
とても上手に年齢を加えていく良い顔つきの写真だ。
若いときからの才能の全開。
仕事も、稼ぎも進む。
僕は彼らの歌がいつも耳には響いていた時代を生きてきた。
あれこれの日常の猥雑な暮らしの中で、ともすれば萎縮する気持ちに、閑談な自分の中での会話に歌が流れた。
>あの素晴らしい愛をもう一度
【作詞】北山 修
【作曲】加藤和彦
【MIDIデータ作成協力】Iwakichsky
1.命かけてと誓った日から
すてきな想い出残してきたのに
あの時 同じ花を見て
美しいと言った二人の
心と心が 今はもう通わない
※あの素晴らしい愛をもう一度
あの素晴らしい愛をもう一度
2.赤とんぼの歌を歌った空は
何にも変わっていないけれど
あの時 ずっと夕焼けを
追いかけていった二人の
心と心が 今はもう通わない
※(くり返し)
3.広い荒野にポツンといるよで
涙が知らずに溢れてくるのさ
あの時 風が流れても
変わらないと言った二人の
心と心が 今はもう通わない
※(くり返し)
なんだか妙に悲しくなるのではなく、自分の中で拘泥する「何か」を打ち消すことができた。きっとこのフレーズ「心と心が 今はもう通わない」が、沁みていって、硬い気分を溶かしたのだと思う。
ある新聞では「「やりたいことなくなった」結果のような見出しもあった。
直感的に贅沢な死に方もあるもんだな、とある意味では嫌な感覚が走った。
僕などが見たり、聞いたりできない境地での悩みがあったのだろう、と一般論へ拡大するしかいまの僕はできない。
>1968年(S.43)、ザ・フォーク・クルセダース(端田宣彦、北山修、加藤和彦のトリオ)
作詞 サトウ ハチロー
(1) 胸にしみる 空の輝き
今日も遠く眺め 涙を流す
悲しくて 悲しくて とてもやりきれない
この やるせない モヤモヤを 誰かに 告げようか
(2) 白い雲は 流れ流れて
今日も夢はもつれ わびしく揺れる
悲しくて 悲しくて とてもやりきれない
この 限りない 空しさの 救いは ないだろうか
(3) 深い森の 緑に抱かれ
今日も風の歌に しみじみ嘆く
悲しくて 悲しくて
とてもやりきれない
この 燃えたぎる 苦しさは
明日も 続くのか
サトウハチローの作詞だ。
若いときに誰もが自分自身を持て余しながらも、「うぬぼれ」のひとつは持っている。だが、それが「咲くか、咲かないか」の結果はわからない。だからこそ「やりきれない」日々が続くのだろう。僕はそうだと、思っていた。

実に羨ましい顔をしている。仕事で何かをやりつくした顔ではない。まだまだやっていける顔相だと思う。でも、内部の暗闇は人には見せなかったのだろう。暗闇が深ければなおさら明るくなると心理学者は言う。学問の推定理論が人を救ったためしはない。
「帰ってきたヨッパライ」では、無事に地上に帰還した。
ヨッパライというコトバで歌が作れる能力や表現方法には、マイッタナという気分で千鳥足で歌いながら歩いたことは、確実にあった。
一時、放送禁止になった歌も、翻訳モノではなく彼らの独自のリズムだったと今でも信じている。
「イムジン河」
朴世永原詩・松山猛訳詞・高宗漢作曲
イムジン河 水清く とうとうと流る
水鳥 自由にむらがり 飛び交うよ
我が祖国 南の地 想いははるか
イムジン河 水清く とうとうと流る
北の大地から 南の空へ
飛び行く鳥よ 自由の使者よ
誰が祖国を 二つに分けてしまったの
誰が祖国を 分けてしまったの
イムジン河 空遠く 虹よかかっておくれ
河よ 想いを伝えておくれ
ふるさとを いつまでも忘れはしない
イムジン河 水清く とうとうと流る
62歳。
団塊の世代だ。彼らの塊を意識せずに、列島は生きてはこれなかったのだろう。
暮らしの中で「拡大」する緩やかな波。やがては知らぬ間に大きなうねりとなった。
なんで「62歳」団塊の中心軸にいたであろう加藤氏が「自殺」と言う厳しいと思える決断をくだしたのだろうか?
>とてもやりきれない
この 燃えたぎる 苦しさは
明日も 続くのか
だからこそぼく達は生きているはずではなかったのか・

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