結局、劇場では見なかったのだが、DVDになっていたのでリメーク版『転校生』を見た。オリジナルの『転校生』が1982年だから、25年後のリメークにしてセルフリメーク。
リメークやパート2はオリジナルを超えられないというジンクスをいかに破るかという点においては、いかにも大林、しかしオリジナルとは完全に違う映画に仕上げたことがすごい。100パーセント大林宣彦の映画であるにも関わらず、新鮮で視聴者を裏切る。これは一握りの芸術家のなせる業だと思うというのは大げさかもしれないが、ある種の超強力な引力をもって我々を惹きつけるのは確かである。
というわけで、長野に舞台を移したリメーク版の魅力は要約すると3つ。
ベタなストーリー、ハイライトシーンの見事さ、主演2人の存在感。
大林映画である。ストーリーは超ベタである。原作は未読だが、82年版は大筋はなぞっている。リメーク版は後半がほとんどオリジナル。一美が不治の病で倒れた辺りからの「世界の中心でなんとか」みたいな展開はおいおいと思うものの、そこからがこの映画の本領発揮だ。白々しさはとうの昔に通り越えた大林御大である。
弘君の持つキルケゴール『死に至る病』とリンクしながら、拙い哲学を披露しつつも真実を語る視点が本当に素晴らしい。オリジナル以上に弘君が重要な位置にいて、彼が語る言葉(それは未だ答えの出ない未完成なもの)を拒絶しながらも受け入れ、自分なりの答えを見つけ出そうとする主人公たちが素敵だ。生死について語ろうとする姿勢が、ベタな展開のストーリーの中である種のファンタジーを帯びているからこそ見れるのだ。
そして本作のハイライトシーンは、修学旅行(みたいなの)で出かけた先でピアノを弾きながら歌う一夫=一美。主人公がピアノ弾きで、そこに過去の恋愛模様が隠されているのはいかにもな設定だが、一夫と一美が一体になることによって口から自然にこぼれてくる歌声が心底綺麗だ。このシーンは後半戦への転換点となっている。あざといぐらいに、「これでもか!」と用意されたハイライトなのだが(それが100パーセント大林であることの理由である)、美しい。
一美役は蓮佛美沙子という無名の少女だが、CMでひと目見たときから「大林宣彦のヒロイン」だった。石田ひかりとか原田知世の系譜と言うべきか。もちろんそこに素晴らしい個性があるからヒロインが務まるわけだが。魅力的なのは一夫を演じているときのほうかな。気の強そうな面と優しい面を同居させられる目つきが何より素晴らしい。
一方の主人公、一夫を演じるのは森田直行で、特別ハンサムではないのだが印象に強く残る俳優。『女王の教室』のスペシャル版で狂気のいじめっ子を演じていたが、本当に頭がおかしいんじゃないかと思ったぐらい(褒め言葉)。母親との会話にしてもとうていありえないような内容なのだが、まるでアニメの声優みたいにサラサラと喋る。最初の電車内のシーンが成り立つのは彼ゆえだろう。
弘君、アケミと彼らの関係を理解し信じられる仲間の登場もファンタジーとして優れているし、それでいて大人を否定し続けないところもいい。まさにファンタジーというべきか。そもそもあの斜めに傾いたカメラと広角レンズは何だ。画面が歪んでいるように見えて、慣れるまではかなり気持ち悪い。しかし、それがあの大林ファンタジーワールドを作り出しているんだろうな。今回のに関して言えば。
トランスジェンダーものとしての面白さは82年版で体験済みなので、それ以上のものは期待のしようもなかったのだが、ひとつ、彼らが旅芸人の一座と泊まった宿のシーンは好きだ。男になってしまった一美のほうから一夫の布団に入って、「我慢できない」と迫るところ。そしてその後に迎えるもうひとつのハイライト。名台詞のくだりです。
最後は、まったく82年版とは違う終わり方をするんだが、妙に感動してしまった。
というわけで、次回はオリジナル版について書きたいと思う。←守られない予告