2007/9/30

今を生きるいのちの想い  



◇今を、生きることは歳を積み重ねること以外、ありわしまい。
幸せな「今」をあれやこれ、見つけようとすることわ無い。
今の中に、幸せがある。
今を生きることわ、何よりも幸せであるからだ。と、書いた。


さて、おいらは背中を30センチ以上切って開胸手術をした。
んで、その後1年半になるけれどまだまだ背中はつっぱりっぱなしで四六時中、痛く、重い。もちろん傷口のあたりはしびれっぱなしで感覚は無い。
よって背筋を使う作業は以前に比べ3割程度の出来ってとこだ。


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(ちょっとお見苦しいけどわかりやすいかと。テープの中が切り口です。袈裟懸けって感じ?)


ガンの浸潤していた背中側の右第2〜3肋骨は摘出しちゃったので右肩をぐるぐる回すとなんかこう、かくかくして違和感はあるし。(よく聞かれるのだけれど代替で人工骨とか入れていない。摘出しっぱなし。うふふ)
さらに、この第2〜3肋骨には胸部交感神経節なるものがあって、ガンの浸潤によりそれが侵されて、右掌、右手とか右肩付近の発汗が止まる。この部分の発汗が止まる代わりに背中・胸・大腿部から汗を分泌して補う代償性発汗という現象の合併症がおこる。
例の改造人間話だ。
しかし、この発汗量、停止した分を補うどころではない、はんぱでない大量発汗なのだ。

この代償性発汗という現象、実わ、手掌多汗症や腋窩多汗症、顔面多汗症の改善のため、治療として施される胸部交感神経節切断手術に伴っておきる合併症として問題になっているのだ。
ちょっと検索してみても代償性発汗被害者の掲示板とか苦しむ者たちの掲示板とか、実に厳しい。
状況は人によっても違うようだがおいらの場合、去年より今年は悪化していて、気温23〜5度くらいでスイッチが入り4〜9月頃の外出時は必ず着替えを4〜5枚持っていかなくてはどうしようもなかった。
発汗オフのスイッチはその気温が下がらない限りずううう〜〜〜と入らない。汗、でっぱなし。サウナに入っている状況と寸分変わらない。
問題はもともとのおいらの体質で、おいら、発汗するとめちゃめちゃ体が冷える体質なので、発汗、冷え、発汗をどこまでも繰り返すことになる。さらに右胸上部(乳頭ライン)から右肩右手は発汗しないのでその部分は異常に熱くなってくる。
でもって、ボーダーラインである右胸上部(乳頭ライン)にいたっては見事に体温境界線がくっきりと現れ、あまりの体温の違い(信じられないだろうが25〜30度くらいある)にボーダーラインあたりがキリキリ痛み出すのだ。この痛みはかって味わったことの無い不可思議な痛みで、実になかなか嫌である。

元来がん治療は体を冷やすことを嫌うので発汗後の急速低体温現象はどうもいただけない。実に困ったものである。


*****


と、まあ、貧乏自慢ではないけれど、おいらのような一般的肺がん手術で抗癌剤なし、放射線治療なし、でさえこんな程度の物理的な苦しさは残る。
ご存知のように、抗癌剤治療や放射線治療をされた方の苦しさはこんなものでは全然ない。
ここにあるおいらの例なんて虫歯ならC1ってとこか?
抜け毛なら生え際1ミリってとこか?
おすぎならぴーこってとこか?(なんじゃそれ?)

で、ここからが本筋。

前回のコメントにもちょっと書いたんだけど、樋口強さんという方が3年生存率5%(3年後に生きていられる統計的な確立が100人のうち5人)という厳しいがんから生還され、今では一年に一回、がん患者の為に落語会を開催されているのだけれど、この方の闘病の記録は実に凄まじい。


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術前術後、合計5回もの死と隣り合わさった抗癌剤治療に耐え、結果として半身しびれっぱなしという後遺症をおまけにもらっての生還。
術後の彼の生きる望みは「生きている人がいる」という生の本質に託されたという。
「末期だといわれようがもう手の施しようが無いといわれようが、それでも生きている人がいる。ああ、あの人に向かって歩けばいいんだ」と。

そこには有り余る生きる価値と、その生き方を良しとする想いが存分にあって、くどいようだけど、生きているというまさに、生きる、そのことがこそ、生きる本質だというそれが、ここにある。

おいらなんかよりも何百倍の苦しみと痛みを知ってそれでもなお、幸せな「今」をどれこれ探しはしない。
全ての今の中、この瞬間の今の中にこそ、幸せがあることを知っているからだ。
それわ、果たして、今を生きること、そのことに他ならない。
今を生きる事、そのことが、まさしく生きる幸せであることに、他ならないのだ。


命を賭して養われた「今を生きるいのちの想い」はちょっとやそっとの、いや、とんでもなき物理的苦痛でさえも、凌駕して憚らない。


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生きるとわかくも熾烈なことである。
今を生きることにちょっとやそっとの虫歯のC1ごとき苦痛で音を上げていてわ樋口さんに笑われる。
おいらも樋口さんに向かってこそこそ(なぜ?)歩けばいいんだって、思った。
昨日からの涼しさで発汗も下火だし。  誕生日もすぐだし。(やっぱ。そこかい!)




2007/9/29

じじいな今を生き、じじいな今を知る  

 


◇新しい歳を得て、歳を重ねることに本来の生きる喜びがあり、感謝があり、希望があり、常に今を生き、そして良い人生がある、たとえ、どこかでそれが閉じようと、今を生きること、その本質になんら支障があるわけでわない、と、書いた。

なんだか気持ちに拡がりができまいか?
自然に歳を重ね、自然にじじいになることへの気持ちの拡がりが、できまいか?


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世の中とりあえず売れ線はアンチエイジングなる抗老化だ。
なんでも五歳・十歳は体/精神/脳ちから、など、若返りの術がそこそこあるらしい。

んで?
そんで?

いつまで、いくつまで、若くなきゃあいかんの?って思う。
若さを保つことにどおいう最終目標がどおいうかたちであるのだろお?

ま、目も老眼で、体力だって持久力だって瞬発力だってすっかり磨り減ってきた。
だって、仕方ないじゃん。そおいうもんだもん、生きてんだから。
若いときゃあちゃあんと若い時で、若いという意識で若い時を生きてきたわけだ。
2日や3日の徹夜なんかへっちゃらだったし、だいたいそおいうときなんか、自分の「体」があるっていう考え方をする認識がまったくなかったわけで、おそらく、皆、だいたいそんな感じで、若いってのわ、そおいうことでわあるまいか?
人によっても違うんだろうけど、ある年齢にくれば自ずと自分の「体」を知る。
肩がこる。腰が痛い。目がかすむ。うんぬんかんぬんと。
自分にわ「体」があって、それも自分だったんだ、と知る。
単純にそおいう事があって、ああ、もうおいら、若くないんだ、って知る。

この、身をもって知るってとこがまさに「老い」なんだろう。

ちょっと前、新聞のコラムに自分の老いを感じる事あれこれ、みたいなのがあって、よくある「よっこいしょ、といってしまう」とか「テレビを見るならNHK」「豆腐の違いがわかる」てなとこから「となりの犬を可愛がる」「桜もいいけど梅も良い」てきなマニアックなところまで、だなあ〜って思っちゃたんだけど、この味わいって若い時にわ当然、無い。あたりまえだ、だから「老い」なんだ、でわ、ないぞ。
でも、まあ、ゆうてしまえばそうなんだけど、ただし、この「老い」ってえのを「若い」と比較して、その評価なりが、なんだか世の中、変でわなかろうか?


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 ◇「おじさん、わあっかあああ〜〜〜いい」みたくいわれておおいばり、的な図がまかり通る昨今のこと、なるほど、くだらないアンチエイジング商売についつい浮き足立つのが時勢なんだろう。

じじいはわかものよりすげえ立派なんじゃ、敬え、おお〜? でわない。
若い、老い、って、生きるという「自身」の今、生きている今という中で、ああでもないこおでもない、あれやこれやと比較する必要など、まったくもって無いんじゃなかろうか、ということだ。

若いときゃあちゃあんと若い時で、若いという意識で若い時を生きてきて、老いたなら老いたで老いた意識で老いた今を生きる。
若い時には見れなかった、感じ得なかった、思いもしなかった感性が、あれ、いつの間にか養われている事実をおいらは全然、楽しいと思うが、そこんとこ、どうだろう?
だって、ある日、突然、ああ、桜もいいけど梅の花もええなあ〜って思えちゃうんだぞ。

若い時の感性だってちゃんと持ってして、なお、プラスの感性がじゃんじゃん、未知の感性がじゃんじゃん、養われていっちゃうんだぞ?そこんとこ、どうよ?

ま、あそこが痛いの、ここが痛いのと、老いを、身をもって知ることからして、新しい未知の感性が養われているわけで。

思えばああ、あの時、じいさんの言っていたあれって、こおいう事だったのかあ〜って、だんだん解るの、わくわくしわしまいか?
なんであのじいさんは日がな一日、あそこでぼ〜と座ってられるんだろお?って境地を自分の感性として味わえるようになれるなんて、なんて凄いんだって思いわしまいか!

どうよ?自然に歳を重ね、自然にじじいになることへの気持ちの拡がりわ、おお、まさに無限であらん。


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はてさてアンチエイジング?
ああ、何が悲しゅうて五歳・十歳と若がえらにゃあならんのだて。

いつまで若くなくちゃあいけないんだて。
いつまでこの先にありもしない若さを欲っしていくのかて。


今を、生きることは歳を積み重ねること以外、ありわしまい。
幸せな「今」をあれやこれ、見つけようとすることわ無い。
今の中に、幸せがある。
今を生きることわ、何よりも幸せであるからだ。

おいらわ、今、この時、この時のじじい(旬のじじい?)になって、新しいそおいう感性も持った。ちょっと前の若い頃にわ感性の辺境最深部においてでさえ出遭ふ事のなかったそれであることは、言うまでもなかろお。ふぉふぉふぉ


ああはやく、もっと歳を重ねたいっ!

あ、そおいえば、もうすぐたんじょうびだった。(そこかいっ!)







2007/9/28

今を生きることはまさに生きること  



◇誕生日を祝い、皆が寿ぐ。

小さいお子は別として、そこそこなお父さんとかだと、なんか、こう、祝うほうも祝われるほうも、とりあえず、ま、祝っとこ、みたいな。
おいらも、ちょっと前まではそんなんで、自分のことであれば尚更にして、今さらあんた、お誕生日おめでとお、でもないでしょお。って。

んが、しかし、ここにきて痛烈に思うのだが、新しい歳を得る、歳を重ねる、ってえのわ、やっぱり、生きているうえで実わ、凄い事で、ここわなにをおいてしてでも盛大に祝うべきイベントでわなかろうかと考えていた矢先、舞踏家(マサル大王こと)歌舞伎昌三氏、46歳の大聖誕祭が三重県は亀山のおおがにっくレストラン「月の庭」    http://www.za.ztv.ne.jp/tuki-niwa/  にて、とりおこなわれるとの情報がミクシーに(ミクシーかい)流れた。
さあ、おいらもお祝いに行かなくちゃ。

(歌舞伎昌三→ミクシーやってる人はここでチェック→  http://mixi.jp/view_diary.pl?id=74212886&owner_id=1778160  )



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    (去る9月の25日。まさに聖誕祭的な↑マサル大王、46歳である。)


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(中秋の名月の下、しばし、寿ぎの宴にくつろぐ昌三氏。↑  彼は3年前、ガンを発病。手術をしなければあと2年との余命宣告を受けたにもかかわらず、未だ手術はしていない。発病後から今に至り、舞踏家として世界を飛び回る彼の信念に、おいらはただ敬意を表し、その存命を願うばかりだ。)


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(レストラン・月の庭↑  彼と奥さんとスタッフと仲間たちが創る最高の場だ。)


これからも大王の生き様を踊りまくって踊りまくって、んで、踊りまくって、ちょっとたまには休んだりもして良いのだけれど、どうかどうか、よい人生をどこまでもまっとうしておくれね!


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◇さて、果たして、新しい歳を得、歳を重ねることがなにゆえの生きているうえで実わ、凄い事なのか?

それわ、生きている事によってでしか、歳を重ね、新しい歳を得ることが出来ないからだ。
つまり、早い話、生きているうえで凄い事って、まさしくそれわ、生きていること、そのことでありわしないか?

そんなの当たり前のことでわ?でわ、ない。
偉い哲学の先生も(時々?たまに?まれに?)言っている(様な気がする)。生きている以上、それはいつ死んじゃったっておかしくわないのだ、と。人生は、そして、生きるとわ、まさしく、どうあがいたって一回性でしかないのだ、と。

廻り来る季節を再び迎え得る事ができた喜びこそが本来の生きる喜びであり感謝であり皆で寿ぐ醍醐味でわないか?
ひと廻りした誕生日を再び迎え得る事ができた、新しい歳を得た、歳を重ねることが出来た、そおして、今を生きている。そおして今を生きていることの喜びの積み重ねが、やっぱり『人生』かと。


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 んでもって、大事な事は、思うのだけれど、その今を生きる途上に普通に死は在るのだけれど、したって、前記の如く、生きているうえで、それは至極当たり前のものである以上、いかにも生きる喜びの対極にあるわけでもなさそうだ、ということ。生きる事、それ自体が生きるうえで凄い事、ひいてわ喜びであり、感謝であり、人生であって、それはその途上の死をも普遍的無意識のうちに内包する、と。

ああ、そうとも。
ああ、そうだとも。

生きている以上、頑として、新しい歳を得る喜びを重ねてゆけば良いのであろう。
どうであれ、誰であれ、それが、たとえ、いつ、どこで閉じようと、それを良しとしない人生などあろうはずがない。


この夏、前、おいらより先においらの歳を得てそれでも逝っちまった心から尊敬する友と、ガンになった見ず知らずのおいらを誰よりも真っ先に励ましてくれて、でも、それでも、この夏、逝ってしまったBさんの、今を生きた喜びであるその良き人生の軌跡を偲び、尊び、ああ、だから、おいらは頑として、誕生日を迎えるすべての人生に「お誕生日、おめでとお!」でいこうと、そう決めたのだ。



で、じつわ、おいらも、もうすぐ誕生日だ。(そこかい!)
仙台にて夜更かし



2007/9/14

光陰が矢でさ、実わBS観てて  



◇あ〜〜っという間に9月も半ばである。
このひと月、ブログはどうした?バイクで事故ったか?などと、お便りを頂いたりもしておりましたが、おいら、いたって、元気です。
こんなおいらにちょいとでもご心配くださいました皆様、ほんとうに嬉しゅうございます。
ほんでもって、すんませんでした。
いやね、何ってわけでもなかったんですけどね、なんだかばたばたした夏でしてね、あれから夜行バスで仙台行って、帰って、お盆に嫁さんの実家でしょ、んで、すぐ諏訪の花火大会、ちょっと間が空いて、豊橋で『のぶ&フッキー』観て(ぷぷ)、また仙台深夜バスがあって、そのまま東京でジャンクショーってゆう骨董市に2日間出店してたらもう月末で、個人的にこそこそやってたアンティークショップを閉店するのでその片付けとかして、月がかわって、1〜2日は恒例の蒲郡の骨董競り市、で、そのあたりで一回ばてて、へろへろしてて、BS放送にはまって、関口知宏の中国鉄道大紀行とかハイビジョン特集のチベットやらなんやらで日々過ごし、んで昨日、仙台行って、今日、だもんなあ〜いやあ〜まいったまいった。


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(我が一坪菜園でのサトイモはこんなに立派にでっかいです!おいらの背丈より伸びた葉っぱに果たして、どんな芋が育っているのかドキドキしているしだいです。)

◇じつわ、いろいろ面白いこともあったりして、特に仙台深夜バスで2件、めちゃんこ足の臭い男事件と、鼻をきゅうきゅう鳴らしておいらに絡んできた男事件は記事(?)にしたかったんだけど、なんせ、BS観ちゃって、チベットだったりで。

そういえば2回目のツーリングは雨で流れちゃって。
ま、バイク、近所のユニーへサンマとか買いに行ってますけど。
で、バイクはあれだね、なんたってフットワークが軽いね。
サンマ便、でますう〜って感じでさ。



◇と、まあ、そんなこんなで、取り急ぎのご報告。
おいらは、いたって元気です。






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