『道の駅・高千穂』で一晩過ごし向かった先は…
はっきり覚えていませんが、宮崎県といえば
伊東氏と、思い込み伊東氏関連へ。しかし伊東氏48城を全て周る事もできないので都於郡城と綾城と飫肥城のみ。この三城を一日で見て回ったのを覚えてます。
今回は
都於郡城のみの説明入れておきます。但し手元史料写しの為、何処かで見たことあるかもしれませんが堪忍して下さい。
日向・都於郡城
所在地 = 宮崎県西都市都於郡町
形 式 = 山城 築城者 = 伊東祐持
都於郡城は、建武4年に伊東祐持によって築かれた。 伊東氏は、源頼朝の寵臣工藤祐経が日向国の地頭職を受領し、代々伊豆伊東を本貫地として、日向には代官を派遣した。伊東祐持は足利尊氏に従い戦功があり、日向国都於郡を与えられ日向に下向して都於郡城を築いた。以後、都於郡城は伊東氏の本城として拡張整備され、また伊東氏48城の支城網が整備された。
伊東氏は義祐の代に最盛期を迎え日向の大半をその版図としたが、天正5年に薩摩の島津義久に敗れ、豊後の大友宗麟を頼って日向を去った。等々…
遺構は曲輪、空堀、土塁などで現在もそれがみてとれますが、僕自身この頃、まだ食あたりの影響が残っていた為、写真等は一切撮っていませんでした…本当に勿体無い。
また機会があれば行って見たいです。
(北へ話が向かって行くつもりが南へ向かってました。おかしなことです)
こんなんですが気長に付き合って下さい!