雪化粧しはじめる山々
嵐が過ぎ去った翌日は、いつも空気が透き通り、遠くの山々がきれいに見える。
水曜日には、茨城の牛久という意外なところからでも、遠く日光の薄っすら雪化粧した男体山、女峰山、皇海山といった山々までもがくっきり見えた。
ほんとうに空気の澄んだ一日だった。
ちょうどその日は福島の会津方面に用事があったので、めったにみられない”紅葉燃えと雪山”という”絶景”に遭遇できる幸運にめぐまれることとなった。
会津近辺の那須山、安達太良山、吾妻山、磐梯山、飯豊山という日本百名山に名を連ねる名峰は軒並み雪化粧をしていたが、会津近辺の里山はちょうど彩度100%の紅葉燃え状態のところが多かった。
おかげで”燃える紅葉と雪”という絶好の場面を存分に堪能することができた。
仕事途中で、写真撮影をするほどの余裕はなかったが、磐越道の河東インター手前で眼下にひろがる、抜群の彩度を誇る”磐梯の紅葉燃え”と、そこに真っ白に雪をかぶった名峰飯豊山が浮かび上がる様は圧巻だった。
桜の満開と同じで、紅葉が頂点のかがやきを放つのは、ほんの一瞬だ。
都市生活者では、紅葉の頂点に会うこともまれなのに、その紅葉の頂点のかがやきと豊富に雪をたたえた名山の姿を重ねて見るという、これほど贅沢な景色との遭遇はそうそうあるものではない。
つくづく運がよかったと思う。
こうゆう景色に接すると、昔の日本人に“欲豚”が少なかった理由が、よく体感できる。
計算を超え、理屈を超え、大河の一滴としての自己の存在を受容するとき、大いなる天と地に抱かれるよろこびが、あらゆる邪悪な業欲を溶かしてくれる。
古来の日本人は、この美しい風土から、つねに、その天地に抱かれるよろこびを与えられてきたのだろう。
PS
今年の紅葉は、気候の影響で、発色する前に枯れる葉が多く、彩度が低いらしいが、会津近辺では、彩度の高い紅葉に出会うことができた。
湿度が低いせいなのか、冷え込みがきついせいなのか、定かでないが、枯れやすい桜の葉でも鮮やかに紅葉する地域というのは、概して紅葉の彩度が高い。
会津では、ラストサムライの地にふさわしく、桜も、紅葉も、色あでやかに咲き誇り、鮮やかに散っていく気がする。
山肌に いのちの炎 燃え上がる もみじ輝く 秋の夕暮れ
会津の紅葉燃え

南会津 山王峠

奥会津 三島宿