落語家の三遊亭円楽さん死去 20年以上「笑点」で司会
2007年2月、「芝浜」を熱演する三遊亭円楽さん。この口演を最後に引退を表明した=東京・国立演芸場
情感あふれる話芸で知られ、20年以上にわたり人気テレビ番組「笑点」の司会者として親しまれた落語家の三遊亭円楽(本名吉河寛海)さんが29日午前、肺がんのため東京都中野区の自宅で死去した。76歳。東京都出身。葬儀は近親者のみで行い、後日お別れの会を開く予定。喪主は妻和子(かずこ)さん。
1955年に六代目三遊亭円生さんに入門し、62年の真打ち昇進を機に五代目円楽を名乗った。「笑点」の大喜利メンバーとして「星の王子様」の愛称で人気を集め、落語家タレントのブームをつくった。博学、映画好きで、師匠譲りの芸域の広さを誇った。得意演目は「中村仲蔵」「藪入り」など。
78年、真打ち制度の在り方をめぐり、円生さんとともに落語協会を脱退。円生さんの死後は弟子たちを率いた。85年に自前の寄席「若竹」を開設したが約5年で閉鎖した。
2005年に脳梗塞で倒れ、06年に「笑点」を降板。07年2月に東京・国立演芸場で口演した「芝浜」を最後に引退を表明し、第一線から遠ざかった。弟子の楽太郎さんに「円楽」を襲名させることを表明していた。07年に旭日小綬章。
76歳と聞いたが、落語家としては早すぎる。
それにしても、自分から20年以上も続けた日曜定番番組、僕らはこの番組前にかかる音楽とともに育ったようなものだろう。
ましてや、独演会での結果で自分で引退を決めた。少しだけ「かっこよすぎるよ」と感じを持った。
やはり、TVと落語が融合した時代の「落語家」だったのだろうと、思う。
そういう意味では、時代の流れを見極める能力は、凄かったのだろう。
時たま、何故か3TVの教育番組や、落語独演会の様子をTVで見かけることはある。
だが、決まった時間内での演目には、「はしょり」もあって、古典落語のCDを聴いている僕には、不満が残る。
やはり、TVでの落語は、無理な時代がやってきていたのだろう。
いまやTVでは「お笑い若者全盛時代」でどこの局を見ても必ずやっている。
そのなかから、「番組司会者」になった「剛の者」すらいる。
吉本興業の歴史は、古い。
「演芸もの」を「今に生きる」ことの技術はスゴイ。
驕れるもの〜ではないが、時代のテンポは、微妙に変わっていると、僕は思う。
僕が偉そうに語る前に、抜かりなく対策は打ってあるのだろう。
僕は、今年の選挙辺りからTVを眺めなくなった。
とにかく、PC音痴の僕でも、ニュースや世の動きの「上表面」は、PCで事足りる。
新聞も、PCで知ってから読む癖がついた。
誰かが語っていた。
TVは「ハゲと壁塗りと生命保険」のCMだけで作られていると。
なるほど、言われてみると確かにハゲ=発毛の会社。壁塗り=化粧品各社、生命保険=外資系のCMで溢れている。
取り立ててケチをつける気分にもならない。
僕は、ハゲに近いが、カツラや植毛を期待はしてはいない。
化粧も、同じようなタイプの女性の若手を、仕事場で見ているから、すっぴんが美人の証拠と確信している。夜中のためには「寝化粧」などをたしなむご婦人も「居られない」だろうからと、男女の睦まじき時間の「化粧」を作ったり、教える「女講座」が如何に必要かと声を大きくしているので、必要ないCMだ。
ましてや、本国では「つぶれたか」、何とか生命維持器具で横たわっている企業が、「わが国の保険好き」の性向を巧みに使う手法で、本国幹部のボーナス増額のために使われている保険なぞには、トンと興味は無い。列島の住民よ、保険こそはナショナルでなくては、自分の命や財産が奪われてしまうだけだと、声高に吼えているので、このCMも関心が無い。
そういう訳で、企業活動には妨害をしないように、ただただTVを「拝見」するのをやめただけだ。

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