魔法少女キューティクル・レ イ
作:ジャージレッド
絵師:HIKO様
さわやかな一週間の始まり、月曜日の朝だというのに、神谷礼二(かみや・れいじ)は不幸だった。なぜかって? それは今日もごっそり と抜け毛した からだ。既に数年前から、起きてすぐに枕に付いている抜け毛の本数を確認することが日課になっている礼二は、とうとう今朝は新記録の樹立を確認してしまっ たのだ。
「……260、261、262、263。263本っ! ……嘘だろ? おい。いつもはせいぜい100本未満なのに……」
そうなのだ。彼の最大の悩み、それは大量の抜け毛であった。毎日、毎日、とんでもない量の髪の毛が抜けて、日に日に頭皮が世間様に対 して自己主張してくるのだ。
「まずい。絶対にまずい。このままじゃ年内にも、ツルツルになってしまうじゃないかっ!」
既に限界まで薄くなった頭をなでながら、礼二は叫んだ。もっとも叫んだところで何も解決しないのだが、それでもあえて叫ばずにはいら れない礼二だった。うんうん、気持ちは分からないでもないぞ。……分かりたくはないけど。
「お困りですね♪」
礼二が天に対して己の不幸を嘆いた瞬間、礼二の部屋に可愛らしい声が響いた。小さな幼児のような声でありながら、その声には深い知性 が感じられる。
「うわっ、だ、誰だ?」
突然聞こえてきた声に驚いた礼二は、うわずった声を上げてしまった。すると礼二の目の前にキラキラと光る光の粒が集まってくると、な んだか毛むくじゃらの小さな生き物が姿を表した。
「お探ししました。王女様。私です。王室付き使い魔のミモラです」
空中にふわふわと浮きながら、その小さな生き物は、ハッキリとそう言ったのだった。
「何だ、お前は? 何で毛玉の化け物が喋るんだ。それに、俺がなんで王女と呼ばれなくちゃならないんだよ?」
パニックに襲われながらも、的確に質問をする礼二。うんうん、作者思いの優しい主人公だ。
「まあ、落ち着いてください。今から説明いたしますから……」
そしてミモラは、信じられないような話を礼二に語ったのだった……。
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◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
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話を聞き終わった礼二は、まだ混乱する頭を抱えながら、ミモラに自分の理解した内容を確認した。
「うーん。よく分からないけど、一応、話は分かった。つまりまとめると、ホントは俺は、魔法の王国コスメティックのプリンセスで、30 数年 前に突然どこからかやってきた魔力を吸い取る能力を持った敵に襲われて、魔力の大半を失ってしまった。けれども王様と女王様、つまり俺の両親(?)の力に よって、俺の魂だけはなんとか人間界に脱出して、やがて俺に生まれ変わった」
とりあえず律儀にミモラの話を要約する礼二だったが、その表情からは、この話をほとんど信じていないということが明白だ。だいたい さっきから指をなめなめしながら眉に唾をつけ、日本に古来から伝わる狐に化かされない為のおまじないをし続けている。
「そして魔法の王国コスメティックの他の人々は、完全に魔力を吸い取られ尽くして石化した。もちろん、王様と女王様も… …。そして魔法の国を完全に制圧した敵は、仲間を呼び寄せ、いよいよこの人間界に侵略の魔の手を伸ばしてきたと、そういうわけだな」
既に眉につけた唾がダラダラと垂れ落ちてきている状態である。まったくもって汚い。
「というわけで謎の敵の人間界侵略を阻止するには、俺が魔力を取り戻して魔法少女になって戦う必要がある……。これで間違いないな」
見事なまでに的確にミモラの話を要約した礼二だった。なんと作者思いの登場人物なのであろうか? とりあえず礼を言っておくぞ♪
「そうです。王女様の魔法力はけた違いに大きかった為、さすがの敵も王女様から魔力を吸い尽くして石化することは出来なかったのです。 そして敵が魔力の吸収において一息入れた、その一瞬の隙をついて、王様と女王様は、王女様の魂を人間界へと転生させたのです」
ミモラは苦渋に満ちた声を出しながら、礼二の目の前をふよふよと浮遊しながら説明を続けた。
「そして敵は時間をかけて魔法の王国コスメティックをはじめとして、アストラル界に存在するすべての国々を完全に制圧し、いよいよ物質 次元 であるこの人間界へと侵略の魔の手を伸ばそうとしてきたのです。もはや猶予はありません。私は王室付きの使い魔の勤めとして、王女様を復活させる為に、今 まで敵の目を逃れつつ密かにアストラル界に残された魔力をかき集めていたのです。さあ、王女様、今こそ魔法少女キューティクル・レイとして、復活を果たす のですっ!」
自分の長年の使命がいよいよ果たされるとの思いから、陶酔しきった表情(?)のミモラ。対して一気に疲れた表情になる礼二。全身から けだるさのオーラを発散している……。
「話は聞いた。聞いたから、帰って良いよ。俺は寝るから。もう今日は会社も休む。じゃあね、バイバイ」
もしかすると、今の出来事は全部、夢だったとでも思いたいのだろうか? 礼二はそう宣言すると、そのまま布団の中に頭までもぐりこ み、羊の数を数えだしたのだった。
「羊が一匹、羊がニ匹、羊が三匹、羊が……」
ほうっておいたら、いつまでも羊の数を数えていそうな雰囲気に、ミモラはちょっと慌てて自分も布団の中にもぐりこんだ。
「王女様、現実逃避をしないでください!」
礼二の顔に接触するかしないかという至近距離で、ミモラは大声でどなった。その大声に、さすがに羊の数を数えるのをやめた礼二だっ た。
「だから俺は王女なんかじゃないって。だいたい仮にそれが本当の話だとしても、俺には何のメリットもないじゃないか。俺には関係ない よ」
至極もっともなセリフである。だいたいいきなりこんな話を信じられるほうがどうかしている。しかしミモラという不思議な存在のことは 幻覚とでも思っているのだろうか?
「髪の毛……、生やしたくはありませんか?」
礼二の反論は一切無視して、ぼそりとつぶやくミモラ。そのセリフを聞いた瞬間に、礼二はガバッと布団から起き上がっていた。
「ちょっと待て。その話を詳しく聞かせてもらおうか」
布団の上に正座をして、ミモラを問い詰める礼二。さすがに髪の毛のこととなると無視は出来ない若ハゲ一直線というか、既に若ハゲ確定 の礼二である。
「古来から、髪の毛は魔力の象徴だということはご存知ですか? 王女様は、魔力を吸い取られてしまったので、髪の毛が薄いわけです。で すから、私が集めた魔力を受け取れば、髪の毛はふさふさになるのは当たり前です」
厳かに断言するミモラ。その言葉を聞いた瞬間、礼二の判断能力は通常の2割程度に低化した。いや、もしかすると1割ぐらいかも。
「本当に髪の毛が“ふさふさ”になるのか?」
ごくりと、唾を飲み込みつつ、質問をする礼二。無意識のうちにかなり薄くなってしまった頭に手をやり、猫の毛よりも細くやわらかく なってしまった自分の髪の毛を撫でている。
「もちろんです。王女様の髪の毛が薄い原因は、一にも二にも謎の敵に魔力の大半を吸い取られてしまったからです。先ほども言いましたよ う に、魔力の象徴として髪の毛があるわけですから、魔力が元に戻れば、髪の毛も当然に“ふさふさ”になるのは間違いないです」
礼二の目を見て、しっかりとうなずくミモラ。しかし首も無いのにうなずけるとは器用なやつ……。
「ふ、ふさふさ?」
最終確認をする礼二。
「そう、ふさふさ♪」
対して、答えるミモラ。そしてそのまま黙って礼二を見つめる。
「ごくり……」
その沈黙に耐えられなくなったのか、大きな音をたてて唾を飲み込む礼二。すでに2人の間を流れる緊張感はマックス状態である。『うふ ふふふふ』という意味の無い笑いだけが2人の間を支配する。
「……か、髪の毛がふさふさになるのなら、何だってやってやろうじゃないか。謎の敵と戦う? 魔法少女になる? 上等だっ! やってや るぜっ!」
やがて開き直ったのか、それとも既に判断力のかけらも残ってないのか、礼二は布団の上で自分と対峙しているミモラを両手で掴むとそう 言った。
「分かりました。それでこそ魔法の王国コスメティックの王女様です。では、行きますよ」
するとその瞬間、ミモラの全身に生えていた体毛が、金色に光り輝いたかと思うと、その光は礼二の全身を包み込み、飲み込んだのだっ た。そして、その光がゆっくりと消えていくと、そこには年の頃は12〜13歳の女の子がいた。

ふぁさっ♪
変身を終えた礼二がまずしたのは、髪の毛を触ることだった。黄色いリボンでポニーテールにされた長い髪の毛は、触るとまるで音楽を奏 でるかのように軽やかな音をたてたのだった。
「すごいっ! これが俺の髪の毛だなんて……」
自分の頭に、こうもたくさんの髪の毛があるということに驚きの声を上げる礼二だった。そしてポニーテールにされた長い髪の毛を自分の 顔の 前に持ってくると、しげしげとそれを眺めていたが、突然に礼二は、ハッと気が付いたように洗面所へと駆けだした。トテトテトテ… …。足取りも軽やかである。
ガチャッ
そこにはこの家の中で一番大きな鏡があった。当然に映っているのは礼二、いや、魔法少女キューティクル・レイである。服装までも変化 しているので、元が30代も半ばをすぎたおじさんだということを知らなければ何も違和感は無い。
「こ、これが俺……。す、すごい。こんなにも髪の毛にボリュームがあるっ!」
わずかに膨らみかけた胸も、ホットパンツをはいているが故にハッキリと分かるペタンと平ぺったい股間も、ましてやどこのコンテストに 出しても優勝間違い無しの可愛らしさも、いっさいがっさいを無視して、レイは自分の髪の毛にのみ、意識を集中した。
「あああ、俺の頭にこんなにも髪の毛があるなんて♪ そ、そうだっ! 風呂だ。風呂に入ろうっ!」
なぜこの状態で風呂に入らなければならないのか、いまいちよく分からないが、レイはそそくさと服を脱ぎだした。まずは少しおとなしめ のホットパンツをするりと脱ぐと、次は上着のボタンに手をかけ、いつもとは逆にとめてあるそれをもどかしそうにはずしていく。
「ボタンが逆に付いているだけでけっこう脱ぎづらいもんなんだな……」
特にそれ以外の感慨は持たないのか、戸惑いの色を感じさせることなく上下の服を脱ぐと、そこにはショーツとブラジャーのみという格好 のレ イがいた。しかしその下着姿には何の興味も示さず、代わりに自分の肩に“ふぁさっ”とかかる髪の毛の感触に対して、猛烈に感動し ていた。
「あああ、髪の毛……。すごい、この肩と首をくすぐるような感触がすべて俺の髪の毛だなんてっ!」
ひとしきり脱衣所で自分の長くてボリュームのある髪の毛に対して感動していたレイだったが、やがて思いだしたかのように身に付けてい る下 着を脱ぐと、そのまま扉を開けて風呂の中に入って行ってしまった。自分の身体が小さな女の子になっているなんてことには一切目もくれず、髪の毛にしか感心 をしめさない態度は、ある意味立派といえた。
「よし、とにかくシャンプーだ」
何を考えているのか、いきなり髪の毛をシャンプーしようとするレイだったが、その視線の先には、ありとあらゆるヘアケア用品が並んで いた。シャンプーにリンスは言うに及ばず、育毛剤にトリートメントにその他各種それぞれが取り揃えられていたのだった。
「この髪質の髪の毛を洗うのには、これで良いのかな?」
趣味(?)で取りそろえられたそれらのボトルを眺めつつ、レイは“にへらへら♪”と笑顔を浮かべていた。その 後、ようやく選んだシャンプーのボトルを手にとると、洗い場の床に置いた。そしてシャワーのコックを開くと、お湯を勢いよく出し、自分の長い髪を洗い出し たのだった。
しゃわしゃわ……♪
しゃわしゃわしゃわ♪
しゃわしゃわ、しゃわわ♪
「あううう、この感触っ! シャンプーの泡がたっぷりと絡んだ髪の毛って、なんかいいっ! いつもだと頭を洗っているのか地肌を洗って いるのか分かりゃしないんだもんなあ。これだよ。これっ、忘れかけていたけど、これこそが頭を洗うという感覚なんだよっ!」
その後、心ゆくまでシャンプーの泡と戯れたレイは、入念にリンスをすると、ややぬるめのお湯で髪の毛をゆすいだのだった。そしてなぜ か洗い場の排水口に顔を近づけると、じっとそこを観察し始めた。
「1本、2本、3本、4本、5本、6本、7本……。7本っ! これだけ入念にシャンプー・リンスをしても、たったの7本しか抜けてない なんてっ!」
髪の毛が薄くない人には、理解出来ないテンションで感動しつづけるレイ。いったい普段はどれだけの髪の毛が洗髪の度に抜けていくので あろうか? 分かりたくはないが、なんとなく想像出来る作者だった(哀)。
「……いったいさっきから何をやってるんですか?」
いきなり風呂場に行ったまま、なかなか戻ってこないレイを心配して、ふわふわとミモラがやってきた。ちなみにちょっとあきれ顔(?) である。
「ああ、ミモラか? いや、ちょっと“ふさふさ”な髪の毛を心ゆくまで堪能してただけだから……」
生返事をすると、今度は風呂場を出て、洗面台の前に立ち、引きだしからブラシとドライヤーを取りだしたレイは、そのままドライヤーの 温風で髪の毛を優しく乾かしだした。もちろん弱温風、髪の毛を痛めるようなことはしない主義(?)だ。
「別に、ふさふさの髪の毛を心ゆくまで堪能するのは、良いのですが……」
言葉を濁すミモラ。
「ん? なんか言った?」
ものすごく楽しそうにボリューム感ある長い髪の毛を乾かすレイは、ミモラの言葉なんかほとんど聞いちゃいなかった。一生懸命に髪の毛 を乾かすと、今度はどんな髪型にするのが良いのか、さらに一生懸命に考え出したのだ。
「うーん、これだけ長い髪の毛だと、色々な髪型が出来そう……。でも、実際に髪をまとめようとすると、意外に 難しいもんだな。第一、女の子の髪型なんて今まで注意して見たこと無かったからな……。えっ!? 女の子?」
もしかして魔法少女になるということは、イコール女の子になるということに気が付いていなかったのか、レイは急に一糸まとわぬその身 体を、もじもじとくねらせだしたのだった。
「ようやく気が付いたようですね。今の王女様の身体は、人間としての仮の姿である“神谷礼二”の身体ではなく、王 女様本来の身体、魔法少女キューティクル・レイに戻っているのです。髪の毛がふさふさなのを喜ぶのは良いのですが、女の子なんですから、もう少し恥じらい を持っていただきたいものですね」
既に王宮の教育係という雰囲気で、レイをたしなめるミモラ。先ほどまでとちょっと雰囲気が変わり、少しばかりと偉そうな態度となって い る。やはり30を半ばも過ぎた男性を相手にするときと、外見上とはいえ12〜13歳ぐらいの女の子を相手にするのでは自然と態度も変わってくるようだ。
「いや、でもそんなこと言ったって……」
中学生時代から、早くも髪の毛にコンプレックスを感じていた礼二は、当然に女の子と付きあうことに自信が持てず、この年になるまで女 性の 生裸を見たのは、母親のだけだったりする。さっきまでは“ふさふさ”な髪の毛が復活したことによる嬉しさのあまり我を忘れていた のだが、落ち着きが戻ってくると、急に自分の女の子な裸身に対して恥ずかしさがこみあげてきたのだ。
「とにかく王女様には、やるべきことがいっぱいです。まずは、魔法を使いこなせるように訓練をする。それができなければ敵と戦うことが で きませんからね。そしてあなたは、まがりなりにも魔法の王国コスメティックの王女様なんですから、裸で歩き回るようなはしたないまねは謹んでください」
なんだか時間の経過と共に、とっても偉そうな雰囲気になってくるミモラであった。まあ、それはよいのだが、ミモラに説教されたレイは 素 直に先ほど脱いだ下着と服を身に付けた。しかし先程はあっさりと脱ぐことができたブラジャーだったが、なぜか着けるときには悪戦苦闘を強いられてしまうの だった。
「これで良いのかな?」
苦労しながらも服を着終わり、長い髪もなんとか束ねたレイは、ミモラに尋ねてみた。
「ええ、上出来です。では、早速魔法の特訓と行きましょう。今日の夜には、完全に魔法が使えるようになって頂きますよ。敵は、もうすぐ そこまで来ているんですからね」
こうして特訓は始まった……。
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人通りの絶えた夜の小道。平和な街中のごくありふれた光景、……ではなかった。街灯の光が届かぬ、暗闇の中 に、まるでタコのような姿をした異形の化け物がうごめいていた。そしてそのかたわらでは、悲鳴を出す事すら忘れて恐怖におののく若い女性が、今まさに襲わ れようとしていたのだった!
化け物は、その口を女性の髪の毛にそっと近づけると、まるで麺をすするかのようにズルズルとその髪の毛を吸い込みだした。なんとおぞ ま しい光景であろうか? そうこうするうちに、腰まで伸びていた女性の髪の毛がみるみると短くなり始め、ロングからセミロング、そしてショートヘアーになっ てしまったではないかっ!
このままでは、その女性の髪の毛がすべて無くなるのではないかと思われたその時っ! 年のころは12〜3歳だろうか。突如、その場に は 思いっきり不似合いな明るくも可愛らしい少女が現れた。やはりというか、魔法少女キューティクル・レイである。そして……。
「ビューティー ☆ キューティクル ☆ ヘアーッ!」
その姿からは想像するのが難しいほど凛とした力強い声を、レイはその化け物に向けて放った。それと同時に、彼女が持つステッキの先端 から 生えている濡れたように光る漆黒の髪の毛が、星のようにキラキラと輝くキューティクルをまきちらした。そしてその輝きは、今しも若い女性を襲おうとしてい たタコのような姿をした怪物を直撃したのだった。
「ぐげげげぇ〜〜っ!」
怪物は、電気ショックに襲われたかのようにのけぞったのだが、それも一瞬のこと。化け物は、すかさず体勢を立て直すと、レイに向かっ て突進してきたっ!
「やだっ! 効いてないっ! どうしよう、ミモラ!?」
ステッキに向って喋るレイ。どうやらそのステッキはミモラが変身した姿らしい。そう言えばステッキ先端のふさふさした毛は、ミモラの 毛にそっくりである。
「通常魔法攻撃では、駄目みたいだね。よし、必殺魔法を使おう。さっき教えた呪文を詠唱してっ!」
ミモラの声がステッキから聞こえてくる。それを受けて、レイは慌ててステッキを持ち直し、呪文を詠唱する。
「夜の闇のように漆黒な黒髪よ、昼のきらめきのように光り輝く金髪へとその姿を変えよ。……ブリーチ!」
呪文の詠唱が終わると、ステッキの先端に生えている髪は、その色を濡れるような黒から、風に舞うがごとく軽やかな金色へと変化した。 ちな みに少女自身の髪の色は、やや落ち着いた赤色のまま変化していない。あくまでも変わったのは、ステッキの先端から生えている髪の色だけである。
「よくも、邪魔をしたな。貴様、何物だっ!」
ぐにょぐにょと不気味に動く身体を震わせながら、タコのような姿をした化け物は少女に問いかけた。
「ふふふふふ、私の名前は、魔法少女キューティクル・レイ。人の魔力を宿した髪の毛を吸い取るなんて許せないっ! あなたの悪事を成敗 します!」
髪の毛に関することについては、容赦無いレイだった。
「ぐげげげげぇ〜、魔法少女だと!? 魔法使い達が住むアストラル界は、とっくの昔に制圧したはずなのに!? それにどうして俺の正体 を火 星人だと見破ることが出来たんだっ! 火星のアストラル界に住む我々のことは、誰にも知られていないはずなのに……」
驚愕の顔(?)をするタコのような化け物……、いや火星人。あまりの驚愕の為、襲っていた女性の頭からその口を離して、パクパクとし ている。
「ふっ、昔からタコの化け物イコール火星人と相場が決まっているのよ。とにかく問答無用! 行くわよっ! 最強必殺魔法……」
そこで言葉を区切ると、キューティクル・レイは、ステッキを顔の前で垂直に持ち、くるくると回しながら、右手から左手、左手から右手 へと移動させ、そして最後に両手でステッキを持つと高らかに呪文の言葉を詠唱した……。
「ゴールデン・キューティクル・シャワーッ!」
その言葉と共に、ステッキの先端から生えている髪の毛から金色の光の本流が溢れだし、そのまま火星人を直撃した……。
「ぐげげげげぇ〜〜っ! さ、さらさらヘアーーーッ♪」
すると火星人のタコのようなツルツルの頭に、みるみると髪の毛が生え始め、さらさらヘアーが出現した。そしてさらさらな髪の毛がぐん ぐん と伸びるにつれて、火星人の身体はみるみると小さくなり、そして最後には完全に髪の毛だけとなってしまったのだ。いや、よく見ると髪の毛の周辺に、うすぼ んやりと、まるで透き通るようにして存在する影が見える。それが火星人の本当の姿であった。火星人は物理的な肉体を持たない、アストラル界の生き物だった のだ。
「火星の生命は既に滅んだのよ。今のあなた達は幽霊、亡霊にすぎないわ。いくら地球人の魔力を吸収して実体化したとしても、吸収した魔 力 が無くなれば元の亡霊に逆もどりするのが、あなた達の運命……。物質生命体に満ち溢れた地球のアストラル界に住む私達とは違 うのよ」
そう言いつつ、キューティクル・レイは、ちょっと哀れみの目をしながら、地面に落ちている髪の毛を拾い上げた。するとその場でふわふ わと漂っていた火星人の亡霊は、火星の地に引かれるのか、ゆっくりと空へ向って上昇し始めた。
「いずれ火星にもまた生命が溢れかえる日がやってくるわ。それまでは安心してお眠りなさい。ここは地球だけど、天国はひとつにつながっ てる から、火星の天国までは簡単に行けるはずよ。そして魂が癒されたら、火星の生き物として生まれ変わると良いわ。きっと火星に移住する地球人に生まれ変われ るはずよ」
火星人の亡霊は、始めはゆっくりと、そして段々と速度を上げ、最後には矢のようなスピードで、天空に輝く赤い星を目指して飛んでいっ て しまった。キューティクル・レイは、その姿が見えなくなるまで、天をふり仰いでいたが、夜空にその姿が完全に消え去ったのを確認すると、ニッコリと微笑 み、その場を後にした。
気絶している被害者の女性をそのままにして(笑)。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
◆ ◇
「おい、ちょっと待て! ホントにこんなことしなくちゃならないのか!?」
ミモラとレイの精神を接触させた状態で行われたイメージトレーニングが終わると、レイはミモラに食ってかかった。髪の毛の為とはい え、さすがにちょっと恥ずかしかったようだ。
「王女様、言葉使いの訓練も兼ねているんですから、ちゃんと魔法少女らしい言葉使いをしてください」
レイの質問には答えず、ミモラは説教を始めた。
「だいたい、敵の正体って謎なんだろ? 何で火星人なんだよ」
カビが生えきった火星人に関するイメージを見せられて、脱力するレイ。まあ、分からなくもない。最近の火星人というか、宇宙人のイ メージはグレイのほうが強い。今さらタコな姿の宇宙人のイメージを見せられても、何を言えと言うのだろう。
「いえ、謎の敵がタコのような姿をしているのは本当ですよ。ですからとりあえず、もっともイメージが近いものとして、敵の正体を火星人 と仮定したまでのことです」
魔法の王国では、今頃ウェルズが大流行なのだろうか? 頭痛がしてくるレイだった。
「まあ、それは良いとして、そろそろ元の姿に戻してくれよ。髪の毛がふさふさな元の姿も見てみたいし……」
とりあえずイメージトレーニングとはいえ、ちょっと疲れを覚えたレイは、ミモラにそう訴えた。
「え!? 元に戻るんですか?」
何か不思議なことでも聞いたと言わんばかりの雰囲気のミモラ。レイの頭を不安がよぎる……。
「え!? もしかして……、戻れないのかなあ〜?」
内心の不安を紛らす為、努めて明るい雰囲気でミモラに質問するレイ。ちょっと声が震えているのが可愛い。
「いやあ、良く分かりましたね。つまり王女様は、魔法少女キューティクル・レイという今の姿に変身したんじゃなくて、神谷礼二という仮 の姿 から、魔法の王国コスメティックの王女様としての本来の姿に戻ったわけですから、いつまで経ってもその姿のまんまです。まあ、良いじゃないですか。髪の毛 もふさふさになったことですしね」
あっけらかんとしたミモラの口ぶりに、レイも一瞬納得しかけたのだが、すぐに思いなおすと反論した。
「おい、そんなこと言われても、このままじゃあ、色々と困るだろ。子供の格好じゃ、働きにも行けないし……、働かなきゃお金がもらえな いから、ご飯が食べられないじゃないかっ!」
本気なのか冗談なのか、よく分からないようなレイの喋り方だが、本気が7割3分に、冗談が3割2分である。ちなみに余った5分は消費 税分であるのは言うまでもない。
「う〜ん、ご飯が食べられないですか。それは困りましたね。栄養不足は髪の毛には大敵なんですよ。つまりは魔力の維持の為には、きちん とご飯を食べなくてはいけませんし……。う〜ん、困りましたね」
もしかして本気で言っているのであろうか? その状況自体が冗談である。ミモラは腕も無いのに、まるで腕組みをして首をかしげている ような雰囲気を出していた。
「だろ、だから何とかして元に戻してよ」
ここぞとばかり、ミモラに詰め寄るレイ。真剣である。
「しょうがないですね。元に戻るのは出来ませんが、元の姿に変身するだけなら出来ますよ。まあ、昼間の間だけですけどね」
ご飯の為ならしょうがないと、割り切った口調のミモラであった。
「昼間だけって……、夜になったらどうなるの?」
ちょっと不安な口調のレイ。ドキドキハートである。
「夜は魔法使いの時間です。夜の闇があたりを覆うと、かりそめの姿は闇に溶けて、本来の姿が現れてくるのです」
何やら厳かな口調で説明するミモラだったが、もしかすると単に難しい表現で、レイを煙に巻いているだけかもしれない。
「しょうがないか……。じゃあ変身してみようか。う〜ん、元の自分の姿に変身すると言うのも変だけど……、まあいっか」
軽い口調のレイ。魔法少女になったことにより、徐々に精神にまで影響を受けてきているのかもしれない。
「ええと、変身っ! 神谷礼二になあれぇ〜♪ ……で、良いのかな?」
呪文にもなっていない呪文を唱えるレイ。すると光り輝くリングが、レイの足下に出現し、ゆっくりとレイの身体を変身させつつ、上昇し ていった。そして最後に頭までリングが上昇すると、そこには魔法少女キューティクル・レイではなく、神谷礼二がいた。
「ふうう、とりあえず元の姿に戻れたからこれで良いか。それにこの感触、元にもどっても髪の毛はふさふさのままみたいだね♪」
今朝までの自分の頭の感触とは違う、今の感触に、礼二は満足そうにうなずいた。するとその瞬間、うなずいた頭から、ふぁさっ♪ と、 音をたてながら長い髪の毛が顔の前に垂れて来た!?
「えっ? これは……」
絶句する礼二。慌てて自分の頭を触ってみると、そこからは長い髪が生えている。引っぱってみると痛い……。 もしかするとまだ魔法少女キューティクル・レイのままなのかと疑った礼二は、自分の身体を見て、そして触ってみたのだが、身体は確かに男性のものだった。 あるべきところにあるし、平たいところはあくまでも平たい。混乱した頭でとにかく鏡を見なくてはと思った礼二は、またしても洗面所にやってきた。ドタドタ ドタ……。足取りは重い。それに心も身体も……。
「!? なんだ、これは!!」
鏡の中に居たのは、確かに礼二だった。しかしその髪型は……。
「なんで髪型は変わらないんだよ。女の子にこの髪型なら似合うけど、俺の顔にこの髪型じゃ、気持ち悪いだけじゃないかっ!」
確かに大きなリボンで赤みがかった長い髪を束ねているのは、30代も半ばを過ぎている男性には似合うのが難しい髪型である。
「ミ〜モ〜ラ〜っ!」
礼二は叫びながら、ミモラの元へとダッシュした。
「現状認識は、お済みになりましたか? 王女様」
どこから取りだしたのか、ずずずとお茶をすすっているミモラ。礼二と違ってくつろぎまくっている。
「おい、確かに身体は元にもどっているけど、この髪の毛はいったい何だよ。このままじゃなんだかもの凄く変じゃないかぁ〜」
まあ確かに、変と言えば変だ。地毛なのに、カツラにしか見えない赤い髪の毛は、もう本当にとおぉ〜っても変だ。
「でも、“ふさふさ”ですよ♪」
何を焦っているんだと、不思議な顔のミモラ。髪の毛が“ふさふさ”になったんだから、それで良いじゃないかと本気で思ってたりする。
「だから“ふさふさ”なのは良いんだよ。それは良いんでけど、問題は長すぎるんだってば。……そうだっ♪ 切っちゃおう。長い髪の毛で も切っちゃえば……」
ぽんっと手を打ち、パッと顔を明るくする礼二だったが、その希望はミモラの次の言葉でうち砕かれた。
「それは無駄ですね。先程も言ったように髪の毛は魔力の象徴なんです。特にアストラル界の住人である私達にしてみれば、象徴はそのまま 現実ですからね。髪の毛を切っても、切った瞬間に再生しますよ」
ふふふのふ、という素敵(?)な笑顔で話すミモラ。その言葉は軽い言い方だったが、内容はとても重かった。
「まさか、そんなっ!」
そのまま絶句した礼二は、慌ててどこからかハサミを持ってくると、いきなり自分の長い髪をジョキンと切った。… …切ったのだが、切られた瞬間に切り落とされたほうの髪の毛は光の粒子となって空中に溶けて消えた。そして切られて短くなった髪の毛が虹色 の発光とともに元通りに再生したのだった。
「そんな、いくら髪の毛が“ふさふさ”になっても、こんなんじゃ……」
髪の毛を“ふさふさ”にするためなら、悪魔にでも魂を売りそうだった今朝の態度とは大違いであるが、人間なんてこんなものである。欲 望がみたされるまでは何でもする覚悟なのに、一旦みたされると、その覚悟を簡単に忘れてしまうのだ。
「だから王女様、覚悟を決めて、魔法少女キューティクル・レイの姿のままでいましょうよ。ご飯のことは心配ですけど、きっと何とかなり ますよ。ね、そうしましょう」
聞きようによっては、とてつもなく無責任なセリフである。
「うーん。でも……」
渋る礼二。
「でも、謎の敵をやっつけて魔法の王国を再興すれば、あなたは名実共に魔法の王国コスメティックの王女様ですから、それはもう贅沢のし 放題ですよ♪」
人間、精神的にダメージを受けているときには、こういった言葉に弱い。その後、礼二は、ミモラと色々とやり取りをした後で、結局はそ
の提案を受け、年中無休二十四時間営業で魔法少女になることを承諾したのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
◆ ◇
「ねえねえ、お兄ちゃん♪ 私、魔法少女キューティクル・レイだよ。今ねえ、地球は謎の敵に襲われて大変なの! お願い、力を貸し て!」
その後、特殊な嗜好を持った大きなお友達を狙って、魔法少女キューティクル・レイを名乗る女の子が近づいて、食事をたかるという
“事件”が多発したというが、“被害者”は誰も彼も彼女を訴えることはなかったという。中には同居まで
した者すらいたというが、真偽のほどはさだかではない……。
おわり
あとがき
こちらのホームページでは、はじめまして。ジャージレッドと申します。この作品は、HIKO様から「魔法少女」のイラストを頂いたと
き
に、そのステッキに【羽ではなく毛がついていた】ことから思いついた作品です。TS作品は色々ありますが、『そういえば、女の子な髪の毛に萌え萌えな描
写ってあんまり見ないよなあ……』ということで、たったそれだけのアイディアで書いちゃいました。
それから、この話、ちょっと上手くまとまってません。本来ならこれで長編シリーズが書けちゃうぐらいなんですが、さすがに長編シリーズをこれ以上抱える
のはまずい状況なので、無理矢理終わらせてしまいました。皆様、申し訳ございません。m(_
_)m
それにしてもキューティクル・レイは、ちゃんと謎の敵と戦っているんだろうか? 疑問である。はっ! もしかして作者の頭が最近急激に薄くなってきてい
るのは、謎の敵のせいなのか!? お願いだ、キューティクル・レイっ! 早く謎の敵をやっつけてくれ! 作者の頭にまだ毛があるうちに…
…。
なお、この作品に関するご批判があるとすれば、すべて私、ジャージレッドに責任があります。よろしく御願いします。というわけで萌えない話を書いてすま
んです。