ウィリアムスさんにつづき、全日本プロレスファンに愛されたのが、ジャマールさん。サモア出身で、叔父はザ・ワイルド・サモアンズのアファ&シカ・アノアイで、兄にはリキシ、従兄弟にはWWEでスリー・ミニッツ・ウォーニングというユニットでコンビを組んだロージーがいるプロレス一家に育ちました。
95年にデビューし、96年に初来日(FMWにてロージーとアルマゲドン1号2号として活躍)。この頃は知らなかったのですが、先にふれたWWEでの活躍で存在を知り、03年全日本に初参戦。この頃は、馬場全日本から長らく活躍したスティーヴ・ウィリアムスさん達と入れ替わるようにして台頭してきた最強外国人軍団RO&Dのメンバーとして参加し、同じく初来日のジャスティン・クレディブルとのコンビで世界最強タッグリーグ初参加で準優勝。翌04年の最強タッグリーグで太陽ケアとのコンビで優勝。05年にはチャンピオンカーニバル準優勝をし、世界タッグ王者にも君臨。
TAKAみちのく率いるRO&Dは、もともと全日本本隊に対向すべく最強(最凶)の軍団として登場しましたが、現在存在するブードゥーマーダーズ(VM)の出現により、ヒール色が薄くなり、現在のGURENTAIのような実力を誇る集団に変貌。一時は三冠王座以外のベルトを手中に収めるほど勢力を拡大していました。
名勝負をすることでファンの信頼を経て人気も上昇。RO&DタイムというTAKAみちのくによる試合前の前説は、現在のF4タイムへと引き継がれており、名前も技も知らない外国人選手を知るきっかけにもなりました。その中で試合前には明るい表情を見せていたのがジャマールさんでした。
当時は佐々木健介や、ボブサップ、VMのジャイアントバーナードなど、当たりの強い選手とも互角にぶつかり合いました。それでいて得意のフライング。ソーセージや三冠戦でも見せたムーンサルトプレスなど、巨体に似合わぬダイナミックな空中殺法も得意でしたし、ラリアットなどを受ける時に一回転してバンプを取るなど、とにかくファイトスタイルがダイナミック。“熱風飛獣”のニックネームが示すとおり、熱く、力強く、さらには身軽な闘いぶりで全日本マットで大暴れ。
個人的に一番好きだった技は、走ってくる相手を上に放りなげてサモアンドロップを決める“サモアン・ファイブ・アウト(S5O)”。スピード、パワー、そしてダイナミックさを凝縮したジャマールさんらしい技でしたね。
そんなジャマールさんも06年には古巣WWEに復帰、ウマガとして活躍しタイトル戦線に食い込み活躍。09年にドラッグテストに引っかかりリハビリを拒否したことで同団体を解雇。11月にはハルクホーガンが立ち上げた団体で試合をするも、12月4日にテキサス州の病院で心臓発作のため亡くなられました(享年36歳)ウィリアムスさんも若くして亡くなられましたが、ジャマールさんは自分と同じ歳。それだけに本当にショックというか、残念で悲しかったです。
プロレス一家で育ったこともあり、本当にプロレスを愛していました。来日時には積極的に練習に参加したというエピソードも聞いたことがあります。
ウィリアムスさんもジャマールさんも、本当に全力で闘う選手でしたので大好きでした。彼等の頑張りがあったからこそ、今の全日本プロレス、日本のプロレスがあるのだと強く思いました。名勝負を残してくれた2選手。絶対に忘れてはならない思い出のプロレスラーです。
ご冥福をお祈り致します。

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