まじめに「TV野球観戦」を頑張った。
21日は、楽天が勝ったと思い風呂へ入った。
ご機嫌で、風呂上りの一杯で勝利の乾杯と、本当に久しぶりに気持ちが浮かれた。
後のビールが苦かった。
汗だけが吹き上がる。
そして、22日。テレビ欄を眺める。目が悪くなったかなと。
二つのチャンネルとも、見たくはない、話すこともはばかる試合を流す。
案の定、、。

勝てば官軍、なんと言われようが痛くはないだろう。
負ければ、糞味噌いわれるが、肥やしにできなければ、それまでよと言われる実力のスポーツ野球であって欲しい。
スター養成の芸能界ではなかろう。
大舞台には、鉄の心臓が必要だ。これでは(写真のポーズ)悔しさなんかは、僕らには伝わってはこない。
安っぽい芸能人の嘆きだ。球団はもて顔の彼を売り出したのだろうが、東北の荒武者、伊達家の地にはふさわしくはない。
伸びてくる集団は、目標がしっかりと決まっている。
がむしゃらに、それを目指す。
そのエネルギーに、僕らは、自分の中で「生きられない」エネルギーを感じるからこそ、貴重な時間を「観戦」に変えるのだろう。勝っても、負けても、そのエネルギーが感じられなければ、糞の役にも立たない。
むなしく試合の残り滓が書き込まれた記事を読んで、負けを納得した。負けのエネルギーは微笑にはかわらなかったが。
23日は、仕事場へ向かう前に、放送されるチャンネルを確認することから始まった。
安心して出かける。
帰宅は、この時間に合わせて逆算する。仕事も逆算で軽くする。そういうものだョ人生はと言い聞かせる。
やったぜ。

そうだョ。これを感じたかったんだな、と我に返る。
この画面もよかった。僕が(今日一日中頭の中は楽天だけだったことを褒められているようだ)感じたかった最後の締めくくりだった。
くそったれ。幸せヤロウナなマー君よ。
野村師匠も腹では泣いていただろうな。

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