交響曲第11番《1905年》
ゲルギエフ PMFオーケストラ 2004.7.30/Live
PMFとの11番を聴いたら、何とこれが意外にいいではないか!ゲルギエフらしくないっていうのではなく、いつものゲルギエフ節なんだが、すごく綺麗でそれがショスタコにちょっと似合ってた。
さて、打楽器を中心に(すみません)演奏の方を聴いていくと…。
まず1楽章。…遅い。ずっしりと重いテンポで始まって、どろどろと混ぜ込んでいくのはゲルギエフのショスタコらしい。スネアのピアニシモのロールとか、アンプの音量を上げないと聴こえないんだが、ちゃんと聴いてみると遠くで鳴ってる雨の音みたいで雰囲気出てるんだこれが!で、悪のテーマであるティンパニの3連符。ティンパニに限らずなんだが、こうした3連符の取り方が特徴的で、音が上昇するところで駆け込むように巻いてテンポを揺らす。しかもちゃんとオケがついてきて丁寧に縦線を合わせてる。やるのう、PMF。この「テンポ揺らし」は、結構効果があると思った。機械的かつ冷静に「ドドド・ドドド・ドドド」と不気味に迫ってくる感じにするか(私はショスタコのこの打楽器用法を「殺人機械」と命名したい)、あるいはこの盤のように焦りや不安を表現して急かすような感じで揺らしてみるか。私は前者が好みだが、ゲルギエフの後者の選択はちゃんと意味を持って聴こえる。「悪の兆し」である銅鑼がほとんど聴こえないのは残念だが。
で、問題の2楽章。ふわっとした綺麗な音色で始まる。流麗なのよね、オーケストラが。その分、くさび的なアクセントは弱いのだが(特に弦楽器)、音楽の流れはしっかりしている。いよいよ盛り上がってくると指揮者の足音みたいなのがボスボスと聴こえる(これは4楽章の最後まで続く)。で、速くなった時の打楽器の3連符や16分音符の処理がね、これが「(うん)タタ
ダン!」という感じで最後の頭拍のとこにウエイトが来る。これが非常に聴きにくい。やっぱりショスタコは「(んっ)
ダララン!」と入りの裏拍にウエイトが来た方がオケの空白部分を埋めるには印象的だし、撃たれた感じがする。この盤でもっとも気になるのはこの点だのう。だから2楽章全体が軽く、というかゆるく聴こえるのは否めない。オケがまたすこぶる丁寧だし。スネア奏者も真面目に叩いてますという感じで、こう、何と言うか悪の魂が乗り移ってないというか…。やっぱりスネアは殺人機械になっていただかないと。一方、ティンパニは好演で、83番のソロとかちゃんとハマッてる。色んな演奏を聴いてもなかなかここは上手くいかないんだけど、非常によいです。音程感のない音色がまたマッチしてて。
3楽章になると、この素晴らしいティンパニが力を発揮してくれる。こりゃすごいわ。ずんずんきます。3連符の連打のところ。でもなぜか113の辺りで急に速くなる。ティンパニが走っているように聴こえるが、ちゃんとオケも付いてる。この辺りにはゲルギーの深いお考えがあるんかのう。しかしこのオケのアンサンブル力というか、「他パートとちゃんと会わせよう」という意識はすごい。テンポの揺れにすぐ反応して合わせていくんだから。ティンパニが走って聴こえるのはアーティキュレーションの問題もあるかと思うけど、やっぱり先行してテンポ出してんのかな。
4楽章冒頭は弦楽器の刻みで16分音符になると力不足になるものの、安定したドライブ。スネアは2楽章で指摘した通りの問題を抱えているが、タテがずれないので安心して聴ける。いやあ、しかし堅実に鳴らすのう。素晴らしいオーケストラだ。下手なプロオケ聴くよりよっぽど面白そうな。
少なくとも、終演後のブラボーと拍手には説得力がある。管は綺麗に上から下まで鳴ってるし、録音も若干ノイズがあるものの低音をちゃんと拾っていて心地いい。緊張感も持続し、最後のコーダのとこは感動しちゃった。
なお、このPMFオーケストラのCDは会員限定で販売された大変貴重なもので、知人のご厚意により聴くことがかないました。心より感謝したいと思います。ありがとうございます。
何とも豪華な3枚組みで、ウェンピンという人のツァラトゥストラ、ルイージのマラ6が入ってた。これら2つの演奏を聴くと、なんだやっぱゲルギエフってスゴイじゃん、と思うわけだが、若さゆえの過ちとでも言うべきツァラには心底惚れた…。これはいいものだ。
…あ、タイトル見て今気づいたんだが11番というのはショスタコーヴィチの11番です。我々は交響曲を言うときにわざわざ「ショスタコヴィチの」とは付けん。ショスタコに決まっとるじゃないか。