2006/9/27

追加:ソウルフラワーユニオン  




◇知らない方もぜしっ!

ソウルフラワーユニオン、絶対におっさん・おばはんもいけると思うけどなあ〜

ライブは、ほぼ10〜20代、いちぶ30代?って感じで、ノリは今のもんなんだけど、まあ、そおいうライブ行ったからって、おっさん・おばはんが意識して「ダイブったろか!」的なノリを構えることはないし。
だいたい、ガキだけに聴かしておくんでは、ほんま、もったいない!(あ、ガキの方、すんません)

普通にリアルタイムでストーンズを聴いてたとか、アイルランド系ミュージシャン好きだ、とか、ある程度、基盤があって、今でも、たまああにCD屋さんとかのぞいちゃう、ってなれば、中川敬(リーダーね)、ほんと、いいですぞお〜。

で、このバンド、ユニットがいろいろあるけど、どのユニットもライブで本領発揮。
ライブはCDの100倍良いんだけど、とりあえず、CD、聴いてみる?

ベスト盤が「ゴースト・ヒッツ」ってゆうタイトルで出ていて、93年から96年まで、95年〜99年、んで、この9月に3枚目、00〜06年が出た。

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今なら初回限定で5曲のDVD付き!
「満月の夕」もDVDでやってるし。

あと、アマゾンがなんでだかソウルフラワー祭りみたいに値引きやってて、この新譜なんかいきなし15%オフなんだよ!
きっとまだ大丈夫だよ。

ここで→ お値打ちアマゾン



つまごいライブで15,000円も払うおっさん・おばはん(ま、それはそれで良いと思うのだけれど)世代ならばこそ、現役なシーンにだって全然いけますぜっ!

(そおいや、今日、古書店で鳴ってた白髪のおっちゃんの携帯、ミスター・タンブリンマンだったなあ〜)



2006/9/26

適当にいもを焼いてみる  



◇秋のさらたも甘味亭はさつまいもだ。
さつまいもは甘い。
そのままでも全然甘い。
かといって生では。
とんきちくんじゃあるまいし。

◇で、ちょっと焼いてみる。
適当にざくざく洗う。
皮がついたままで1センチぐらいの輪切りに。
フライパンにちょっぴり油。
輪切りのいもをじゃらじゃら入れてしゃかしゃか焦げ目をつける。
適当に焦げ目がついたら適量のお湯をざあああ〜〜っていれて蓋をして蒸し焼き。
お湯がなくなった頃、だいたい柔らかくなっている。

これだけでけっこう美味い。
おかずにもなるしね。


◇もうちょっとお菓子っぽくする。

蒸し焼きのいもを適当につぶす。
しっかりつぶしたい時はしっかりつぶす。
それが面倒な時はしっかりつぶさない。
どちらでもそれなりに出来上がる。

つぶしたいもになんだかんだを入れる。
おいらは家にあるものをそん時そん時で適当に使うので大体こんな感じのもの↓が入るのである。

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量も適当。
粘り具合とか相談しながら。


@ライスドリーム(ヴァニラ味)適量
自然食品屋さんでそこそこ手に入る玄米ドリンク。豆乳のさっぱり系といった感じ。甘みもあり、そのまま飲んでもサイダーで割ってもいける。(サイダー割りはおいら流。クリームソーダみたいで実においしいのだ。)
アメリカのスーパーではどこでも山のように種類豊富に売っている人気商品。

A甘酒のもと適量
穀物系の甘味として実に重宝な甘酒のもと。使い勝手も良い。
もちろん、お砂糖とか入っていないもので。いろいろあるけど、おいらん家でわレアな黒米の甘酒のもとなのだ。これがなかなかお安い。お馴染み、飛騨の下呂方面で入手。

Bケミカルじゃないバニラの汁ちょっぴり
自然食品屋さんで見かけるけど結構高い。ちっこい瓶で1,500円くらい。アメリカでも7〜8ドルと、そこそこ高かった。なくても全然大丈夫。

Cオーガニックココナツパウダー適量
これもかなり好みかも。おいらは結構使うけど。
焼く前に振りかけるって方法も使ったけど、混ぜちゃったほうがココナツ風味がしっかり。

Dレーズンとか干しイチジクとかくるみなんかの木の実系とか適当に放り込む。
レーズンは焼き菓子にせよ寒天系にせよかなり甘みが膨らむのでおいらは結構使ってしまうのだ。

以上をこねこねこねこねする。
あんま、汁が多すぎて、ゆるゆるにならないように。
でも、結構ゆるくても焼いてしまえばそこそこなもんになるんだけどね。

取り分けてオーブンで20分くらい。おいらは180度で焼く。
焼きが足りなかったら温度を下げてあと5分くらい焼けばだいたい大丈夫。
焼く前にレーズンとかで飾ってもお菓子っぽいぞ。

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冷蔵庫で保管すればしばらく大丈夫なんでおいらは焼けるだけ焼いてしまう。
でっかくまあるくケーキみたいに焼いてもきっと楽しい。

何回か作ったけど、すげえ美味い時とまあまあ美味い時があった。

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すげえ美味い時はつい販売したくなる。
300円くらい?
あんま、もうからんな。ぷぷ


2006/9/25

ほげらずソウルフラワーユニオン  



◇ライブである。
再びほげっているばやいでわない。
9月24日はずっと前から決まっていたライブなのじゃ。

中川敬・ソウルフラワーユニオンでのユニットライブは1年ぶり。
去年と同じ大須のELL。
前回はタバコ吸ったなあ〜。ああ〜吸った吸った。禁煙じゃなくていいなあ〜って思って、吸ったなあ。


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こおいう体になって始めて思うんだけど、不特定多数の人間が集まるところでの喫煙って、やっぱ、不公平じゃないかって思う。
さんざんそおいう場所で吸いまくってきたおいらなんだけど、そう思う。
禁煙じゃないからどんなに込み合っている会場だって、吸いたい人は吸う。んで、となりで煙を拒絶したい人は、う〜ん、なあ〜〜んも、しようがなくガマンする。
そおいうリスクを覚悟で来てんだろお〜?ってなもんだ。
おいらもね、ずっとそう思ってたから。

しかし、この話は割が合わない。
タバコの煙が一部の人にとって有害であることは証明されている。
なのになんで同じ条件でライブ(例えば会社でも、レストランでも)に来ているのに吸いたくもないタバコの煙を吸わされなくてわいけないのか?

じゃ、なにか?蚊取り線香をたいてもいいのか?
腐肉を体中にまきつけてきていいのか?
関係ない歌を大声で唄いまくっていいのか?

タバコの煙は吸いたくない人に迷惑でわないのか?

禁煙じゃないから混雑していてもタバコを吸う、という行為が唯一納得できる条件は「タバコの煙が苦手な人は入場禁止・すぐさま出て行け!」というカルト姿勢をうち出すべきで「会場内はタバコが吸えるので苦手な人はそれでも良いですか?」では不公平なのである。
ならば、腐肉を体中に巻いていってやろうか?である。

ソウルフラワーユニオンはちょいと前から入場料に子供料金を設定している。
昨日だって親子同伴、小学校低学年生もちらほら来ていた。
そんな子供の横でだってへっきでタバコ吸っている。

禁煙じゃないから、っていう理由だけで喫煙。
ちゃんとした大人なんだから、普段はきっといろんなこと、いろいろ配慮できるやつもいるだろうに。
ああ、おいらも同じだった。
なあんも配慮できなかったさあ。
ばかな大人だったさあ。
ごめんよお〜みんなあ〜ごめんよおおおお〜〜


タバコはやっぱ、習慣や中毒なんかじゃないね。
吸ってた時わ、あれやこれ、勝手に理由つけちゃってごねちゃったりで。
タバコはあれだ、単なる洗脳なんだって、つくづく思っちゃたのだった。

ライブが最高に盛り上がった分、タバコ大人が目に付いたようで。
まじでライブハウス用、ハードコアな煙遮断マスク、発売されんか?





2006/9/24

ほげらず、フラガール  こんなこと




◇映画・フラガールである。


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おいらはそこそこ南国好きである。
この南国コーナーも今でわ、パラダイスな湯やら南国ショーケース(未発表)などと増殖し、再び2年の時を経て、我が家のあちこちにて「怪しげ南国」が展開される羽目に。
して、この映画・フラガール、内容が常磐ハワイアンセンターオープン秘話物語となれば、怪しげ南国の頂点のような話であるわけで、やたらそそられずにわいられない。
ほげほげの時差ぼけ状態とはいえ、9月23日、ずっと前から、初日に観るぞって決めていたイベントだけに、ほげってるばやいでわないわけで、いそいそお出かけした。


いやはや。

ほんま、良い映画でした。
やたら解かりやすいけど飽きないし。
ジェイク・シマブクロのオリジナルサウンドも抜群。
とりあえず映画館に足運んで、お金払って観ても、損は無いとおいらは思うんだけど。


生きることは実わ苦しくて哀しい。
その基本精神を知っているがこその希望、未来。
人生も、南国も、ただやみくもに明るく、楽しく、暖かいわけでわ、ない。
だからこそ、人生を明るく、楽しく、暖かく生きることは本当に大切なことなのだ。

おいらにとって、とても大事なテーマが映画に観えたような気がした。

んで、昼1時からの上映には映画終了後、初日舞台挨拶の生中継オマケつき。なんだか、ちょっと得しちゃったのだ。

おいら、関係者じゃないけれど、フラガール、是非、観ましょう!

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2006/9/23

ほげほげな生活  こんなこと



◇早起きである。
ごぜん2じ30ふん。起き。
寝たのは夕方4じ。

あはは
単なる時差ぼけである。


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ただし、ゆうておくが、時差ぼけなるものをなめてかかってわいけない。
今回、はっきり解かったのだが、規則正しき生活を営めば営むほど、時差ぼけ指数は上がるのだ。
というのも、今回以前の出張で、アメリカに入る時の時差ぼけはまあ見事に、無かった。
自慢じゃないけれど、お病気以前のおいら、規則正しき生活に一番縁遠いところにいたわけで。
ま、日々の生活を何時に寝て何時に起きるという基準でわ考えていなかったということだ。
日々の区切りは仕事の区切りであり、その区切りで寝て、おきて、ご飯食べて、また寝て、って感じであった。
なので、生活に一定のリズムなんてまるでないわけで、そのままアメリカに入ったところでどってことわないのでる。
ただし、アメリカでの生活わ、仕入れの都合上、早寝早起きの規則正しき生活を強いられたわけで、帰る頃にはちゃあんと一定のリズム、規則正しき習慣が身についている。
よって、ある年齢を過ぎた頃からなのだが(おいらの場合45歳くらいから)帰国時の時差ぼけが降って湧いたように、どしゃあ〜って、きた。

なめてわいけないのわ、ここからである。

情けない話、以前、帰国後のほげほげ状態で、追突事故だってやっちゃったし、もう、とにもかくにも、夕方になると、脳が閉じてしまう(感覚)のだ。
ねぶいとかぼ〜と、とか、そんなんじゃなくて、まさに「がらがらぴっしゃあ〜ん!脳の閉店やあああ〜〜〜」なのだ。
そん時の体調にもよるけど、ひどい時は10日ぐらいそんな状態。
夕方からのほげほげ。
晩御飯なんかちゃあんと食べたかどうかも覚えていないくらいなのだ。


で、今回はアメリカに入った時点でこれだった。
日本でずっと規則正しく生活していたからね。くると思ったよ。絶対。
とりあえず、4〜5日辛かった〜。


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(クマじゃないぞ。クマみたいだけど。え?やっぱ、クマか?)

んで、帰国。
帰国後、次の日にたっぷり寝ちゃえるタイミングだとわりかしゆるい時もあるけど、残念ながら次の日はどうしても朝から仕事。
お昼過ぎには帰ってきたけど、ああ、夕方4時、だうん。
目覚めが夜中。

というわけ。

け。
再び、ほげほげな生活の始まりである。





2006/9/21

ありきたりな話ですんません  おもうこと


◇ずっと思っていた。
世の働く大人たちの皆と同じように、自分の時間が欲しいぞ、と。

でも、今にして、その「自分の時間」と言う定義が、おそらくはまったく曖昧だったような気がするのだ。


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   ラリーんちのシンディーくん

例えば、出張中に好きなライブがあっても行けない。
例えば、仕事が忙しくて温泉に、ダウンヒルに、映画に、芝居に、買い物に、花火大会に、お花見に、習い事に(ぷぷ)、などなど、「ほとんど」行けない。
本を読む時間だって「ほとんど」ない。
ああ、だから「自分の時間」が欲しいよお、って。

そんなもんだ。

ま、早い話、塾に行かにゃあならんのでテレビゲームをする時間がすくないよお、ってな感じ。
考えるまでもなく、おいらは親に言われていやいや塾通いを始めたわけではないし、ゲームが「ほとんど」出来ないだけで、まったく出来なくなってしまったわけでもない。
まさしく、ないものねだりをする子供の如き振る舞いが日々の心情になっていたようだ。


おいらはこの仕事が本当に好きで始めた。
時間や体力的に厳しいのは比較対象の問題で、おいら以上に厳しい仕事をこなしている大人はいっぱいいる。
いや、人に限った事でわない。
例えば皇帝ペンギンはどうだ?
極寒の中、ずううっと、子育てと餌集めだけだ。
花火大会を観にいっている奴など、まずいない。
ううむ。
皇帝のくせして、皇帝ペンギンのほうがまったく厳しそうだ。

その点、おいらは紛れもなく代表的庶民だし、ましてや好きで始めた仕事である。
なんの不満があろうことか。

なのに、いつの間にやら、仕事での第一義とする達成感は、そこにまつわる二次的な義務感や環境から生まれる必然的なプレッシャーによって熱を奪われ、幾重にも幾重にもまるで氷の層に包まれるかのように氷結していったのでわあるまいか?
そして、その中心で凍っていたそれは、それこそが、本当の意味での「自分の時間」だったのでわあるまいか?

図らずとも、今回、長い間ずっとお世話になった方々ひとりひとりにお礼や挨拶をしていくことで、幾重にも層を成していた氷のような義務感やプレッシャーは溶け出した。
それは不思議な現象であった。
少なくとも、それを意識できる事が、自分にとって、とても不思議な思いであった。
いろいろな場面を思うと全てが楽しかったと思える、その不思議さとも重なる不思議。

そして、現地ですべての仕事が済んだ今、あんなにも欲しかった「自分の時間」は皮肉にも、全ての時間の流れの中心にあったんだって、理解した。
んで、不思議と思えたのわ、実は、あるべくものが解りえなかった違和感にすぎなかったのだ。


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 デイトン飛行場で長年出張を共にしたばっぐくん


おいらはちゃあんと「自分の時間」を持っていた。
いや、誰よりもずっとずっと十分に持っていた。
ただ、それに気づいていなかっただけだった。
まあ、それに気づかず、たとえ願っていた「自分の時間」が幻だったとわいえ、それが希望として存在していた事実を思えば、まったく救われないわけでもないのだが。


生きるとはまた、こおいうことの繰り返しなのかも知れない。

いつだって本当のことは見えにくい。
解り得にくい。
違和感の連続。
それを不思議と捕らえる思い。
日常となればなるほど、その中心にあるものは、見えていなかったりするわけで。

ん?ありきたりといえばありきたりの話だなあ。
まあよい。
要はここからの話だ。

流れ行くここからの新たな時間において、それが、短かろうが長かろうが、再び大切な何かを覆被してしまうような事のないように。ああ、絶対にそんな事のないように。
現実の中のほんとうの希望が見出せるように。
なんとしてでも。
じっちゃんの名にかけて。


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  (帰りは何とか順調で、珍しくすいていたノースの機内)


2006/9/18

フリーマーケットな日常の区切り  おもうこと


◇スプリング・フィールド(オハイオ)のフリーマーケットで仕入れ。
10年間以上通っている馴染みの場所だ。

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毎月定期的に開催されているのだけれど、9月は年に3回のでかいマーケットで、金曜日から3日間の日程になっている。
なんだけど、毎回毎回、3日間のうちどこかで雨に降られる。
会場は土のグラウンドなので雨が降ると足場はぐちゃぐちゃだ。もう、服から商品まで
べちょべちょ。
最近のように、スタッフが一緒に来るようになってからずいぶん楽になったけど、それ以前はずっと一人でまわっていたわけで、それはもう、なかなかなエキサイティングな日々を過ごしたっけ。


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そして、今回、3日間すべて、雨は降らなかった。

実は今回の仕入れで、おいらのバイヤー生活は一区切りにする。

もともと、「バイヤーを辞めようと思っていた時期」とほとんど変わらないわけなのだが、おいらがバイヤーを辞めると、なるほど、必然的に営業の仕入れが成り立たなくなって、会社そのものの運営が出来なくなる。
実に簡単明瞭な仕組みで、まったくもって、いいかげんな会社なのである。

というわけで、おいらの卸会社は今年いっぱいで、終わることに。
その後の予定はまだ決まっていない。
とりあえず、ひと段落ってわけ。

そおいう思いを抱えて会場を回っていると、なんだか、ちょっと、くるのである。
うううっ、って。

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おまけに、久しぶりの仕入れなので、馴染みの業者が皆、どうしてた?元気してたか?って声をかけてくれたりするものだから、そんなもんだから、なんだか、ますます、くるのである。

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気合を入れて、いちばん最後の仕入れアイティムはなんにしようかって探したけれど、結局、50セントのプラスティックフィギュアで終わっちゃった。

しょぼいけど、これは、記念に売らないで持っていよう。

いろいろあって、いろいろ、いろいろあったけど、ああ、この仕事をしていてよかったって思う。

ほんとうに、どの場面を思い出しても、ああ、楽しかったって、そう、思えるからだ。
ほんとうに、そう思えるから、なんだか、それはそれで、ふふ、ちょっと不思議であるのだけれど。

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(ラリーとみんなと)

2006/9/14

時差ぼけなボケ  



◇相変わらずノット・ナイスなノース。
最近ではアメリカ人スタッフのみならず、逆切れ日本人バカ女予約オペレーターの登場でますます程度の低さに磨きがかかった感じ。

件のバカ女予約オペレーター事件は思い出すのも不愉快で、その内容を説明はしないが、このクラスの企業の対応としては最低・最悪とご理解いただいて結構。さすがノース・ウエストだ。

9日からシカゴ入り。
術後初の出張は国際線の遅れにて、予定乗り継ぎ出来ず。

12日はシカゴ〜デトロイト〜コロンバス。
デトロイトで荷物が載らず、コロンバスで荷物待ち3時間。


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ま、こんな感じ。
なかなか時差ぼけも手伝ってクールな気分満載である。

そしてなんだかさぶい。
ここぞとばかり、長袖をごそごそ買い込む。

帰国は21日。



2006/9/2

メダカ繁盛記(か?)  



◇メダカの赤ちゃん、差し上げます。

取りに来てくれる方、限定。
ヒメダカと混じりクロメダカ。

ヒメダカは近所の熱帯魚やさんでえさメダカで売られていた子達。
うう〜
でっかい熱帯魚用のえさ金魚とか、えさメダカって、売ってるんだぞ。

20匹のえさメダカたち、結構早い時期、得体の知れぬ伝染病でばたばた死んじゃって、5〜6匹になった頃、2世代目が生まれる。
2世代目たちはいっとき、2つの臨時育成めだか鉢にて、それぞれ圧倒的な数で王国を築き上げたのが、皆、成魚になる以前に何らかの理由であろう、一夜にして7匹を残し、全て滅び去る。
王国崩壊の理由は、7月の長雨のあと、急激に気温が上がり、水温もアップしての酸欠でわないかと思われるのだが、定かでわない。

その時期とほぼ同時期、3匹残っていた1世代が1匹を残し、なぞの水中螻蛄みたいなのに食われて死んでしまう事件がおきた。
これは結構ショックで、早い時期に螻蛄を別水槽に移し変えなかったことが悔やまれた。

その後、1世代(メス)と2世代(オス3匹、メス4匹)の安定期が続く。
しばらくして、2世代が成魚となるや、1世代と2世代のオス、メス、各1匹(計3匹)の鉢と残り5匹の鉢に分ける。


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7月後半、なんとわなしに、ユニーで見たカブトムシコーナーで売られていたクロメダカ(1匹60円也)2匹を衝動買い。
1世代の鉢に入れる。(結果的にクロメダカは2匹ともメスであった。)

8月、3世代目がボカスカジャンと誕生。
1世代の鉢は2世代のオスが1匹だけなので、もう、大変だ。

黒い子は2世代のヒメダカとの混血となるわけだ。

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ヒメダカを川に流してはいけないのだが(クロメダカの生態系が変わってしまうので)お家で飼っている分はまあ、勘弁してもらおう。

現在、4つの鉢に、ちびだけメダカ王国が繁栄しているのだが、ヒドラ被害(実害多し)や、懸念される突然の酸欠による王国崩壊など、心配わ尽きない。

まだまだちびっこいメダカたちでわあるけれど、これといったお病気もなく、容姿端麗、良妻賢母、血統もはっきりしている。(のか?)

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どうでしょう?
どなたか、世代を継いでわくれまいか?





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