“圧政打倒”の世界同時“自由と民主”革命戦争宣言みたいな過激な内容になるかという危惧に反して、“どうしちゃったの?”と思えるくらい抑制が効いた温和な内容のブッシュ大統領の一般教書演説だった。
日本で国民の関心が一番高い“年金改革”を、なんとアメリカ政府が取り組む一番手に取り上げちゃったりしてて、僕からすれば“????”の極致だった。
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【米大統領一般教書演説要旨】
これから、われわれは多くの問題について、子供や孫たちのため、世界をより良くしていこう。まず、われわれは、経済のよき担い手でなければならず、また、多くの国民が頼ってきた大きな諸制度を改革しなくてはならない。
米国の重要な制度のうちの一つで、世代を超えた信用の象徴であった制度についても賢明で効果的な改革が必要である。それは破綻(はたん)へと向かっている公的年金制度である。
われわれはともに公的年金制度を守り、安定化していくことに参加しなければならない。公的年金制度の改革は常に、開かれた形で公平に、さまざまな方法の見直しが必要とされる。私は効果的な改革の枠組みを見いだすために、議会とともに努力する。
子供や孫たちへの二番目の責務は、自由な社会を維持する価値観とともに生き、それを引き継いでいくことだ。政府は、こうした価値観の源泉ではないが、決して価値観を損なうべきでもない。
未来の世代への三番目の責務は、危険から守り、平和を保ってきた米国を残すことだ。われわれはこれまで享受した多くの自由を子供たちに引き継ぐだろう。その自由の中で最も重要なのは、恐怖からの自由だ。
戦時下のこのとき、軍への支援を継続し、勝利に必要なあらゆる装備の供給を継続する。これからの四年間で、私の政権は、現代の危険を殲滅(せんめつ)するための有志連合を形成し続けるだろう。長期的にわれわれが平和を求めるには、殺人や過激なイデオロギーを助長する状況を消滅させるしかない。
専制政治やテロの台頭を阻止し、憎悪を希望に変える唯一の力は自由の力である。
北朝鮮の核の野望を放棄させるため、アジアの各国政府と緊密に協力していく。
イスラエルとパレスチナの二つの民主的な国家が、平和裏に共存するという最終目標の達成のために米国は支援する。
シリアはテロリストの支援をやめるべきだ。イランはテロリストへの支援を続けている。イランの核濃縮計画やテロ支援などを止めるため、欧州連合各国と行動をともにする。
拡大中東地域の安定と平和の推進のため、米国は、友人たちとともに行動する。この地域では、テロの脅威を共有して戦い、より高いレベルの自由追求を奨励する。
われわれの世代の責務は、とくに中東での自由の進展であり、イラクで今、それは遂行され、試されている。イラクの人々が(国民議会選挙が行われた)一月三十日に世界に示したように、彼らは自由の価値を尊重しており、われわれはイラクで成功するだろう。
新たなイラクでの政治的状況は、われわれの任務の新たな局面を開いた。今後、優れた指揮官と機能的な指揮系統を持つように、イラクの治安部隊の能力をより高める支援に一層の努力を傾ける。われわれはイラクの友人たちの自由とともにあり、イラクの自由は米国の次世代をより安全にするだろう。
米軍の志願兵たちは激戦地で、揺るぎない忠誠心、比類ない名誉と気高さとともにあり、日々、彼らはわれわれの国をより安全にしている。(ワシントン 近藤豊和)(産経新聞) - 2月3日15時52分更新
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アメリカ政府の行動原理を予測するには、石油メジャーと産軍複合体の意志を根底に据えれば大はずれしない。ということを誰かが言ってたが、そこからいくと北朝鮮の人権問題なんて多大の犠牲を払ってまで直接どうこうする対象でないかもしれない。あくまで“核の脅威”を取り除けばOKというのが本音なんだろう。
おそらく6カ国協議で“核”の問題はケリがつき、人権問題は国際社会の共通課題として、武力を用いない平和的な解決が図られていくのかもしれない。EU各国はすでに国交結んでいるし、アメリカもクリントン政権時の北朝鮮政策と同じ線で落ち着きそうだ。
北朝鮮もそうした世界の大勢に助けられ、日本の“拉致問題”に対しては“強硬姿勢”を貫いていきかねない。日本にとってやっかいな状況が進行し、“拉致問題追及”の外堀がどんどん埋められていき、孤立無援になりかねない嫌な予感がする。
今更ながら、自国の安全保障を“人任せ”にしてきたツケが効いてきた。
たしかにアメリカからすれば、戦費負担と引き換えの遠距離反撃までは請け負っても、多大な犠牲を避けられない地上戦まで請け負う“功利的意味”はない。北朝鮮とは程よい“落しどころ”を設定し、メジャー権益と密接に結びつく中東に力を集中するのは、あたり前の“合理性”の追求であり、非難されるいわれはない。
だが、こうした“外堀”を埋められる状況を漫然と見過ごしていた日本政府はなにをやってたんだろう。
“拉致問題”と“核問題”の切り離しを許してしまった罪は重い。
“北朝鮮”対策の為にも、“拉致問題”解決の為にも、“イラクに自衛隊を派遣せざる得ない”といっていた人たちはどの面下げて、起こりうる日本の屈辱的状況を説明するのだろうか?
“日本人としてのあたり前のこころ”を体現し、“孤立を恐れず、連帯を求める”拉致被害者家族会を、もし“見殺し”にするようなことがあったなら、この国の政府は“日本を代表する”資格がない。
関係国の大勢がそうだからといって、下手になし崩し的な問題の棚上げを許してしまったら、末代までこの国を笑いものにする。そして、子供たちの時代まで“カツアゲ”の対象とさせてしまう。“拉致問題解決”の国際的包囲の再構築をめざして、関係国にも硬軟の駆け引きを仕掛け、覚悟を持って“拉致問題解決なくして経済援助なし”という認識を関係国に強く求めるべきだ。
今の北朝鮮には日本海を渡る燃料もないし、防御線を突破できる海軍力も空軍力もない。その強力な人的戦闘力も、空、海を封じてしまえば、部分潜入のゲリラ戦でしか発揮できない。
自らが生存できるのは、“拉致問題解決”という“真摯な対応”しかないという現実を突きつけ、追い込めるチャンスだ。自ら非を認めるまでは、毅然たる態度を頑強に貫くべきだと思う。
譲れないところは譲らないという厳しいぶつかり合いの末にこそ、真の友好は生まれると思う。
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