、お前らの仕事もなくなるぞ。海水を入れて廃炉にするなんて、とんでもない」
 と言い放ったというぐらいの会社ですから。

(本誌取材班=本誌・堀井正明、三嶋伸一、大貫聡子、永井貴子/今西憲之、シャノン・ヒギンス)

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2011/4/24  17:33

福島原発1  日本国内

大前研一氏が日立を辞めた理由に東電からの原発開発門前払い
2011.04.24 07:00

 かつて日立製作所で原子力発電の設計をしていた大前研一氏が、日本の原発設計の盲点を指摘する。

 * * *
 福島第一原子力発電所の事故で東京電力の対応が後手後手に回った原因の1つは、同原発の原子炉を設計したのが日本企業ではなく、アメリカのGE(ゼネラル・エレクトリック)だったことである。

 1号機と2号機はGEが設計・製造から据え付け・組み立て・試運転指導・保証責任まですべてを請け負い、キーを回しさえすれば設備が稼働する状態で引き渡した「フルターンキー」、3号機と4号機は東芝と日立製作所がそれぞれGEの設計に基づいて“国産化”した(GEからライセンス供与を受け、若干の修正を加えて製造した)、いずれも「マークT」と呼ばれるBWR(沸騰水型原子炉)だ。
 
 福島第一原発に限らず、当初の日本の原子炉は、フランスやイギリス、カナダ、ロシアのように独自の炉を開発するのではなく、アメリカのGEとWH(ウエスチングハウス)が開発した原子炉をそっくりそのまま導入するか、設計図をもらって見よう見まねで造ったものなのである。

 とくに東電は、GEを崇め奉っていた。私が日立製作所の原子炉エンジニアだった当時、新しい分野だった高速増殖炉で独自に考えた設計図を持っていくと、それには見向きもせずに、GEのお墨がない原子炉など要らない、と門前払いを食らった。
 
 日立が技術提携しているGEの設計のままでなければ、東電は一顧だにしなかったのだ。私がわずか2年で日立を辞めた理由の1つがそこにある。せっかく日本独自の原子炉を造るために必死で勉強したのに、結局、GEの技術指導を強いられたのでは、原子炉を設計している意味がないからだ。
 
 要するに東電(そして当時の動力炉・核燃料開発事業団)は、自分たちで創意工夫する原子炉の建設を放棄していたのである。

 東電のオペレーターは、ひたすらGEのマニュアルを勉強して覚えるだけ。自分の頭で考えることがない。だが、アメリカと日本は事情が違う。日本ではGEの設計者が経験したことのない大地震、想定していない大津波が起きる。ここに「フルターンキー」と「名ばかり国産化」の大きな盲点があった。

※SAPIO2011年5月4・11日号

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2011/4/19  11:05

仙台フィルとOEK  日本国内

仙台フィルハーモニー迎え復興支援コンサート−「がんばろう東北」テーマに /石川
みんなの経済新聞ネットワーク 4月18日(月)12時55分配信


 震災被災者を音楽の力で癒やそうと、仙台市内で無料演奏会を開いている仙台フィルハーモニー管弦楽団とオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)が共演する「大震災からの復興支援コンサート」が4月18日、石川県立音楽堂(金沢市昭和町)で開催される。(金沢経済新聞)

 コンサートのテーマは「がんばろう東北 つながれ心 つながれ力」。谷本正憲知事や山野之義金沢市長ら9人が発起人となり、2007年3月の能登半島地震の際に全国から支援を受けたことへの恩返しとして、OEKと合同公演開催などで交流がある同フィルを招き企画した。

 仙台フィルは活動拠点のホールが被災し、フル編成での地元公演はままならないが、小規模の演奏会を仙台市内で開き、被災者を励ましている。今回のコンサートは、入場料収入から移動費や宿泊費などの公演経費を除いた全額を仙台フィルに渡し、今後の活動費用に充ててもらうのが趣旨。

 当日は、オープニングで元ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスターの安永徹さんと仙台フィル、OEKがJ・Sバッハの「G線上のアリア」を献奏し、震災の犠牲者を悼む。仙台フィルはまた、郷里の復興への願いを込めてシベリウスの「フィンランディア」を演奏。OEKと合同でドボルザークの交響曲第9番「新世界より」も披露する。

 入場料は、一般=5,000円、大学生以下=2,000円。全席自由。チケットは同音楽堂チケットボックス(TEL 076-232-8632)で販売している。

 OEKの後藤敏秀ヴァイス・ゼネラルマネジャーは「一般5,000円の入場料は少し高いが、半分は義援金だと思って、ぜひ足を運んでほしい。OEKはトロンボーンがおらず、弦楽器も少なく、普段、『新世界より』は演奏できないので、この機会に聴いていただければ」と来場を呼び掛けている。

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4月19日 北國新聞

復興願う響き 金沢で仙台フィルがOEKと共演

 東日本大震災で被災した宮城県の仙台フィルハーモニー管弦楽団を迎えた「大震災からの復興支援コンサート」(北國新聞社特別協力)は18日、金沢市の県立音楽堂コンサートホールで開かれた。震災から初めて大編成での演奏会に臨んだ楽団員約60人は音楽ができる喜びをかみしめながら、オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)と復興を願う友好のハーモニーを響かせた。
 コンサートは、4年前の能登半島地震の際に全国から寄せられた物心両面の支援に感謝を込め、「がんばろう東北 つながれ心 つながれ力」を合言葉に谷本正憲知事らが発起人となって開かれた。県内に避難している被災者も招待された。

 ステージでは前ベルリンフィルハーモニー管弦楽団コンサートマスターの安永徹氏らがバッハの管弦楽組曲第3番の「アリア」を震災犠牲者にささげた。続いて仙台フィルが、OEKの初代首席客演指揮者も務めた仙台フィル正指揮者の山下一史氏、OEK音楽監督の井上道義氏の指揮でOEKとの共演、単独でドボルザークの「交響曲第9番『新世界より』」などを演奏すると、会場から大きな拍手が湧き起こった。

 仙台フィルは震災で拠点のホールが使用できなくなり、6月末まで全ての公演が中止となった。久しぶりの大きなステージで緊張したというオーボエ奏者の西沢澄博さん(31)は「夜も明るい金沢は別世界のように感じるが、皆さんの普段通りの生活が復興につながる。被災地の僕たちが元気に頑張る姿を見て、暗い気持ちを吹き飛ばしてほしい」と話した。

 会場では仙台に届けるメッセージボードも用意され、来場者が「金沢からできることを頑張る」「明けない夜はありません」などと書き込んだ。開演前のロビーでは母親が福島県で被災した金沢市のサクソホン奏者筒井裕朗さんとピアノの堺洋子さん、ハープの上田智子さんが復興を願い「見上げてごらん夜の星を」などを披露した。

 今回のコンサートは、OEKメンバーは無償出演で、チケットの売り上げから仙台フィルの移動・宿泊費などを除いた全額が同フィルに託される。


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コメント

アンコールは2曲
まず、OEKの井上道義氏指揮で NHK大河ドラマの主題曲「利家とまつ」
続いて、仙台フィルの山下一史氏指揮で、同じくNHK大河ドラマの主題曲「独眼竜正宗」。
なかなか粋な選曲だと思いました。

アンコール終焉後も、観客総立ちで拍手喝采し、舞台が掃けた後も「がんばれー」のエールが続き、最後は、指揮者2人と仙台フィルのメンバーが楽器を持たずに舞台挨拶に出てくるなど、通常のクラシック音楽会ではみられない、とても温かな雰囲気の演奏会でした。

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