いや〜 もう無くしたかと思ってました!
とりあえず発見したこともあり、もう一度時代をさかのぼります
読み返してみると、最上義光の祖は【斯波兼頼】となっていました。
『相馬文書』に暦応二年(1339)三月二十日の氏家十郎入道誠注進状案なるものが、最上の重臣、氏家氏伊豆守・尾張守らの祖となるそうな…
『相馬文書』の一部
【正員式部大夫兼頼年少の間、代官氏家入道々誠、判形を加えしめ候ところなり】
とあって、足利方の総大将として指揮にあたっていたことが、『余目記録』にもあるそうな…
僕にはさっぱり分からないので、義守辺りまで適当に飛ばします。
(知ったかぶりみたいになりそうで恐い…)
また読み直して、再開していけたらいきます