2009/1/31
回想・手塚治虫

昭和天皇が亡くなり、「昭和」から「平成」へと元号が変わった1989年、冬。独り暮らしだったボクは、借りている一軒家で、手塚治虫の『火の鳥』を近くの貸し本屋から借りて、読んでいた。もちろんインターネットやケータイなどは、一般には全く普及していなかったころだ。
手塚はそこで、永遠の生命である“火の鳥”を軸に、過去から未来へ、そして未来から過去へとリンクする、壮大な人類のドラマを描いていた。圧倒的なエネルギーで物語を紡ぎだす彼の画力に、ボクは物語の中に否応もなく引きずり込まれていったのを憶えている。
そして貸し本屋に本を返しにいった2月9日、本屋のテレビが手塚治虫の胃がんによる病死を伝えていた。手塚はボクの母と同じ昭和3年生まれ、享年60歳。天皇の死にはさしたる感慨もなかったけれど、手塚の死去はショックだった。茫然として、ただテレビの画面に映し出される生前の手塚治虫を見つめていた。
手塚の漫画はもちろん小学生のころからほとんど読んでいたけど、特に高学年になると『少年チャンピオン』に連載されていた“ブラックジャック”がなにより楽しみだった。クールさと天才的なメスさばきを兼ねそなえたブラックジャックは、文句なくカッコよかった。
実はそのころ手塚は、隆盛を極めた劇画におされ人気が急落し、どん底の状態にあったという。新しい表現方法を模索する苦しみのなかで生まれたのが、“ブラックジャック”だったのだ。そんなこととはつゆ知らず、田舎の少年は毎週の発売日を待ちこがれていた。
亡くなる直前の1988年(昭和63年)11月1日。手塚は母校でもある大阪教育大学付属池田小で、最期となる講演を行っている。医者からの制しをふりきって出向いた母校の体育館での講演はNHKにより記録され、画面には病魔による肉体の衰えが痛々しいほどはっきりと写し出されてはいるけれど、千人を超える小学生に語りかける手塚の声はほがらかで、ユーモアをたたえ、愛深いものだった。(この番組はYOUTUBEで観ることが出来る。http://jp.youtube.com/watch?v=oD6OBgIdiso )
「生命というのは、50年や100年という短いものではなく、宇宙的なものなんです。それを表現するためにボクは『火の鳥』を書いたんです。」「生命を軽んじる大人ではなく、人間だけではなく、全ての生命を愛し、いとおしむ大人になって下さい。」
最期の講演から13年後、あの池田小児童殺傷事件が起こってしまうことになる。(了)
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2009/1/18
生活のリアル 映画

先週末と今週末、続けて中国映画を観た。ひとつは内モンゴル自治区が舞台の「トゥヤーの結婚」、もうひとつは雲南省の田舎が舞台の「ようこそ、羊さま」だ。
年末に清水の舞台からダイヴして念願のアクオス(といっても20Vだけどね。でもワイドだから、僕らには十分な大きさなのです)を買ったので、これまで見ていたソニーの14型のモノラルブラウン管テレビ(時々音が出なくなり、その度に息子がバンバン叩いていたのだ)に比べて、比較にならないほど映像も音響も抜群によく、十分に映画を“楽しむ”ことができた。
“楽しむ”とカッコ書きで書いたのは、描かれている内容は、とてもハリウッド映画のように単純に楽しめるものではなかったからだ。詳細はそれぞれのHPや紹介のブログをご覧いただきたいが、一番感じたのは、それぞれの映画にいわゆる先進国ではとうに失われてしまったように思える「生活のリアル」が描かれていることだ。
「トゥヤーの結婚」では、生活の中で“水”がいかに貴重で簡単に得がたいものか、夫が不慮の事故で働けなくなった女性がどうすれば子供と旦那を食わせていけるか、一方「ようこそ、羊さま」では、国家権力の最下層にいる貧しい農家の夫婦が、外国産の羊の世話を副知事からまかせられ、それに翻弄されるさまが描かれている。
「生活のリアル」を一所懸命に生きているがゆえ、いずれも滑稽で、哀しく、美しい。映画を観ながら、すぐ側にある薪ストーブに薪をくべていた。映画でも同じように、薪で火を熾し、飯の用意をする農民の姿があった。(了)
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2009/1/10
シロハラくん、いらっしゃい! 自然

数日前の午前中、パン焼き小屋の窓の外から、枯葉のガサガサ、ガサガサという音が聞こえてきた。「ん?何かな?」と思って覗いて見ると、体長20cmくらいのわりと大振りな鳥が枯葉の下をひっきりなしにつっついている。
時々、パンくずや鉄板に残ったひまわりの種やクルミのかけらなんかを裏山にほかしていたので、それを食べにやってきたんだろう。ふっくらした茶色の羽の下から、白く細長い羽毛がのぞいている。妻に訊くと「ツグミじゃないかな?」という。
昔だったら重たい百科事典を引っ張り出して調べるとこだけど、今じゃネットがあるので、娘が早速このサイトで見つけてくれた。
http://www.yachoo.org/Book/Show/521/sirohara/
お腹の部分が白いためか「シロハラ」というツグミ科の鳥で、なんでもシベリア・アムール川付近から越冬のため、雪の少ない地方へ飛来するらしい。へえ〜、アムールトラがいるあんな遠くの寒いところから、こんな九州の山奥の片田舎のちっぽけなパン屋の裏山に来てるんだ〜〜。
その気になって周りを見渡すと、ジョウビタキとかセキレイとかクサシギとかヤマセミとか、名前も知らない鳥たちがいっぱいいる。道理で天気の良い日は、朝からツツピ、ツツピだのヒーヨヒーヨだのピーヒョロロだの賑やかい訳だ。(鳥の名前は実は娘から教わっている。だって難しいんだもん。)
それにしてもシロハラかあ。明日もパンくずをたくさんあげるから、いっぱい食べて栄養つけて、アムールに無事帰ってくれよ〜。(了)
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2009/1/8
1月7日、46才!
すっかり忘れていたけれど、昨日早朝仕事しながらラヂオを聞いていたら、昭和天皇が死去し、今の天皇が即位して20年目になるという。
そうだ20年前ボクは熊本にいて、ささやかながら誕生祝をしようと思っていたら、「本日天皇が崩御されました」とのニュースが流れた。別に天皇が死のうが生き返ろうがボクにはそんなの関係ねー(古っ!)と買い物に出かけたら、なんとほとんどの店がシャッターを下ろし、結局買い物せずに家に帰った。それならとテレビをつけると、案の定どのチャンネルも葬送の音楽を背景に、「天皇崩御」の番組ばかりやっていた。
外は冷たい雨の夜。当時飼っていたノンちゃんという子犬と2人で、「ハッピーバースディ トゥ ミー〜♪」と歌い(吠え?)、ラーメンとドッグフードでお祝いした。グッバイ 天皇。
それから20年目の昨日。高校生の娘が(このところ家族の誕生日とクリスマスのケーキは全部彼女が作っているのだけど)、丸っこいケーキをこしらえてくれた。ロウソクを点け、みんなで「ハッピーバースディ♪」を歌い、あっと言う間に平らげた、46才の誕生日でした。シアワセ。(了)
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2009/1/3
2009年の始まりに

このところ元旦を除き、早朝4時半に起きて(ちなみにパン焼きの日は午前1時半起床)、川沿いの小道を歩いている。夜明け前の空気はピリリと冷え込み、空には満天の星が輝いている。
年末年始さすがに車は少なく、川の流れる音の合間に、時折木立ちのがさがさと揺れる音がする。「シカかもしくはイノシシか」と懐中電灯をあててみても、シーンとした静寂だけが残っている。
昨年から雪崩れ式に起こっているアメリカ発金融危機は、まさに世界恐慌への引き金となり、「派遣切り」に象徴される日本経済の混迷さもますます深まっていくだろう。他方、パレスチナとイスラエルのこのところの暴力の応酬に見られるように、民族間の長年の紛争が再燃しつつある。世界中いたるところに絶望と憎しみが拡散し、なんだか「戦前」を思わせるキナクサイ臭いが立ち込めている。
それでは希望はどこにあるのだろう?と、歩きながら考えてみる。希望は、ある。実際すでに古いパラダイムを脱け出し、新しい生き方を始めている少なからぬ人々がいる。大江健三郎いうところの“新しい人”たちだ。いくら天動説を唱えても真理(地動説)には逆らえないように、新しい時代の流れに耳を澄ましてみよう。
ようやく、夜が白んできた。鳥たちもさえずりはじめた。新しい一日が始まる。(了)
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