2007/1/21

買い物エレジー  




ううむう。
すごい。
名古屋は特別なんだろうか?
いつの間にやら、街は、ブランドのお店だらけだ。
いったいおいらはいつから街をしらんかったんだろお?

街のデパートとかへは、まず、お買い物に行ったことなかったでね。ここ20年くらい。


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ちぇ
だけど、おいらは日々買い物の仕事をしていたわけで、いつだって買い物ばかりしていたのにね。
そんで、おいら、買い物のプロを自認して、『名古屋の買い物おじさん』としてかなりの買い物レベルに達しておったと思いきや、いやはやどうして、街にいる、あの人々の、見事なまでな買いっぷりに比べたら、んなもん、しょぼい「ぱしり」レベルな買い物やったんや、と。つくづく。

******

んで、ケーキって、言わんね。
ケーキはスイーツだし。
ほんと、もう、街にはやられっぱなしだ。
そんな街のスイーツ屋さんは、とにかくやたら混んでいて、そんで、随分、お高い。
定食屋のとんかつ定食くらいする。
大丈夫か?とんかつ定食。がんばれ、とんかつ定食!

で、問題はさらに深刻な事態をむかえる。

びとんとか、そおいうブランド店も件のスイーツ屋さんに負けず劣らず混んでいるわけで、凄い。
して、なんで、この時期?
断じて、ばあげんやせえるなどでわ、ない。
もう、1月も20日となれば、おいらたちの商いの世界では見事なくらい消費がへこむ。さっぱり物が売れん時期なのに、だ。

ここはスイーツ屋さんか?ってな勢いの混み具合でわないかって話だ、実に。
これとあれ、あれとそれ、やっぱ、あっちも。
へい、まいど。って按配で、お品が動く。

さっきのとんかつ定食ならばすぐ200人前〜300人前だ。

あれだ、いやがらせか?
3丁目の山だだけど、おすし200人前ね。か?
山ださんちに嫌がらせか?
はたまた、いんちき免税店か?
国内だと12万円のお酒が3万円よ、なあんて安いの、頂くわ、か?
安いのか、それ、安いのか?3万の酒て、安いのか?
いや、そんなもんじゃあ、ない。
国内で12万円のお財布が12万円よ、ええ、頂くわ、て。


◇実に見事な買いっぷり。
んで、ひととおりみてると、お店に入っているお客さんが買う率、高いんだこれが。
ひやかしなお客はおいらぐらい。ぱしりおいらぐらい。
ひとっぱしりお客さんにコーラでも、って気分。
いやはや、いいです、コーラ代はおいらが持ちますって、気分。


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******

ううむう。
街はすごい。
人々はすごい。
世の中は、すごい。
そして、なんだか、そんな街にもしゃもしゃエネルギーが満ちている。

そして、今にして、解る。
買い物は自らのための消費にあってこそ、そのエネルギーは完全型を呈する、ということ。
おいらの如き、利潤を追求しての買い物が、ああ、たとえ1,000億兆円あったとしても(ないけど)そこからはその崇高な気高きもしゃもしゃエネルギーは生まれない。

一度、機会があれば、ギフトショーとか見本市の仕入れイベントなんかに足を踏み込めばお分かりになるだろう。
買い物であって、買い物でなし。
その場のエネルギーは負のエネルギーとして、そして、対極だ。
おいらは近年、その負のエネルギーを結構感じ得てなかなか嫌であったりもした。

ふふふ
ふははは
うははははははは

買い物にして、買い物。
おいらは、いまや、もう、デパートで、大京都展において、しょおもない、明らかに小売価格の天守閣である商品を、買う。
ふと見上げれば、ああ、なんの負もないプリミティブな買い物エネルギーがおいらから沸き立ち、そこに、ゆるやかなトルネードの如く、あった。

(なんのこっちゃ)





2007/1/16

誰も知らない、けれど、まあ、そこわそこで  




◇「誰も知らない、もうひとつの地球(プラネット)・本城直希写真集/スモールプラネット」
今頃、なんだけど、一寸前に買った。
不思議な被写界深度で撮った風景が模型に見えてしまう、あれだ。


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(ぱちもんの写真。ええのか?こんなんでええのか?ぱちもんでええのか?)  

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(もいちど下呂。先週末わ下呂だったでね。スモール・下呂。ぱちもんの世界。)




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(なかなか上空から良いサイズでの写真って撮ってないもんだなあ。で、ぱちもんスモール・オアシス。)



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(マニア向けなスモール・桜中。こうなると、なんだかもう、なにがスモールだか、模型だか、どうでも良い感じである。)


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(カルト向けか?スモール・口の中。もはや、本来の意味の跡形もないし。バカか?)


いろいろご意見はあるようだけど、おいらは、面白いなあ、と思った。
佐藤雅彦氏の解説にある「一枚の写真を撮ったというよりも、ある世界観を創り出す原理を発見したのだ。」かなと、おいらも感じた。

お題の「誰も知らない、もうひとつの地球(プラネット)」ってのもイカスでわないか。
本当わ、「誰か、ちょこっとぐらい、この原理に気付いていたかも知れんけど、んで、こっそり、実際、あちこちで、もう、やってたりしたりして、まあ、ぎりぎり、知らないってことで、もうひとつの地球」でいこう、ってことだったけど、いや、それじゃああんまりだ、あんまり、あんま、あん、あんこ。

◇あんこを作った。
お砂糖無しで、玄米飴とかゆう、玄米、麦芽糖なんかが入った練った飴を混ぜてぐつぐつ煮たのだ。
黒糖で煮たのか?ってお味のあんこになったが、おいらとしてわかなり気に入っている。
というのも、おいらわ根っからの名古屋人なので、この地方でわ主食といっても過言でわない(過言です)『あんトースト』の産湯をつかったってくらいあんとおすとが大好きだったからだ。
ところが、ご存知、玄米菜食でわ砂糖をとらないので、ずっと市販のあんこは食べないでいた。
とおすと、というのも、基本的には玄米菜食でわ喰うものでわない。
ばたあもね。ばたあ、まあがりん、ちびくろさんぼ、という文字はこの世界でわまず、目にしない。

最近の傾向で、天然酵母系のパン焼きを教えていただくようになり、たまのご馳走でとおすとやなんとかぱん、なんかも食べるようになり、こおなれば、あんこがいるのでわないですか?の声にお答えし、砂糖なしあんこを作ったしだいである。

↓いかがであろう?


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(あかいのんわ、いちご、である。お飲み物がついて¥680ってとこか?)


まさに、玄米菜食の人の為のたまのご馳走(ごっっぅお)あんとおすとでわないか?
パンは大麦若葉の粉入りでいちぢくとれえずんも入っているのだ。
おいしそうであるが、実においしいのである。ぷぷぷ

問題わここんとこ、なんだかむちむちしてきたことだ。
ふつう、玄米菜食者はふとらんのだがなあ。
ま、砂糖はとらずとも、砂糖にかわる甘いものをおちょうしにのってぱくぱく食べておるからであろう。
ちょっと青白い顔をして、ひょろひょろした感じの、う〜ん、ピッコロ大魔王老人バージョンをイメージしてきた玄米菜食だけれど、やっぱ、おいらは魔人ブウ(初期)ってとこか?(か?)




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(大麦若葉粉・いちぢく、れえずん入りのなまことかにょろにょろ青むし系男子向きパンを焼く/2007年お正月過ぎ)



2007/1/7

トルメキアあたりの遺産  



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◇↑なかなか神々しくない?
欧米か?って感じのトキトキ王冠みたいなんも、そこそこ流行っぽいし。

おいらの散歩コースには古墳とか遺跡とか普通にあるのだけど、このトルメキア近隣諸国の守護神(頭部)らしき物体は、うふふ、気に入っている。


*****


こおいうのを「水管橋」っていうらしい。(そうやって書いてあるから)
散歩コースの山崎川に架かっている立ち入り禁止の橋だ。
橋というのもなんだかなあ〜とも思うのだけれど、水管道とか水管横柱とか水管筒ではやはり都合が悪そうだし、果たして、水管自体に、橋としての自覚があるのかどうかの憂慮も含め、ここわひとつ、橋、で、ということで、橋なのであろう。


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ただし、橋とはいえ立ち入り禁止なのだ。
ときたまネコがぴょこぴょこお渡りになっているわけだが、まあ、そこわ、しかることもあるまい。

おいらも、ほんのたまに、う〜ん、今までに2回くらい、なんだか、無性に、この橋を渡りたくなった事がある。
1回目の動機は良く覚えている。
やはり、これが「水管橋」という名前であった事を知った時だ。
橋なら、ちょっと、渡ってみるか?ぐらいな、小学2年生脳の発動である。
幸い、多分、しこたまの酒を飲んでおらず、難を逃れたのであろう。渡った部分の記憶はない。


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(橋の全貌。わたりきるとトルメキアか?)


2回目は、自転車で毎日遊んでいた頃、あれこれ、技を練習していて(中学時代じゃないよ。40代後半、50歳までにいっぱい技を習得するんだっ!って。ぷぷぷ。そおいえばその頃、家の前の公園で息子と夜中に自転車の練習してたら、パトロール中のおまわりさんが来て、おいらに「君たち、いくつ?」って。普通に「49歳です」ってお答えしたけど)そん時、なんだか、いつか、修行の締めくくりにわ、この橋を自転車で渡らなければっ!って、小学4年生脳が発動したもんだ。
ま、修行は、結局、50歳になっても出来ん技だらけで、いつしかしぼんじゃったわけで。
息子に「今におとうさんわ、この橋をわたってやるぜっ!」って、大口叩いてなくてよかったって話だけどね。


*****


最近わ、いたって、そおいう子供脳の発動がないようで、すっかり大人袋なおいら。
なかなか実に、さみしいのである。(いや、トルメキア、て。あんた。)





2007/1/6

例えば三木成夫  


◇帯津良一先生の考案した「時空」というワン・クール30分ほどの功法(気功法)がある。
といっても、まったくの考案でわなく、いろいろ、良い所取りで流れを作った、という。
先生本人がおっしゃっているので間違いはなかろう。

その中で4億年前、人となる生命が、海の中から長い時間を経て陸棲へ踏み出す様をイメージしたシーンがある。基本は調和道丹田呼吸法で簡単な腹式呼吸の繰り返しだ。
で、この4億年前の・・って話には、大事な帯津先生の解説がある。
その時代、人となるその祖先は、気の遠くなる時間をかけて海と陸の境でうだうだしていたわけで、その境とはまさしく波打ち際、であった。
その波打ち際で繰り返し繰り返し、絶えることなくリズミカルに、波は、ただ来てただ帰る。数千万年、その場所で、そのリズムを体に刻み込むことで、肺呼吸のリズムがそれに順ずることになったのか?
そこで、ここのシーンでは意識した呼吸に集中し、4億年前に遡ってみよう、ってなお話。
なかなかロマンチックで興味のある解説である。
さらに、このリズムの件は「三木成夫(しげお)」っちゅうお偉い解剖学の学者さんが本に記していて、その文章にして実にロマン溢るるものだと、帯津先生わおっしゃるのだ。

ふうむう。
三木成夫。
知らんかった。
まあ、普通、知らんわなあ〜解剖学者。

そんなんで実に興味津々、「三木成夫」の本。この正月、読みました。
「胎児の世界」(中公新書)と「海・呼吸・古代形象」(うぶすな書院)


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これがまあ、ほんま、目からうろこ、うこんから芽、ってなもんで。
凄い!!三木成夫せんせ。
先生の本はまあ、ちょっとばかしお高いので、どうしても新書から入りますわなあ〜
「胎児の世界」。いや、もう、これではまります。だいたい、三木ちん(おいおい)にはまる場合、このパターンらしい。
どうすごいのか?
ああ、すんまへん。
稚拙なおいらの文章力でわそこんとこうまく書かれへん。
マンガでいうと、諸星大二郎?
いや、違うんだけど、なんか、ニュアンス的にマンガ界でいうとこの諸星大二郎?って、解る?
テーマである胎児の生命記憶を太古の生命の進化と関連付け、そこから無限に拡がる三木ちんワールドにわ心ときめかずにわいられない。
植物メタモルフォーゼ、伊勢神宮式年遷宮までもが、いとも簡単に巻き込まれていくそのテンポの良さには、そんじょそこらの推理小説など、足元にも及ばない展開なのだ。

そして、「海・呼吸・古代形象」
なるほど、吉本隆明が解説だ。んで、絶賛だ。なるほど、なるほど。
こちらはいくつかの論文とかをまとめたもの。
これまた、きょきょきょきょおお〜〜と、一気に読める。
帯津先生のおっしゃる「4億年前・・」の話もある。
「こころ」に関するかゆいところに手が届くような話もある。

いやはや、面目ない。
感想とか、こうだから、って、どうしても、上手く書けないのである。
ただ、おいらはびっくりした。
吉本隆明にして「三木成夫の著書にであったのは、ここ数年のひとつの事件だった」と言わしめるのだ。おいらごとき、びっくりしてるぐらいでちょうど良いのである。


サービスで(か?)ちょっとだけ、「胎児の世界」の見事な締めくくりを↓

 『浜辺に打ち寄せる潮騒の響きは、いつしか意識の表面から消え失せていた。ときに高く砕ける音にハッとわれに返るのであるが、それも束の間で、ふたたび意識のおもてからそれはかき消されていく。わたしは黒潮のこころとそこで一体になっていたのだ。いや、それよりももっともっと大きい母なる海のこころと完全に解け合っていたのであろう。いうなれば、人類の生命記憶の故郷に、わたしのこころは、いっとき里帰りしていたのである。』

人類の生命記憶の故郷に、こころはいっとき里帰りしていたのだああ〜〜〜うきいいっ〜〜


********


果たして、こおいうジャンルは、おそらくこれだけのお話でお好きな人はわかるはずである。
むらむらむら、って、くるはずである。
そおいう人は読中、読後、絶対、びっくりする。
んで、次、次!ってなるぞ。

 文庫本よりちと高いのが玉に瑕だが、ま、お正月明けの寝ぼけた脳みそにも刺激になるし、ここわ、ひとつ、ちょいとお高い貴腐ワイン、って感じで、どう?ぷぷぷ



2007/1/3

専門店でお買い物  



◇元旦。
家の近所、高野山〜弘法大師系のお寺「八事山興正寺」に詣でる。

おみくじに並んでお守りやら破魔矢やら、それはもう、人だかりだ。
おいら、人垣をかきわけ、つい、見入る。
どっかしら、売り物が並んでいようものならば、性格なのだろう、ここが名古屋のお寺であろうがパキスタン・ラホールの寺院であろうが、遠く木星の土産店であろうが、つまりわ、どこであろうと、それを見なくてはいけない波動がどっからともなくおいら自身から発動され、ついつい、見入るのだ。

波動によって導かれしおいらの魂わ(ほんまか?)いくつかの念珠の写真カタログを発見する。
思えばここわお寺である。
てことわ、念珠とか、まあ、いわゆる、お数珠関係の専門店でわないか。
ご祈祷済み、って書いてあるし。
縁起物ってことで、年頭一番、幸先の良い買い物かもしれぬ。


「現物わ見れるのですか?」
「はい。お出しします」

ふうむう。1番と3番がなかなかよいでわないか?
どちらもクリスタルな水晶系だ。
「1番と3番を見せて下さい」
「はい。」

「お値段はいくらですか?」
「1番が2,000円で、3番が3,000円です。」

ふうむう。
まてよ?お守りだと家内安全とか、病気とか、交通安全とか効能がいろいろ違ったりするけど、念珠はそおいうのあるんかいな?

「これらの数珠の違いってありますか?」
「はい。カットが違います。」


そっちかいっ!雑貨屋か!




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(で、水晶のカットが違う3番、3000円を買いました。ぷぷぷ)





2007/1/3

おせちな哀しみ  



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◇我が家のおせちである。
おいらもがんばってそこそこ手伝ったのだ。
基本はマクロビだが、なんたって魚介類が混ざる。
魚介類マクロビってことか?(ええんか?)

玉子焼きとかまぼこは市場で出来合いを買ったった。まあ、これも良い。たまの正月だ。

市場にはなんだか良いものがいっぱいあって、そりゃあ、もう、そそられっぱなし。
生の筋子の卵の極大サイズとか、いかにもブリブリしたぶりとか、たこたこしたたことか、ま、そおいう魚介類にそそられるわけだ。ふううう〜〜って感じで。

特大卵の生の筋子、ばらばらさせてしょうゆとお酒とみりんに漬けて極上のいくらに。んでゆず釜に。うふふふふふ〜〜〜(壱の膳、下)
車海老はしばらく跳ね回って、くうさんが遊んでいたものをきゅって。ううう、きゅってしてしまった。
んでも、NHKのテキスト本で作った海老のつや煮はこれまた絶品でうまい!
けしのみでまぶされた海老松風もぶりの幽庵焼きもマクロビにアレンジ。ぷぷぷ。(弐の膳)


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くりきんとんはコメ飴とライスドリームで甘みを。デザートデザート!(参の膳)


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去年もまあまあだったけど、今年の完成度はマクロビにアレンジしたってとこがなかなか評価ポイント獲得であった。

して、ホンマ、哀しいのは、食べてしまうとどうしてもなくなってしまうとこだ。

食べたいけど、なくなる。
でも、食べたい。
食べるとなくなる・・
でも食べたい・・

ああ、哀し。(あほかいっ!)



2007/1/2

謹賀な新年で迎春する  


明けましておめでとうございます。


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こうして恙無くも新年を迎えることができましたのは、ひとえに、いや、ふたえに、いやいや、さらに、幅広く、もっともっともっと、皆様方の愛と御慈悲の玉藻のと(きつねか?)たまものと、心から感謝するしだいでございます。

つたない言葉でなんですが、ここわひとつ、その心を歌に詠んで、ああ、新年のご挨拶に代えさせて頂きますれば、これ幸い、と。


『自分ひとりで生きているなあんて、思うなよ、こらじぶん』

う〜ん、ちょっとみつおがはいったか?(そこか?)



でわ、おいらにも皆様にも本年が良い一年でありますよう。

年賀





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