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妖精的日常生活
第14話 魔法研究所?
 
作:ジャージレッド


第1章 いつもとちょっと違う朝の始まり  20KB相当
第2章 魔法研究所……、なの?  19KB相当
第3章 詩衣那さん暴走? 危うし美姫ちゃん  44KB相当
第4章 妖精の魔法ってなに?  38KB相当
第5章 起動っ! 魔法力増強装置  35KB相当
第6章 お昼ご飯をたべながら  40KB相当
第7章 そして光の翼……
 11KB相当


※ 前回までのあらすじ
 異世界の妖精に人間の身体を召喚されてしまい、代わりに妖 精少女の身体にされてしまっ た突然妖精少女の長谷川幹也(みきや)君改め長谷川美姫(みき)ちゃん。妖精の小さな身体で、えんやらやっと頑張ってます。つい先日は妖精の集会なるもの に初参加。そこで驚くべき真実を知っちゃいました♪ はてさて、あの季節にはいったい何がどうなることやら? それにしても美姫ちゃん。豪快な酒癖です ね。ほれぼれしちゃいます。詳しくは『妖精的日常生活 第13話 妖精の集会?』までの各話をお読み下さい。なお今回からは、いよいよ新展開ッ! 妖精の 魔法の秘密に迫ります。それではどうぞ、お楽しみください。<(_ _)>


   
  
第1章 いつもとちょっと違う朝の始まり
 

 夏休みも本番の8月頭の早朝、ワタシは薄い夏用の掛け布団の中でまどろんでいた。夏とはいえ1日の中で最も気温が下がるこの時間、クーラー無しでも気持 ち良く過ごせるこの貴重なひとときを、ワタシはむさぼるように味わっていた。だってワタシが今いるこの『お部屋セット』にはクーラーどころか扇風機ですら 付いてないんだもん。

「おい、幹也……。起きてるか? 早く起きないと遅刻するぞ」

 どこからかお父さんの声が聞こえてくるけど、空耳だよね。今は夏休み。もちろん学校は休みだし、喫茶店の瀬里香のバイトは夕方からだから、昼まで寝てい たって遅刻するなんてことはありえないし……。うぅ〜ん、まだ眠たいの。布団が気持いいの〜。

「返事が無い。本当に寝てるのか? しょうがない。遅刻するよりはマシだろう。幹也、起きろ〜っ!」

 お父さんの声に良く似た空耳が突然に大きくなったかと思うと、ワタシは寝ていたベッドが小刻みに揺れるのを感じた。えっ!? えっ!? えーーーっ!?  もしかしてこれって……。

「わわっ! じ、地震だっ! ゆ、揺れてるっ! た、助けてーーっ! お母さーーんっ! 地震、地震だよぉーー!!」

 半分寝ぼけていたせいもあるけど、妖精になってから体験する初めての地震(?)に、私は慌てて大声を上げるのだった。するとその瞬間、揺れはピタリと治 まったっ!? 何? 何なのこの地震は。

「ようやく起きたか。幹也、早く着替えて出て来いよ。もう時間があまり無いぞ」

 妖精になってからは普段あまり寝起きの良くないワタシだけど、地震が来たということでショックを受けたのか、完全に目が覚めてしまった。そのワタシの耳 に飛びこんで来たのは、空耳でも何でもない本物のお父さんの声……。ん? ということは、さっきの地震って本物の地震じゃなくて、ワタシが寝ているこの妖 精用の『お部屋セット』をお父さんが揺らしたっていうこと? もうっ! なんてことするのさ!? 文句を言ってやらなくてはと、ワタシはそのまま部屋の外 に飛びだした。

「お父さんっ! 起こしてくれるのは良いけど、ちょっとやりすぎ。地震かと思って怖かったんだからね。起こすなら『お部屋セット』の窓かドアを開けて起こ してよ〜」

 妖精の小さな身体と可愛い容姿で凄んでも、ちっとも迫力が出ないということは分かりきっていたから、ワタシはうるうると目を潤ませて『怖かったんだから ね』という気持をぶつけてみた。我ながら最近、妖精少女としての武器を使いこなしているよね。

「おはよう。幹也。文句を言う前にまずは挨拶だろ?」

 何故かワタシからちょっと目をそらすお父さん。

「……おはよう。でも、もっと他におとなしい起こし方だってあると思う」

 今度はすねてみるワタシ。

「いや、まあ何だ。いきなり窓やドアを開けても、幹也がそういう恰好をしていたら困るだろ。だからああいう起こし方をしたんだが、結局は同じだったか。ま あいい、早く服を着て来るんだぞ。朝ご飯を食べたらすぐに出るからな。まさか忘れてるとは思わないが、今日は俺と一緒に会社に行かないと行けない日なんだ から」

 そう言うと、そそくさと去っていくお父さん。いったいどうしたんだろう。ふと、落ち着いて自分の恰好を見てみると……。

「ああーーっ! ショーツしか穿いてない……」

 そうなのだ。暑かったから、パジャマも下着のシャツも寝ている間に寝ぼけながら脱いでしまったのだろう。ワタシはショーツだけを身に付けたかっこうをし ていたのだ。まったくなんてことっ!

「お父さんが視線をそらすわけだね、は、恥ずかしい」

 妖精少女になってから既に2ヶ月近く経つと、女の子としての羞恥心も開発されてきてるのか上半身裸でいることが妙に恥ずかしいワタシだった。胸なんか チョコっとしか膨らんでいないのにね……。ああ、自分で言っていて悲しくなっちゃうかも? 

「ま、まあ、過ぎたことは忘れて、服を着なくちゃ」

 無理矢理そう言うと、ワタシはぎくしゃくとお部屋セットの中に戻っていったのだった。

「さてと、うーん。今日はどんな服を着ていけば良いのかな? ウェイトレスのバイトをするわけじゃないから、エプロンドレスやメイド服を着なくちゃいけな いというわけでもないし……。かといって一応、初出勤ということになるからオーバーオールのようなラフな恰好じゃまずいよね」

 とりあえず上半身裸のままではなんなので、身体にピタッとフィットしたシャツを着ながら今日着ていく服をどうしようかと考えるワタシだった。暑いから シャツは着ずに服を着るという選択肢も無くはなかったけど、小さいとはいえ一応女の子な胸をしていると胸を保護するものが無い状態で服を着るのはちょっと 乳首が擦れて痛いのだ。妖精だって女の子は大変なのさ。

「となると消去法でワンピースということになるかな。よし、そうしよう。今日は暑そうだし、身体に風を感じることができるワンピースっていうのもなかなか 良いかも」

 そしてワタシは部屋にとりつけられているクローゼットから明るいオレンジ色をしたワンピースを取り出した。フリルのような装飾が何も付いていないシンプ ルなデザインが涼しそうで、ワタシはちょっと嬉しくなった。へへ、そういえばこのワンピースを着るのってもしかしなくても初めてかも。

「青色のワンピースはもう何回か着ているけど、このオレンジ色のはまだ新品だから、初出勤に着ていっても大丈夫だよね。うん、そうしよう」

 新品だからなぜ大丈夫なんだと、どこからか突っ込みが来る前に、ワタシはそのオレンジ色のワンピースを頭から被るようにして着たのだった。ワンピースは 文字通りそれ一着だけで全てが終わってしまう衣服なので、着るのは簡単だ。女の子の服もいいなと思う瞬間だったりする。だって楽なんだもん。

「なかなかイイ感じだね♪ うん、かわいい、かわいい。これで足下がサンダルだと完璧なんだろうけど、まあしょうがないか。……今度お金に余裕が出来たら サンダルも買ってみたいな」

 この服に似合うようなサンダルを私は持っていない。私が持っている靴と言えばブーツタイプのものしか無いのだ。妖精用の店に行けばサンダルも売ってはい るのだが、フリーサイズであるブーツタイプの靴に比べるとメチャ高いのだ。みんなびんぼがわるいんや♪ ……何故かそんなフレーズが頭をよぎる。

「さてと、時間も無いし、お父さんも待っているだろうから早く行かなくちゃ」

 とりあえず洗顔用具を手に取ると『お部屋セット』を飛び出すワタシだった。やっぱり食事前に洗顔と歯磨きは済まさなくちゃね♪

「おはよう、美姫ちゃん。今日はワンピースなのね」

 洗顔を終えたワタシが台所のテーブルにふわりと着地すると、お母さんがまず注目したのはワタシの服装のことだった。すぐさまいつもと違う服装のことに目 がいくだなんて、ごく最近に妖精の女の子になったばかりのワタシとちがって、やはり生まれた時から既にウン十年も女性をやったいるだけのことはあるね。

「おはよう。お母さん。今日は剣持さんがいる加賀重工の開発部に初出勤だからちょっと新しい服を着てみたんだけど、 髪が青いのに服がオレンジ色っていう のはおかしくないかな?」

 この服を買ったときはワタシも女の子の服のことはまったく分からなかったけど、とりあえずその時は妹の珠美香とその友達の江梨子ちゃんと早苗ちゃんの3 人が見立ててくれたから、そんなに変なコーディネートでは無いとは思うんだけど……。もしかして人形の服を買う感覚で選んでたんじゃないのかな? と、 ちょっと不安なんだよね。

「大丈夫、いつものように涼しげな青系統の服もいいけど、オレンジ色の服も似合っているわよ。まあ、美姫ちゃんは何を着せてもかわいいけど」

 親バカな発言をしつつ、お母さんは小さなのテーブルと椅子を出してくれた。前は普通のテーブルの上に直に座っていたけど、今では色々と妖精用の家具や道 具もそろってきてずいぶんと生活しやすくなってきているのだ。人形用のものじゃなくて妖精用のものは実用に耐えなきゃいけない分、とても高いんだけどね。 はぁ〜、世の中お金だよね。妖精だからファンタジーにお気楽に生きていられるというのは幻想でしかないのさ。

「何を着せてもかわいいって、それじゃホントに似合っているかどうか分からないよ。ねえ、お父さん?」

 さっきからもうご飯を食べているお父さんに話を振ってみる。

「ん、まあ、かわいいんじゃないのか? お母さんもああ言っているし……。それよりも早く食べろよ。もうそんなに時間がないんだから」

 あまり気の無い返事をするお父さん。やっぱり男っていうのはファッションとかには関心が無いのかな? 確かにワタシも人間の男の子だった時には服装には 全然関心が無かったよ。でも、今のワタシは自分でいうのも恥ずかしいけど着飾ったりすればするほどかわいくなる素材だし、どうしても自分の着ている服に気 がいっちゃうんだよね。

「はぁ〜い、いただきま〜す」

 お父さんに聞いても無駄だということがあらためて分かったということで、ワタシは服の話をそこで打ち切ると、素直に朝ご飯を食べることにした。既に小さ なテーブルの上には、小さな食器に盛られた料理が並んでいる。ほほう、ご飯にみそ汁、それにベーコンを焼いたのと海苔ですか。おいしそうです。

「ところで珠美香と幸也は、まだ起きてこないの?」

 ある程度ご飯を食べ終わったワタシは、ちょっとシアワセな気分でお父さんとお母さんに尋ねてみた。まだ人間の男の子だった去年までの夏休みはもっと早い 時間に出かけていたから、2人が夏休みの朝をどういう具合に過ごしていたかを知らないのだ。ちなみに朝が早かったのは、まだ朝の涼しい時間に園芸部の畑仕 事を終わらせる為だよ。
 というわけで、夏休みのこの時間に起きて家にいるのは久しぶりのことなのだ。……ちなみに今年の夏休みは夕方からのバイトとかで忙しく、すっかり夜型の 生活になってしまっていたから、最近のワタシは寝坊助さんなのでした。てへっ♪

「あの2人が起きてくるのはもう少し後になるんじゃないかな? 珠美香はいつものことだけど、学区のラジオ体操も最近は7月中しかやらなくなったし、幸也 もこの時間には起きてこないと思うけどな……」

 やれやれと言いながら答えるお父さん。なるほどと思い、残ったご飯を口に入れようとしたその瞬間、強い光がワタシを襲ったのだった。え、何? この白い 光はっ!?

「おはよう美姫姉ちゃん。今日は新しい服なんだね」

 反射的に振りかえったワタシの目に飛びこんで来たのは、デジカメを手にした幸也の姿だった。

「びっくりしたなあ、もう……。なんだよ。いきなり」

 たかが突然のフラッシュごときで、ワタシの心臓は早鐘を打つかのように脈打ち出してしまった。妖精になってから感情のコントロールが難しくなってきてい るけど、こんなところにも影響するのかな? ともかくワタシは言葉少なくドキドキと上下する胸に手を当てるのだった。

「だって美姫姉ちゃん、今日は妖精の魔法を研究するところに行くんでしょ? 記念すべきこの日の朝の風景を写真に撮らなくちゃダメだよ。それにその服だっ て今日初めて着るワンピースなんだから、これはもうしょうがないよ」

 まったく妖精オタクなんだから、うちの弟は。ワタシは心の中でぶつぶつと文句を言いつつ、邪気の無い笑顔で自分の考えを主張する幸也を見た。なんという か、悪気がないのがなお悪いってやつですか?

「何がダメで、なにがしょうがないのかな〜?」

 ワタシは顔の右半分をヒクヒクさせながら、笑顔で幸也に質問した。妖精少女で小さくても、前は兄だったとしても今のワタシは幸也の姉。姉に弟がかなうわ けがないのさ。

「だから記念日は写真をとらなくちゃ。それにかわいいし……。ほら、見てよ」

 デジカメを操作して付属の液晶画面に今撮った画像を表示すると、それをワタシに見せる幸也。……確かにかわいい。自分でもそう思う。でも、大口を開けて ご飯にかぶりつこうとしている瞬間だなんて、かわいいにしてもこれはちょっと違うっ! 可憐なかわいさじゃなくて、小さな子供のかわいさだよ。うーん、ワ タシって、こんななの?

「却下、どうせこの写真を怪しげなホームページに投稿とかしたりするんでしょ? さっさと消去すること。いいね」

 剣持主任がくれた機械のおかげで妖精のワタシでもパソコンが扱えるようになったので、こういうことのチェックは厳しくなったワタシだった。幸也ったら、 ワタシが黙っていたらとんでもないところに写真を投稿しちゃうんだから。まったくもう、これだからオタクって……。

「でも、せっかく撮ったんだから……」

 あくまでも抵抗する幸也。デジカメの電源を落として背中の後ろに隠そうとする態度がダメダメです。

「知ってるんだからね。幸也が今までに何回もワタシの写真を変なところに投稿しているってことは。もう投稿しちゃったものはしょうがないけど、これ以上怪 しげなところにワタシの写真を投稿するのはダメだからね」

 胸の前で腕を組み、テーブルの上にすくっと立った状態で幸也の顔を見上げるワタシ。あくまでも表情は厳しく、有無を言わせない。ふふふ、かわいい姿をし た妖精少女だって、これぐらいの威厳は出せるんだよぉ〜っ♪

「幸也ったら家族の写真を勝手にネットに公開していたの? そんなことしちゃダメじゃない。で、美姫ちゃん、怪しげなところってどこなの?」

 お母さんが、軽く頭を叩く真似をして幸也をたしなめた。まったくホントに困っちゃうよね。幸也には。

「ふぁ〜、おはよ♪ それは、『ご近所の妖精さん』ってサイトの、『ハァハァする写真』ってコーナーね」

 突然、会話に乱入してきたのは、まだパジャマ姿のまま眠そうな顔で起きてきた珠美香だった。ワタシの身体が半分くらい吸い込まれちゃいそうな大あくびを しているのを見ると、家の外では美少女で通っているのが信じられない。まったく外面だけは良いやつなんだから。

「!? スー姉ちゃん、どうしてそのことを知ってるの。誰にも言ってなかったのに」

 自分が写真を投稿しているホームページをズバリと言い当てられて、幸也は動揺している。しっかりしているように見えても、やっぱりまだ小学四年生だな。

「幸也、パソコンで色々なホームページを見たら履歴というものが残っちゃうから、それを見ればそのパソコンを使っていた人が前にどんなホームページを見て いたのか分っちゃうんだよ。珠美香も、ワタシ達が使っているパソコンの履歴を見たんだよね?」

 ワタシは自分の推測を珠美香に話してみた。

「あら、私は許可もなく人のパソコンを覗き見たりなんかしないわよ。単純に自分のパソコンから、【白い羽/妖精】というキーワードで画像検索をしたら、 あっという間に美姫姉ちゃんの写真にたどり着いたというだけの話。けっこう美姫姉ちゃんのファンって多いみたいよ。掲示板の書きこみもすごかったし」

 珠美香はそのままテーブルに付くと、ワタシの頭を人差し指で軽く撫でた。

「とにかくネットではどこの誰が見ているか分らないんだから、勝手に家族の写真を変なところに投稿なんかしちゃだめよ。いいわね、幸也。……それより珠美 香、起きてくるのはいいけど、パジャマのままでご飯を食べるつもり? ちゃんと着替えてきなさい」

 お母さんはそう言いながら、幸也と珠美香の茶碗や箸を食器棚から取り出してテーブルの上に並べ始めた。

「よし、ごちそうさま。幹也、もうそろそろ出かけるけど、準備は良いか?」

 ワタシ達の話が一段落ついたのを見て、それまで黙々とご飯を食べていたお父さんがワタシに出発を促す。うわぉ、もうそんな時間なの?

「待って、あともう一口で終わるから」

 冷めてしまったお茶で流しこむように残ったご飯を食べるワタシ。の、のどにつかえそう……。

「ご、ごちそうさまっ! あと、トイレと、もう一度、食後の歯磨きしてくるからっ!」

 それだけを言い残し、ワタシは背中から天使のような白い鳥の羽を出すとテーブルから飛び立ったのだった。早く、急がなくちゃ。慌てると何だか急にトイレ に行きたくなっちゃうんだもん。ちなみにトイレのドアはワタシが何時でも入れるように常に半開きの状態になっているんだけど、……どうでも良いよね。そん なこと。

「じゃあ、幹也、俺は車の中で待っているから、すぐに来るんだぞ」

 お父さんの言葉を背中に受けつつ、ワタシはトイレの中に入っていった。

「遅くなっちゃって、ごめん」

 既にエンジンが回っている車の窓から車内に飛びこむと、ワタシはお父さんに謝りながら助手席の背もたれの上に座った。もともと妖精のサイズではシートベ ルトなんか出来ないし、妖精用の補助シートなんかもあるわけないので、これで良いのだ。……お父さんの胸ポケットの中に入るというのも暑苦しそうで嫌だ し。

「しっかりつかまっていろよ。ちょっと飛ばすからな」

 ワタシのほうを見もせずにお父さんは車を発進させた。昔からハンドルを握ると性格が変わるというか、本来の性格が出るというか、いい年をして暴走族じゃ ないんだからもう少し自制してほしいと思う。

「大丈夫。つかまってなくても羽を出していればそれだけで踏ん張りが効くから」

 妖精と人間の最大の違いは、身体の大きさもさることながら、羽が有るか無いかということも大きいと思う。この感覚ばかりは、羽の無い人間に的確に説明す るのは難しいかも。

「ふ〜ん、妖精っていうのもそういう点は便利なんだな。じゃあ安心して飛ばすか……」

 さして感心した様子でも無い口調でそう言うと、大通りに出た車を更にスピードアップさせるお父さん。身体にかかる慣性の力を羽を使って打ち消したワタシ は、揺れる車の中でも態勢を崩さずに座っている。ふふん、行儀いいじゃん♪

「あんまり安心されても困るんだけどね。事故を起こしてからじゃ遅いんだよ」

 お父さんをたしなめるワタシ。何となくこういうのって女が男に対して言う言葉かもねと、心の中でおかしがるワタシがいる。ホント、男っていうのは子供っ ぽいっていうのが最近よく分かってきちゃったんだよね。ふふっ。

「事故なんか起こすもんか。俺の腕を信じてないな」

 ふくれたように言い返すお父さん。

「あれ? この前、事故を起こしたのは誰だったかな〜? フロントガラスが粉々に割れちゃったことが有ったと思ったけど♪」

 とぼけた口調で指摘をするワタシ。

「あっ、あれは事故じゃないだろ。前の車が跳ねた小石がフロントガラスに当たっただけだ。俺の運転のせいじゃない」

 弁解するお父さん。ホント、こどもっぽいよね。

「事故は事故だよ。それに車間距離を取ってなかったのが原因のひとつだって、言われたんでしょ?」

 ワタシたちがああだこうだと言いながらも車は走り続け、やがて町中から埋め立て地のほうに入っていった。既にここには工場とその間に挟まれた緑地しかな くなってきて、民家は一軒も無くなってきた。いよいよ着いたのかな?

「この埋め立て地が全部、加賀重工の敷地なんだよね」

 一応、知ってはいるけど念のために聞いてみる。

「ああ、埋立地でひとつの島が出来てるわけなんだが、この島そのものが加賀重工の敷地だ」

 やはり会社の敷地内にはいったからなんだろうか? お父さんの運転がなんとなくおとなしくなったような気がする。うんうん、安全運転は大事です。

「じゃあ、ここに居る人って基本的にはみんな加賀重工の人なんだ」

 もうすぐ目的地である研究所に到着するということが徐々に実感されてきたワタシの口調も、ちょっと緊張している。出るものはもう出ているはずなのに、な んだかまたトイレに行きたくなってきちゃったかも。

「まあ、基本的にはそうだが、道路は私道ではなくて公道だから、まったく部外者が居ないというわけでもないぞ。ここは四方を海に囲まれている埋立地だから 朝夕は釣り人が結構集ってきていてな。ほら、あそこ……。クーラーボックスを車に積み込もうとしている人がいるだろ」

 運転しながらアゴをつかって左前方を指し示すお父さん。見ると確かにそんな雰囲気の人が居る。でもこんな工場ばかりが立っている埋立地でも魚釣りなんて 出来るんだ。もっと自然がいっぱいのところに行かないと釣りなんて出来ないと思ってたけど違うんだね。

「うれしそうにしているけど、大きな魚でも釣れたのかな?」

 後方に流れていく釣り人の姿を見ながら、ワタシはお父さんにたずねた。人間の男の子だったときのワタシは野菜作りには興味があったけど、釣りにはぜんぜ ん興味が無かったからねえ。分からないんだよね。

「ああ、運がよければメートル級のシーバス、つまりスズキが釣れることもあるんだぞ。……今じゃ無理かもしれないけど、幹也とは一度いっしょに釣りに行き たかったな」

 お父さんの言葉で、車の中は一気にしんみりとした雰囲気になってしまった。

「……ごめんなさい。妖精なんかになっちゃって」

 うつむいてしまうしかないワタシは、聞こえるかどうか分からないような小さな声でそう言うのがやっとだった。胸の奥に穴が空いたみたいに苦しいのは何 故? しっかりしろワタシっ! 妖精少女としてがんばって生きていくって決めたじゃないのっ!!

「わっ! こら、泣くなっ! 何も俺は幹也が妖精になったことを非難してるわけじゃないんだからな。人間なんて時間がたてば変わるもんだ。子供だっていつ かは大人になるし、場合によっちゃ妖精になることだってあるさ。ほら、もう着いた。というわけで降りるぞっ!!」

 はたから見てもおたおたしながら、お父さんは何だかわけの分からない励まし(?)をする。真剣になられるよりもこう言われたほうが何となく気分が楽か な?

「うん、ありがと♪ ……それで、ここなの?」

 車が停まったのは、銀色の外観をしたドームが併設された白い建物の前だった。建物が工場の隣ではなくて緑地の中にあるのは、妖精への機械の影響を考えて のことなのかな?

「そうだ。あそこに書いてあるだろ。『加賀重工開発部』って……。もっとも誰もそうは呼ばないけどな。ほとんどの人間が単に『研究所』って呼んでるそう だ」

 来客用の駐車スペースに車を停めたお父さんは、車を降りるとそのまま『研究所』のほうに歩き出す。あれっ、お父さんも一緒に来るのかな?

「お父さん、一人でも大丈夫だよ」

 小さな妖精少女になってからは、他人に甘えることが自然に出来るようになってきた。17才の男子高校生ともなればお母さんに甘えるなんてことは恥ずかし くて出来なくなってくるのがあたりまえで、事実ワタシも前はそうだったのだが、小さな妖精少女になってしまうとお母さんに甘えるなんてことは何だか普通の 感覚になってしまったのだ。しかしっ! やはり元はこれでも男の子っ! お父さんに甘えるというのは妖精少女の身としてもちょっと恥ずかしいのだ。……し かもこんな朝っぱらからは。

「1人でも大丈夫かもしれないが、親として挨拶ぐらいはしておかないとな。というわけで行くぞ」

 ワタシの内心の恥ずかしさには気づくこともなく、お父さんはずんずんと研究所の扉を開けて中に入っていく。もうっ! しょうがないなあ、年頃の子供の心 を分かってよぉ〜。

「あっ、待ってよ……」

 もうこうなったら腹を括って一緒に行くしかないか。ワタシはお父さんのすぐ後を飛んで追いかけたのだった。

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第2章 魔法研究所……、なの?


「おはようございます。第3工場で勤務している長谷川徹也ですが、今日から息子……というか、娘というか、妖精になったうちの子供がお世話になる予定なの で連れてきたのですが、剣持主任に連絡を取ってもらえますか?」

 建物に入るとすぐ左横に受付があり、お父さんはそこに行くと既にスタンバイしている受付の人に目的を説明した。それにしてもずいぶんと早くから受付の人 がいるんだな。というか受付というよりもガードマンってことなのかな? 女の人だけど何となく軍服にもにた制服を着てるし。

「おはようございます。長谷川美姫です。今日からお世話になります」

 空中でうまくバランスを取りつつぺこりとお辞儀をするワタシ。そしてそっと相手の顔を見てみる。もしも妖精に耐性の無い人だったら、ここで『かわいい 〜っ!』というような類のセリフが出てくるはずなんだけど……。

「おはようございます。長谷川美姫さんですね。伺っています。剣持はすぐに参りますので、こちらでお待ち下さい」

 キリッとしたショートカットの女性は、受付脇の応接セットのところまでワタシとお父さんを案内してくれた。でもやっぱりこの女の人、ちょっと普通の受付 嬢とは違う。なんかこう軍人か警察官っていうような感じなんだもん。

「ありがとう。じゃあ待たせてもらいますね。だいたいどれぐらいの時間待てば良いんですか?」

 ソファーに座る前に、その女の人に尋ねるお父さん。それに比べてワタシは、既にもうソファーに座ってくつろいでいる。な、なんだか自分がちっちゃな子供 になったみたいで恥ずかしい。でも妖精だからしょうがないよね。自分の感情に素直なのが妖精の特徴なんだもん。

「今、連絡しましたので、4〜5分もあればこちらに参ります。それではよろしくお願いいたします」

 そしてその受付というか、もしかすると警備の担当も兼ねているかもしれない女性は自分の持ち場に戻っていった。剣持主任が4〜5分でやってくるというな ら、お茶やお菓子は出てこないかもね。

「で、幹也、帰りはどうするんだ? もしも6時ぐらいに終わるということなら一緒に帰ることも出来るんだが、幹也のほうの仕事が何時に終わるか分からない んじゃ予定が立たないしな……」

 あごの不精ひげを撫でながら、考え込むお父さん。うーん、お父さんってばワタシのことを今でも『美姫』ではなくて『幹也』と呼んでるけど、こんなときは ワタシのことをちっちゃな子供扱いするんだもんなあ。妖精はちっちゃくて何も出来ないように見えるけど、こと移動に関しては羽があるから人間よりもずっと 行動半径は大きいんだからね。

「大丈夫。これぐらいの距離なら簡単に飛んで帰れるから心配しないで。海の上を突っ切って飛べる分だけ、車よりも早く帰れると思うよ。まあ、雨が降ってい たらダメだけど。濡れながら飛びたくないしね」

 最近、ワタシの飛行能力の向上はすさまじく、並みのカラスなんか完全にぶっちぎり状態でものともしないのだ。妖精になった当初はカラスの群れに襲われて 命を落としそうになったワタシだけど、今なら当時の2〜3倍の数のカラスに襲われても楽々と逃げ切る自信がある。ちょっと自慢だったりっ♪

「じゃあ、雨が降ったら、タクシーでも呼ぶか? まあ、とりあえず今日は晴れみたいだから、その点については開発部の人に聞いておくといいな。こういうこ とは最初に聞くほうが聞きやすいんだ。あとになってから勤務条件について話すのはちょっといやらしいからな」

 ちょっと声をひそめて、ワタシに耳うちするお父さん。なるほど、そういうものなのか。

「おはようございます。長谷川さん、そして美姫君。ようこそ魔法の世界へっ!」

 ワタシとお父さんが密談(?)をしていると、背後から剣持主任の声がした。振り返ると以前に家に来ていたときと同じように白衣を着た剣持主任がそこにい た。しかしなんで魔法……?

「おっと、魔法を研究しているということは部外秘でした。正式には、加賀重工航空機製作所開発部にようこそっ! かな? それはともかく歓迎するよ。美姫 君の協力があれば研究も大いに進むことは間違い無しっ! いやあ、めでたいっ!」

 何故か風の無い室内のはずなのに白衣をなびかせ、メガネをキラリと光らせながら朝からハイテンションな挨拶をする剣持主任。もっとも主任という役職では あるのだが、お父さんから聞いた話によると、開発部の部長は加賀重工の会長が兼務しているので、この部門の実質的な責任者は剣持主任だということらしい。 つまりは一番えらいのだ。

「うちの幹也がお役に立ててうれしいです。では剣持主任、私は自分の部署に出勤しますから後のことはよろしくお願いします。もしも何かありましたらご連絡 ください」

 自分の出勤時間が迫ってきているお父さんは、ソファーから立ちあがってそう言うと剣持主任に対して一礼をした。自分よりも年が若い剣持主任だけど、やは り実質的な部門の長と一労働者ではこういう上下関係になるのかな。

「美姫君のことはお任せください。長谷川さん。何度も説明しましたように、美姫さんに危害が及ぶことは何もありませんし、この研究成果が世の中に出れば、 妖精の生活水準や安全性についても格段に向上するのは間違いありません。どうぞご安心ください」

 自信たっぷりな剣持主任。でもどこかマッドサイエンティストが入った態度だから、いまいち心の底からの信頼性に欠けると思えるのはワタシだけだろうか?  う〜ん、今更ながらにそこはかとない不安……。

「じゃあ、お父さん、いってらっしゃい。こっちはこっちでがんばるから」

 お父さんの目線の高さまで宙に浮くと、ワタシは大きく手をく振りながら笑顔でお父さんを見送った。ちょっと心配そうな、何かを言いたそうな表情を見せた お父さんだったが結局は何も言わず、剣持主任に軽く頭を下げると、建物の外に出ていった。お父さん、お仕事がんばってね♪

「では、美姫君、早速だがこちらのほうに来てくれないか。まずは会わせたい人物、というか妖精がいる。彼女は君に渡した例の『試作品28号』を作る際の基 礎データの収集に協力してくれた妖精なんだ。ちょっと変わった性格の持ち主だがね、ははっ」

 ちょっと思わせぶりな発言をした剣持主任は、ワタシの返事を待つでもなく、そのままさっさと研究所の奥へと歩き出してしまった。ちょっと、待ってくだ さぁ〜い。もうっ! せっかちなんだからっ!

「ここにはワタシ以外の妖精もいるんですね。ていうか考えてみればあたりまえですよね。ああいった機械を開発するには妖精のモニターがいないと出来ないで すし」

 どこまでも続くかと思える長い廊下をひたすら早足で歩く剣持主任を飛んで追いかけながら、ワタシは話しかけた。それにしてもここにいるっていうのはどん な妖精なんだろう? 彼女って言っていたけど、元から女の子の妖精なのかな? それともワタシみたいに元々は男の子だったんだろうか? ちょっと興味か も。

「ああ、今のところは一人だけだが、ちゃんと妖精がいる。さっきも言ったようにちょっと変わった性格の娘だから、美姫君が良い友達になってくれると良いと 思っている。彼女の協力でパソコンなどの機械から妖精に対する悪影響をキャンセルすることが出来る機械の開発も順調に進んだのだが、最近、ちょっと行き詰 まってしまってね。だからこそ、美姫君の力を借りたかったんだよ」

 顔の横に並んだワタシのほうを見ながら話す剣持主任の声には、ちょっとだけ疲れたような感じがした。う〜ん、いったいどんな娘なんだろう。マッドサイエ ンティストな剣持主任に変わった性格って言われる妖精って。

「なるほど、そうなんですか。ちなみにその娘の名前はなんて言うんですか?」

 根堀り葉堀り聞いてもしょうがないので、とりあえずその妖精の名前だけを聞いてみる。

「まあ、それは本人から直接聞いてみるのが良いだろう。ほら、あそこの部屋だ」

 廊下のそこかしこにドアがあり、それなりの部屋が並んでいるのは分かっていたけど、それらのドアは味も素っ気もないいかにも研究室のドアという感じだっ た。ところが剣持主任の指し示したドアは何というか……、ちょっと、いやかなりしゃれた造りの感じがする木製のドアだった。なんだか違和感ありまくりなド アかも。

「……妖精用の出入り口もついてますね」

 とりあえずどう言ったものか迷ったワタシは、そのドアに妖精用の小さなドアが付随して付けられているのを見つけてそう言った。でも、この妖精用のドアっ て、どう見ても後から追加して取り付けられたというよりも、最初から付いていたという感じがする。だってドア全体のデザインが妖精用の小さなドアが存在す ることを前提にしたようなデザインなんだもん。

「そりゃそうさ。部屋の主は妖精だからね。それに彼女は普段からここに住んでいるんだ。ちょっとばかり住居の雰囲気が出ていてもあたりまえだろ?」

 当然とでも言わんばかりの口調で答える剣持主任の態度は、どこかおどけているようにも感じられた。いったい何を楽しんでいるんですか?

「ここに住んでいるって、まさか監禁……っ!?」

 妖精の魔法を研究しているのは部外秘だと言っていたけど、まさか秘密保持の為に外出が禁止されちゃうのかもつ!? そう思ったワタシは、ちょっと声をこ わばらせた。まさか、まさかねっ!

「ははっ! 監禁なんかするもんか。彼女は自分の意思でここに住んでいるんだよ。まあ、自己紹介されたら分かると思うけど、ここはすでに彼女の家みたいな ものというか、広い意味では家そのものなんだよ。まあ、ここでぐだぐだ言っていても始まらないから、中に入ろうか?」

 言いながら剣持主任はそのドアを指差した。その指先の示すところをしばらく見つめていたワタシだったが、確かにここまで来て、ちゅうちょしていても始ま らない。

「分かりました。入ります」

 ここが家そのもの? ワタシの疑問は膨らむばかりだったが、とりあえずその妖精の女の子に会ってみれば分かることという説明を信じて、剣持主任の言葉に コクリとうなずくワタシだった。そしてワタシにうなずき返した剣持主任はゆっくりとドアの前に移動すると、やけにていねいにノックをしたのだった。

「詩衣那君、剣持だ。新しくここの仲間になってくれた妖精も一緒なんだけど入っても良いかい?」

 抑えた声で静かに問いかける剣持主任の姿からは、マッドサイエンティストな雰囲気が消えていた。いったいこのドアの向こうにいる妖精の女の子って何者な のっ!?

「……どうぞ。ドアに、カギはかかってないわよ」

 しばらくの間を置いてから聞こえてきたのは確かにキンキンとした妖精の女の子の声だった。声からするとワタシとたいして年齢の差は無いみたい。もっとも 妖精の肉体年齢なんて元の人間の身体と同じとは限らないから、見た目では判断出来ないけどね。

「じゃあ、失礼するよ」

 剣持主任は部屋の中に入りかけたところでワタシを手招きし、一緒に部屋の中に入るように促した。……なんだか緊張。

「おじゃまします」

 ドアを持って開けてくれている剣持主任の横を通り過ぎて部屋の中に入っていったワタシは、ひとめ見ただけで高価だと分かる妖精サイズの調度品がそろえら れているのを見た。人間用の部屋が細かく区分けされてまるでヨーロッパ貴族のお屋敷のような感じになっているけど、これにはいったいお金がいくらかかって いるんだろう。まったく見当がつかない。うう〜、なんだか圧倒されちゃいそう。

「いらっしゃい。剣持さんが言っていた妖精の女の子ってあなたのことね。確かお名前は……?」

 妖精用の部屋は、その床の高さが人間の腰の高さよりもやや高い位置に設定してあり、壁にそって並んでいる。そして部屋の真中には人間サイズの応接セット が置いてあり、そのテーブルの上には妖精サイズのソファーと小さなテーブルが置いてあった。そしてそのソファーには、腰まで届きそうな程に伸びたストレー トの黒髪の妖精少女が座っていた。なんだか神秘的な雰囲気の妖精……。

「美姫、長谷川美姫です。はじめまして。ええと……」

 どうやら自分とは何もかも違うらしいその妖精少女の雰囲気に気圧されながらも、ワタシは精一杯の元気を振り絞って挨拶をした。く、口がこわばる。

「長谷川美姫さんね。どうぞよろしく。私は、加賀詩衣那(かが・しいな)。詩衣那と呼んで下さってけっこうよ」

 優雅な口調でそう言いながら、背中から羽を出してワタシのすぐそばにまで飛んでくる詩衣那さん。その羽は鮮やかな紫色を基調とする美しい模様のある蝶の 羽だった。それにしても……。

「あの、もしかして……。加賀詩衣那ってことは、つまりそれは加賀重工の……」

 部屋の中が高価そうな調度品で埋め尽くされていることといい、剣持主任の態度といい、もしかしてこの詩衣那さんは、加賀重工のオーナー一族の関係者じゃ ないのかと思ったワタシは、戸惑いながらも尋ねるのだった。もしかしてもしかすると詩衣那さんって本物のお嬢さんっ!?

「美姫君の想像通り、この方は加賀重工の会長のお孫さんにあたる加賀詩衣那君だ。6年前に妖精に召喚されたから、妖精としては美姫君の大先輩になるね」

 剣持主任はドアを閉めると、詩衣那さんに会釈をしながら部屋の中に入ってきた。やはりちょっと遠慮しているような雰囲気みたい。

「そ、そうなんですか。詩衣那さんって加賀重工の……。ええと、いつも父がお世話になっています」

 加賀重工の会長のお孫さんという立場の人に何を言えば良いのか分からないけど、とりあえずここは無難な挨拶をしておこうと思ったワタシは空中に浮かんだ まま、同じく宙に浮かんだままの詩衣那さんにペコリと頭を下げるのだった。うう〜、本物のお嬢さんに対してどう接すれば良いかなんて知らないよぉ〜。

「気にしなくて良いわ。私が加賀重工の会長の孫娘として生まれたのは単なる偶然でしかないし、それって私自身の価値とはなんの関係もないんですもの」

 微笑みを浮かべながら詩衣那さんはそう言うと、ワタシの手を取って、ソファーに座るようにと促した。それを見てソファーの横に立っていた剣持主任もソ ファーに腰かけた。

「詩衣那君、美姫君に詩衣那君のことを紹介したいんだが、かまわないだろうか?」

 この研究所で実質上のトップである剣持主任が、気を使わなくてはならない詩衣那さんっていったいどういう妖精なんだろうか? ワタシの興味は膨れ上がる ばかり。ドキドキしてきちゃった。

「別にいいわよ。話しても。それが必要ならね」

 詩衣那さんはそれだけを口にすると、眠るかのように目を閉じた。なにか変な感じだけど、剣持主任は気にした様子を見せてないところからすると、詩衣那さ んっていつもこんな感じなのかな。

「美姫君、君も妖精になってからそれなりの時間が経っているから、諸外国に比べて日本の妖精の人権が比較的スムーズに認められてきたというのは、既に知っ ているだろ? それは詩衣那君と、そのおじいさん。つまりは加賀重工の会長の力によるところが大きいんだよ」

 詩衣那さんの話のはずだったのに剣持主任の口から出てきたのは、日本における妖精の人権という、ものすごく大きな話だった。もしもその話が本当なら、ワ タシってホントにものすごい妖精と話をしてるのかもっ!?

「7年前に妖精召喚現象が始まってから約1年後、今から6年前という早い時期に、詩衣那君はソレールという名前の妖精に召喚された。当時はまだ妖精に召喚 されるということ自体が世間一般には理解されていなかったから、それはもう大変な騒ぎだったよ」

 ちらりと詩衣那さんのほうに視線を向けて、詩衣那さんの反応を確かめながらゆっくりと剣持主任は話しだした。それにしても詩衣那さんはもう妖精を6年も やっているわけか。本当に妖精の大ベテランだね。7年前から妖精をやっている大島さん並だよ。

「ひとつ聞いてもいいですか? 詩衣那さんは、いくつの時に召喚されたんです?」

 妖精としての詩衣那さんの外見は、ワタシと同じく16〜17才ぐらいか、それよりもやや上に見えなくもないけど、いったい本当の年齢はいくつなんだろ う? 落ち着いているからもしかすると実際にはかなり年上なんじゃないかと思ったワタシはそう聞いてみた。女性に年齢のことを聞くのはタブーかもしれない けど、疑問に思ったことを素直に聞かずにおれないのが妖精の特徴なんだよね。

「18才の時だ。その頃の詩衣那君は、今の姿に良く似たかわいらしい女子高校生だったよ。外見が召喚前と後でほとんど変わらない例というのも珍しいんじゃ ないかな」

 昔の詩衣那さんのことを思い出しているのか、腕を組んで何もない斜め前方の空間をぼんやりと見つめている剣持主任。昔を思い出す姿が妙にはまっているけ ど、こんなところがおじさんっぽくて何だかかわいいかも?

「ということは、今の詩衣那さんの本当の年齢は24才なんですか? とてもそうは見えないです。なんだかワタシと同い年みたいに見えますよ」

 お世辞というわけでもないけど、素直な感想をまだ目をつむっている詩衣那さんに言ってみた。だって本当に若くてかわいらしいんだもの。

「……ありがとう。妖精は年を取ってもなかなか外見には表われないみたいなの。だから外見だけみると17〜18才ぐらいでしょ? でも本当はこう見えても 24才なのよ。美姫さんから見たら24才なんてもしかするともうおばさんに感じられちゃうのかしら?」

 見ようによってはなんだかちょっと意地悪な微笑みを浮かべてワタシに話しかけてきた詩衣那さん。確かに外見は17〜18才ぐらいに見えたけど実年齢を 知ってしまったからなのか、雰囲気はどこか大人びて感じられた。

「いえ、おばさんだなんてことは無いですっ! 今はこんな姿をしているワタシですが妖精に召喚される前は17才の男子でしたから、詩衣那さんのことは素敵 なお姉さんって感じがします」

 腰かけていたソファーから半分腰を浮かせながら、ワタシは慌ててそう言った。おばさん扱いをされた若い女性がどんな態度を取るのかということは、想像す るまでもないからだ。それに実際のところ、詩衣那さんを見て本当の年齢が24才だなんてことを当てられる人がこの世にいるとは思えない。まさに神秘的な美 少女って感じなんだもん。……巫女装束を着せたら似合いそうかも♪

「ふふっ、そんなに慌てなくても良いのに。とにかく『素敵なお姉さん』って思ってくれてうれしいわ。なんだったらワタシのことを『お姉さま』って呼んでく れても良いわよ」

 口に手を当てて、ころころとおかしそうに笑いながら、詩衣那さんはそう言った。お、お姉さま……、ですか?

「あの、それは……、冗談ですよね?」

 もしかして本気だろうか? 私は心の中でたらりと冷や汗を流しながらそう聞き返すのだった。ちなみにワタシと詩衣那さんのやり取りをなんだか困ったよう な表情で傍観している剣持主任の顔にも冷や汗らしきものが見えた。

「もちろん冗談よ♪ でも美姫さんがそう呼びたかったら、いつでも私のことを『お姉さま』って呼んでも良いのよ」

 とても冗談には聞こえないんですけど……。心の中でそう突っ込みを入れつつ、ワタシは助けを求めるように剣持主任の顔を見た。この話題をそのまま続ける となんだか違う世界に行っちゃいそうです。助けて、剣持主任っ!

「まあ、そのへんのところは美姫君の自主性に任せるとして、話を元に戻そうか? とにかく詩衣那君が妖精に召喚されて、詩衣那君のご両親も、そして祖父で ある加賀重工の光政(みつまさ)会長も、最初のショックから立ち直ると、詩衣那君が今後も普通に暮らしていけるように政界に働きかけて、当時はまだ未整備 な状態だった妖精の人権に関する法案を次々と成立させていったという訳なんだ」

 剣持主任は強引に話の流れを元に戻すと、結論を口にした。なるほど、世界の標準とは違って日本国内での妖精の人権が比較的認められている状況は、ここに いる詩衣那さんのおかげだったのか……。ワタシはただ感心するばかりだった。

「まあ、その件に関しては、おじい様達には感謝してもし足りないぐらい感謝しているわ。その件に関してはね……」

 何か奥歯に物がはさまったような言い方をする詩衣那さん。何だろう?

「でも、人間でなくなった途端に私の利用価値がなくなったかのような態度をとったお父様とお母様のことは忘れたくても忘れられないわ」

 にっこりと笑みを浮かべながらなのに、怒鳴られるよりも迫力を感じる……。詩衣那さんはしばらくの間、剣持主任の目をじっと見つめ続けた。やがてその圧 力に耐え切れなくなった剣持主任がすっと目をそらしたのを確認すると、詩衣那さんも、ふう〜っと、長い息を吐いた。ワ、ワタシ、固まっちゃってました。

「そんなことを言うもんじゃないよ。詩衣那君のご両親は単に君に幸せになって欲しかっただけだろうに」

 今までワタシが知っていた自信に満ちた剣持主任の雰囲気は微塵もない。あああ、誰か、助けて。ワタシってこの場にこのままいてもいいのかなっ!?

「まだ高校生の娘に政略結婚をさせようとする両親を好きになれというほうが間違っていると思うのだけど、それって私の考え違いなのかしら? ねえ、剣持さ ん?」

 政略結婚っ! しかも高校生でっ!? 本物のお嬢様の住んでいる世界はワタシの住んでいる世界とはまったくの別物なのかも……。

「もうやめよう。この話は……。過ぎたことだ。私は美姫君用のスーツを用意してくるから、準備をしておいてくれ。詩衣那君、頼んだよ。じゃあ、よろしく」

 逃げ出すように話を打ち切ると、剣持主任は部屋を出ていった。何だか意外。あらためて人間って色々な面を持っているんだなと実感しちゃうよ。う〜ん、そ れにしても詩衣那さんと2人きりになっちゃったけど、いったい何を喋ればいいんだろう。それに剣持主任が言っていたワタシ用のスーツの用意って何のこと?

トッ プへ


   
  
第3章 詩衣那さん暴走? 危うし美姫ちゃん


「……さてと、びっくりさせちゃったわね、美姫さん」

 しばらくの間、剣持主任が去っていったドアをにらみつけていた詩衣那さんは、ふっと肩の力を抜くとワタシに向き直った。そして一転して柔らかな雰囲気で そう言ったけど、……ホントにびっくりしちゃいました。

「あの、政略結婚って……」

 黙っているべきなんだろうけど自分の感情には素直な妖精の性質が、ワタシの口を勝手に動かした。わわっ!? いきなりこんなことを聞いちゃだめだよぉ 〜。

「今はまだそのことは言いたくないわ」

 詩衣那さんはワタシに言いきった。やっぱり無礼な態度だったよね。反省ッ!

「ごめんなさい、立ち入ったことを聞いてしまって……」

 ワタシは妖精の小さな身体をさらに縮こまらせて蚊の鳴くような声を絞りだすのだった。うう〜、いきなり悪印象ですか?

「いえ、いいのよ。話題を出したのは私と剣持さんであって、美姫さんは悪くないわ。それよりも剣持さんが美姫さんのスーツを持ってくる前に準備だけは済ま せときましょう。というわけで美姫さん、服を脱いで♪」

 へっ!? 詩衣那さん、今、何て言ったんです? ワタシに服を脱げと聞こえたんですけど……。ワタシは自分の耳を疑ってしまった。もしかしてもしかする と、さっき自分のことを、『お姉さまと呼んで』と言ったのはマジなの〜っ!

「あ、あの、服を脱いでって、ワ、ワタシ……、そんな趣味は無いんですけどッ!」

 元男の子であるから女性にまったく興味が無いと言えば嘘になるけど、今のワタシは相手が女性だろうと男性だろうと、性的な欲求の対象とする気持ちがほと んど無い。第一、もしもワタシが今でも人間の男の子のままだったとしても、女性に対してあれこれしたいとは思っても、受身となってあれこれされたいとは思 わなかったはずだ。まさにそんな趣味は無いということだ。ホントだよっ!

「あら、さっきは私のことを『お姉さま』と呼んでくれたのに、美姫ちゃんってば薄情なんだから……」

 ワタシ達が今立っている応接用のテーブルの上にくずおれて、よよよと、わざとらしく泣き真似をしながらハンカチを噛む詩衣那さん。や、役者だ。

「呼んでませんッ! 『素敵なお姉さん』とは言いましたけど、『お姉さま』だなんて言った覚えはありませんッ!!」

 心のどこかにちょっとだけ……、ホントにちょっとだけ何かを期待する気持ちがあるかもしれないという不安を打ち消すように、ワタシはブンブンと大きく頭 を振りながら詩衣那さんに反論をした。びっくりして思わず背中から羽が出ちゃったじゃないのさ。まったくもうッ!

「あははははッ! 美姫さんってば顔だけじゃなくて中身も可愛いのね。ねえ、人間だった頃の美姫さんって本当に男の子だったの? なんだか信じられない わ」

 なんたることッ! 詩衣那さんはワタシの反応を見て楽しんでいただけだったようだ。それにしてもワタシってそんなにも可愛いの? それも中身が……。こ うみえてもしばらく前はホントのホントに男の子だったのに。うにゅ〜。

「信じられなくてもなんでも人間だった頃のワタシは正真証明、間違い無く男の子でしたッ! もう、詩衣那さんってばワタシをからかう為に服を脱げだなんて 言ったんですね。ひどいですよ」

 口を尖らせてすねてみせるワタシ。ついでに両手の人差し指どうしを胸の前で合わせて水あめをこねるかのように小さく回してみる。う〜ん、客観的に見ると 可愛いかも、自分。

「からかってなんかいないわよ。だって服を脱がなくちゃいけないのは本当だもの。さあさあ、わかったら早く脱いで♪ もしも1人で脱げないのなら私が手 伝ってあげましょうか? ね、美姫さん」

 すすっと私の横を取ると、右手をさりげなく私の背中に回そうとする詩衣那さん。ああッ! 紐をほどかないでッ!

「り、理由を教えて下さい。どうして服を脱がなくちゃいけないんですッ!?」

 ワタシは勢い良く詩衣那さんとは反対方向に逃げると、解かれかけたワンピースの背中の紐を急いで結び直した。危ない危ない、まったく妖精ってこんなの ばっかしッ!!

「剣持さんの話を聞いてなかったの? 今日はこれから美姫さんにはスーツを着てもらうから、その為に服を脱いで準備をしておかなくちゃならないのよ。思い 出したかしら?」

 右手の甲を軽く口元に当てて笑みをもらしながら説明する詩衣那さん。確かに剣持主任はワタシ用のスーツを用意してくるから準備しておいてくれと言ってた ような気がするけど……。

「思い出しましたけど、だったらそのスーツとやらが来てから着替えれば良いんじゃないですか? そのスーツが届いてないのに服を脱いだら、しばらくワタシ は素っ裸のままになっちゃいますッ!」

 言いくるめられるものかとワタシは警戒する。今のワタシは妖精の女の子だから、女性である詩衣那さんに裸をみられることはなんでもないことなのかもしれ ないけど、意識の上では男の子だったときの感覚がまだまだ残っているから、女性に自分の裸を見られるのは恥ずかしいのだ。性転換しちゃった妖精の心は複雑 なんだよね。

「ええと、どこから説明したら良いのかしらね……。この研究所が広い意味で妖精の魔法を研究しているのは知ってるわよね。でも本当のところ、狭い意味では コンピューターなどの機械と妖精の体調との相関関係を調べているわけなの」

 冗談を言っているかのような先ほどまでの態度からじょじょに真剣な雰囲気をかもし出し始める詩衣那さん。

「だからどうしたというんですか?」

 警戒心をあらわにしたまま、妖精に出せる限りの低い声でぼそぼそと訊くワタシ。今更ながらに思うけど、なんでワタシのまわりの人たちって色々な事情に詳 しいんだろう?

「本場の本物の妖精がこの世界の人間たちを召喚するときに、召喚に対する人間の同意を得る為に色々な事情を説明するってことは知ってるわよね。美姫さんも 経験したことだから。もちろん1人1人の人間に説明されたことだけではたいしたことは分からないのだけど、そんな断片情報でも十分な量を集積して合理的な 分析をしたらどうかしら? 妖精召喚事件が始まってから既に7年……。実のところ私たちはもう既に妖精達の事情をかなりのところまで理解しているかもしれ ないとは思わない?」

 突然? 詩衣那さんは妖精の召喚について語り始めた。妖精の召喚と服を脱ぐことにいったい何の関係があるっていうの?

「もしかして、煙に巻こうとしてませんか? ワタシが服を脱がなくちゃいけないことと妖精の召喚事情になんの関係があるのか、ワタシには全然分からないん ですけど?」

 詩衣那さんが詳しく説明し出したので、実はワタシが服を脱ぐことにも深い理由があるのかもしれないと思い始めたワタシだったが、とりあえず好奇心も手 伝って説明をうながすのだった。う〜ん、状況に流されるにしても、もう少し事情が見えてから流されたい気分だったりして。

「煙に巻くだなんてとんでもない。この話と美姫さんが服を脱がなくちゃいけないってことには関係があるのよ。すごくね。いい? 妖精の存在が人間に知られ るようになってハッキリしたことがひとつあるんだけど、美姫さんにはそれが何だか分かるかしら?」

 そして紫色に輝く蝶の羽を背中から出すと、詩衣那さんはふわりと宙に浮き上がった。なんで飛んでいるんだろう? もしかしてヒント? なんだか分からな い……。

「妖精は実在したということですか?」

 答えが分からないワタシはあてずっぽうで答えてみる。その間にも詩衣那さんはゆっくりと上昇し、やがて部屋の中をゆっくりと回転するように飛びまわり始 めた。それにしてもテーブルの上に立ったまま視線だけで詩衣那さんを追うのはちょっと疲れる。

「もちろん妖精が実在したということも大事なことだけど、それは本質的なことじゃないわ」

 それだけを答えると、詩衣那さんは段々とスピードをあげて飛びまわり始めた。とうとうワタシも背中から純白の鳥の羽を出すとぱたぱたと羽ばたき、詩衣那 さんを追いかけた始めたのだった。部屋の中とはいえ、人間サイズの部屋は妖精が飛びまわるには十分な空間がある。ワタシが詩衣那さんを追いかけ、そして詩 衣那さんはワタシを追いかける。まるでダンスを踊っているかのよう……。

「本質的なことって何ですか?」

 空中を舞うワタシ達の周囲にはやがて妖精が飛ぶ時に出すオーラによって、薄く輝く軌跡が描かれていた。なんだかもしかするとトランス状態? ちょっと頭 がぼんやりとしてきたかも。

「一言で言ってしまえば、魔法という技術が現実に存在し有効に機能しているという実例が目の前に示されたということね。なのに私達には魔法とはいったいど ういうものなのか想像することしか出来ない。体系だった知識は全くなくて、妖精との交信記録から類推された知識しかないの。魔法という技術を理解するには 文字通り手探りで探っていくしかないのよ」

 空中を舞っていた詩衣那さんは、同じく宙を舞っていたワタシとの間隔を至近距離にまで詰めてくると、ごく自然にワタシの手を握った。若干、詩衣那さんの ほうが体格は良いのかな。少しだけワタシの手を握る詩衣那さんの手のほうが大きく感じる。

「魔法を手探りで、ですか……」

 ワタシは何をどう言えば良いのか分からず、適当に相づちを打った。頭が半分ぐらいしか動いてないかも。

「そうよ。だから魔法を研究すると言っても方法は限られてくるの。今、この世界で魔法が使えるのは妖精だけ。しかも単に羽を出して空を飛ぶことしか出来な い魔法ね。でもそれだけでも妖精召喚事件以前の状況から見ればすごいことよね。だって誰もが納得する形で魔法がそこにあるんだもの」

 素晴らしいでしょ? という感じで話す詩衣那さん。

「そうですね。確かに妖精が空を飛ぶのは魔法によるものらしいとは、ワタシも理解しています。広い意味ではこの世界の元人間だった妖精は、みんなが魔法使 いだと言えなくもないんじゃないかなとも思いますし」

 この話がどうしてワタシが服を脱がなくてはいけない話に結びつくのかいまいち理解できないまま、ワタシは詩衣那さんの話に同調した。

「でも私達の技術や知識では、魔法に対する影響を与えることが出来るものはたったひとつしかないわ。残念なことにね。結論を言えばそれはコンピューターが 代表するネット機器なわけ。簡単に理解出来るようにこの研究所での実験内容を要約すると、コンピューターの調子を変えることによって妖精の魔法に対して負 の影響ではなくて正の影響を与えようとしているということなのよ」

 ワタシの手を取ったまま、詩衣那さんはワタシを引きながらゆっくりと真下へと降下していく。そこは部屋の周囲に設置された妖精用の部屋のひとつだった。 いったい何の部屋なんだろう?

「その話は、剣持主任からも聞きました。少しだけですけど」

 周囲に目を配りつつ、返事をするワタシ。ええと、この場所はどう見てもお風呂に見えるような……。

「コンピューターの調子を変えて私達妖精の肉体の反応を見る為に、スーツの内側には各種センサーが取り付けてあるの。だからスーツを着る時は完全な裸にな らないといけないのよ。データにノイズが混じらないようにね。ついでに言うと汗などの汚れが有っても正確なデータが取れないから、スーツを着る前には念入 りに身体を洗っておかないといけないのよ。というわけで、美姫さん。服を脱いで裸になってね♪ 一緒にお風呂にはいりましょう」

 こうして私は、詩衣那さんのなすがまま服を脱がされて妖精用の風呂場へと連れられていったのだった。うう、やっぱり言いくるめられちゃったのかなあ?

「……詩衣那さん。服ぐらいワタシ1人でも脱げるんですけど」

 脱衣所というよりも単なる風呂場の前で、ワタシが着ているワンピースの背中の紐を解いて服を脱がそうとしている詩衣那さんに、ワタシは文句をつける。展 開がぐるっと回って微妙に元に戻っているような……。

「それはそうでしょうけど剣持さんからは、『準備をしておいてくれ。詩衣那君、頼んだよ』って言われてるんだから、美姫さんがスーツを着る準備について は、【私が】しておかないとまずいでしょ。だって言いつけは守らなくては♪」

 詩衣那さんの言い分に対して、詭弁という言葉がワタシの頭をよぎる。反論の為に口を開こうとしたが、どう反論しても無駄なような気がしてきてやめてし まった。うう、妖精になってから論理的な思考能力が低下してるよぉ〜。

「それ、違うと思う……」

 確信犯の人には何を言っても無駄だと改めて思ったワタシは、とりあえずそのひとことだけを言って、それで抵抗するのをやめることにした。もうさっさと終 わらせちゃおう。

「違わないわよ。だって私は剣持さんの言葉をそう受け止めたんですもの。だから美姫さんの服を脱がせるのも私。身体をお風呂で洗うのも私なのよ」

 主観こそ全てという発言をした詩衣那さんは、そのまま言葉通りの行動に出た。あっと言う間もなくワタシは、着ているワンピースを脱がされて下着姿になっ てしまった。続いて詩衣那さんも自分が来ている服を脱ぎ、同じく下着姿になったのだった。ああ、予想通りの展開。

「もう良いです。下着は自分で脱ぎますからッ!」

 抵抗しても無駄だと悟ったワタシは、脱がされるくらいなら自分から脱いでしまえと慌てて下着を脱いだのだった。シャツはともかくショーツを慌てて脱ぐと 足に絡まって転びそうになるかも。

「私が手取り足取り脱がせたかったのに、美姫ちゃんってぱ意地悪なんだから……」

 残念そうにつぶやくと、詩衣那さんは身につけていた自分の下着をはぎ取ると無造作にその場に置いた。現れたのは詩衣那さんの一糸まとわぬ裸。対峙するワ タシも裸。ああ、もしかして妖精の女同士で裸というのは初めてのシチュエーション!?

「意地悪なんかしてません。早く身体を洗わないとッ! 剣持主任が用意をしてくるまでに身体を洗っておかなくてはならないんですよね。さあ、風呂場に行き ましょう」

 心の内の動揺を押し隠せないまま、ワタシの言葉は震えていた。うう、緊張する。足と手が同時に動いちゃうッ! と、とにかく風呂場に入ろう。

「美姫さんも今はもう女の子なのに、女性の裸には免疫がまだ無いのね。ねえ、美姫さんは元男の子だったわけでしょ? だとしたら恋愛の対象は今でも女の子 なのかしら? それとも……、今の身体にあったものに変化しているの?」

 ワタシ達2人が風呂場に入った時、唐突に? 詩衣那さんはワタシに質問をした。えッ!? 何を言い出したの? 詩衣那さんは〜ッ!

「そ、そんなこと決まっているじゃないですか……」

 そうは言ったものの何がどう決まっているのか自分でもよく分からなくなり、そのまま言葉が出なくなってしまった。

「今の女の子な身体に合わせて、恋愛の対象は男の子というわけね。いったいどんなタイプの男の子が好きなのかしらね? 美姫さんは」

 風呂場の中に据えられた蛇口をひねり、シャワーからお湯を出す詩衣那さん。おおッ! 妖精サイズのお風呂なのにちゃんとシャワーからお湯が出るんだ。い いなあ……。じゃなくて、勝手に納得しないでくださいッ!

「違います。ワタシはこう見えてもちょっと前までは健全な男子高校生だったんですよ。男の子相手に恋愛をするだなんてあり得ないです。外見で判断しないで ください」

 お湯を頭からかけられながらも間違い(?)を訂正するワタシ。うう、こういうシャワーの感覚って久しぶりかも。気持ちいい……。

「ということは、女の子同士のほうが良いということなのね。分かったわ。召喚されて妖精になった人の半分は性転換もしているから、妖精の間では同性愛につ いてのタブーは無いし、美姫さんがそのつもりなら私達そっち方面でも仲良く出来るわね」

 ワタシの身体に一通りお湯をかけ終わると、石鹸を手に取り泡立てる詩衣那さん。

「えっ? 女の子同士……、ですか?」

 一瞬、戸惑いの声を上げてしまう。

「あら、違うの? 男の子相手に恋愛はしないということは、女の子相手に恋愛をするってことよね?」

 立ったままのワタシの背後から、ワタシの首筋に触れる詩衣那さん。泡だった石鹸の感触が首筋から肩、そして背中から脇へと広がる……。ああ、その先 はッ!

「だからワタシは元々男の子だったから男に対して恋愛はしませんけど、今の身体は女の子だから女の子に対しても恋愛感情というものが感じられないというか その……、つまり恋愛だとかそういうものはよく分からないというか……」

 滑るようにワタシの身体を触る詩衣那さんの手の感触を心地良いと感じつつ、ワタシは考えていた。今のワタシは、男の子に対しても女の子に対しても恋愛感 情というものが持てないでいるのだけれど、もう一生涯誰とも恋愛をしないということも考えられないし、いずれは……、というか既に約1ヶ月半後には妖精の 発情期である『妖精狂いの季節』がやってくるはず。その時になったらワタシはいったいどうすることになるんだろう?

「性転換した妖精って、妖精狂いの季節を迎えるまではそういうように言うパターンが多いのだけど、美姫さんもだったのね。いけないわよ。そんなあやふやな 態度でいたら後悔することになっちゃうわよ。特に女の子はね。ほら、ここには男の子には無かった子宮があるのよ。理解してる?」

 あわや胸に触る寸前かと思われていた詩衣那さんの右手は、滑るように脇から腹部へと移動する。左手も追うようにワタシの腹部へと動き、それにつれて詩衣 那さんの身体がワタシの背中に密着する。こ、これは詩衣那さんのおっぱいの感触!?

「し、子宮ですか……。正直、ワタシのお腹の中に子宮があるだなんていう実感は無いです。あの、それよりも詩衣那さん。む、胸があたっているんですけど」

 うわずる声で指摘する。しかし身体は硬直し逃げることもわずかに身体をずらすことも出来ない。ああ、ふにゅっとした感触が……、気持ちいい♪

「そうよねえ。妖精狂いの季節を経験していないということは、まだ生理にもなったことがないということだから、自分の中に赤ちゃんを育てる為の子宮がある だなんて実感は無いわよね。普通の女の子でも生理が来るまでは子宮の存在なんて意識しないんですもの。でもそれはここにあるのよ。このぷにっとしたお腹の 中にね」

 両手でワタシのお腹をなで回しながらワタシの耳にそっと囁く詩衣那さん。ダメ、耳はダメッ! 囁かれている側の脇腹がゾクゾクしちゃう〜ッ!!

「やめてください。もしかして詩衣那さんもワタシに『巣篭もり友達』になれと言うんですか? そんな気はありませんからね」

 逃げようとして下手に身体を動かすと、ワタシの背中に密着した詩衣那さんの胸の感触を嫌でも感じてしまうので、ワタシは動くに動けずにいた。こ、硬直状 態ですぅ〜。

「ふふっ、『巣篭もり友達』ね♪ それを考えた時にはまさかここまで世間一般に広がるとは思わなかったけど、もうすっかり受け入れられたみたいね。妖精の 間では……」

 私の耳元で軽い笑い声を漏らすと、意味深な言葉をつぶやく詩衣那さん。なんだかそのセリフって……。

「そんな言い方だと、まるで詩衣那さんが『巣篭もり友達』を考え出したというように聞こえますけど……」

 動くに動けない私は口を動かすことしか出来ない。まさかと思いつつも訊いてみる。ホント、まさかね。

「だって本当に私が考えたんですもの」

 さらりと言う詩衣那さんの言葉に、私は耳を疑ってしまった。

「まさか本当なんですか? だいたい、どうしてそんなことがッ!?」

 先程から話に出ている『巣篭もり友達』とはいったい何かというと、妖精には発情期というものが存在し、その時の激情(?)に抵抗するのはほぼ不可能に近 いらしい。しかし妖精用の避妊具というのはまだ開発されていないので男女間でそのようなことをしていると必ず妊娠してしまう危険性がある。それを回避する 為の同性同士の一時的な恋人のことを『巣篭もり友達』といい、発情期である『妖精狂いの季節』には延々とアレやコレやソレをし続けるのだという。まったく なんて習慣なのッ!

「だってそうでもしないと妊娠しちゃうんですもの。私、欲望に任せて子供を作るだなんてことだけはしたくなかったの。だから妖精になって初めての発情期を 迎えた時に、『妊娠しないためには、女同士でやったらどうかな?』と思ったわけ」

 ワタシのの腹部を触っていた詩衣那さんの右手が、そろりそろりと胸のほうへとせり上がって来ているのをワタシは感じていた。話されている内容といい、こ の態度といい、もしかしてワタシったらまたまたピンチですか?

「でも、詩衣那さんの前にも妖精に召喚された人がいるはずですけど、それまでは誰も『巣篭もり友達』ということは考えつかなかったんですか?」

 とりあえず詩衣那さんが話すことに集中してくれたら、ワタシの胸に伸ばされつつある手もストップするのかな? そんなことを期待しつつ、質問をしてみ た。

「いなかったみたいよ。まあ、私がその方法を思いついたのも、人間だった頃から私の恋愛対象が女の子だったからかしらね。元々、男なんかよりも可愛い女の 子のほうが好きだしね」

 ああ〜、やっぱり普通じゃないんだ。詩衣那さんってば。どうしよう……。

「というわけで、美姫さん……」

 そして詩衣那さんの右手はワタシの胸に、左手はワタシの股間へと伸びつつあった。その時ッ!!

「詩衣那君ッ! 美姫君のスーツを持ってきたけど、もう準備はOKかい?」

 扉をノックする音と、部屋の外から聞こえてくるその声ッ! ああっ、剣持主任ッ!! 助かりましたぁ〜。

「準備にはもう少し時間を下さいな。剣持さん」

 何事も無かったかのような返事をすると、詩衣那さんはワタシから身体を離した。うわッ!? 身体が離れる瞬間っていうのもまた……、感じるかも。

「それにしても残念ね。続きはまた次の機会にしましょう。じゃあ美姫さん、石鹸の泡をさっさと洗い流して急いでお風呂から出ましょう」

 シャワーのお湯をワタシにかけながら、それでもさりげなく身体に触ってくるのは良いとしても……。良いんだろうか、ホントに……。ワタシは頭の片隅で疑 問を感じながら、詩衣那さんには何を言っても無駄なような気がしていた。やっぱりなんというか、『お嬢様ッ!』なんだねえ〜。

「さっさとしなくちゃいけないんだったら、用事も無いのに身体に触らないでください」

 ちょっと身をよじらせながら抗議する。しかしその抗議の声も、自分で言うのも何だがあまり説得力があるような感じではない。やはりこれは……。

「感じながら言われてもねえ。正直に言いなさい。こうされると気持ち良いんでしょ?」

 そのままワタシの小さな胸のふくらみの下の部分を持ち上げるようにして触る詩衣那さん。にゃあ〜ッ!!

「あひゃッ!」

 思わず意味不明な叫び声をあげるワタシを見て余計に面白がる詩衣那さん。ワタシはまるで純情な女の子のように両手で胸を隠すのだった。……まあ、純情か どうかはともかく、女の子であることは間違い無いんだけど。

「おーい、詩衣那君。今、美姫君の叫び声が聞こえたような気がするんだけど、また遊んでいるんじゃないだろうね?」

 ドア越しに聞こえる剣持主任の声。そうなんです。遊ばれているんですよぉ〜。たすけて……。

「遊んでなんかいませんわ。今、美姫さんの身体を洗ってあげているところです」

 きっぱりと言いきる詩衣那さん。確かに身体を洗ってもらっているのに間違いはないけど、遊ばれていることにも間違いが無いと思いますッ!!

「……分かった。遊んでいるんじゃなくて、真剣に楽しんでいるんだね。まったくッ! ということはまだ2人は風呂場にいるわけだ。じゃあ今のうちにスーツ を部屋の中に入れておくから、着替えたら呼んでくれ。いいねッ!!」

 そしてドアが開く音と、部屋の中央にあるテーブルの上に何かが置かれて、パチッ、パチッという音が聞こえた。

「詩衣那君と美姫君のスーツを置いておくからね。まあ、間違えないとは思うが詩衣那君のスーツはいつもと同じで赤色、美姫君のスーツは白い色をしたほうだ からそれぞれ自分のスーツを着てくれ。慌てなくていいからなるべく急いで欲しい。それじゃあッ!」

 それだけを言い残すと、剣持主任はまた部屋の外に出ていったようだった。そうか、詩衣那さんもワタシと一緒に着替えるんだ。

「分かったわ。なるべく急ぐようにするけど、コーヒーを一杯飲む時間ぐらいはあるかもしれないわよッ! 聞こえた?」

 詩衣那さんとワタシは身体からお湯を滴らせなが風呂場を出たのだった。ふう〜、これで解放された。……のかな?

「そのままじっとしていて。まずは身体を拭かなくちゃね」

 言われるままにじっとしていると、詩衣那さんはタオルを取りだすとまずは自分の身体を軽く拭いて水滴をぬぐい取り、今度はワタシの身体に新しいタオルを かぶせたのだった。

「気持ちいい。このタオル」

 妖精の肌は人間よりもはるかに敏感なので、人間用のハンカチですらまるでシートのようにゴワゴワに感じるのに、このタオルはまったく違っていた。ワタシ の家にも妖精用のタオルがあって、かなり柔らかい生地で作ってあると思っていたけど、このタオルときたらもう感触がまるで違うのだ。欲しいかも……、この タオル。

「そうでしょうね。おそらく美姫さんの持っているタオルは、いくら妖精用のだと言ってもしょせんは市販品でしかないものね」

 というからにはこのタオルは特注品なんだろか? でもこの肌触りならそれも納得出来るような気がする。ホントに気持ちいいんだもん。

「特注品ってことは高いんですよね」

 タオルの感触を確かめつつ身体に付いた水分を拭き取っていく。それにしても詩衣那さんの裸って、何だか格好いい。プロポーション抜群でワタシの幼児体型 とは大違い。まあ、妖精狂いの季節にはまだ少し早いから胸のほうはワタシといい勝負って感じだけどね。それでもちょっとだけ負けちゃっている、よねぇ〜?  悔しいけど。

「素材からして違うから高いわよ。値段を聞かなかったほうが良かったって、いうぐらいにね♪」

 詩衣那さんの言葉は冗談に聞こえなかった。す、すごく高いんだ。

「ははは……。じゃ、じゃあこのタオルはここに置いておきますね」

 下手に扱って破ってはいけないと思ったワタシは、水分を吸って重くなったタオルを畳むと風呂場の入り口に置いた。うう、使用料なんて取られないよね?

「ふふっ、心配する必要ないのに。じゃあ次は髪の毛を乾かしましょうか?」

 タオルで身体を拭き終わったワタシたちはドライヤーで髪を乾かした。とは言っても妖精サイズのドライヤーがあるわけではない。比較的小さめのドライヤー が固定して設置してあるので、そこから出てくる温風に頭を突っ込み乾かすのだ。……あちちッ! ちょっと近づき過ぎちゃった。

「さてと、では剣持さんが持ってきてくれたスーツを着ましょうか? もうコーヒーを飲み終わった頃かもしれないし」

 冗談っぽくそういうと、詩衣那さんは裸のまま部屋の中央に向かって飛び立った。白い裸身に紫色の蝶の羽。その姿はまるでおとぎ話に出てくる本物の妖精の ようだった。いや、ワタシたちも本物の妖精には違いないんだけど。

「詩衣那さん、待って下さい。下着ッ! はき忘れてますよッ!!」

 本気でそう思ったワタシは大声を上げた。ついでに自分もショーツを手に取ると急いではこうとしたのだが……。

「良いのよ。美姫さん。スーツは下着も何もつけずに裸のままで着るんだから。そのままで良いから早くおいでなさいな」

 空中でくるりとこちらを向くと、詩衣那さんは『早く、早く』と、ワタシを手招きした。って、え〜ッ! 裸のままって! スーツっていったいどんなものな の!?

「こ、これは……」

 テーブルの上に置いてある開かれたスーツケース。そこに入っていたのは、まるでアニメに出てくるような宇宙服に良く似たスーツ(?)が入っていた。鮮や かな赤色をしたものと、光るような白色のスーツの2着だった。ええと、白いのがワタシのだったっけ?

「美姫さん、スーツを着る前にまずはこれを着けて」

 慣れた手つきでスーツケースの中からなにやら白くて小さなものを取り出した。2着のスーツと一緒に入っていたらしい。何だろう? 

「なんですか? これ……。ええと、この形はまさか?」

 詩衣那さんから手渡されたもの。それは妖精サイズであることを除けば、とあるものに酷似していた。というかそのまんまの形だった。この形、そしてこの感 触ッ!

「そう、紙オムツよ。見た目は薄いけど、あの部分に当たるところには最新の技術で作られた吸水ポリマーが使われているから、2回ぐらいまでなら十分に吸収 できるわよ」

 オムツを広げて中を見せながら説明する詩衣那さん。ほらほらここを見てよと言わんばかりに、私の目の前にオムツを持ってくる。確かにオムツにしては全体 的には非常に薄く出来ているのに、アソコに当たる部分がちょっと分厚い。

「でも、なんでこんなものが必要なんです? トイレに行けばいいだけじゃないですか? オムツをはかなくちゃいけないだなんて……」

 妖精になりたての日、食べすぎでおなかを壊してしまったワタシは生理用ナプキンで作ったオムツをはいていたことがあるけど、あれは恥ずかしかった。もう 二度とオムツなんかはきたくないのに〜ッ!

「ぶつぶつ言わないの。このスーツはいったん着たら脱ぐのは大変なんだから、オムツでもはいてないとそれはもう大変なことになっちゃうのよ。わかるで しょ?」

 まあ、確かにそれは分からなくはないですけど。……やっぱりオムツは嫌だなあ。

「どうしてもはかなくちゃだめですか?」

 念のために抵抗してみる。しかしその抵抗は無言のうちに粉砕されてしまった。

「えっ、何? 今、何か言った?」

 ワタシがオムツを手にして迷っている間に、詩衣那さんはさっさと自分のオムツをはいていたのだ。でも、何でだろう。まったくの裸よりも逆にエッチぽいか も。

「いえ、なんでもないです」

 ここで行われる研究に協力すると言った上に契約金まで既にもらっている立場のワタシとしては、恥ずかしいからという理由だけではいつまでもオムツをはく ことに対して拒否は出来ない。しょうがないか。恥ずかしいけどオムツをはいたまま外に出ろと言われているわけじゃないし。

「あら、そう。じゃあ、オムツをはいたらこれを身体に塗ってね」

 しぶしぶとオムツをはいたワタシ。それを見て詩衣那さんはスーツケースから今度は口広のビンをふたつ取り出すと、ひとつをワタシに手渡すのだっ た。……? 何? 今度はいったい何なの?

「あの……、これは?」

 宇宙服っぽいスーツとはいえ所詮ただの服に過ぎないはずなのに、なんで服を着るのにこんなものが必要なんだろう。というかそもそもワタシが着なくちゃい けないのは本当にただの服なの?

「スーツの内側には私達の身体の状態をモニターするために各所に電極が取り付けてあるの。その電極と身体の間に隙間が出来ないようにこの導電性のクリーム を塗っておくのよ。ほら、こうするの。なるべくまんべんなく塗るのがコツなのよ」

 ビンの蓋を開けて中から半透明のゲル状のクリームを手のひらにたっぷりと取ると、詩衣那さんは自分の身体にそれを塗りつけた。腕や脚、そしてお腹から胸 へとクリームを伸ばしていく。詩衣那さんの胸に伸びる白い手。その手が通過したあとの胸はてらてらと濡れて光っている。ちょっと、目が離せません。ワタシ もまだ男の子の感覚が残っているのかな? ドキドキ。

「美姫さん」

 じっと詩衣那さんを見ていたワタシを呼ぶ詩衣那さん。

「ち、違いますッ! 見とれてなんかいませんッ! 誤解ですってばッ!!」

 慌てて詩衣那さんの胸から目をそらすワタシ。くるりと回れ右をして詩衣那さんに対して背中を向ける。しかし考えてみると今までずっと裸同士でいたのに、 なんで急にこんな気持ちになるんだろう。やっぱり完全な裸よりも一部でも隠されてたほうが微妙な気持ちになっちゃうんだろうなあ。うにゅにゅ〜。

「女同士で恥ずかしがってどうするの? だいたい美姫さんが私の裸を見たって怒りゃしないわよ。今まで散々見せ合ってるんだし。それよりもこっちに来て。 背中にこのクリームを塗ってくれる?」

 ワタシは自分用に受け取ったクリームをテーブルの上、主観的には床の上に置くと、詩衣那さんから使いかけのクリームを受け取った。そして……。

「あの、このクリームを塗るには、詩衣那さんに触らないといけないんですけど」

 手にクリームをつけたまま、詩衣那さんの背中を目の前にして動きが止まってしまうワタシ。うう、ホントに良いのかな? 触っても。

「もちろん触っても良いに決まってるじゃない。美姫さんったら、おかしなことを言うのね♪」

 その言葉に励まされて、詩衣那さんの背中にクリームを塗ろうと手を伸ばすワタシ。自分以外の妖精の肌を間近でここまでじっくりと見たのはもしかするとは じめてかもしれないけど、詩衣那さんの肌ってきれいだなあ。さわったらすべすべなんだろうなあ。

「そうですか。じゃ、じゃあ塗りますよ。良いですね」

 そして半ばかちんこちんになりながらも、薄く広く詩衣那さんの背中にクリームを伸ばすように塗るワタシ。ああッ! 今、指が詩衣那さんの胸を脇から触っ ちゃったかもッ! 怒られたりしないかな?

「ふう〜、自分で背中にクリームを塗るのは大変だから、美姫さんが手伝ってくれて良かったわ」

 どうやら今、ワタシが詩衣那さんの胸を触ったことを追及はされないみたい。やれやれ一安心。

「いえ、たいしたことはしてませんから」

 ぷるぷると頭を振りながら返事をする。さて、それは良いけど、今度はワタシもこのクリームを塗らなくちゃいけないんだよね。うーん、まあ適当に塗っちゃ おうかな?

「今、『適当に塗っちゃおうかな?』なんて考えてるでしょ? 美姫さんったらダメよ。それじゃあ正しいデータが取れなくなっちゃうわ」

 まるでワタシの考えたことをそのまま読んでいるかのようなタイミングでの詩衣那さんの発言は、ワタシの心臓の鼓動を30%程度早くしたのだった。び、 びっくりしたぁ〜ッ!!

「なんで分かっちゃうんですかッ!?」

 悲しい妖精の性で、ついつい本音を白状してしまうワタシ。ああッ! こんなこと言うつもりじゃ無かったのに!!

「だって美姫さんの表情ってくるくると変わるんですもの。何を考えているかだなんてお見通しよ。……そうねえ、適当に塗るのはまずいから、私が塗ってあげ ようかな?」

 テーブルの上に置かれているワタシ用のクリームが入っているビンを拾い上げると詩衣那さんは胸の前でビンを両手で軽く持ち、ワタシに向かって笑いかけ た。視線がつい胸のほうに……。

「遠慮しておきます。自分だけでちゃんと塗れますから」

 風呂場で触られまくったのに、さらにここで触られるのは嫌すぎる。瞬間的にそう判断したワタシは、丁重に詩衣那さんの申し出を断ったのだった。だって詩 衣那さんの触り方って激しいんだもん。

「あらっ♪ 『自分だけでちゃんと濡れる』だなんて、美姫ちゃんったらもう『妖精狂いの季節』になっちゃったの?」

 小さく開けた口を握りこぶしを作った右手で隠す詩衣那さん。目がにやけてます。まったく、妖精ってみんなこういうことにしか興味がないのだろうか?

「勝手に変な誤解をしないでく下さい。自分でちゃんとこのクリームを塗ることが出来ると言っただけです」

 これ以上つきあってられませんとばかりにワタシは詩衣那さんの左手に握られているビンを奪い取ると蓋を開け、ねっとりとするクリームを身体に塗りつけ た。うひゃッ! 意外に冷たい感触……。

「あはははは、ごめんなさい。怒らないでよ。普段、妖精同士でおしゃべりするだなんてことが無いものだから、ついはしゃいじったのよ。許してね♪」

 ごめんと手を合わせてウィンクをする詩衣那さんを見て、ワタシもちょっと反省した。

「そうですね。妖精同士仲良くしましょう。でも、触りまくられるのは嫌ですからね」

 そう言えばワタシの身の回りには付きまとうようにして守銭奴で色魔な妖精の海斗がいるけど、ここだけの話、海斗がいることによってずいぶんと助かってい たのかもしれない。人間の間に妖精がひとりだけでいると、どうも保護されるべき対象としてしか妖精を見ていない雰囲気が伝わってきてちょっと嫌なのだ。で も海斗といる時のワタシは、人間の時には当たり前だった相手と対等であるという感覚を持つことが出来るからだ。
 頭では妖精も人間も対等だとは理解出来るのだけど、どうしても身体の大きさがこんなにも違うとね……。

「良かった。美姫さんに嫌われてなくて。じゃあ、美姫さん。私は先にスーツを着ているから、美姫さんも早くそのクリームを身体に塗っておいてね」

 そして詩衣那さんはスーツケースの中から鮮やかな赤色をしたスーツを取りだした。おおッ! たたまれていた時には気がつかなかったけど、全身ひとつなぎ になっているんだ。人間だったときも含めて、こんな服を着たことなんか無いけど、ちゃんと着れるのかな?

「どうですか? これだけ塗れていれば大丈夫でしょう?」

 クリームを塗り終わったワタシが詩衣那さんに問いかけたとき、ちょうど詩衣那さんは赤色のスーツに手足を通し終わり、ジッパーを引き上げようとしている ところだった。スーツは身体の前にくる部分が首のところからおへそのあたりまで開いていて、ジッパーを上げて閉じるようになっているらしい。……よくもま あ妖精サイズのジッパーなんか開発出来たよね。市販品の服はみんなボタン留めが基本なのに。

「そうね、見たところ満遍なく塗れているみたいね。……残念だわ」

 肉を挟まないようにだろうか? ゆっくり慎重にジッパーを上げる詩衣那さん。何だかこのスーツって着るとボディラインがハッキリと出るから、フリフリの エプロンドレスなんかよりも恥ずかしいかもしれない。

「何が残念だって言うんですか?」

 答えは分かっているので非難を込めて質問するワタシ。もうッ!

「もしも塗りムラがあったら塗ってあげようかと思っていただけよ。ただそれだけ♪」

 だから『それだけ』が問題なんですよ〜ッ! と、心で叫ぶ。でも表情には出ちゃったかもしれない。詩衣那さんがワタシの顔を見てくすくすと笑ってる し……。

「ともかく、クリームはちゃんと塗りましたから今度はスーツを着れば良いんですよね?」

 テーブルに置かれたスーツケースからワタシ用の白いスーツを手に取ってみる。思ったよりも重いのに肌ざわりは柔らかい。コットンでもシルクでもなけれ ば、ナイロンというわけでもない。いったいどんな素材で出来ているのだろう。ゴムのようでもあるし、そうでもないような気もする。

「おーーいッ! いいかげん着替え終わったんだろうね?」

 スーツを広げて、さて着ようか? と思った瞬間、ドアの外から剣持主任の声がした。どうやら待ちくたびれてきたらしい。は、早く着なくちゃ。

「もう少し、待ってください。あと、ワタシがスーツを着たら終わりですッ!」

 今、ドアを開けられたら裸に紙オムツだけという情けない姿を見られてしまう。ワタシは慌てて答えると、アニメに出てくる宇宙服のようなその白いスーツに 足を入れるのだった。おおッ! 何だか肌に密着してくすぐったいッ!!

「美姫さん、あんまり慌てちゃダメ。そのスーツの内側にはこれでもかってぐらいに電極が付いていてそれぞれが微細な線で結ばれているから、無理な力を込め てスーツを着たらその線が切れてしまうかもしれなわよ。特に背中の部分には気をつけてね。」

 詩衣那さんは背中から紫色をした蝶の羽を出して、ワタシにその背中を向けた。

「!? スーツを着たままでも羽を出せるんですか? でも、背中の部分には羽を出すためのスリットが無いですよ」

 驚きの声を上げて、着かけのスーツの背中の部分を見てみるワタシ。……確かにスリットなんか開いてないよね。う〜ん。

「どう、驚いたでしょ? 初期型のスーツではこうは行かないけど、最新式のものだと背中の内側の部分に取り付けられた電極が、羽を出す際の微弱な筋電位の 差を察知して普段は閉じている背中のスリットを瞬時に開くような仕組みがあるのよ。だから特にスーツの背中の部分は複雑に出来ているから注意してね」

 その言葉を聞き、さらにまじまじとスーツを確かめてみるけど……。ダメだ。どこにスリットがあるかということすら分からない。もしかしてもしかすると、 このスーツってものすごい物なのかも!?

「ホント、すごいですね。すごいとは思いますけど、このスーツ1着でいったいいくらのお金がかかっているんですか?」

 半ば感心、半ばあきれ返りながらワタシは溜息をついた。きっととんでもない額のお金がかかっているんだろうなあ。さすがに大企業というかなんというか。

「そうねえ、開発費も含めるということなら軽く家の2〜3軒は建つぐらいの金額ってところかしら? 私も詳しくは知らないんだけど、前に一度そう聞いたこ とがあるわ」

 家の2〜3軒ッ! それってもちろん人間の住む家のことだよね? まさか犬小屋が2〜3軒って落ちは無しだよ。

「妖精用の服とかは値段が高いってことは常識ですけど、それにしても高すぎませんか?」

 そう言うのが精一杯のワタシ。あきれ返り度急上昇です。ホント、お金ってあるところにはあるものなんだね。感心しちゃうよ。

「開発費にはこのスーツを製造する為の機械や、着用者の状態をモニターするシステムの分も含まれているからそんなもんじゃないかしら。ああ、もちろん家の 2〜3軒というのは1着あたりの値段だからスーツというもの全体にかかった費用はそれこそ億単位のはずよ」

 着心地を確かめるかのようにゆっくりと身体を動かしてストレッチをする詩衣那さん。なんでそんなにも平然としていていられるんですかッ! 億単位と聞い てワタシは身体が硬直しちゃっているのに〜ッ!!

「億単位だなんて、いったいここの人達は何を考えてるんですか!?」

 妖精の魔法を研究するためとは言っても、そんなにもお金をかける必要があるということがワタシにはどうにも実感出来なかった。頭ではなんとなく分かるん だけど、感覚がついていけない貧乏人なワタシだった。

「戦闘機や護衛艦を開発するのに比べたらほんのポケットマネーみたいなものよ。しかももしもこれで妖精の魔法が自由に使えるようになったとしたら、効果は 計り知れないわけだしね♪」

 笑顔で答える詩衣那さんを見て、ワタシは世の中にはワタシの知らない世界があるんだなあと思うしか無かった。う〜ん、その日の生活にも困っているような 妖精もいるのに、この差はいったい……。

「さあさあ、いつまでも呆れてないでスーツを着ないと。慌てず、でも急いでね」

 確かにいつまでも剣持主任を部屋の外で待たせて置くわけにもいかないし、早く着なくちゃ。ワタシは腕をスーツに入れて伸ばすのだった。……そうか、気が つかなかったけど手袋まで一体化しているんだ。これにヘルメットを被ればまさに宇宙服だよ。

「着ました。これで良いですよね?」

 首までジッパーを上げたワタシは詩衣那さんに向き直ると、スーツの状態を確認してもらった。それにしてもこのスーツ、ワタシのサイズにピッタリ……。 思ったとおり身体のラインが完全に出ちゃうよ。着心地も良いからまるで裸でいるみたいで何だか顔が赤くなっちゃう。だってこんなにも身体にピッタリと密着 する服なんて人間だった頃も含めて初めてなんだもん。

「良く似合ってるわよ、美姫さん。じゃあそのまま羽を出してみてくれる?」

 赤いスーツからまるで直接生えているかのような紫色の蝶の羽をゆっくりと動かすと、詩衣那さんはふわりと浮き上がった。まさに飛ぶというよりも浮き上が るという感じで、なんだかとても優雅に見える。

「ハイッ! ……でも、大丈夫ですよね? ちゃんとスーツの背中に羽を出す為のスリットが出てくるんですよね。嫌ですよ。スーツの中に羽が閉じ込められ ちゃうのは。妖精の羽は魔法で出来ていて本当の身体ではないって言いますけど、乱暴に扱うと痛みを感じるには違いないんですから」

 パソコンや携帯電話等の機械からの妖精に対する悪影響を打ち消しちゃうすごい機械を開発したりしているこの研究所のことだから、たぶん大丈夫とは思うけ ど、やっぱり不安が口に出てくる。何事も初体験というのは期待半分恐怖半分ということなのだろう。少しずつ脈拍が上がってくるぅ〜。

「心配しなくても大丈夫。……そうだ、美姫さん。私のスーツの背中を触って確かめてみてくれる?」

 詩衣那さんはふたたびテーブルの上に着地すると、まずは背中の羽をしゅるりとしまったのだった。そしてワタシの不安を和らげる為に、開口部がピッタリと 閉じられているその赤いスーツの背中をワタシに示すのだった。

「じゃあ、失礼します」

 促されるままに詩衣那さんが着ているスーツの背中を触ってみると、ちょとばかりでこぼことしている部分はあるもののさっきまでここから羽が出ていたとは まったく思えない。少なくとも表面上スーツにはまったく開口部は見当たらない。ちなみに自分の背中に手を伸ばして触ってみると、やはり同じような感触が あった。

「完全に閉じてるでしょ? じゃあこのまま羽を出すからよく見ていてね」

 そしてよく見えるようにゆっくりと羽を出す詩衣那さん。自分自身も妖精であるにもかかわらず、妖精の背中から羽が出る瞬間をじっくりと見たことが無いこ とに気づいたワタシは食い入るようにそれを見るのだった。興味津々〜♪

「あッ!?」

 詩衣那さんの背中から羽が出てくる瞬間を見終わったワタシは、それが自分の今までのイメージと違うことに気が付いて思わず声を上げてしまった。なんとな く今まで妖精の羽は、地面から植物の種が芽を出すような感じで『生えてくる』というイメージを持っていたのだけど、ワタシが見たもの……。それを一言で言 えば『投影される』というか、霧が晴れていくとともにそれまで見えなかった存在があらわになってくるというか……。

「もしかして妖精の羽が出てくる瞬間をまじまじと観察したことは無かったのね」

 そして詩衣那さんはそれから2〜3度続けて羽を出したり入れたりして、その様子をじっくりと私に見せてくれた。妖精の羽が出るとき、まずは背中の羽が出 る部分がスーツ越しにも分かるように光ったかと思うと間を置かずしてスーツの背中に切れ目が入り、そこからシャワーのように光が伸びてきてそのまま羽の形 となってくる。そしてみるみるとその光の羽が実体化して蝶の羽になったのだった。ちなみに羽がなくなるのはその逆のプロセスだ。……妖精の羽がこんなふう に出てくるだなんて、普段気にしていなかったから気がつかなかったよ。いやあ、身近に不思議って存在するんだね♪

「ええ、意識して見たのは初めてです。妖精の羽って光が実体化(?)して出来たものだったんですね。詩衣那さんがゆっくりと羽を出してくれたから分かりま した」

 自分にも羽があるから羽については何の不思議な感情も持っていなかったけど、改めて考えるてみると確かに妖精の羽は魔法によるものだと言われても何の不 思議でもないかもしれない。妖精って不思議ッ!

「妖精の羽はともかく、このスーツのこともよく分かったでしょ? ちゃんとスリットが自動的に開くように出来ているっていうことが。というわけで安心して 羽を出して良いのよ」

 そのまままたふわりと宙に浮くと、早くおいでと空中から手招きをする詩衣那さん。赤いスーツに身を包んだその姿、なんだかとってもカッコイイです。

「分かりました。がんばりますッ!」

 気合を入れて羽を出そうと意気込むワタシ。それを見て詩衣那さんは笑い出した。えっ?

「あははは、美姫さんったら、そんなにも力んじゃったら却って逆効果よ。このスーツの反応速度の問題もあるからゆっくりめに羽を出すぐらいがちょうど良い の」

 ゆっくりとね♪ と、繰り返しながらテーブルの上に立つワタシの頭上を舞っている詩衣那さん。ゆっくりとしたその動きはまるで本物の蝶のよう。

「ゆっくりめに羽を出すんですね。やってみます」

 そしてワタシはいつもよりも大きく吸い込んだ息をゆっくりと吐き出しながら背中から羽が少しずつ伸びていく様子をイメージした。すると背中に当たるスー ツの内側に何か力を感じたと思った瞬間、なぜかスーツの背中の部分に羽を出す為のスリットが生じたことが理解出来た。まるで自分の目で見て確かめたかのよ うに。この感覚、まるでスーツから何かが逆流してくるかのような……。

「そうそう、その調子よ。うん、ちゃんとスーツは機能してるわ。すごいすごい」

 大げさにはしゃぐ詩衣那さん。……ちゃんとスーツは機能しているって、それはもしかして!?

「詩衣那さん、『ちゃんとスーツは機能してる』って、いったいどういうことなんですか?」

 大きく広げた真っ白で天使のような鳥の羽を羽ばたかせ、詩衣那さんと同じ高さにまで浮かび上がると、今の疑問をぶつけてみた。何だかそこはかとない不安 が出てくるのはなぜ?

「いえ、ただね、そのスーツの背中の仕組みの作動に関しては私のデータを流用しているから、美姫さんが羽を出すときの兆候をちゃんとスーツが拾えるのか な? ってちょっと心配だったのよ。まあ、大丈夫だとは思っていたけどね。実験成功ッ! てね♪ あははは……」

 笑ってごまかす詩衣那さん。もうッ! 実験するならするって言ってよ。

「実験成功って、それじゃあワタシはモルモットですか?」

 ぷうっと膨れるワタシ。白い服を着て膨れたらまるでオモチかもしれない。もうはじけちゃっても知らないからね。

「まあまあ、怒らない怒らない。美姫さんはやっぱり白い羽の妖精だけあってスタイルは良いわね。さすがだわ」

 ワタシの幼児体型に限りなく近いこの身体が、良いスタイル? それに白い羽の妖精だから何だって言うの?

「おーい。もう着替えは終わったんだろ。時間が無いんだから早く出てきてくれ。すぐにでも状況説明に入りたいんだが」

 いったい白い羽の妖精が何だっていうんだろうという疑問を詩衣那さんに問い掛ける間もなく、ドアの外からイライラとした剣持主任の声が聞こえてきた。も うコーヒーは飲んできたのかな?

「分かってます。ミッションルームですね。今行きます。さあ、美姫さん、行きましょう♪」

 詩衣那さんとワタシは空中で手をつなぐと、妖精用の小さなドアから部屋の外に出たのだった。もちろんその場でワタシの疑問が解消されることは無かった。 いったい何がどうなっているんだろう。ワタシを取り巻く状況が急に変化してきたような予感かも……。

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第4章 妖精の魔法ってなに?


「さて、では本格的な実験に入る前に、スタッフの紹介と妖精に関して我々人間が把握していることについての説明をすることにしよう。彼女は詩衣那君や美姫 君たち妖精のサポート担当の仁村智子(にむら・ともこ)君だ。研究所内における生活面・医療面・その他、男性スタッフには相談しづらいこと全般を担当して もらうことになる。しかしそれは副次的な仕事にすぎない。仁村君の本当の仕事については彼女の口から説明してもらおう」

 ワタシと詩衣那さんがそれぞれアニメに出てくるような宇宙服によく似た『スーツ』に着替えてから詩衣那さんの部屋を出ると、廊下で待ちくたびれてイライ ラし始めた剣持主任に連れてこられたのは、ミッションルームと呼ばれる部屋だった。この部屋では会議の為だろうか? パソコンとそれに繋がれた大型のプロ ジェクターが設置してあった。パソコンが稼動しているにも関わらず気持ち悪くならないのは、やはりここにも妖精に対する機械の悪影響をキャンセルする装置 が設置してあるからなのだろう。一安心だね♪

「はじめまして。美姫さん。今、紹介を受けた通り、研究所内であなた達に対するサポートを担当させてもらう仁村智子よ。よろしくね。それにしても報告書は 読ませてもらっていたけど噂どおりの美少女妖精さんね。とても人間だったときには男の子だっただなんて信じられないわ」

 ミッションルームに置いてあるテーブルの上に立っているワタシに右手の人差し指を差し出す仁村さん。おそらく握手のつもりなのだろうと判断したワタシ は、仁村さんの人差し指を両手でつかむと大きく揺すったのだった。

「こちらこそよろしくお願いします。仁村さん。あの……、この場ではともかく、何も知らない人の前ではワタシが人間だった時には男の子だったということは 秘密にしてくださいね。……なんだか恥ずかしいですから」

 にこやかに挨拶をすると同時に、一応念の為に釘を刺しておくワタシ。妖精になっていることは見れば分かることだから隠しようが無いのだが、妖精に召喚さ れると同時に性転換もしちゃったということは、隠せるものなら隠しておきたいのだ。最近のワタシがなるべく女の子らしく振舞っているのもこんな理由だった りする。しかし見るべき人が見れば、性転換した妖精を見分けるのは簡単らしい。世の中、何事にも専門家というのがいるということなんだろう。 

「妖精に召喚された人間の半分は性転換もするんだから、特に恥ずかしがることでも無いとは思うけど。でも、分かったわ。美姫さんがそれを望むなら私はそれ をかなえてあげるのが仕事。美姫さんを生まれながらの女性として接すれば良いのよね?」

 考え込む様子も見せずに即断する仁村さん。さばさばとした態度が、何だか今のワタシよりも男性的かも?

「生まれながらの女性としてというのもなんだか恥ずかしいですね。いや、まあそれで良いんですけど」

 改めてそう言われると、どっちに転んでもやっぱり恥ずかしいのかもしれないなと思ったりするワタシだった。ちょっと笑顔がヒクついてしまう。

「美姫さんの今の姿は完全な女性なんだから、女の子として扱ってもらうほうが良いと思うわよ。これから先、女性として生きていく時間のほうが長いわけだ し」

 横に立っている詩衣那さんが、ワタシの膨らんだ胸を触るか触らないかの微妙な間合いで指差した。うう〜っ、身体のラインが丸分かりの服がこんなにも恥ず かしいものだとは知らなかった。やはり何事も経験してみないと分からないことってあるんだなあ。

「からかわないでください。恥ずかしいのを我慢して着てるんですからね」

 詩衣那さんの指先から逃げるように身体をよじると、ワタシは右手で胸を隠し、左手では股間を隠すように手を当てるのだった。なんだか身体に密着したこの スーツを着ていると、裸でいるような錯覚に陥るんだもん。着心地良すぎて何も着ていないようにも思えてくるし。
 
「恥ずかしいと思うから恥ずかしいのよ。むしろそんなポーズを取っているほうが萌えられちゃうわよ」

 ククッと、軽く笑うと、同意を求めるように剣持主任にウィンクをする詩衣那さん。

「し、詩衣那君。君は私に何が言いたいのかね?」

 珍しく動揺するそぶりを見せる剣持主任。横では仁村さんも手を口に当てて笑いを堪えている。何がどうしたっていうんだろう?

「そう言えば、『美姫君のスーツの色は白にしなくちゃならないんだッ!』って、強硬に主張したそうですね。上田さんがぶつくさ言ってましたよ。『詩衣那さ んと同じ赤色のスーツならすぐに用意出来るのに、主任は何を考えてるんだ』ってね」

 そして上司を見る目とはとても思えない目でチラリと剣持主任を見ると、仁村さんはワタシに向かってこっそりと話しだした。

「青い髪をしたショートカットの女の子には、白色のスーツが良く似合うんですって♪ 知ってる? 主任の研究室にはその手のフィギュアが山のように飾って あるのよ。まったく学生時代からずっとオタクなんだから。美姫さんのそのスーツも見る人が見ればどこからデザインを持ってきたかすぐに分かるはずよ」

 いったい何のことだろう? 私は首をひねりながら剣持主任の顔をうかがうのだった。

「いいじゃないかッ! 美姫君をひとめ見た瞬間に、これは綾波レイだッ! 彼女には白いスーツを着せるしかないって、思っちゃったんだからッ!!」

 逆切れした剣持主任は顔を赤くしながら仁村さんに反論する。それにしても、……オタクだったんだ。剣持主任ってオタクだったんだ。ワタシの剣持主任に対 する評価が5ポイント低下したのは言うまでもない。それにしてもワタシが綾波レイ? なつかしのアニメ特集でしか見たことないけど、ワタシってそんなにも あのキャラクターに似てたかな? う〜ん、今度誰かに聞いてみよう。

「と、とにかくその話はもういいから、仁村君。早く話を元にもどしてくれ」

 動揺を隠すためなのか、わざとらしいまでに落ち着いた態度をとる剣持主任。ワタシの横では詩衣那さんが肩をすくめている。もしかしこんなやり取りってい つものことなのかな?

「はい。失礼いたしました。……それでは話を元に戻して私の本当の仕事は何かと言うと、美姫さんに今着てもらっているスーツは美姫さんの身体の状態を常に モニターしてるの。そのデータはリアルタイムで私の手元に送信され続けてるわけなんだけど、どういう状況のときにどんな反応が起きるのかを調べるのが私の 本当の仕事なのよ」

 さっきまでのちょっとおふざけモードから態度を一変させた仁村さんはミニサイズのノートパソコンを取りだすと、そのまま電源を入れた。そして何かの画面 を出すとワタシにそれを見るように促した。

「美姫さんと詩衣那さんが着ているスーツには、ネットワーク機能が付いていてデータを研究所内の無線LANを介して私のこのパソコンに送っているの。もち ろん今使っているこの私のパソコンにも、美姫さんと詩衣那さんが着ているそのスーツにも、機械の妖精に対する悪影響をキャンセルする機能がちゃんと付いて いるから安心して良いわよ」

 ワタシが見た画面は上下二段に分かれており、それぞれワタシと詩衣那さんの身体状況が映し出されていたけど……。難しすぎてちっとも分からない。

「なんだか分からないですけど、分かりました。それにしてもこの小さなスーツにまで機械の悪影響をキャンセルする装置が組みこんであるだなんて驚きまし た。すごい技術ですよね。やっぱり作るのは大変だったでしょう?」

 素直に感心する心が半分、ウェイトレスのバイトで鍛え上げられたお世辞半分というところで、ワタシは『すごいですねぇ〜♪』と、繰り返すのだった。

「まあ、それはその……。後で分かるわよ。このスーツをどうやって作るかということについてはね」

 ワタシの左肩を右手でポンと軽く叩いて、詩衣那さんが言葉を濁す。頭を軽く振っているのは何の意味だろう?

「というわけで仁村君の本当の仕事は、スーツから送られてきた詩衣那君と美姫君の身体データとその瞬間における君達のまわりの環境の変化、より具体的に言 うならパソコンの稼動状況やその他の機械の影響との相関関係を、どんな小さなことでも良いから発見することにある」

 いつもの調子を取り戻したのか、剣持主任の独演モードが開始された。それを見た仁村さんは妖精サイズの椅子を2脚取り出してそっと机の上に置くと、ワタ シと詩衣那さんに座るように促すのだった。ワタシ達は軽く頭を下げるとちょこんと腰をおろした。どっこいしょっと♪

「それにより本来なら妖精に対して悪影響しか与えないはずのパソコンなどの機械が、妖精に対して良い影響を与える為の条件を探しているわけだ。といっても 美姫君には何のことか良く分からないだろうから、これから基本的なことを理解してもらおう。そもそも妖精とはいったい何者だということから始めなければな らないのだが……」

 既に全開モードなのか、徐々にテンションを上げていく剣持主任。

「妖精は“魔法”を使って我々人間が住むこの世界の事情をかなり正確なところまで把握しているのは間違い無い。対して我々人間は妖精界のことを想像するし かないのだが、それでも既に妖精の召喚事件が始まってから7年以上……。召喚された元人間の妖精達からの聞き取り調査により、我々も妖精世界の事情につい てかなりのところまで理解出来ているはずだ。仮に間違いが在ったとしても誤差の範囲内だろう」

 妖精世界の事情。ワタシも知りたいと思っていたことが、今、剣持主任の口から話されようとしている。ワタシは自分の心臓が高鳴るのを感じていた。いった い妖精世界とは、そして妖精とはいったい何なんだろう? 知りたい。ワタシは剣持主任の言葉に全神経を集中させるのだった。

「妖精が人間を召喚するにあたり、夢を通じて通信をして召喚に対する人間の同意を取り付けているということは、美姫君もよく知っているだろう?」

 ワタシに同意を求める剣持主任。確かにそれはそうだ。なんといってもワタシは本物の妖精と話した当事者なんだから。

「ええ、嫌になるぐらいに知っています。名前を教えたら召喚に同意することになるって言っておきながら、ワタシが名前を言わなくても思っただけでそれを読 み取っちゃうなんてズルイですよ。『形の上の同意だけで十分です』なんて言うんですよッ!」

 そもそも妖精になってしまった始まりの状況を思い出して、ちょっと興奮してしまったワタシだった。それにしても思い出すたびに怒りがこみあげてくる。う うう、もしも今度出会うことがあったらどうしてくれよう。ワタシの本来の身体を横取りしてこんな妖精の身体を押し付けたエルフィンめ〜ッ!

「そのことだけからでも魔法というものについて分かることがある。妖精が魔法を使うことが出来るということは疑いようがない事実として、実は人間にも魔法 が使えるのではないか? ということだ。妖精は人間の身体を召喚する場合、その身体の本来の持ち主である人間の意図を無視することは出来ないということ。 すなわち人間には妖精の魔法に対抗するだけの力、言いかえるなら魔力があるということが推測される」

 白衣を着てメガネをかけたいかにも科学者という感じの剣持主任の口から、魔法だの魔力だのという言葉が次々と出てくることに対して、ちょっと違和感を覚 えながらも、ワタシはふんふんとうなずくのだった。なるほどね。

「しかしいくら力があってもその使い方を知らなければ宝の持ちぐされだ。とりあえず人間にも魔法が使えるかもしれないというだけのことでしかない。だが、 もう少しよく考えてみると、はたして人間と妖精はどこが違うのか? もしも人間にも魔法が使えるのなら、なぜ妖精は次元の壁を超えて人間の身体を召喚でき るだけの魔力を持っているのに人間には初歩的な魔法を使える者すらいないのか? 本当に人間が魔法の使い方を知らないから使えないだけなのか? という疑 問も出てくる」

 そこまで言うと、剣持主任は仁村さんに目で合図した。仁村さんは剣持主任の合図を受け取るとうなずき返した。そして手元のパソコンを操作して、ある画像 をプロジェクターで投影し、ミッションルームにあるスクリーンに映し出したのだった。何? この画像は?

「妖精と人間は身体の大きさこそ違っても、不思議なことに縮尺はまったく同じだ。少なくとも哺乳類において小さな生き物ほど体温を維持する為に身体は丸く なり手足は短くなる傾向がある。なのに妖精の場合は単純に人間を縮小しただけだ。妖精が自然の進化の果てに生まれた種族ではない可能性がここにある。まず はスクリーンを見て欲しい。右と左に写っているのは羽をしまった妖精と人間だ。見た目のサイズを同じにしてあるわけだが、美姫君。君はこの映像のどちらが 妖精でどちらが人間かわかるかね?」

 映し出されていたふたりの人物(?)は、どちらも平均的な日本人の女の子に見えた。このうちのひとりが妖精で、もうひとりが人間? う〜ん、どっちだろ う。

「右、ですか? なんとなく子供っぽい顔つきをしているような気がするし……」

 妖精はたいていの場合、年齢よりも若く見られることが多いから、ちょっと幼い感じの女の子のほうを選んでみた。胸も小さいし、こっちの娘が妖精だろう。 うんうん、きっとそうに違いない。

「残念、はずれだ。妖精は左側、右側が人間だ。妖精の美姫君にも分からないとはね」

 してやったりという口調の剣持主任。もうッ! 剣持主任ったら楽しまないでくださいッ!!

「私も初めてこの写真を見た時は、どっちが妖精でどっちが人間かということなんかちっとも分からなかったわ」

 ポツリとそう口にする詩衣那さん。そうか、妖精を6年もやっている詩衣那さんでも分からないんじゃ、ワタシに分かるわけないよね。ワタシは剣持主任に対 して膨らませたほっぺたを元にもどしたのだった。

「というわけでその大きさの違いを別にすれば、妖精と人間には外見上の違いは見当たらないということになる。まあ美姫君みたいにナチュラルで青い髪をして いたりと人間とは違う部分も探せばあるが、色を染めてしまえば分からなくなる程度の違いでしかない」

 たしかにそうかも。ワタシは自分の青色をした髪の毛をそっと触ってみた。スーツの手袋越しにも関わらず、気持ち良いぐらいにさらさらとしたその感触が感 じられるようだ。そういえば横に座っている詩衣那さんはストレートの長い黒髪だ。大きさの違いを除けば、羽さえ出していなければまったく人間との外見上の 違いは見つからない。

「青色の目まではともかく、青い髪なんて人間じゃありえないですからね」

 まあ青い髪の毛も悪くはないけどねと思いながら、ワタシは剣持主任の意見に同意した。剣持主任はそれに対してひとつうなずき、言葉を続けた。

「まあそうだな。それに髪の毛の色が違ったからといって、魔法が使えるようになるとも思えない。魔法が使えるか使えないかということに関係しそうな違い。 それは身体の内部構造の違いにあると思う。仁村君、スライドを切り替えてくれ」

 剣持主任に指示を受けて仁村さんが映し出したその写真。それは……。

「機械の影響をキャンセルする装置の開発によって、妖精のCTスキャン画像を撮ることが可能になった。これは詩衣那君の脳を縦に輪切りにした画像だ。見て の通り、脳の内部が異次元空間に繋がっているとか、小さな身体に合わせて集積回路化されているとか、そんなことは無い。注意深く見ないと、まったく普通の 人間の脳のCTスキャン画像と見分けがつかないだろう」

 妙な言いまわしをする剣持主任。それにしてもこれが詩衣那さんの脳みそ。う〜ん。色がついてたら気持ち悪いだろうなあ。

「注意深く見ないと……。ということは、妖精の脳は人間とは違う部分が有るっていうことですね。どこが違うんですか?」

 どうせ医学的な知識なんか無いから注意深く見てもワタシに分かるわけがない。ワタシは考える前に質問していた。これが野菜の種類の違いとかなら分かるか もしれないけど。

「脳梁(のうりょう)の太さだ」

 これぞ決め台詞というつもりなのだろが、剣持主任が言った言葉の意味が分からない。【のうりょう】って何?

「人間、そして妖精の脳も右脳と左脳のふたつの半球に分かれている。簡単に言えば右脳は感情を左脳は論理を司り、それぞれが分かれて活動しているのだが、 そのふたつの脳を連携させるための組織が脳梁だ。左右それぞれの脳半球は脳梁によって繋がれてデータの交換を行っているわけだ。その脳梁の太さが人間と妖 精では違うわけだ。もちろん実際の太さは身体の大きな人間の脳梁のほうが太いから、同じ体格だと仮定してみた場合は太いという意味だがね」

 よく分からないけど、ここが大事なところなんだろう。ワタシは黙って剣持主任の話を聞き続けた。それにしても妖精と人間に、その大きさ以外の明確な違い があっただなんて……。

「仁村君、比較用の画像を映してくれ」

 説明をするために必要なのだろう。もう1枚のCTスキャン画像が、詩衣那さんの脳のCTスキャン画像の横に追加された。手際が良いね。

「向かって左が先ほどから映しだされていた詩衣那君の脳の画像で、右側が平均的な人間の女性の脳のCTスキャン画像だ。この部分を注意して見て欲しい。こ こが脳梁だ。ここを通じて右脳と左脳は情報を交換しているわけだが……。仁村君、脳梁部分を着色してくれ」

 すると先ほど剣持主任が、ここが脳梁だと説明した部分だけに色がついた。妖精の詩衣那さんのほうは赤色、そして人間の女性のものだと説明されたほうは青 色だ。なるほど、ここが脳梁。色がついてはじめて場所が良く分かったよ。

「このままでも分かるが、より実感する為に2枚の画像を重ねてみよう」

 そして仁村さんの操作にしたがって2枚のCTスキャン画像が重ねられた。おおッ! なるほど。

「ひとめで分かると思うが、詩衣那君の脳梁のほうが、平均的な人間の女性の脳梁にくらべておおよそ2倍の太さを持ってることが分かるだろう。人間と妖精の 肉体的な違いは、この部分にこそ有ると思う」

 バンッ! と、スライドが映されている壁を叩く剣持主任。まるでそれが合図だったかのように、スライドの映写はそれで終わった。

「で、妖精は人間にくらべて『のうりょう』っていうのが太いというのは分かりましたけど、それが魔法とどういった関係があるんですか?」

 黙っていても説明されることは分かっていたけど、つい聞いてしまう。やっぱり魔法とか聞くとわくわくするよね。

「完全に関係があるということは分からない。しかし想像は出来る。人間の場合、男性の脳梁よりも女性の脳梁のほうが平均して約1.3倍は太いのだが、それ により女性は左右の脳半球の連絡が密になり、男性よりも効率的に脳全体を使うことが出来るとされている。その脳梁が妖精の場合は人間よりも比率的に見てお よそ2倍の太さということなら、妖精は男女ともに人間よりも脳の両半球をより効率的に使うことが出来ると考えてもおかしくはないだろう。ところで、妖精は 慣れてくれば別だが、最初の頃は色々とイメージを思い浮かべながら羽を出し入れするそうだね?」

 質問をしながらハンカチを出して、メガネの曇りを拭く剣持主任。

「ええ、そうです。ワタシの場合は、満月の光に吸い込まれるようにして浮かび上がるイメージで羽を出して、水の中に潜って身体を丸めるようなイメージで羽 をしまうんですよ」

 最近はもう無意識のうちに羽を出したりしまったりすることが出来るようになっているワタシだけど、妖精になってすぐにTデパートの妖精の店員さん、大島 眞利菜さんに教えられた方法を思い出して答えるのだった。

「そのイメージって、大島さんって方のやり方でしょ?」

 詩衣那さんが話に割り込んできて、ワタシに確認をする。何だか笑っているのはなぜ?

「詩衣那さんも大島さんを知っているんですか? ああ、妖精の服や日用品を買おうと思ったら大島さんのところに行かないといけないですもんね。それとも妖 精の集会で会ったんですか? でも、集会の場所では詩衣那さんに会わなかったような……」

 驚いた声を上げたワタシだったが、すぐに詩衣那さんと大島さんが知りあいだったとしてもおかしくはないということに気がついた。妖精の人口はまだまだ少 ないからね。

「このまえの妖精の集会ことなら、私も出席していたわよ。美姫さんにもちゃんと会っていたんだけど覚えてないの? ふふ、まあ覚えてないでしょうね。あれ だけ酔っぱらっていたんじゃ……」 

 え!? もしかして酔っぱらって裸になってしまったあの時のワタシに会っていたというの!? 凍りついてしまうワタシだった。

「み、見たんですか……?」

 裸を見られたということはいい。既に今日だけでもお風呂に着替えにと散々裸を見られたり触られたりしているから、それについてはもうどうでも良い。問題 は、ワタシ自身ですら記憶が残っていない酔っぱらっていた時のことを見られたというのが恥ずかしいのだ。いったい、あの時のワタシは何をしていたのだろ う?

「もちろん♪ なんだったら詳しく教えてさしあげましょうか?」

 今日見た中では最高の笑顔を浮かべる詩衣那さん。花が、花が飛んでるよぉ〜。

「い、いいです。話さなくてもいいですからッ!」

 慌てて詩衣那さんに向かって両手のひらを広げた手を差し出して、発言をストップさせようとするワタシ。あせりまくりです。

「あら、そう。聞きたいんじゃないかと思ったんだけど。まあいいわ。じゃあこれはまた別な機会にでも♪」

 さらに笑顔をグレードアップさせる詩衣那さん。

「私もちょっとだけ聞いてみたいわね。酔った時には精神の抑圧が外れるから本心が出てくるものなのよね。きっと美姫さんの心理データの補強の参考になるか も知れないわ。剣持主任、いかがですか?」

 仁村さんまで……。カンベンしてください。もうお酒は飲みませんからぁ〜。

「別な機会なんてありませんッ! ありませんよね? 剣持主任」

 剣持主任が口を開こうとする前に、先を制して剣持主任に確認というか、無理やりの同意を取り付けようとするワタシ。もう必死です。だって絶対に恥ずかし い状況だったっていうことは分かりきってるんだもん。

「美姫君が機嫌を損ねてしまうのもなんだから、詩衣那君も仁村君もそこまでにしておきなさい。まあ、美姫君が自分から聞きたくなったというなら、そのとき にでも聞かせてもらおうか」

 そうは言うものの、実際には興味深そうな顔をしている剣持主任。だ〜か〜ら〜ッ!

「そんな気になんかなりませんッ! それよりも妖精が色々とイメージを思い浮かべながら羽を出し入れすることと、魔法がどんな関係があるのか早く説明して ください。詩衣那さんも話を横道に逸らすようなことを言わないでくださいよ」

 もう、強引に話の内容をもとに戻すしか無いと判断したワタシだった。さあさあ、さっさと話を進めましょうッ!!

「そうそう、それだ。妖精が羽を出すときにイメージの力を借りるということは、魔法の発動にはイメージの力が関係してくるのだろうと推測しても間違いでは ないはずだ。いかに適切なイメージをどう強くリアルに想い浮かべることが出来るかということが、魔法の発動には重要なことなんじゃないかと、私はそう判断 しているわけだ」

 手をポンと打つと、剣持主任はようやく話を元に戻したのだった。それにしても魔法の発動にイメージが重要だって言っても、確かワタシの時は……。

「でも、ワタシが最初に羽を出した時は、そんなイメージを思い浮かべるなんて関係無かったですよ。寝ぼけた弟に2段ベッドの上からはたき落とされて、とっ さに羽が出ちゃったんですよ。もう無意識に」

 妖精に召喚されたその日のことを思い出しながら、ワタシは首をかしげた。どう考えてもあの時は羽を出すために必要なイメージを思い浮かべるなんてことは 関係無かったと思う。

「それこそが美姫君の魔法の力が他の妖精と比べても段違いに強いことを示す証拠だと思う。ちょっとしたルートから、召喚されて妖精になった人達がどのよう にしてその羽を出すことが出来たかというアンケート結果を見せてもらったのだが、美姫君のように召喚された直後に羽を出すことが出来たというようなケース は確認されていない。もちろん単なる偶然だった可能性もなきにしもあらずだが、私は違うと思う。美姫君のような鳥の羽をした妖精は他の妖精に比べて魔法力 が強いのではないかというデータも出てきているのだ。まあ、その中でも美姫君はさらに特別らしいんだがね」

 また仁村さんに身振りで指示を出すと、剣持主任は新たなスライドが映しだされるのを待ったのだった。今度は何が出てくるんだろう。……ええと、これはな んのグラフなのかな? 偏差値の棒グラフみたいだけど……。

「まずは第1のグラフを見てもらおうか。これは召喚後どれだけの時間が経過してから羽を出すことが出来るようになったのかというアンケート結果だが、母集 団は妖精すべてとなっている。対して、第2のグラフでは妖精の7割を占めるトンボのような羽を代表とする昆虫の羽を持った妖精を母集団としたもの。そして 第3のグラフは妖精の2割を占めるコウモリ羽の妖精を母集団としたもの。最後に妖精の1割を占める美姫君のような鳥の羽を持った妖精を母集団としたグラフ だ。この4種類のグラフを見て何か気がつかないかね?」

 気がつくも何も、見ただけで違いはハッキリしているのが分かってしまった。まさかこんなことって……。

「羽を出すことが出来るようになるまでの時間に差がありますね。昆虫の羽をした妖精が一番遅くまで時間がかかって、逆に鳥の羽を持った妖精が一番短い。コ ウモリの羽を持った妖精はその中間のように見えます」

 妖精の羽の種類と、羽を出すまでの時間の長さに関連性があるだなんて今まで考えてもいなかったから、こんなデータを見せられたワタシは何かこう妖精の秘 密の一端を知ったような気分になってきた。

「より正確に言えば、鳥の羽をした妖精が召喚されてから羽を出すことが出来るようになった時間の平均値を1とすると、コウモリ羽の妖精の場合は2、そして 昆虫の羽の妖精の場合は4の時間がかかっているのだよ。ここから私達は、妖精の魔法力の強さは、鳥の羽をした妖精がもっとも強く、次にコウモリ羽の妖精が 続き、そして昆虫羽の妖精が最後となると仮定した。もちろんこれは仮定であって事実であると確認されたわけではない。しかしそれを側面から裏付ける調査 データも無いことはない。実は妖精に召喚される際に残された人間と妖精の会話記録を分析した結果、本来の妖精世界の社会においては、羽の種類は妖精の身分 を表すものらしいという結論になっているんだな。これが。」

 本来の妖精には身分の差がッ!? それっていったいどういうことなんだろう。ワタシは未知の事実を次々と知らされて、身体が小刻みに震えて興奮してくる のを抑えられなかった。

「そんなことまで分かってるんですか!?」

 思わずワタシは聞き返してしまった。ワタシ達が住んでいるこの人間世界の妖精達は建前上は平等であるのだが、現実には羽の種類によって妖精差別が行われ ていることを知っている。だからこそ、本来の妖精の社会では妖精達は平等な社会を実現していて欲しかったというか、きっと平等な社会を築いているだろうと 思っていたのに……。

「ひとりひとりが聞いた話は極めて断片化されたそれだけでは意味が分からない情報だったとしても、それが2万人以上ものデータとして集積されたら……、か なり正確な推測が成り立つんだよ。間違い無い。妖精の社会は基本的に歴然とした階層が存在する身分性社会だ」

 推測であると言いながら、断言する剣持主任。

「まずそのことを説明する前に、もう一度、妖精の脳梁が太いということを考えてみよう。人間の場合は、男性よりも女性のほうがその脳梁が太いわけなんだ が、これが男性よりも女性の方が言語からイメージを膨らませることが得意な理由となっている。左脳は言語と論理を司り、右脳はイメージと感情を司る。男性 の場合は左右の脳半球を連結する脳梁が細いので、論理と感情は比較的分離されて処理される。しかし女性の場合は脳梁が太く、左右の脳半球間のデータのやり 取りが男性よりも活発な為、言語とイメージ、論理と感情が渾然一体となっているわけだ」

 一気に喋ってのどが渇いたのか、剣持主任はいったん話をストップすると、テーブルの上に置かれたお茶の入ったペットボトルに手を伸ばして口をつける。ワ タシは果たしてこの話はいったいどこに向かっているのか手に汗を握っているが、その横では詩衣那さんが椅子に座ったままあくびをしている。どうやら詩衣那 さんはこの話を既に聞いたことがあるのかもしれない。それにしても、こうも身体に密着した服だと足を開いて座るとすぐに分かっちゃうから大変だ。フリフリ の長いスカートだとその中で足を多少開いていても分からないのに、このスーツだと足をピッタリとくっつけていないとみっともないんだもん。

「そして人間に比べて妖精はさらに脳梁の太さが太い。美姫君や詩衣那君、特に脳梁が細い人間の男性から脳梁が太い妖精の女性になった美姫君は、感じている んじゃないかな? 以前の自分に比べて感情を論理で押さえ込もうとすることがなくなりとても素直になったということを。うれしい時には素直にうれしがった り、悲しい時には素直に泣いたりというようなことが多くなっていないか? 妖精になって身体が小さくなったことが精神の子供化を招いていると思っている妖 精が大半だが、そんな単純なことじゃない。脳梁が人間よりもはるかに太いという妖精の肉体的な特徴にその原因があるというわけだ」

 妖精は感情に素直だというのはワタシも体験的に分かっていたけど、それに明確な理由があったとは知らなかった。でも、素直じゃない妖精もいるかもねと、 ワタシは海斗の顔を思い浮かべた。……う〜ッ! なんであいつの顔を思い浮かべなくちゃならないのッ!? ワタシは自分の頭を叩くのだった。

「ん? 美姫君はなんで自分の頭を叩いているのかな?」

 ワタシの様子を気にする剣持主任。あうう〜。

「いえ、何でもありませんから気にしないで話を続けてください」

 説明する気になんかなれないワタシは、その自分の感情に素直に従うことにした。だって妖精って自分の感情に素直なんだもんね。

「まあ、いいか。では話を戻してまとめてみよう。まず、妖精が羽を出し入れするにはイメージの力を借りることからして、魔法の発動にはイメージが大事だと いうことが分かる。そして人間の男女の脳の違いから分かるのは、言語とイメージ、論理と感情を一体のものとして処理する為には脳梁が太い方が有利であ るということ。そして妖精の脳梁は人間に比べて男女それぞれが約2倍の太さを持っている」

 一息ついた剣持主任は、今の言葉がワタシの頭に理解されるのを待つかのように、じっとワタシの顔を見つめるのだった。うん、とりあえずここまでは分か る。

「そこまでは分かりますけど、だからどうなるんですか?」

 ワタシとしては早く話の続きを聞きたいので、ちょっといらつきながら返事を返す。むう〜ッ!

「つまり魔法も肉体的な素養に左右されるということだ。まったくの仮説でしか無いが、おそらく詳しく調べてみれば妖精の中でも美姫君のように鳥羽の妖精の 脳梁が一番太くて、次にコウモリ羽の妖精。そして最後が昆虫羽の妖精が続くと思う」

なるほど、そうなのか。しかし妖精の脳を比較するって……。

「解剖はヤですからね。まだ死にたくないですし」

 ひとこと釘をさしておくワタシ。

「じゃあ死なない解剖ってことで、服を脱がすっていう意味の解剖ならしても良いのかしら? ね、美姫さん?」

 ススッと手が伸びる詩衣那さん。なんでワタシの胸に触ろうとしているんですかッ!?

「そっちの解剖もダメです。もう、ふざけないでください」

 またしても話が脱線しちゃったね。と思いながら、ワタシは詩衣那さんの手から逃れるべく安全地帯へと、つまりは仁村さんの胸元にまで逃げ込んだのだっ た。

「かわいい……。なんだか最近、詩衣那さんばかり見ているから、美姫さんのように素直な反応って新鮮だわ。詩衣那さんってば、もう6年も妖精をやっている 割に素直じゃないんですもの」

 仕事中だというのに、仁村さんまでがこの反応……。まあいいですけど。それにしても詩衣那さんの評価って……。

「これが私的には自分に素直な反応なんです。元の性格が歪んでいるんですから、自分の感情に素直になれば、歪みが増幅されるのは当たり前です」

 赤いスーツに包まれた身体を直立させ、それなりな胸をツンと突き出して開き直る詩衣那さん。すごい、そんな屁理屈、初めて聞いた。

「詩衣那君にとっては既に知っている話で、聞いていてもつまらないということは分かっているが、だからといって話の腰を折らないでくれないか? せっかく いい気分で話しているんだから」

 いい気分って、剣持主任、そんなつもりだったんですか? やっぱり魔法の研究をしようだなんて連中には、まともな人なんて居ないんだろうか……。とりあ えずワタシは仁村さんの胸元で小さくため息をつくと、ちょっとしたあきらめの気持ちとともにテーブルの中央に歩いていくのだった。よっこらしょと、隣に詩 衣那さんが居るけどちゃんとした椅子に座っていたほうが楽なのは間違いないしね。

「すみません、じゃあ、続きをお願いします。でも、出来たらなるべく短くなりませんか? 長くなると退屈した詩衣那さんに遊ばれそうだし……」

 なんだかもうどうでも良いような気もしてきたけど、とりあえず話を聞かないことにはいつまで経っても次の段階に行きそうにない。ワタシは剣持主任に話の 先を促した。

「そうだな……。まあしかたがないか。では話を戻して、魔法の発動にはイメージが大事であるのだが、それを肉体的に見れば脳梁の太さが関係してくる。とい うことは魔法の能力が強い弱いということも肉体に左右されるから、遺伝により魔法の強い家系と弱い家系が出てくるということがわかる。つまりここに本来の 妖精の社会に身分制が生まれてくる理由がある。しかもそれは人間の身分制よりも強固だ。何しろ人間の場合は身分の違い、血筋の違いと言っても、圧倒的な能 力差というものは無いものなのだが、妖精の場合は魔法の力の強さという圧倒的な差となってあらわれて来るんだよ。身分制が確立し維持される理由があるとい うわけだ。まったく嘆かわしいことにね」

 剣持主任はちょっと悲しそうに頭を振った。言葉どおりに受け止めれば、身分制のある事を嘆いているような……。

「魔法はイメージの力で発動される。そのイメージの力は脳の出来で決まるから、妖精の魔法の強さには遺伝からくる差があって、だから妖精の社会では血筋に よる身分制が自然な形になってしまうと、そういうことですね。まあ理屈としては納得できなくも無いですけど……。ホントなんですか? その話」

 初めて聞いた話をはいそうですかと全面的に信じるわけにも行かないので、とりあえず反論してみるワタシ。ちょっと意地悪かな?

「本当だとも。妖精は召喚にあたって魔法についての情報はほとんど教えてくれない。いや、中には教えてもらった人もいるんだろうが、固く口止めされている ような感じがするという調査結果がある。そのように情報が少ないにもかかわらず、断片情報を組み合わせると、やっぱり妖精には魔法力の強い王族や貴族と、 その次に魔法力の強い武士階級、そして魔法力の弱い平民たちがいるということまでも分かっている。ちゃんと裏づけは取れているんだ」

 うーん、妖精の魔法もすごいけど、ちょっとした情報だけでそこまで分かっちゃう科学的手法もたいしたものかもね。ワタシは思わず感心してうなずくのだっ た。

「で、ワタシのような鳥の羽をした妖精が王族や貴族で、コウモリ羽の妖精が武士階級で、トンボのような昆虫の羽の妖精が平民……、なんですか?」

 先ほど聞いた、妖精の羽の種類の違いと魔法力の強さの関係の話を思い出しながらワタシは剣持主任に尋ねた。でも人間世界にいる妖精であるワタシ達にして みたら最も空想上の妖精の姿に近いトンボ羽の妖精、しかも女の子の妖精が、鳥の羽をした妖精よりもかわいがられるんだよね。まあワタシみたいな天使のよう な白い鳥の羽をした妖精は鳥の羽をした妖精にしては受けがいいんだけど。

「でも言っておくけど、昆虫の羽をした妖精の中でも、私みたいな蝶の羽をした妖精はちょっと特別なんだからね」

 私のほうが偉いのよッ! とでも言わんばかりの言い方をする詩衣那さん。もう、誰も詩衣那さんのほうが【偉そう】だってことに文句をつける人はいません よぉ〜。ワタシは心の中で突っ込むのだった。

「……美姫さん。今、微妙に失礼なこと考えてたでしょ?」 
 
 だからどうして分かっちゃうの? ワタシを見る詩衣那さんの目が妖しく光っている。笑顔なのに何だかこわい。

「考えてません。どうみても詩衣那さんのほうが【偉そう】だなんて考えてませんからッ!」

 ワタシは慌てて否定した。全力をもって否定した。……ぼろがでる程に。

「お約束な展開ありがと♪」

 あッ! と、口を抑えるワタシを見て、剣持主任も仁村さんも苦笑している。

「でも、どうしてッ!? やっぱり顔に出ちゃったんですか?」

 妖精って自分の感情に素直だから、内心の感情を顔に出さないでおくことが難しいのだ。いわゆるポーカーフェイスって妖精にはほとんど不可能に近いものが あるんだよね。まあ、個人差はあるみたいだけど。 

「違うわよ。そこまで顔に出てたなんてことはないわ。蝶羽の妖精は、同じ昆虫羽の妖精と比べても特徴があるの。広い意味での精神的な指導者階級、具体的に 言うなら僧侶や巫女とか、あるいは芸術家とか、もしかすると予言者とかいう感じの階級に属しているらしいのよね。本来の妖精の社会では」

 紫色をした蝶の羽をパタパタと動かす詩衣那さん。まあそう言われてみれば紫色の羽というのは、神秘的に見えなくもないけど……。

「でも、それと、ワタシの考えが分かっちゃうのが、どう関係するんですか?」

 詩衣那さんをはじめ、剣持主任や仁村さんも含めて、ぐるりとワタシを取り囲む顔を見まわして疑問を口にしてみる。ホント、どうして分かっちゃうんだろ う?

「妖精の魔法を強化する機械の開発は、まだ完成していない。しかし開発の過程では当然に詩衣那君にも協力してもらっているわけなんだが、その際、詩衣那君 の魔法力がわずかながら開花されたようなんだ。そうだな……、いわゆる遠見の術というか、千里眼とでも言えばいいのか、あるいはまた読心術とでも言えば良 いのかな? そんな能力なんだよ」

 眼鏡をキラリと光らせて解説をする剣持主任。

 「どう? すごいでしょ?」

 威張りまくる詩衣那さん。椅子に座ったまま反り返っちゃってますけど、大丈夫? ひっくりかえらないでよ。

「今の段階では、時たまチラリと見えたり分かったりするとか、夢の中で見えたりする程度でしかないということだけどね♪」

 ころころと笑いながら茶化す仁村さん。この分では相当普段は吹いているのかな? 詩衣那さんは……。

「あ〜、仁村さんったらやっぱりまだ信じてないんだ。失礼しちゃうわね。ちゃんとホントに見えるんだから。今だって美姫さんの心の中を当てたじゃない。 ねっ、美姫さん?」

 さっきチラリと見せた神秘的な雰囲気はどこへやら、妖精らしい素直な感情を爆発させる詩衣那さん。ほっぺた膨らみっぱなし。

「そうですね。確かにさっきは詩衣那さんのことを【偉そう】だとは思ったんですけど……。ああッ! ごめんなさい」

 詩衣那さんに怒られる前に先に誤っておく奥ゆかしいワタシ。顔も真っ赤になっちゃってます。

「でしょ? ほら、当たったじゃない。ね、仁村さん?」

 親指を立てた右手を仁村さんに向けて突き出す詩衣那さん。赤いスーツとあいまって、とってもタカビー。

「う〜ん、でもそれは魔法なんか無くても普通に考えれば誰でも分かることだから……。第一、美姫さんがそう考えてるということは表情とかしぐさを見ていた ら私でも分かったことなんですもの。それに詩衣那さんの身体反応をモニターしている限りでは、通常と比べて大きく違う反応は何も出なかったのよ」

 反論をする仁村さん。へえ、ワタシ達の反応をずっとモニターしているのが仁村さんの本当の仕事だって言っていたけど、そういうことを調べていたんだ。

「……あの、そんなにワタシの心の中って読みやすいんですか? まあ、自覚していなくはないんですけど」

 うう、やだなあ。と、思いつつ、仁村さんに質問する。顔に縦線入ってるかも。

「まあ、美姫君の反応が分かりやすいのは確かだな。感情がストレートに表面に出てくるんだろう。おそらくそれは、鳥の羽をした妖精が魔法力の強い原因であ る脳梁の太さによるものかもしれない。しかし、だからといって詩衣那君の主張がとるに足りないものだとは言えないぞ。詩衣那君には何かを読み取る力がある 可能性は否定出来ない。実際に妖精召喚者からのアンケート結果によると、確かに本来の蝶羽の妖精には宗教的な聖職者が多いらしいという結果も出ているから な」

 ゆっくりとした口調で静かに語る剣持主任。どうやら仁村さんは仕事の役割上もあるんだろうけど、詩衣那さんの『力』に疑いを持っているらしい。それに対 して剣持主任は、詩衣那さんの『力』の存在を信じているらしい。確信を持っているわけでは無いようだけど。う〜ん、どうなんだろうね?

「で、結局、なんの話でしたっけ……?」

 話が脱線しまくりなのを、軌道修正するために、あえてボケてみる。というか、本気で何を話していたのか忘れそう。

「だから、妖精の魔法はイメージによるということで、そのイメージは脳梁という肉体的なものに左右されるから、当然に魔法の能力は肉体、つまりは遺伝子に よって左右される。というわけで魔法が社会の中で重要な役割を持っている本来の妖精社会では魔法が強い家系が王族や貴族となっているわけで、それが美姫 君、君というわけなんだよッ!」

 分かってなかったのか? と言いたげな勢いでまくし立てる剣持主任。こぶしを握り締め、息を切らしてます。

「だ、だから……。どういうことなんでしょう?」

 少したじろいで、ついつい後ろに後退してしまうワタシ。まあ、後退するのは後ろに決まっているんだけど。

「うむ、まあなんだ。この研究所では既に妖精に対するパソコンなどといった機械からの悪影響をキャンセルする装置の開発に成功し、もうまもなく市販される ところまで来ているわけなんだが、第2段階のところでちょっと行き詰まっているんだよ」

 一転してトーンダウンする剣持主任。あらら、元気出してください。

「それが、妖精の魔法を機械的に強化するということですか?」

 前に剣持主任から聞いた話を思い出して、ワタシは聞いてみた。うーん、それにしても機械の悪影響をキャンセルするにしても、妖精の魔法を強化するにして も、いったい原理はどうなっているんだろう?

「そうそう、それだ。とりあえず現在のネックは、妖精の魔法を強化するにしても元々の妖精の魔法力が弱いと、強化するにしても難しすぎるという点に尽きる んだよ。だからこそ、妖精の中でも最も魔法力が強いだろうというように推察される美姫君に手伝ってもらいたかったんだ。大丈夫、美姫君が協力してくれたな らきっと上手くいく。何しろ白い鳥の羽をした妖精は、妖精世界でも最高ランクの魔法力を持つ妖精ということが分かっているんだ。間違い無いッ!」

 落ち込んだり元気になったりと忙しい人だな。剣持主任って。一流の研究者って少年の心を持ち続けているって言うけど、もしかしてこういうことなのかな?  う〜ん、分からない。

「は、はあ。そうなんですか。でもどうやって魔法力を機械的に強化するんですか? そこがちょっと不思議なんですけど」

 ワタシはやや前かがみになって生返事をした。少々疲れるかも。

「うむ、今から説明をしてあげたいのはやまやまなんだが、もう時間が無い。そろそろシステムの起動準備が整った頃だ。というわけで美姫君。妖精の魔法の原 理と美姫君の魔法力が強いだろうというところまでは説明したわけだが、この続きは妖精の魔法力を強化する機械を見ながら説明することにしよう。現物を見な がらのほうが理解しやすいはずだからな」

 そしてワタシ達はミッションルームを後にしたのだった。いよいよ、魔法の世界への扉が開くッ!! ……のかな?

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第5章 起動ッ! 魔法力増強装置


「これが、妖精の魔法を機械的に強化する装置……」

 大きな白いドーム状の部屋に連れてこられたワタシは、広い部屋の中央に置かれたそれを見てつぶやいた。遠くからだからハッキリとはしないけど、これって どう見ても単なるデスクトップコンピューターの本体にしか見えないんですけど? もっともその数は12台もある。12台のパソコンが円周状にぐるりと設置 され、その円の中心部分には、妖精サイズの椅子がひとつ置いてある。それから12台のコンピューターからはうねうねと伸びたコードによって相互に接続され ているが、そのコードは束となりドーム状の部屋の端にある制御室(?)へと続いていた。

「コンピューター等のネット機器は妖精に悪影響を与えることがよく知られているが、召喚時の妖精の説明にしたがって正確に表現すると、妖精は魔法によりそ の存在を許されている。しかしコンピューターは魔法に対して障害を与えるから、妖精はコンピューターにより生死を左右されるほどの影響を受ける。というこ となんだが、美姫君はそれが何のことだか理解出来るかな?」

 いきなり長文で説明をする剣持主任。ふざけたところがどこにもない真面目すぎる顔が、どこか怖いような気もする。

「ワタシも妖精に召喚されるときに聞いた話ですから、だいたいのことは分かるんですけど、『妖精は魔法によりその存在を許されている』ってところが何のこ とだか分からないです」

 部屋の中央の装置に向かって歩いている剣持主任の後を、ワタシは飛んで追いかける。ちなみに詩衣那さんと仁村さんもゆっくりとワタシの後をついてきてい る。

「さっきも話したが、妖精と人間はそのサイズこそ違っているが体形はまったく同じだ。身体の大きさが一回り違うというぐらいなら納得出来るのだが、妖精は 人間のおよそ6分の1サイズでしかない。これは普通では考えられない。生物学的にありえないと断言する学者もいるぐらいだ」

 装置の前までやって来ると、くるりと振り返る剣持主任。もうッ! 急に止まられるとぶつかりそうになっちゃうよ。

「私も生物学は専門外なのだが、おそらくそのありえない部分を補っているのが魔法なんだろう。妖精は羽を出して空を飛ぶ魔法しか使えないというのが世間の 常識だが、実は妖精がそのサイズでちゃんと生きていること自体が魔法なんだよ」

 白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、剣持主任は目をつぶると顔を天井に向けた。何かを考えているみたい。

「もともと妖精は自然な進化の果てにはありえない生物なんだ。おそらく妖精世界の地球。私たちはそれをSFに出てくるパラレルワールドのようなものと理解 しているのだが、妖精界にも元々は人間が住んでいたらしい。美姫君も聞いたはずだ。妖精世界においては人間は伝説の存在であるという話を」

 目をつむったまま天井を見上げていた剣持主任は、ゆっくりと私の方に顔を向けると、これまたゆっくりと目を開いた。なんだか話しづらそうなことを話そう としているような……。

「ええ、それは聞きましたけど、何か分かってるんですか?」

 ワタシは人間が伝説の存在であるという妖精の言葉の意味をそう深くは考えていなかったので、軽く聞いてみた。

「本来の妖精界の妖精は、その世界の人間によって遺伝子改造されて作り出された生き物らしいんだな。これが……」

 剣持主任の声は重かった。

「人造人間っていうか、人造妖精ってわけですね。まあ、なんとなくそうじゃないかな? とは思ってましたけど」

 こう見えてもワタシだって現代日本の高校生なのだ。最新の生物学までは分からなくても進化論だとかの基本は知っているつもりだ。妖精は、パラレルワール ドの人間に遺伝子操作の末に創られた存在なのか、それとも何か分からない存在により魔法で生み出されたのかは知らないが、自然に進化した存在ではないだろ うことだけはなんとなく分かっていたつもりだ。

「あまりショックを受けてはいないようだね?」

 意外という顔をする剣持主任。

「もしもワタシが生まれたときからの妖精だったなら、ショックを受けたかもしれませんね」

 今のワタシは妖精少女で、それに慣れきっちゃっているようなところがあるけど、やっぱり本物の自分自身は普通の人間の男子であるという意識がどこかにあ る。妖精少女とは仮の姿という意識だから、その仮の姿である妖精が自然の存在では無いとしてもショックを受けるということにはならないのだろう。う〜ん、 もしかしてワタシって哲学的?

「美姫さんの意識としては、まだ本当の自分は人間のままってことなの?」

 追いついてきた詩衣那さんが会話に加わってきた。ふ〜む、ということは詩衣那さんの意識の上ではもう、自分は人間であるというよりも妖精であるという意 識のほうが強いってことなのかな。まあ確かに6年も妖精をやってればそうなるのかもしれないね。それにワタシと違って人間だった頃から女の子だったからそ の点でも違和感は無かっただろうし……。

「ええ、まあ、そんなものですね。妖精であることと女の子であることに慣れてはきましたけど、やっぱり本来の自分は人間の男の子であるっていう気持ちはな くならないですよ」

 空中での会話は背丈の高さよりも、飛行高度の高さが視線の位置となるから、詩衣那さんよりも背が低いワタシだけど今の視線はワタシのほうが若干高い。そ の視線の高さも自分が元々は男だったということを思い出させてくれるのかもしれない。……なんてね。

「ふーん、そんなものなのかしら。私なんか人間であること。というよりも加賀家の人間であることに嫌気がさしていた頃に召喚されたから、『妖精である自分 が本当の自分だったんだッ!』って感覚のほうが強かったのよ。だから今じゃもう『心の底から自分は妖精なんだッ!』って言いきれるわよ。まあ、別に強く主 張なんかしなくても周りの人達はそう見てくれるけどね」

 やっぱり詩衣那さんの感覚は、ワタシとはちょっと違うみたい。どうなんだろう。ワタシもあと6年もしたらそんな感覚になっちゃうのかな? どうも想像で きないんだけど。

「美姫君がそんなにショックを受けていないというならそれはそれで良いんだが……。まあとにかく妖精は、なんらかの形で人造的に作られた生き物であるとい うこと。そしてその生命活動を維持する為には生化学的な代謝だけではなく、妖精が無意識のうちに発動しているだろう魔法の補助が必要だということをまずは 理解して欲しい」

 ワタシが冷静に話を聞いているのを見て、簡単に要点をまとめる剣持主任。ワタシは感心しつつ、空中に浮かびながら腕を組み、うんうんとうなずいた。

「更に言うなら妖精の生命活動を維持する為に魔法が常に発動しているという前提に立てば、妖精の体調をモニターすることによって魔法の発動状況も推測出来 るんじゃないかな? ということも考えられるのよね。ちなみに今の美姫さんの体調は申し分なしよ♪」

 今まで黙ってワタシ達の話を聞いていた仁村さんは、手にしたミニサイズのノートパソコンを開いてワタシに見せるのだった。だからその画面を見せてもらっ てもワタシには何のことだか分からないんですってば〜。う〜みゅ……。

「よし、では前にも説明したことだが、妖精に対する機械の影響をキャンセルする装置の原理をもう一度簡単に確認しよう。コンピューターや携帯電話・PHS 等のネット機器からは、妖精がいうところの【波動】が出ているということだ。我々人間にはその【波動】というものが実際にはどういうものだかはわからない が、結局のところ機械が作動することで出るのは間違い無いと私は考えたのだ」

 以前、ワタシの家でも簡単に説明したことを繰り返す剣持主任。ワタシは仁村さんの持っているミニノートパソコンの液晶画面から剣持主任のほうに視線を移 した。逆に仁村さんはワタシの身体反応を見るために、ノートパソコンに注意を戻している。ちなみに詩衣那さんは空中をパタパタと飛びながらアクビをしてい る。なんて眠そうな顔……。

「だから騒音を消す為に同一波長の音波を波長が半分だけずれるような時間差で発生させて、お互いの音波を打ち消しあうようにするアクティブ制音技術の考え 方を応用すれば、妖精に対する機械の【波動】の影響を完全に打ち消すことが出来ると考えたわけだが、予想通りの結果を得ることができた」

 軽い自慢の口調で話す剣持主任。その剣持主任の元に詩衣那さんがススッと滑るように飛んで近づいてくる。

「確かにアイディアは良かったけど、そのアイディアを完成させる為に私はずいぶんといじめられたんですけど……。もう最初の頃はこのまま殺されちゃうん じゃないかと思っちゃったわ」

 ワタシをからかっていたのとまったく同じ雰囲気で、剣持主任に冗談っぽく突っかかっていく詩衣那さん。殺されちゃうんじゃないかとは穏やかじゃないけ ど、ホントなのかな?

「詩衣那さん、これって危ないんですか?」

 ちょっと不安を感じて、詩衣那さんに聞いてみる。

「ああ、大丈夫。実際に死ぬことはないから。ただものすっごく気持ち悪いことになるかもしれないだけだよ♪」

 その明るさが不安をさらに大きくする。う〜、結局どうなるんだろう?

「詩衣那君、あんまり美姫君に変なことを言わないで欲しいね。それから美姫君も詩衣那君の言葉を本気にしないように。実験の途中で、ちょっと気持ち悪くな るかもしれないけど、一瞬のことだから」

 しかめ面をして詩衣那さんをにらみつけると、ワタシに笑顔を向ける剣持主任。まったく忙しいことだよね。それにしても今の剣持主任の発言って、一瞬は気 持ち悪くなるっていうことのような……。

「気持ち悪くなることはなるんですよね?」

 ジト目で剣持主任を見るワタシ。もう、ちゃんと説明してもらわないと。

「なる。だが命に別状は無い」

 なるんですか〜? それに命に別状はないだなんて、余計に怖いです〜ッ!! 泣いちゃおうかな?

「美姫さん。安心して。私が美姫さんの身体状況を完璧にモニターしているから、もしも実験による悪影響が出そうになってもすぐにストップをかけてあげるか ら大丈夫よ。詩衣那さんはちょっと大げさに言っているだけなんだから」

 優しい笑顔でワタシの頭を撫でてくれる仁村さん。ふみゅ〜。仁村さんが言うなら信用しても良いような……。

「それで妖精の魔法を強化する方法なのだが、妖精の魔法がコンピューターに悪影響を受けるのなら、逆に考えればコンピューターの設定を変えるとかすれば妖 精の魔法に対して良い影響を与えることが出来るのではないかと……、そう考えたのだよ。いやあ、単純な思いつきだったんだが、やってみたら上手くいったわ けだな」

 仁村さんに頭を撫でられながら聞いてるワタシには、剣持主任がいったい何を言っているのか良く分からなかった。う〜ん。

「あの、結局どういうことなんですか?」

 頭の中に疑問符がちらりほらりと降ってくる。

「美姫さんは、ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』って読んだことない? 『ネバーエンディング・ストーリー』っていう映画の原作なんだけど、その原 作の最後のほうに、バラバラにしたアルファベットをランダムに組み合わせて物語を作ろうというシーンが出てくるんだけど、剣持さんが作ろうとしている妖精 の魔法を強化する装置の原理って、結局はそれなのよ。まったく……」

 ワタシ自身は、『はてしない物語』も、『ネバーエンディング・ストーリー』も知らなかったのだが、【バラバラにしたアルファベットをランダムに組み合わ せて物語を作る】という考え方に何かこう、不吉なにおいが感じられるかも。

「詩衣那君……。それは言いすぎじゃないのかな?」

 口の端をひくひくと引きつらせて、詩衣那さんに抗議する剣持主任。

「ち・が・うって言うの?」

 剣持主任の頭の周りをヒラヒラと飛びながら、大げさな身振りを交えて詰問する詩衣那さん。

「いや、違うとは言い切れないけど……」

 途端に力なく答える剣持主任。どうやら詩衣那さんには頭が上がらないという関係になってしまっているらしい。まあ、自分が勤めている会社の会長の孫娘が 相手では、それもしょうがないのかもしれない。なんだかちょっとだけ同情してもいいかもね。

「あの……、それで結局、この機械。妖精の魔法を強化する装置の作動原理というか、どんな理屈で魔法の強化をするのかということは、説明してもらえるんで すか?」

 なんとなく聞きたいような、聞きたくないような、微妙な気持ちで尋ねてみるワタシ。なんだかとんでもない原理のような気がしてきたんだけどどうしよう?

「原理? 原理と言えるかどうかということに若干自信が無くもないが、妖精に与える機械の悪影響を完全にキャンセルする装置は、機械が出すという波動を全 部まとめて消去しようというものだ。対して妖精の魔法を強化する装置は、機械が出す波動の種類を出来るだけ細かく分類し、選択的に消去もしくは増幅しよう ということが一応の原理と言えるんだが……、分かったかな? 美姫君」

 やや早口に説明する剣持主任を見て、詩衣那さんが空中で肩をすくめて無言のうちに首を振る。ええと、詩衣那さんのその態度からして、まだ何か隠されたこ とがあるのかな?

「なるほど、なんとなく分かりましたけど……。それで、その『選択的に消去もしくは増幅』って、何を基準にして選択をするんですか?」

 これが最後と質問をする。というかもうそれぐらいしか質問のしようがなかったのだ。専門的な科学用語をとうとうとしゃべられてもワタシには理解出来ない し。

「……そんなものは、てきとうだ」

 つぶやくような剣持主任の声。う〜ん、今、『てきとう』って聞こえたけど、まさかね。妖精の魔法を強化増幅しようだなんてすごい装置を、【てきとう】に 作るなんてこと、あるわけないよね。

「あの、ワタシの空耳だったと思うんですけど、今、『てきとう』って聞こえちゃったんですが……。すみませんが、大きな声でもう一度教えてもらえます か?」

 かなり遠慮しつつ聞いてみる。しかし剣持主任は何も言わない。というかどう言って説明すれば良いのか迷っているみたい。

「だから本当に『てきとう』なのよ。まずはコンピューターの設定を微妙に変えるでしょ。そして私の身体反応がどうなるかを見て、調子が良くなっていればそ の設定を使うし、調子が悪くなるようだったらその設定は消去する。そんな手探り状態で魔法を強化しようだなんて考えてるのよ。剣持さんは」

 やれやれと大きくため息をつく詩衣那さん。

「しょうがないじゃないか。人間が魔法に対して干渉可能な手段はコンピューターのような機械しかないし、どういうようにすれば良い影響を与えられるかとい うことについては手探り以外のやり方があるわけもないだろう」

 ややむきになる剣持主任と、それを面白そうに見ている詩衣那さん。本当にこのふたりっていったいどんな関係なんだろう?

「まあ、とにかく、『てきとう』というのは言葉が悪かったな。『あらゆる角度から試行錯誤を繰り返す』という言い方に訂正しておこう。というわけで、美姫 君。早速だが【試行錯誤】といこうじゃないか? それとも、いやなら前に振り込んだ契約金を返してくれるかな♪」

 ワタシが既に契約金としてもらった300万円を、ほぼ使い切っていることを知っているのか、そんな言い方をする剣持主任。まったく自分が不利になりかけ てきているからといってお金を持ち出すだなんて……。まあ、それが世の中というものなんだろうけど。

「詩衣那さん、仁村さん……」

 ワタシは助けを求めるようにふたりの顔を交互に見つめる。

「大丈夫よ、美姫さんの体調が少しでもおかしくなったら、すぐに機械をストップしてあげるから。剣持主任も見た目とは違ってちゃんとまともな科学者なんだ から信用してあげて」

 仁村さんが強く断言する。う〜ん、それにしても職場の部下からも『見た目はまともじゃない』と認識されていたのか。剣持主任は……。

「そうそう。ちょっと脅かし過ぎちゃったかもしれないけど、まあちょっと気持ちが悪くなるぐらいだから。がんばってね♪ 応援してるわよ」

 にっこり微笑む詩衣那さん。ちょっと気持ちが悪くなるぐらいって、それが怖いんですけどぉ〜。

「じゃあ、話がまとまったところで、美姫君、装置中央の椅子に座ってくれたまえ」

 バサッとわざとらしく白衣をはためかせて、12台のパソコンが円周状に並べられた中央に置いてある妖精用の椅子を指差す剣持主任。しょうがない。行きま すか。

「分かりました。でも本当に危ないことは嫌ですよ」

 最後に念を押すと、ワタシは装置の中央に向けて羽ばたいていくのだった。さて、これからどうなるんだろうか?

「美姫さん」

 ワタシが装置中央の椅子に座ろうとした時、後ろから追いかけてきた詩衣那さんが声をかけてきた。

「冗談はおいといて、十分に気をつけてね。この装置は私のデータをもとに調整されているから、私にとっては安全な状態にまで微調整が済んでいるの。でも、 美姫さんと私は当然に魔法力も身体能力も違うわけだから、私にとっては安全でも、美姫さんにとっては安全ではない可能性も捨てきれないわ。……もしかする といらない心配かもしれないけど、危ないと思ったら遠慮なんかしてないですぐに大声で叫ぶのよ。力ずくでも実験を止めさせてみせるから。じゃあね ♪」

 ワタシが応える間もなく早口でそれだけを喋ると、詩衣那さんはそのまま飛んで行ってしまった。詩衣那さん、心配してくれてるんだ。何だかちょっとうれし いな。

「ありがとう詩衣那さんッ!」

 ドーム状の部屋の脇にある制御室(?)に向かって飛んでいる詩衣那さんの背中に呼びかけたワタシの声に、詩衣那さんはこちらを振り向くことなく右手をあ げて軽く振って応えたのだった。

「さて、それでは用意は良いかな? 早速だが30秒後に装置を作動させるぞ。それではカウントダウン開始。30、29、28、27、26、25……」

 部屋の天井近くに設置してあるスピーカーから、剣持主任の声がしたかと思うと、いきなりカウントダウンが開始された。まったくちょっとは心の準備に時間 を欲しいよね。ワタシは背もたれに上半身を預けて両手はしっかりと胸の前で組み、装置の作動を待ったのだった。う〜、心臓がドキドキする。

「6、5、4、3、2、1 零号機起動ッ!」

 剣持主任のかけ声とともに、ワタシの周囲に円周状に配置されたパソコンが一斉に起動したのが感じられた。カリカリというハードディスクが回る音ととも に、一瞬、気分が悪くなったが、すぐにその影響がキャンセルされる。どうやらここまでは特に問題は無いみたい。それにしても装置の名前が……。

「どうだね? 気分は悪くないかな?」

 さすがにちょっと心配そうな雰囲気で聞いてくる剣持主任。

「起動した瞬間は〜〜〜、ちょっと気分が悪くなりましたけど〜〜〜、今はもう大丈夫です〜〜〜ッ!!」

 マイクの類はセットされてなさそうだったので、声が届くようになるべく大きな声で答えてみる。ぜい、ぜい。

「ッ!! 声を抑えてくれ。そんなに大きな声を出さなくても、小さな声でもちゃんと聞こえるッ! スーツには喉のあたりに超小型のマイクロフォンが組み込 んであるんだッ!!」

 剣持主任の叫びに混じってスピーカーの向こうから、『やめて〜〜ッ!』とか言っている詩衣那さんの声が聞こえてきたりして、なんだかかなり大変そう。こ のスーツに付いているマイクってそんなにも高性能なんだ。

「分かりました。すみません。……あの、それでこの装置の名前が零号機っていうのは、やっぱりアレなんですか?」

 またアニメから命名したのかと、ちょっとばかり非難の口調をにじませてみる。はてさて剣持主任の反応やいかに?

「当然だろう。美姫君のように青い髪のショートカットな美少女には白いプラグスーツがよく似合うし、その少女が乗り込む機体は……、まあ乗り込むわけでは ないのだが、やはり零号機がよく似合うのだよッ!! 悪いかね!? 開発中の機械に自由に名前をつけるぐらい良いじゃないか。それをみんなしてオタクだな んだと非難してッ!」

 キレちゃった……。剣持主任って、こんなキャラクターだったのか。それにしてもやっばりこのスーツの名前ってプラグスーツっていうのか。まったくオタク は……。

「まあまあ、いいじゃない。オタクはちょっとぐらい迫害されていたほうが生き生きするってもんでしょ。すねない。すねない♪」

 詩衣那さんが剣持主任をなぐさめる声が聞こえる。それにしてもなんてなぐさめ方なんだろう。あれじゃ余計に落ち込んだりしないのかな? 変に落ち込まれ て無茶な実験をされるとワタシが困っちゃうんだけど。

「詩衣那君、いつも私を迫害しているのは君のような気がするんだが……。まあいいか。とにかく美姫君の為に用意したその装置のことはこれからは零号機と呼 ぶことにするのでそのつもりでいてくれ」

 剣持主任達が居る部屋と、ワタシがいるドームの間は大きなガラスで仕切られている。そのガラスを通してみんなの姿がよく見えるのだけど、剣持主任の後ろ では仁村さんが手を合わせてワタシに軽く頭を下げている。どうやら剣持主任の趣味につきあってくれということなんだろう。きっと剣持主任って趣味の為には 何でもするタイプなのかもね。う〜ん。ここはひとつ穏便にいきますか。

「分かりました。じゃあ、この装置の名前は零号機でいいです。でもこれが零号機なら、詩衣那さん用の装置の名前は何ていうんですか?」

 答えは分かりきっているような気もするけど、ここはひとつちゃんと質問するのがお約束というものでしょう。ついついこんな時にサービス精神を発揮しちゃ うのは、ウェイトレスのバイトで鍛えあげられたからかな?

「赤いスーツを着ている詩衣那君用の装置は、もちろん弐号機に決まっている。詩衣那君の髪の毛が赤色だったら後は申し分無いのだが……。まあ、それはしょ うがない」

 聞いた瞬間に、『やっぱり……』と、心の中でため息をつくワタシだった。喫茶店の瀬里香でウェイトレスのバイトをしていると、妖精マニアというか妖精オ タクというか、そうとしか表現出来ないような人種のお客様がやってくることがある。男女問わずそういった人種の人達は、ワタシが妖精らしくすればするほど 喜ぶものなのだけど、剣持主任の場合はそっちの趣味に合わせてあげればあげるほど喜んじゃうんだろうな……。

「剣持主任……、主任の趣味に合わせるのは別にかまわないんですけど、装置を爆発させてワタシを包帯でぐるぐる巻きにしようだなんてことは考えてませんよ ね?」

 まさかさすがにそこまではしないだろうと、ワタシは冗談っぽく軽い口調で剣持主任に問いかけた。

「…………」

 すぐに否定の言葉が返ってくるかと思いきや、返ってきたのはスピーカー越しにも分かる程の、何故か異様に重苦しいまでの沈黙だった。まさかッ! まさか まさかッ!!

「あは、あは、あはははは……♪ え〜と、この椅子の横に付いているこのレバーは、もしかして自爆スイッチだったりして?」

 人間、緊張が高まると笑い出すこともあるらしいけど、ワタシは乾いた笑いをあげつつ、そのレバーに手をかけたのだった。きっと大丈夫。自爆装置なわけな いよね。

「それに触っちゃだめだーーーッ!!」

 しかしスピーカーからはこれでもかという大音量で、剣持主任がワタシを静止する声を上げる。突然のことに驚いたワタシは、ビクッと手が動いてしまい、つ いついそのあやしげなレバーを引いてしまったのだった。その瞬間……。

バシューーーーッ!!

「うわわわッ!!」

 エアガンの圧搾空気が一気に解放されるような音とともに、ワタシが座っていた椅子はそのまま上に20メートルほど吹き飛ばされたッ! 羽を出して自力で 飛ぶことも忘れてしまったワタシは椅子から放り出されて、くるくると空中を舞うのだった。目が回る〜ッ!  

ポンッ!

 ワタシがどうしていいのか分からずに宙を舞っていると、すかさず天井からちょっとばかり情けない音がした。何かが発射されたような音にも聞こえるけど、 今のワタシにはそれが何なのかということはまったく分からない。しかしその何かが、どんどんと目の前に大きく迫ってくる。そしてワタシにぶつかる直前、そ れは大きく広がったのだった。何? 何!?

「身体に力を入れるなッ!」

 スピーカーから剣持主任の緊張する声が聞こえる。その瞬間、ワタシはその大きく広がった何かにキャッチされていた。

「キャッ!」

 まるで女の子のようなかわいらしい悲鳴がワタシの口から漏れる。まあ、女の子に間違いはないからおかしくはないんだけど、ちょっと恥ずかしい。それにし ても今、ワタシをキャッチしたこれって、もしかしてもしかすると……。

「投網?」

 投網に包まれた経験は初めてなので確信は持てないけど、これはやっぱり投網だよね。普通に魚を獲る為の投網に比べたらずいぶんと網の目が小さいけど、機 能からして投網に違いないかも。なんだかね〜。

「無事か? 美姫君?」

 投網に包まれて天井からぶらぶらとぶら下がっているワタシに対して、剣持主任が問いかける。それよりも早く降ろして欲しい。うにゃ〜、自分の羽で飛んで いるならともかく、つりさげられている状態ってなんか嫌ッ!!

「ええ、無事ですけど、一体何なんですか!? 椅子についていたあのレバーといい、この投網といい……。ちゃんと説明してくださいッ!!」

 身動き出来ない状態のまま、ワタシは声を荒げる。というかそれしか出来ない。うう、身体が変な体勢で固まっちゃってるよぉ〜。

「分かった。説明はするから、今はとりあえず美姫君を下に降ろそう。そのまま何もせずに身体の力を抜いておいてくれ。大丈夫、とにかく異常な事態ではな い。脱出装置が正常に機能しただけの話だ」

 指示通り身体の力を抜いて待っていると、投網から天井まで伸びているロープがゆっくりと伸びてきて、それに伴いワタシと床の距離は縮まっていくのだっ た。それにしても『脱出装置』ッ! この零号機って、そんなにも危険な装置なの?

「こんなスイッチがあるっていうことは、先に言ってくださいッ!!」

 床に降ろされて投網から解放されたワタシがまずしたことは、剣持主任に非難の言葉を浴びせることだった。もう、ホントにッ!

「悪かった。詩衣那君が被検体だった初期には、装置が暴走して詩衣那君の命に関わるようなことがあっては大変だと、緊急時にはすばやく装置から距離を取る ための機構として脱出装置が必要だったんだ。もちろん実際に使われたことは一度もないんだが……。だからつい、説明するのを忘れていたんだ。すまん。許し てくれ」

 怒りもあらわなワタシに対して、剣持主任は素直に謝ってくれた。もう、そんなにストレートに謝られると、こちだっていつまでも怒ってばかりもいられない じゃないですか。それにもしかするとこの研究所では、この程度でいちいち怒っていてはやっていけないのかもしれないし。ワタシはこれ見よがしに大きな ため息をつくと、剣持主任の顔を正面からじっと見た。そして……。

「勝手にレバーを引いてしまったワタシも悪かったですから、そんなに謝ってもらわなくてもいいです。むしろワタシのほうこそ謝らないといけないです」

 厳密に言えば、ワタシも悪い部分があるのは確かだし、とりあえずうやむやに出来るならそうしちゃおう。うんうん。

「ありがとう。美姫君。じゃあ実験を再開しよう。今、吹き飛んでしまった椅子を元に戻すから、ちょっと待っててくれ」

 剣持主任はそのままガラス窓で隔てられた別室に身振りで合図をする。するとさっきまでワタシを包んでいた投網がするすると天井に向かって引き上げられて いき、天井に空いた穴の中に収まってしまった。よく見ると、同じような穴が天井にいくつも空いている。

「天井にいくつも穴が空いているんですね」

 脱出装置の作動により吹きと飛ばされてしまったシートを直している剣持主任に向かってワタシはつぶやいた。

「ああ、基本的には椅子は真上に射出されるから、真上にある投網が自動的に作動することになっているんだが、場合によってはあらぬ方向に飛ばされることも 有るかもしれないからね。予備として広範囲に投網が出てくる穴をつけているんだよ」

 そこに詩衣那さんがゆっくりとした羽ばたきで近づいてきた。

「へぇ〜、話には聞いていたけど、脱出装置を作動させるとこんなことになっちゃうんだ」

 のんき、かつ興味深そうに見ている詩衣那さん。なんだ……。詩衣那さん知っていたんだ。だったら教えてくれても良いのに。ワタシは、ほっぺたをちょっと 膨らませてしまった。

「よし、セット完了。美姫君。もう一度、座ってくれないか。今のアイドリング状態から、いよいよ装置を本格的に稼動させるからね。なに、変なところに触っ たりしなければ大丈夫だから」

 剣持主任〜、それって微妙にワタシを非難してません? ワタシは椅子に座りながらヒクヒクと頬を引きつらせるのだった。剣持主任だって悪いのに〜。…… ま、それはそれとして、いよいよだね。

「……状況を確認しよう。今、零号機は妖精に対して悪影響を与える波動を自分自身で打ち消しているだけの状態だ。美姫君の体調には、悪い影響も、もちろん 良い影響も与えていない。美姫君自身はどう感じるかね?」

 静かに落ち着いた様子の声が聞こえる。妖精は感情の起伏が激しいというけど、ハイテンションな状態も静かな状態もいけてしまう剣持主任だって、十分に感 情の起伏が激しいような気がする。

「はい。気分的には落ち着いています。特に問題なしです」

 先ほど天井近くまでワタシを吹き飛ばした椅子に座りながら、ワタシは事務的に答える。何でも実験を開始したばかりの時は、装置の調整の為にも、なるべく 気持ちを落ち着けておく必要があるらしい。難しいことは分からないけど。

「よし、では詩衣那君で実験した結果により判明した、最も魔法強化に適した状態で装置を稼動させることにする。まずはその前に現状のままで羽を出してくれ ないか? 装置が稼動する前の状態のデータを取りたいからね」

 妖精が自由に使える魔法は、羽を出して空を飛ぶことだけ。だから魔法が強化されたかどうかということを測定するために、羽の大きさ等の状態変化を観測す るということらしい。まあ、魔法なんてファンタジーの世界にしかなかった人間の科学で妖精の魔法を理解しようとすると、こんなところから一歩一歩始めない といけないのだろう。

「ハイ。こうですか?」

 深く腰をおろして背もたれに身体を預けていたワタシは、やや上体を起こすと椅子に座ったままで羽を出した。ついでにゆっくりパタパタと羽を動かしてみ る。う〜ん、背伸びをするような感じ。妖精にとって羽を出すのはなんとなく気持ちいい状態かも。

「動かさなくて良いから、まっすぐピンと伸ばしてくれないか。……そうそう、よぉ〜し。二村君、データは取ったかい?」

 スピーカーの向こうで、剣持主任が仁村さんに問い掛けている声が聞こえる。それにしてもここのスタッフって剣持主任と二村さんだけなんだろか? よっぽ ど予算がないのかな……。まさかね。

「……片翼の長さ、28.97cm。確認いたしました」

 ワタシの身長がおよそ25cmだから片翼の長さが28.97cmというのはずいぶんと長いことになる。これがトンボ羽の妖精なら羽がまっすぐに伸びてい るから身長よりも長い羽だと羽の先が地面に接触してしまうから不便だろうとは思う。ところがワタシのような鳥の羽タイプだと、羽を『しまう』だけではなく 『折りたたむ』ことも出来るのだ。だから伸ばせば身長よりも長くなっても折りたたんでいれば羽の先が地面に届くことはないから、特に不便は感じない。ちな みにコウモリ羽の妖精も事情は同じで身長よりも長い羽を持っている。この点も鳥の羽の妖精とコウモリ羽の妖精の魔力が強いという証明でもあるらしいけ ど、……なんだかこじつけのような気がしなくもない。

「よし。では美姫君。羽をしまってくれ」

 ワタシは無言のままうなずくと、ゆっくりと羽をしまった。まずは実体を持った羽が徐々に薄れていき光で出来た羽に変わると、それが背中に吸い込まれるよ うに小さくなっていく。ふ〜む。今まで注意して見た事なかったけど、羽が出たりしまわれたりするときに光の羽になるのって、なんだか面白い。……妖精オタ クの幸也は知っていたのかな?

「零号機、アイドリング状態から魔法強化レベル1へ」

 ブーーーン……

 剣持主任の声が聞こえてくると同時に、ワタシの周りをぐるりと取り囲んでいるパソコンの本体から唸るような音が聞こえてくる気がした。機械の作動音とい うか、耳から聞こえてくる音というよりも、頭の中に直接響いてくるという感じ。でも不愉快じゃない。低く響くその音は、むしろ眠気を誘うかのような心地よ さだったりする。ふにゃ〜。

「気分はどうかな?」

 剣持主任の声がどこか遠くから聞こえるような感じがする。なんだか夢を見ているような……。

「良い感じです。なんだか眠くなりそうなぐらい……、です」

 眠いような感じだけど本当に眠いわけではなくて頭の活動はハッキリしている。そういった妙な感覚を味わいながら、ワタシはぼんやりと答えた。

「よぉ〜し、良いぞ。ここまでは詩衣那君が示した反応と同じだ。ちょっと眠いような感覚があるかもしれないが、しばらくすると慣れてきて眠気を感じること はなくなるはずだ」

 そうなんだ。そういえば徐々に頭がクリアーになってきたような気がする。……暗示にかかりやすいのかな? ワタシって。

「はい、段々と目が覚めてきました。眠かったのは最初の2〜30秒くらいですね。今はとても良い気分です」

 暗示にかかりやすいのかどうかは置いといて、眠気が徐々におさまると同時にワタシはひどく高揚したような気分になってきた。なんだか今のワタシなら何で も出来るような感じかも。

「了解だ。ではさっきと同じようにまた羽を出してくれ」

 無理をして落ち着いた雰囲気を演出しようとして、ちょっと失敗しかけているというような感じで剣持主任が次の指示を出してくる。う〜む、予定ではさっき よりも大きな羽が出せるということなんだけど……。ホントかな?

「分かりました。では、行きます」

 ワタシは精神を集中させるために目を閉じると、いつものように、夜空に浮かぶ満月の光に吸い込まれて身体が浮かび上がる様子を想像しながら、羽がゆっく りと広がって展開していく様子をイメージする。本当は目なんか閉じなくても羽を出すことなんか朝飯前なんだけどね。とにかく背中から光が伸びて羽の形をと ると、それが実体化して白い鳥の羽になるのが目を閉じていても分かる。いつもよりも大きな羽が……。

「仁村君ッ!」

 鋭く叫ぶ剣持主任。その背後では仁村さんが小さく返事をしている声が聞こえる。どうしてそんなにも驚いているんだろう? ワタシはそっと目を開けると、 首をちょっと回して自分の羽を見てみた。うわッ!? お、おっきい〜。

「す、すごい……。こんなにも羽が大きくなるだなんて」

 倍の大きさとは言わないけど、それでもいつもよりは何割か大きな白い羽がワタシの目に飛び込んでくる。それになんだか羽がキラキラと光っているよう な……。

「通常状態の173%の大きさです。しかし機械的に増幅された魔力がコントロールされきれていないのか、羽の実体化が完全では無いようです」

 仁村さんが剣持主任に報告している声が聞こえる。なるほど、羽が光っているのはそのせいなのかな。オーラの光とは違うんだろうか?

「美姫君、やはり君の魔法力は詩衣那君よりも上らしい。基本的に零号機は詩衣那君専用でまだ美姫君専用には調整されていないのに、ここまで大きな羽が出せ るなんて。詩衣那君はせいぜい通常の120%増しの大きさの羽を出すのが精一杯だったんだぞ。……これでいよいよ次の段階に進むことが出来る」

 ワタシは自分の背中から生えている羽を見ながら、剣持主任の言葉を聞いていたが、その言葉の半分以上が頭の中に留まることなく右から左へと抜けていっ た。だってものすごく綺麗なんだもん。自分の背中から生えていることが信じられないぐらい。キラキラと光り輝く羽、光の翼。

「それで、これからどうすれば良いんですか?」

 しばらく自分自身の羽に見とれていたワタシは、ふと我に返ると剣持主任に質問した。『次の段階に進むことが出来る』と言われても、具体的にこれから何を するのか未だに良く分かってなかったりするのだ。これが……。

「さっきも説明したように、我々人間には魔法がどんな原理で発動しているのかなんてことは、結局のところ分からないんだ。だから魔法に影響を与えることが 出来る人間の唯一の手段であるコンピューター等の機械の調子を変えて、その影響が妖精にどう作用するのかを観察し、フィードバックするしかないんだよ。ま あ、ここで長々と説明を繰り返してもしょうがないから、実際にやってみせよう」

 しばらくはそのままの状態が続いたのだが、やがて耳の後ろにチリチリと電気が走るような感触が出てきたかと思うと、それは身体全体に広がっていった。そ の感触が気持ち良いのか悪いのかと言えば、あえて言うなら少し弱めの電気風呂にでも入ったかのような感じで、気持ち良いと言えなくもない。まあ、あえて言 えばだけど。

「今、先ほどの設定と同じプログラムをもうひとつ走らせてみた。マシンの基本性能からすると、その演算能力の3%程度しか使用していないわけなんだが、魔 法的にいうなら単純計算で出力が2倍になっているはずだ。美姫君、何かさっきとは変わったことはないかい?」

 2倍の出力なのか……。でも羽は2倍の大きさにはならないんだな。ワタシはそんな感想を持ちながら、今のワタシの気分をどう伝えたものか考えていた。う 〜ん、電気風呂なんて言うと、お爺さんみたいなんて言われるかな? それともお婆さん?

「身体中でチリチリと電気が走っているような気がします。でも不快って感じじゃなくて、銭湯にあるような電気風呂の軽いやつに入ったみたいな感じで気持ち 良いです」

 とりあえず難しいことは置いといて、正直に感想を言ってみる。チリチリとした電気のような刺激が身体をリラックスさせているのかもしれない。

「なるほど。気持ち良いということなら、問題なさそうだな。しかし電気刺激のようなものが感じられるというのは、強化された魔法力がそのまま魔法の発動へ と結びつかずに、無駄に溢れ出しているのかもしれない……。ちょっとプログラムのパターンを変更してみよう」

 そのまましばらく待っていると、一瞬、頭の中がぐるぐると回るように気分が悪くなったかと思うと、またもとに戻った。気がつくと身体中を覆っていたチリ チリとするような電気刺激はなくなっている。なるほど。最初のアイドリング状態に戻したのか。ワタシは1人で納得した。

「では、さっきとは違ったプログラムを走らせてみるぞ。…………よし。どうだね? 徐々にパターンを変えてみるから、逐次状態変化を報告してくれない か?」

 剣持主任がどのような操作をしたのかは知らないけど、零号機の稼動により、ワタシの心は爆発したかのような勢いで周りに広がっていくと、そこに有るあら ゆるものに連結したような気がした。パワーが流れ込んでくる……。

「さっきよりも、いえ、さっきとは比べ物にならないぐらい気分が良いです」

 ワタシがそう答えた瞬間、今度は一転して気分がものすごく悪くなったッ!! 目の前の景色がぐにゃりと曲がって見えたかと思うと、なんだか身体の奥底か ら吐き気がこみ上げてきて……。ダメだ、意識が無くなる……。スピーカーの向こうから、仁村さんの叫びが聞こえたような……。そうか、こういう時にこそ、 さっきの脱出装置を使わなくちゃいけないんだ。でも、レバーはどこ……? ワタシはそのまま意識を失ってしまったのだった。

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第6章 お昼ご飯を食べながら


「う、う〜ん……」

 気がついた時、ワタシは天井を見上げていた。明るい照明がワタシの目を刺激する。ちょっとまぶしい。

「あッ! 気がついたわよッ! 大丈夫? 美姫さん」

 大きな声がする。声のするほうに顔を向けてみると、そこには詩衣那さんがいた。どうしたんだろう? そんなにも興奮して。

「良かったわ。気がついて。身体の調子はどう? まだ気持ち悪かったりする?」

 この声は、仁村さん。ええと、みんなしてワタシを心配しているようだけど……。

「あの、ワタシ、どうしちゃったんですか?」

 横になっていた身体の上半身を起こしてみる。どうやらここは医務室らしい。ワタシが今まで横になっていたのは人間用の広いベッドのようだ。妖精用のベッ ドは無かったのかな。

「気絶してたのよ。まったく剣持さんったらいきなり無茶するんだから。後できつく言っておかないとね。で、美姫さん、もうやめる?」

 ベッドの上に立っている詩衣那さんがワタシを見下ろす。その顔は笑っているけど、目は真剣だ。

「やめるって、何を?」

 まだ目が覚めたばかりで頭が半分ほど回らないワタシは、オウムのように聞き返す。

「もちろん、魔法を強化増幅する実験に協力することよ。初日からずいぶんと酷い目に会っちゃったことだし、もう嫌になっちゃったんじゃないの?」

 ゆっくりとした言い方をしているけど、やはり真剣な雰囲気の詩衣那さん。そうか、思い出した。ワタシ、実験中に気絶しちゃったんだ。

「詩衣那さんの言う通りよ。美姫さん。危ないと思ったら、いったん引いてやめてみるのもひとつの方法なのよ。もちろん、それでもやるというなら止めないけ ど」

 ベッドの横に置いた椅子に腰掛けたまま、ワタシの顔を覗き込むようにして問い掛ける仁村さん。ホントに心配そうな顔をしている。でも……。

「いいえ、やめるだなんてとんでもないですよ。この研究の成果が世の中に出れば、妖精がパソコンに触れないだなんてこともなくなるし、もしかしたら魔法も 自由に使えるようになったら妖精ももっと人間社会に受け入れられるようになるだろうし、もう少し頑張ってみます」

 前に剣持主任がワタシの家に来たときに聞いた話を思い出しながら、ワタシはそう答えた。確かに今回は気絶しちゃったけど、まあそれだけのことだったし ね。

「ありがとう、美姫君。それでこそ美姫君だ。やはり白い鳥の羽は伊達じゃないな」

 突然、頭の後ろから剣持主任の声がした。慌てて振り返ってみると、ベッドの向こうに立っている剣持主任がそこにいた。

「剣持主任ッ! 居たんですかッ!?」

 びっくりしたワタシは敬語を使うことも忘れて、一応は仮にも上司に向かって失礼な口をきいてしまった。

「最初からいたんだが……。もしかして気がついてなかったのかね?」

 傷つくなあ〜。と、つぶやきながらすねてみせる剣持主任。意外と子供っぽいのかも。

「だって、気絶していたんですよ。分かるわけないじゃないですか」

 対抗してこちらもすねてみせる。可愛らしさではワタシのほうの圧勝だね♪

「あはははは……。まあ、冗談は置いといて、よくぞ言ってくれた。美姫君、ありがとう。しかし今回のことは私が悪かった。美姫君のように魔法力が強い妖精 が実験に協力してくれたのに有頂天になってしまって、つい無茶をしてしまったかもしれない。すまん。このとおりッ!」

 そのまま頭を下げる剣持主任。あらら、そこまでしなくても……。

「あ〜あ、それじゃあまるで今まで私は、何の役にも立ってなかったかのような言い方じゃないの。剣持さんったら、私のことをそんなふうに思っていたのね。 なんだかやる気が出なくなっちゃったかもしれないなあ♪ おいしいものでもごちそうしてくれたら、やる気が出てくるかもしれないけど……。ね、美姫さ ん?」

 突然、何を言いだすのやら。ワタシが戸惑っていると、詩衣那さんはワタシのほうに向けて、いたずらっぽく片目でウィンクをしたのだった。ああ、なるほ ど。

「そうですねえ。なんだかそう言えばおなかが空いてきたような……。やっぱり魔法を使うとおなかが減るんでしょうか?」

 ベッドの上で立ちあがると剣持主任に向き直ったワタシは、わざとらしくおなかを両手で押さえるのだった。どちらにしてもホントにおなかが空いてきちゃっ たし。

「うーん、詩衣那君だけではなくて、美姫君までがそう言うのなら、よしッ!  どちらにしても今日の昼食は美姫君の歓迎祝いも兼ねて私がおごる予定だった し……。仁村君。社員食堂の個室は空いているかな? 確認してくれないか」

 剣持主任ってば、ワタシの歓迎会を社員食堂でする予定だったのか。というか現在進行形? う〜ん、うれしいといえばうれしいけど、社員食堂で歓迎祝い?  なんだかなあ。

「美姫さん、社員食堂と聞いて、ちょっとがっかりしているのかしら?」

 詩衣那さんがワタシの様子を見ておかしそうに笑う。

「いえ、がっかりなんかしてないですよ。うれしいです」

 あわてて社交辞令を言うワタシ。でも悲しい妖精の性で、言葉とはうらはらな態度になってしまうのがにくい。だって社員食堂のイメージって、とにかくひた すら安いのみって感じなんだもん。

「ふふふ、美姫さんは知らないのよ。今、剣持さんが、社員食堂の個室って言ったでしょ? 加賀重工の社員食堂の個室はね、大事なお取引先の方とかを接待す る場所でもあるの。当然そこで出される料理のレベルも種類も……。というわけなのよ♪」

 声をひそめて、ワタシの耳にひそひそとしゃべる詩衣那さん。えッ!? そうなんだッ!!

「主任、個室は空いているそうです」

 それまでパソコンを操作していた仁村さんが剣持主任に報告する。そうか、空いてるんだ。

「よし、じゃあすぐに行こう」

 その声を聞いた瞬間、ワタシのおなかは正直に反応したのだった。気絶から目覚めたばかりだというのに……。誰にも聞かれなかったかな?






「まさか、妖精サイズの中華料理が出てくるなんて……」

 社員食堂の個室。ホントにここは社員食堂なの? ワタシたちが今いる部屋は、『機能美だけが取り柄です』というような社員食堂とは対極にある室内装飾を 施された部屋だった。その部屋の中央に置かれた中華テーブルの上に並べられた妖精サイズの料理の数々を眺めて、ワタシはため息をついて、ついでに涎も流し かけた。おっと、はしたないかな? いやいや、そんなことないよね。可愛い妖精少女は何をやっても良いという法律が……、なかったっけ?

「えへんッ! 私に感謝してよね。妖精サイズの料理が出てくるのは、私が6年間にわたって主張しつづけたおかげなんですからね。これからは妖精のVIPの 方を接待することもあるはずだからってね」

 ワタシと詩衣那さんは、妖精が座ると目の前にちょうど良い高さでテーブルが来るように調整された妖精用の椅子に腰かけている。レストランなんかに置いて ある子供用の椅子の妖精版なんだけど、やっぱりこの椅子は市販なんかされていない特注品なんだろうな。いったいいくらするんだろう?

「詩衣那君以外の妖精がここで妖精用の椅子に座るのも、妖精サイズの料理を食べるのも今日が初めてのような気がするんだけどね。だいたい妖精の数自体が少 ないんだから、その妖精の中からVIPが出てくる可能性っていうのもかなり低いと思うんだが」

 皮肉っぽく答える剣持主任。なるほど。加賀重工の会長の孫娘のわがままってわけだね。まあ、おいしいものが食べられるんだからそれはそれでいいか。

「あら、これからは分からないわよ。妖精がVIPになる可能性が少なくても、逆にVIPが妖精に召喚される可能性だってあるわけだし」

 しれっと応じる詩衣那さん。まあ、可能性は無くもないけど……。どこかの大企業の社長とか、政治家とかが召喚されたりして。ふふふっ、首相とか大統領と かが召喚されたらどうなるんだろう。どこから来たのか分からない電波を受信しつつ、私は自分の想像にちょっとにやりとするのだった。

「まあ、そんなことがあったら、私は詩衣那君の先見性の高さに脱帽してあげるよ。さあ、それよりも美姫君。もう気分は大丈夫かな。食欲はあるかね?」

 念のために聞いてくれるのだろうけど、これだけの料理を目の前にして食欲が湧かないなんて妖精じゃないです。早く食べないと逆に気絶しそうです〜。

「大丈夫ですッ! めいっぱいいけますッ!!」

 というわけで思わずこぶしを作って力説するワタシ。我ながら色気よりも食い気なのは、悲しむべきなのかそれとも胸をなでおろすべきなのか? 判断に苦し むところだよね。

「主任、美姫さんの身体状況は特に異常はありません。コンディショングリーンです。それよりも早く食べないと料理が冷めてしまいますわ。特に妖精サイズの 料理は量が少ないですからすぐに冷めてしまいますよ」

 手元のパソコンをチェックしながら、剣持主任を急かす仁村さん。そうだよね料理が冷めちゃうよね。でも、冷めた料理でもおいしくいただけるのが妖精の舌 なんだけど、そのことは知らないのかな?

「そうだな。では、美姫君のプロジェクト参加を祝ってッ! 乾杯ッ!」

 とりあえず勤務中? ではあるので、それぞれジュースとかお茶で乾杯をするワタシ達だった。ちなみにワタシはオレンジジュースね。中華料理にオレンジ ジュースって組み合わせは変かも知れないけど、おいしいんだな。これが。

「ところで、剣持主任。【妖精に対する機械の悪影響をキャンセルする装置】っていうのも何か長ったらしくて言いにくいんですが、何かもっと簡単な名前は無 いんですか? 確か近々商品化される予定なんですよね」

 ある程度食事も進み、おなかの自己主張がおさまりかけてきた頃、ワタシは疑問に思っていた事を聞いてみた。

「ああ、その件に関しては今、ネーミングを考えていてほぼ決まりかけているところなんだが……」

 ウーロン茶を飲みながら答える剣持主任。ちょっと歯切れが悪いけど、もしかして販売前に商品名を出すのは企業秘密でダメなのかな?

「ほぼ決まりかけているって、もしかして私のアイディアが採用されたの?」

 食事の手を休めて、会話に加わる詩衣那さん。なるほどね。詩衣那さんがアイディアを出したならそれで決まっちゃうものなのかな。会長の孫娘だし。

「詩衣那さんが出したアイディアって、確か【妖精用電波ガード1号・まもるくん】でしたっけ?」

 ひとさし指を下唇にあてて、宙に視線を漂わせて記憶を思い出そうとしている仁村さん。しかし詩衣那さんのネーミングがそのまま商品名になっちゃうのか な?

「そうよ。良い名前でしょ? 商品の効能も一発で分かるし♪」

 う〜ん、こういうことは良く分からないから返事のしようがないなあ。とりあえず自信満々な詩衣那さんに対して笑顔を送ってみる。

「ええ、そうかもしれませんね……」

 言葉を濁すワタシ。だって商品のネーミングって言ったら、売れ行きを左右する大事なものでしょ? そうそうおいそれとは意見なんて言えないよ。そう思う でしょ?

「実を言うと詩衣那君の案には一点だけ問題があるんだ。世間一般では妖精は電波に弱いという認識がなされているわけなんだが、実はそれは間違いなんだ。正 確にはコンピューターやネットに接続されている携帯やPHS等に弱いんであって、電波そのものに弱いわけでは無いんだよ。【電波ガード】なんて名前を使っ たら妖精に対して間違った認識をさらに増幅してしまうから、あまり好ましくはないんだな」

 ワタシがそのまま黙っていると、難しそうな顔になった剣持主任が現状を説明する。

「正確じゃなくても良いじゃない。いい? 【電波ガード】が正確なネーミングじゃなかったとしても分かりやすいネーミングであることは変わりないんだし。 商品なんて売れてなんぼなのよ。いくら現実を反映した正確なネーミングだからといって、分かりにくさから売れなければ何にもならないのよ。これだから研究 一筋の人間は困っちゃうわ」

 さすがに経営者の一族に連なる者というべきか? 詩衣那さんはとうとうと自説を述べている。なるほど。確かにあの装置は妖精の為になる装置だけど、売れ なければ何にもならないんだよね。だとしたら【電波ガード】というネーミングは分かりやすいのかな。

「ちなみに剣持主任なら、どんなネーミングにするんですか?」

 詩衣那さんの意見ばかりを聞いていても不公平になるので、ワタシは剣持主任の意見も聞いてみた。一方の意見だけじゃ公平な判断なんて出来ないものね。

「ん? 私の意見かね? あえて短い言葉で簡単に言うなら【フェイザー】だろうな。妖精に与える悪影響の原因である機械が発する波動の位相(フェィズ)を ずらして新たな波動を発生させて、ふたつの波動の山と谷を重ねることで波動のエネルギーを打ち消し合って、波動そのものを消してしまうわけだからね」

 その意見を聞いたとき、ワタシは納得したのだが、『商品としては売れないかもね』と思わざるを得なかった。だって名前を聞いただけでは何の装置なのかよ くわからないんだもの。う〜ん、詩衣那さんの案と剣持主任の案では……。

「商品名としては詩衣那さんの【妖精用電波ガード】っていうネーミングのほうが良いような気がしますけど。だって【フェイザー】ってネーミングだと何のこ とだか分からないし……」

 別に詩衣那さんが加賀重工の会長の孫娘だからとかなんとかというのは関係無く、純粋に詩衣那さんの案のほうが商品名としてはまだ良いと思ったから、その ままの気持ちを言ってみる。まあ詩衣那さんのネーミングがベストだとは思わないけどね。【妖精用電波ガード1号・まもるくん】って、なんか間抜けっぽい し。

「分かりにくいかなあ……。たった一言で装置の性質を言い表していると思うんだけどねえ。今からでもどうにかならないかなあ」

 未練そうな剣持主任。まあしょうがないかも。商品名には正確さよりも分かりやすさのほうが大事なんだから。

「どうにもならないと思いますよ。来月頭に行われる役員会議では、詩衣那さんの意見がそのまま通りそうだという感触が濃厚です。まだ噂に毛が生えた程度の 情報ですが、よほどのことが無い限り、【妖精用電波ガード1号・まもるくん】になりそうですね」

 紙ナプキンで口の周りをそっと拭くと、ミニノートパソコンを取り出して何かの資料に目を通す仁村さん。やっぱり仁村さんって剣持主任の秘書のような仕事 もしていたんだ。

「そうよ。もう私の意見が採用されるのは確実なんだから、あきらめなさい」

 右手の甲を口に当てて『ほほほ♪』と笑う詩衣那さん。なんだか最初にあったイメージから段々とずれてきたような気がするんですけど。

「じゃあ結局、【妖精用電波ガード】で決まりなのか? しかし電波をガードしてるわけじゃないんだぞ。あの装置は。世間の誤解を更に増幅することになって しまうわけだが、いいのかそれで?」

 不満そうな剣持主任は、テーブルの上に残っていた料理を箸を伸ばすと口いっぱいに放り込んだ。あッ! それ、狙っていたのに……。

「ところで剣持主任、前にワタシがもらった【試作品28号】とか、今度市販される【妖精用電波ガード1号・まもるくん】とか、今開発中の……【零号機】と か結構すごい発明だと思うんですけど、ほかにもこういった機械を開発しているようなところってあるんですか?」

 詩衣那さんと剣持主任ばかりが話していて、私がなかなか会話に加わることができないのもちょっと嫌なので、ここはひとつ話題を変えましょうとばかりに、 ワタシはたいした期待もせずにそんな質問をしてみた。だって妖精に対する機械の悪影響をキャンセルする機械だとか、妖精の魔法を強化する機械だとかを開発 しているようなところが、そうごろごろしているとは思えないんだもの。

「同じような装置を開発しているところか……。断言は出来ないが、もしかするとアメリカで開発中なのかもしれない。それも米軍が。あくまでも推測でしかな いんだがね。」

 口の中の料理をお茶で流し込むように飲み込むと、少し考えながら話す剣持主任。それにしても米軍? 米軍がどうしてそんなことを?

「まったくあの国は、何でも軍事がらみの発想しかしないのよね。昔からいつもそう」

 詩衣那さんは軽くため息を吐きながら首を小さく横に振った。 ……? 軍事がらみ? 妖精が? ワタシは頭の中が疑問符だらけになってしまった。

「妖精が軍事がらみって。どこをどうすれば妖精と軍事が結びつくんですか?」

 まったく想像が出来ないワタシは、そう聞いてみたのだが、それはかなり無邪気な質問だったらしい。しかし剣持主任の答えを聞くまでは、そのようなことが ワタシに分かるわけがなかった。ホント、ワタシはうぶだったのかもしれない。

「美姫君。どんな技術だって軍事目的に利用されなかった技術なんてこの世の中に無いんだよ。妖精の魔法を人間の技術で制御出来るようになったとしたら、そ れが軍事目的で使われないというほうがありえない話だと思うよ」

 まだ右手に持っていた箸をテーブルの上の箸置きに置くと、剣持主任は静かに喋り始めた。言葉を選んでいるかのようにゆっくりした喋りは、ワタシに理解さ せようとしているからなんだろうか? ワタシはもちろん、詩衣那さんも仁村さんも剣持主任の話をしっかりと聞いているみたいだけど、そんなにも大事な話な んだろうか?

「たとえば美姫君は、軍事的な能力の中でもっとも重視される概念は何だと思う?」

 ワタシに向かってそんな話を振られても……。まったく見当がつかないです。う〜ん、適当に答えるかな。だって軍事なんて学校でもどこでも教えてくれない んだもん。

「攻撃力……、ですか? ほら、『攻撃は最大の防御なり』って言うじゃないですか」

 乏しい知識を総動員して思い浮かんだ言葉をそのまま言ってみる。間違っては……、いないよね?

「残念ながらハズレだ。しょうがない。知らないなら教えてあげよう♪」

 とてもうれしそうな剣持主任。自分の知識をひけらかすことが出来るのがうれしいらしい。やっぱり剣持主任ってばオタクなんだ……。

「……お願いします」

 こういう人種の自尊心を傷つけるとどういうことになるか? そのことをあえて実地で知りたいとは思わないワタシは、ちょっと複雑な気持ちで返事をするの だった。長くならなければいいんだけど。簡単に説明してくれるといいなあ。

「軍事的にみてもっとも重要な能力。それについては色々な意見があるだろうが、おそらく衆目の一致するところと言えば、【輸送力】だろうな」

 ややふんぞり返り、大きく開いた鼻の穴から何かワタシには理解しがたい情熱によって熱く加熱された息を吹き出す。剣持主任、なんかそれって生理的に嫌悪 感を覚えるんですけど、どうしたら良いですか? 黙ってうなずくしかないワタシです。

「主任、あまり暴走しないでくださいね。社員食堂とはいえ一応ここも職場には違いないんですから」

 ワタシが退いているのを見て、やんわりと注意をする仁村さん。ありがとう。仁村さん。これで剣持主任の話が長くなるのを防げるかな? あ〜あ、妖精と軍 事がどう結びつくのかなんてことを質問しなければ良かったよ。失敗しちゃったなあ。長い話って嫌いさ。

「仁村君、暴走とはひどい言い方だなあ〜。この話は限りなく今の仕事そのものに近い話なんだよ」

 いざこれから気持ち良く薀蓄(うんちく)をたれようとしていた矢先にもかかわらず仁村さんに出鼻をくじかれた剣持主任は、ぶうぶうと不満をたれた。 あ〜、やだやだ。

「仕事に【近い】話であって、仕事そのものの話じゃありません。それに普段の行いを思えば暴走と言われてもしょうがない話なんじゃないですか?」

 そう言うと仁村さんは、詩衣那さんとお互いに目と目を合わせて『ねぇ〜♪』と、うなずき合うのだった。……やっぱり前にも何かあったんだろうな。

「いつだったかしら? 私も夜中の3時まで、その手の話に付き合わされたことがあったっけ……。あれにはホントまいっちゃったわ。次の日は眠くて結局仕事 にはならなっかったのよね。怒るわよ。もしも今日までそんなことになっちゃったら」

 仁村さんに続いて剣持主任にクギを刺す詩衣那さん。それにしても夜中の3時まで話をする剣持主任も主任だけど、素直に聞くほうも聞くほうなような気もす る。もしかして、詩衣那さんってば剣持主任のことが好きなのかな?

「だから今の仕事に関係あるんだってばッ!」

 すねたような雰囲気で怒る剣持主任。意外と子供っぽいのかも。いや、この反応は子供っぽいと言うよりもオタクっぽいのか……。

「あの、剣持主任。話を聞くこと自体は問題無いんですけど、出来たらなるべく短く簡単に済ませてもらえませんか? ほら、ワタシって軍事に詳しいわけじゃ ないし♪」

 オタクがマジ切れすると何をするのか分からないからね。ワタシはとりあえず剣持主任に話をするように促した。そのワタシを見る仁村さんと詩衣那さんの顔 に浮かんだのは、剣持主任相手に話を聞こうとしているワタシに対する賞賛? それとも哀れみ? ……なんだか良く分からない。

「しょうがない、じゃあ極端にまで話を単純にしてみるからちゃんと聞いてくれ。……美姫君だけじゃなくて、詩衣那君も仁村君も聞くこと。いいねッ!」

 強引にまとめると、その場の全員に念を押す剣持主任。ホント、短く済ませてよね。でも、もしも話が長くなるようだったら最終手段、『トイレ〜ッ! 漏れ ちゃうーーーッ!!』と言って逃げ出しちゃおうかな?

「午後の実験予定のほうは大丈夫なのですか? 機械のメンテナンス作業には顔を出さなくてもよろしいのでしょうか?」

 左手を胸元まで持ってきて、ちらりと腕時計で時間を確認した仁村さんは、半ばあきらめの表情で最後の抵抗を試みる。限りなく無駄な抵抗のような気がしま すけど……。

「それなら整備係の作業員達に基本的な指示は出してあるから問題ない。というかこの段階で下手に私が顔を出したほうが作業が遅れてしまうかもしれないぐら いだよ」

 変な自慢(?)をする剣持主任。それって自分がおじゃま虫だって言ってるようにしか聞こえないんですけど。

「ふ〜ん、ホントかなぁ〜。それで、午後からは何をするつもりなの? 言っておくけど美姫さんをまた気絶させるようなことをしたら許さないからね。1週間 ぐらい口をきいてあげないんだから」

 細めた目で怪しそうに剣持主任を見る詩衣那さん。詩衣那さんってば、剣持主任のことをあんまり信用していないんだね。それはそうとワタシのことを心配し てくれてありがと♪

「詩衣那さん、気絶くらい大丈夫ですから気にしないでください。ワタシなら大丈夫ですから」

 心配してくれるのはありがたいけど、自分の意思でこの実験に参加しているわけだし、ワタシは詩衣那さんに、『ほら、この通り元気♪』と、両腕でガッツ ポーズを作ってアピールしてみた。

「ありがとう、美姫君。美姫君が気絶する直前のことなんだが、瞬間的に今までにないレベルで魔法力が強化されたらしい反応が出たことが記録されていたんだ よ。だから今は、その瞬間を恒常的に再現する為に零号機を調整中なんだ。今日はもうそれで終わりにするからね。調整が終わったらもう一度だけ付き合って欲 しい」

 そしてそのまま軽く頭を下げる剣持主任。あやや……。

「付き合って欲しいだなんてそんなこと言われなくても、きっちり協力させてもらいますよ。これは妖精全体の為になる研究ですからね」

 なんだか自分でいってて恥ずかしいセリフだけど、言ってること自体に間違いはないと思う。ワタシは体が熱くなるのを感じていた。がんばれッ! ワタ シッ!!

「そうか、ありがとうッ! 絶対にこの研究を成功させようじゃないか、美姫君ッ! ところでさっきの話に戻って妖精の軍事利用に関して、まずは軍事的にみ てもっとも重要な能力は【輸送力】であるということについての説明なんだが……」

 ああ、忘れていたわけじゃなかったのね。ワタシは心の中で小さくため息をついた。その思いは仁村さんも詩衣那さんも同じだったらしく、ワタシ達3人は剣 持主任には分からないようにそっと目で合図をするのだった。しょうがない。これも仕事と思って聞きますか。

「なるべく簡単に、そして短くお願いします」

 最後の抵抗というか、一応念の為の一言。しかし喋りたくてうずうずしている剣持主任の前に、それはむなしい一言だった。

「では、はなはだ不本意ながら可能な限り簡単に、そして可能な限り短く話すことにするが、美姫君は、知識というものは完全な形で吸収してこそ活きてくると は思わないのかい? そして新たな知識に出会えた喜びにうち震えたいとは考えないのかい?」

 対して剣持主任は、更に攻勢に出て来る。ダメだ。下手に抵抗したら【軍事における輸送力の重要性】という話の前に、【そもそも知識とは何ぞや?】という テーマで演説をされちゃうッ!

「……少しだけなら難しくなったり長くなったりしてもいいですから、早く話をしてください。お願いします」

 今度こそ本当に観念したワタシは、頭を下げるのだった。やっぱりちゃんと聞かないと収まらないんだね。ちなみに横を見ると仁村さんも詩衣那さんも軽く頭 を下げている。オタクで演説したがりの上司を持った不幸ってやつかな?

「皆が素直になってくれてうれしいよ。人間も妖精も素直が一番だぞ。さて、それはそうと軍事においてもっとも大切なのは輸送力という話なのだが…、輸送能 力の大小が軍事能力の大小を左右すると言っても言い過ぎではない」

 その一言が、剣持主任の大演説が延々と続く始まりだった。

「まずそもそも戦車とか戦闘機。それに空母や戦艦というものを【ウェポンキャリアー】と呼ぶことからも分かるように、本来の意味における【武器】とは、直 接的に相手にダメージを与えられる破壊力を持った銃火器や、爆弾に限られている」

 いきなり【ウェポンキャリアー】なんていう初めて聞くような言葉を、『知ってて当然!』という姿勢で出してくる剣持主任。これだからオタクは……。

「つまり軍事技術というのは、本来的な武器である爆弾等を如何に素早く遠くまで運ぶ事が出来るか? ということに重点がおかれて開発されてきた歴史だと 言っても良い側面があるんだ」

 ワタシと仁村さん、詩衣那さんの3人は、ふんふんとうなずきながらも下手に返事をするつもりはない。何か言った途端にまた話が脱線して長くなるだけなん だもん。

「より具体的に言うなら、鉄砲が発明されてからは如何に遠くまで正確に弾を飛ばすかという開発競争が始まったわけだが、その流れの果てにどんな大きな大砲 よりも遠くに強力な爆弾を輸送する、つまり目標となる敵まで強力な爆弾を運ぶ事が出来る手段としての爆撃機やミサイルが開発される事になり、そして現代で は地球の反対側にまで1時間もかからずに超強力な核兵器を輸送し命中させる事が出来るICBM(大陸間弾道弾)なんて物も出来てしまった。しかしそれによ りお互いに相手の喉もとにナイフを突き付けているような状況になってしまったから、少なくともそのような技術を持っている大国間においては実質上戦争は使 用可能なオプションでは無くなってしまい、戦争は抑止されることになった。技術の進歩が戦争を無くしたというわけだね」

 何だか剣持主任の知識って、もしかするとかなり偏りがあるのかも? ワタシは、話を聞きながらそう思ったが、具体的にどういう具合に偏りがあるのか分か らなかったので、やはりうなずきながらも黙っていた。

「しかし大国間の戦争が無くなったが故に出て来たのが、テロとの戦争だ……」

 そこでひといきをつくと、剣持主任はコップに入った水で喉を潤した。だから喋りすぎですってばッ! こころの中で突っ込みを入れるワタシだった。

「そもそもなぜ正規の戦争ではなくテロが起きるのかということは、構図としては簡単だ。相手の国が核を持っているか、または核をすぐさま開発出来るような 国を相手に戦争を仕掛けることは、報復手段として核を使われる可能性を考えたら自殺行為に等しい。だから国と国が自己の権益を主張する手段としての武力戦 争は影をひそめ、争いの主戦場は権謀術数を極めた外交交渉に移ることになったのだよ。しかし大国同士ならばともかく、色々と行きづまった弱小国が大国に外 交交渉力で勝てるわけがない。また当然に正規戦争を仕掛けることも出来ないから最後の手段というわけでテロに走るわけだ。ま、そんな国は、まともな手段で 勝てないということで裏技を使おうなんていう根性無しと見ることも出来るし、逆に勝つためにはどんな手段も使うこともためらわないという見上げた根性をし ていると見ることも出来るんだが……。問題なのはテロはいつどこで起きるかが分からないから、それに対処しようとするととんでもない手間と時間とお金がか かるということなんだな。ちなみにテロを無くそうと思えば、弱小国や団体がテロ以外の手段でも大国に自らの主張を認めてもらえる手段が存在すると思わせる と良いんだが、現在の国連は常任理事国の力が強すぎてちょっとうまくないといったところだな」

 え〜と、この話って妖精と軍事の関係についてが始まりだったよね? ホントに関係あるんですか? 剣持主任の話の先が見えない……。

「さて、それで【輸送力】に話を戻すが……。軍隊に求められる概念のひとつに【即応性】がある。これも【輸送力】に関係があるわけだ。軍隊は何か有事の際 には、出来るだけ早く現場に到着するなどの反応をするということが求められる。しかしテロが起こり得る場所も様々なら、その手段も様々だ。たとえば 1995年にあの有名な新興宗教集団が東京の地下鉄で起こしたような生物化学兵器によるテロに対処するには、それなりの装備と知識を備えた部隊の投入が不 可欠だが、当然そのような部隊をいくつも作って全国各地に配置するのは予算がかかりすぎてしまうから現実的では無い。したがって【即応性】を維持する為に も対処可能な数少ない部隊を、出来るかぎり素早く現場まで【輸送】するという選択肢が重要になってくるわけだ」

 あ〜もう、剣持主任は本当に気持ちよさそうに話をしているけど、聞いてるほうの身にもなって欲しい。それにしても詩衣那さんや仁村さんは、よくもまあ ちゃんと聞いていられるよね。もしかすると既に何度も聞いている話なのかもしれないのに。ワタシなんか自慢じゃないけど眠くなってきちゃった。だってなん だか別世界の呪文を聞かされているような感覚なんだもん。

「もちろんこの構図は特殊部隊の輸送にだけ当てはまるわけではない。例えば現在のアメリカ軍は世界のあらゆる地域で発生する紛争にも対処出来るように、日 本をはじめとする世界各国に軍隊を展開しているわけだが、ここでも輸送力の問題が出てくる。極端な言い方をするのなら世界のどんな場所で紛争が発生しよう ともアメリカ本国からその日のうちにフル装備の大部隊を投入出来るだけの【輸送力】があるのなら、なにもわざわざ世界各国から迷惑がられているのに平時か ら軍隊を世界各地に展開していなくても良いわけだ。何かあった時には本国に待機している部隊をその日のうちに送り込めばいいんだからね」

 う〜ん、もしかすると分かりやすい話なのかもしれないけど、普段、こういった軍事関係のことなんて考えたこともないからワタシには剣持主任の話が本当の ことなのかどうかということすら分からない。それにこの話のどこがどう妖精に結びつくのか想像すら出来ないし……。もしかしてワタシってお馬鹿さん?

「それからもうひとつ重要なのは、補給能力としての輸送力だな。いくら軍隊を素早く輸送しても、その軍隊を維持するための補給能力が追い付かなければ何に もならない。1回輸送すればそれで良いのではなくて、継続して輸送し続ける能力が必要なんだよ」

 剣持主任はひといきつくと、冷めてしまったお茶を一気に飲み干した。そして何かを期待するようにワタシをじっと見る。う〜ん、もしかしてワタシにアレを 言わせたいのかな?

「あの……、それで今の話と妖精がどう関係してくるんですか?」

 オタクの習性として、相手が知らないことを喋りたがるというものがある。剣持主任としては、ワタシが何も知らないことを確認したいのだろう。まったくも うッ!

「ふふふ、まだ分からないのかね? 機械で強化された妖精の魔法が、今言った全ての分野において【輸送力】の圧倒的な向上をもたらすのだよッ! おそらく 米軍もそれに気がついているはずだ。だからこそあの人権問題に世界一うるさいアメリカで妖精の人権がないがしろにされたままになっていると私はにらんでい るんだよッ!!」

 口から泡をとばしつつ力説する剣持主任。き、汚い。それにしても軍事の話からいつのまに妖精の人権の話になっちゃったの? ワタシの頭はもうついて行け ません。

「ふう〜っ、ようやく話が本題に入ったわね。まったく剣持さんの話ってば長い上にまわりくどいんだもん。男のおしゃべりは女性に嫌われちゃうわよ」

 今まで黙って話を聞いていた詩衣那さんが、ため息とも深呼吸ともつかない大きな息を吐きだす。疲れてますね? 実はワタシもです。

「詩衣那さん、あまり本当のことを言うものではないですよ。冗談になりませんから」

 仁村さんもすました顔で詩衣那さんをたしなめる。しかしその一言は詩衣那さんに向けられたものではないのは確かだ。剣持主任、ぼろくそな言われよう。少 しだけ同情しちゃうかも。

「は〜い♪」

 暗黙の了解なのか、詩衣那さんも明るく返事をする。完全に遊んでますね。ふたりとも。

「ひどい言われようだなぁ〜。これでも女性にはもてるほうだと思うんだが……。美姫君、今の話は退屈だったかい?」

 あまり気にした様子もなく、ワタシに振ってくる剣持主任。だからどうしてワタシに振るの!?

「えっ? あの〜、退屈というよりも、その話がどうして妖精と結びつくのか分からないというのが正直な感想というかなんというか」

 あせあせとしながら、答えるワタシ。その様子を見て、詩衣那さんがワタシをからかう。

「そういうのを退屈っていうのよ。美姫さんも、訳が分からない話をする剣持さんのことを嫌いになっちゃったでしょ?」

 にやにやと楽しく笑いながら、しかもその視線はワタシではなく剣持主任を向いているとなっては、誰に向かって言っているのかが丸分かりである。前に家に 来た時に見た剣持主任は、自信満々のマッドサイエンティストで向かうところ敵無しという感じだったけど、詩衣那さん、というか女性には関係ないことなのか なあ。男ってなぜかどうがんばっても女に頭があがらない時があるんだよね。

「いえ、嫌いになったということはないですけど、ただ話が軍事関係でしょ? 今までその手のことに関心がなかったから分からないだけで、妖精と軍事がどう 関係するのかということには興味ありますから」

 最初は詩衣那さんに向かって、後半は剣持主任に向かって話をするワタシ。なんだかもうその場の雰囲気を壊さないようにするのが習慣になっちゃってるか も。喫茶店のウェイトレスをしていることによる職業病かな?

「聞いたかねッ!? 詩衣那君ッ!! 美姫君は今の話に興味があると言ってるぞッ!! さすがは美姫君だ。やはりに元男の子だっただけのことはある。いや 〜、えらいぞ。このような時代だからこそ軍事問題に関心を持たなくてはな」

 我が意を得たりとばかりに喜ぶ剣持主任。この人ってアニメオタクだけかと思っていたら、軍事オタクでもあったんだ。もしかすると妖精オタクでもあるのか もしれない。まさにマルチオタク……。

「は、はあ……」

 今の私は女の子なんだけどなあ〜、と、思いながら生返事をする。

「じゃあ、美姫君も話を聞きたがっていることだし、続きを話すことにしようか。とにかくさっきまでの話をまとめると、武器そのものである爆弾を敵にまで運 ぶという【輸送力】、部隊を素早く展開するという【輸送力】、そしてその部隊に必要な物資を補給するための【輸送力】、そのすべてを飛躍的に増大させるこ とができる可能性を秘めているのが、妖精の魔法なのだよ」

 自分の言葉に興奮してきたのか、顔を赤くしつつ大声をあげる剣持主任。だけどワタシにはどうして剣持主任がそんなにも興奮しているのかが分からない。

「妖精が使える魔法と言えば、空を飛ぶことだけですよ? もしも魔法を今とは段違いに強化する方法が見つかったとしても、妖精に出来るのは飛行機のエンジ ンの代わりぐらいじゃないんですか?」

 前に、剣持主任が妖精の魔法を使った飛行機を作るのが当面の目的であると話していたことを思い出しながら、ワタシは質問してみた。確かに剣持主任は前に そんなことを言っていたような気がするんだけど、ワタシの記憶違いじゃ無いよね。

「もちろん妖精が空を飛ぶ為に使っている魔法を強化増幅することが出来れば、飛行機どころか惑星間宇宙船を飛ばすことだって簡単だろうな。しかし確実に存 在すると確認されている妖精の魔法がもうひとつあることを忘れちゃいないかね?」

 完全に楽しんじゃっている雰囲気の剣持主任。もうッ! じらしちゃ嫌ッ!!

「……詩衣那さん、妖精が使える魔法って、空を飛ぶこと以外に何かありました? そう言えば詩衣那さんは、遠くのことが分かっちゃう千里眼のような魔法が 使えるとか言ってましたけど、そのことなんですか?」

 考えても何も思いつかなかったワタシは、横にいる詩衣那さんにそっと聞いてみる。

「ちょっと違うわね。その魔法は妖精なら誰でも使えるというような魔法じゃないもの。私のような蝶の羽をした妖精じゃないと使えないんじゃないかしら ね……」

 ちらりと剣持主任の顔を見ながら答える詩衣那さん。どうやら詩衣那さんは答えを知っている様子だったけど、剣持主任のオタク魂に遠慮しているのか、答え そのものを話そうとする様子はない。

「妖精世界に居る妖精の全てが使えるかどうかまでは分かりませんが、少なくとも人間世界に居る元人間の妖精達なら誰でもその魔法は使えるはずですよ。潜在 的には……、ということですが」

 答えが分からずに黙っているワタシに対して仁村さんが助け船を出してくれたけど、もしかしてそれって【召喚】? ワタシはそれに気がついて、目を大きく 見開いてしまった。

「どうやら美姫君は、今、正解を想像することが出来たようだね。そう、元人間だった妖精の誰もが潜在的に使える魔法。それは召喚魔法だッ! 何しろ召喚魔 法が使えない妖精が人間を召喚するなんて無理な話だろうからね。まあ、現状で人間世界に召喚魔法が使える妖精がいないのは確かだが、妖精の魔法を機械的に 強化増幅することが出来るなら話は別だ。潜在的に使うことが出来る魔法なら、必ず実用レベルで使えるようすることが出来るッ!!」

 自信を持って言い切る剣持主任。なるほどそうなのか。ワタシは剣持主任の気迫に圧倒されてしまった。

「そして、もしも大規模な召喚魔法を自由自在に使えるようになった時こそ、世界の軍事常識は根底から覆されるのだよ。分かるかい? 順番に説明しよう。ま ずは世界の超大国が多額の予算を費して構築している戦略核兵器システムが戦争発生に対する抑止力としての機能を大幅に失う……。そもそもなぜ戦略核兵器に 戦争を抑止する力があるのか? 簡単に言えば『やったらやり返されてしまう』からだ。既にソ連も崩壊して久しいから美姫君にはピンと来ないかもしれない が、米ソの冷戦が核兵器を使った熱い戦争に発展しなかったのは、お互いに大量の戦略核を持っていたから核戦争を仕掛けた瞬間に自分も破滅するという状況が 明白に存在したからだ。相互確証破壊というやつだな」

 剣持主任の話は、学校でもなかなか習わないような現代史のなかでもラスト部分だから、正確に理解出来たとは言えなかったけど、言わんとしていることは理 解できる。ワタシは黙ったままうなずいた。難しい話だけどまだ大丈夫。ついて行ける。

「これは、核爆弾を輸送する手段としてのロケットの能力が、攻撃側の核ミサイルのすべてが迎撃されない程度には高性能であり、同時に防御側が反撃の核ミサ イルを発射出来る時間的余裕が有る程度には性能が悪いから相互確証破壊が成り立ち、抑止力が生まれるわけだ。ま、私としても専門分野外だから荒っぽい理屈 になっていることは自覚しているが、間違ってはいない。ここまでは良いかな?」

 米ソが使い切れない程の核兵器を抱え込んで対立していた東西の冷戦終結後に生まれたワタシだけど、剣持主任の言うことは理解出来る。でも、剣持主任が次 に言いたいことってもしかしなくても……。

「大体のことは分かりますよ。それにしてもここの研究って、戦争をするための研究だったんですか? そんなことは聞いてませんよ。まさか核爆弾を妖精の召 喚魔法を利用して、敵国の中心部に送り込もうという研究だっただなんて」

 妖精の為になると思えばこそ剣持主任の研究に協力しようと思ったのに、なんだかちょっと複雑すぎるかも。

「確かにそういう使い方も出来る♪ 凄いだろうね。魔法を発動した瞬間に敵国の軍事基地の全てがドッカーンッ! ……と、地上から消滅してしまう。しかし それは可能だが非現実的なオプションだね。それじゃあ戦闘には勝てても戦争には勝てない。今の時代、国際世論の支持こそ戦争の勝敗を左右するものだから ね。それよりも、敵国の武器の全てを一気に召喚して敵軍を無力化しちゃうなんてどうだい?」

 楽しい悪戯(いたずら)を思い付いた少年のような顔をする剣持主任。

「え、そんなことも出来るんですか?」

 考えてもいなかった方法を聞かされて、ワタシの中に生まれかけていたこの研究に関する嫌悪感が消えてしまった。う〜ん、もしもそんなことが出来るのなら すごいかも。

「出来るとも。理論的にはだがね。しかしそこまで大技を使わなくても、その他にも色々と面白いことが出来るはずだぞ。例えば軍事行動をしている全部隊にお いてもっとも弱い部分は昔から輸送部隊と決っている。戦闘部隊を直接叩くだけの戦力が無くても、輸送部隊を叩き続けていけば補給が滞って、戦闘部隊の戦力 を無力化できるわけだが、そういった危険性は輸送路が物理的に長くなればなるほど大きくなる。だが召喚魔法による物資輸送が現実になれば弱点が無くなる 分、軍の総合的な防御力・攻撃力は大幅にアップする。実はこれが一番大きい。軍が実際に戦闘している時間なんて微々たるものだからな」

 段々と、一般人には分かりにくい世界の説明に突入しちゃった剣持主任。う〜ん、軍事オタ……。

「まあ、核爆弾を召喚魔法を応用して敵国に送り込もうという話よりはましですが、それにしてもやっぱり戦争用の研究なんですね……」

 妖精の生活向上のためには仕方がないと納得しているワタシだったから、研究そのものに対する協力を止めようとは思わなかったけど、戦争のための協力は ちょっと嫌かも……。そんな気持ちがワタシの声を微妙に暗くする。

「妖精の魔法を戦争に応用すればそれこそとてつもないことになるということを心配する気持ちは分かる。私としても本当に作りたいのは妖精の魔法を利用した 惑星間宇宙船なんだよ。火星はおろか、太陽系中の惑星探査を有人で行うことも可能かもしれないとなったらなおさらだ。しかしね美姫君、既に妖精は軍事目的 で利用され始めている可能性が強いんだよ。米軍によってね」

 考え込んでいる様子のワタシを見て、剣持主任は話を核心に進めて来た。妖精に対する機械の悪影響をキャンセルする装置、商品名『妖精用電波ガード1号・ まもる君』や、妖精の魔法を強化増幅する装置、試作品名『零号機』と同じような機能を持った機械を米軍が開発しているらしいという話に。なんだか話がここ に来るまでの道のりって長かったな……。

「美姫さん、海外における妖精事情って、何か変だと思わない? 日本以外の国ではおおむね何らかの形で妖精の人権が制限されているのよ。宗教的にみて妖精 は人間とは違う生き物だから、人間であることを唯一の理由として与えられる人権を妖精に認めるわけにはいかないだなんて、どこか無理のある理屈にしか思え ないんじゃないかしら?」

 詩衣那さんがまじめな顔をしてワタシに聞いてきた。その態度にはワタシの身体を撫でまわしたあのときの雰囲気は微塵もない。こんな態度が取れるなら最初 からそうしてくださいッ! 静かに心の中で突っ込むワタシだった。

「……何か、今までの話と関係があるんですか?」

 詩衣那さんの質問に対して、同じく質問で返すワタシ。だって考えても分からないんだもん。

「私のおじい様は私が妖精に召喚されて以来、妖精が人間と同じように暮らしていけるように加賀重工の財力をはじめとしてあらゆる力を使って政界に働きかけ てきてくれたわ。そのおかげで少なくとも日本国内においては妖精であってもごく普通に人権を認められているけど、同じように海外に働きかけてもなぜかいつ もどこからか妨害が入るの」

 この部屋にはワタシ達4人しかいないのに、声をひそめて話す詩衣那さん。盗聴されてる? まさかね。

「実際のところ海外の大半の国でも、妖精の人権は一切認めないという考えの人は少数派なんだよ。ところがなぜか国家としての意見となると、妖精には人権を 認めないか、もしくは大幅に制限しているのが実情だ」

 剣持主任は声をひそめるでもなく、苦々しく詩衣那さんの言葉を補足する。う〜ん、何やら陰謀の匂いが……。

「誰か、妖精に人権が認められると困る人でもいるんですか?」

 座ったまま剣持主任の顔を見上げつつ話していてちょっと首が痛くなってきたワタシは、羽を出すと剣持主任の顔の高さまで身体を浮き上がらせた。ふう、や や爽快感♪

「というよりも、世界的に妖精の人権が認められていない状況のほうが都合が良いという団体がいるんだよ。具体的に言えばそれが米軍ということなんだ が……」

 言葉を区切ると、メガネを外してレンズをハンカチで拭く剣持主任。いよいよ結論が話されるのかな?

「知ってるかな? 妖精の人権を基本的には認めていないアメリカ合衆国なんだが、軍に入ることを条件に人間と同等の人権を認めているという話を。そのせい でアメリカ国内の妖精の大半が軍人になっているということなんだが……。怪しいと思わないかね?」

 手の甲を口にあてて、声をひそめてみせる剣持主任。深刻そうな声の割に、目が笑っているのはなぜ?

「アメリカ合衆国政府は、妖精が自ら軍に志願するように誘導する為に、あえて妖精の人権を認めていないのよ。妖精だけを徴兵するわけにもいかないしね。そ う考えれば、日本政府がいくらアメリカ政府に妖精の人権を認めるように要請しても聞いてくれないわけよ」

 苦々しくつぶやく詩衣那さん。なんだかちょっと悔しそう。

「そしてなぜ米軍が妖精をかき集めているのか? 気づいているんだよ。彼らは……。妖精の魔法を軍事に応用したときの絶大な効果を。だからアメリカ政府 は、あらゆる力を使って世界各国で妖精の人権が認められないように工作して、世界の妖精達がアメリカに亡命して軍に志願するように仕向けていると……、そ う私達はにらんでいるんだよ」

 なんだかワタシの頭の中で、パズルのピースが全てあるべき所に収まって行くかのような感じがした。まさかッ! でもッ!? そうなのかもしれない……。

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第7章 そして光の翼……


「準備は良いかい?」

 スピーカーから流れてくる剣持主任の声。そう、ワタシ達はまた実験に臨もうとしていたのだった。アメリカ合衆国政府が世界中で妖精の人権が認められない ように工作して、唯一米軍に志願すれば自国民はもちろん亡命者にも完全な人権を認める意図。それは妖精の魔法を軍事目的に利用する為だという。人権という 餌で世界中から妖精をかき集める。まるで兵器の部品のように。……最低だッ!

「準備といっても心の準備だけですから、いつでもOKです。それよりも、この研究が妖精の為になるのは確かなんですよね?」

 先ほどの話を思い出しながら念を押すワタシ。答えはもう分かっているけど、やっぱり聞いておきたい。

「もちろんだとも。妖精の魔法を増幅して利用する装置が、軍事目的のものしかない状態になってしまったら、その世界の妖精は永遠に軍に縛られてまやかしの 人権を与えられたままになってしまうだろう。兵器の中枢部分である妖精に自由が認められるはずもない。だからこそ我々が先に開発してしまうんだよ。もっと 夢のあるものをね。そして世界に教えてやろう。妖精と人間が共存するすばらしい未来をッ!」

 具体的な言葉がないにもかかわらず、どこか剣持主任の言葉には力があるような気がする。これっていわゆるカリスマ? それとも単なる煽動者なのかな?  まあ、妖精の為になるならどっちでも良いか。利用できるものは利用する。それで良いよね。

「はいッ! 分かりました。剣持主任ッ!!」

 調整が終わったという零号機の中心に据えつけられた椅子に座ったワタシは、右手でガッツポーズを作る。皆から見えるか見えないかは知らないけど。

「美姫さん、剣持主任の言うことをあんまり信じないほうが良いわよ。この人って単に自分がやりたいようにやってるだけなんだから。そうね、さしずめ今は自 分も乗れるような宇宙船を作りたいってだけなんじゃないかしら。『生きている間にせめて月に行きたい』って、いつも言ってたもの」

 良く言えば冷静な、そして悪く言うなら冷めきってあきれ果てている様子の詩衣那さんの声がスピーカーの奥から聞こえてくる。う〜ん、そうなのかな〜。

「どっちにしても今の開発スピードが続くとしたら、月まで飛べるような魔法駆動の宇宙船が開発出来るのはまだ先ですね。主任が生きている間に開発出来るか しら?」

 仁村さんもさりげなく茶々を入れる。愛されてるね。剣持主任♪

「仁村君〜〜」

 情けない声で抗議をしている剣持主任声を聞いていると、ホント、少年の心を持ったまま大人になったっていう感じかもしれない。

「アメリカのほうの開発具合も似たようなものなんですか?」

 ちょっと気になったので、聞いてみる。もう既に開発済っていうのだったら嫌だな。

「それについては、文字通り軍事機密だからほとんど情報はないんだが、おそらくまだじゃないのかな。あくまでも単なる想像だがね」

 確信がなさそうな声の剣持主任。そうか、分からないんだ。

「それはそうと美姫さん。大丈夫とは思いますが、もしも危ないと思ったら、迷わず先程の脱出装置を作動させてくださいね。こちらでもスーツからの信号を常 時モニターしていますけど、装置の電源を切るのが間に合わない可能性もありますから」

 仁村さんの冷静な声が聞こえる。ワタシは、コントロールルームの方を見ながらこくりとうなずいた。大丈夫。たぶんOK。

「では、もう一度だけ確認する。午前中の最後の実験で美姫君が気絶をする寸前、美姫君はとても気分が良くなったということだったね。だから今回の実験では その瞬間の状態を再現してみるわけだが、それが第一段階となる。第二段階は例によって美姫君に羽を出してもらって、その羽が通常の状態に比べてどれぐらい の大きさになっているかということで魔法の強化増幅の度合いを見ることになる。何か質問は?」

 感情のこもらない無機質な印象を与えるほどの冷静な声が聞こえる。だからこそ剣持主任の緊張の度合いも大変なものだと言うことが分かる。ふ〜む、もしか して危ないのかな?

「質問はありません。ちゃんと手順は分かってます。いつでもいけますよ♪」

 その場の雰囲気を和ませるため、あえて何も心配していなさそうな明るい声で応えるワタシ。椅子に座ったままながら両腕を大きく振りまわし、元気さをア ピールしてみる。

「うむ、良い返事だ。しかし無理をすることはない。危ないと思ったら仁村君が言ったように、すぐに脱出用のレバーを引くんだ。いいね?」

 剣持主任もワタシを心配する。まあ、さっきは気絶しちゃったし、しょうがないかな。

「それは大丈夫ですけど、あの網でキャッチするのは、もう少しなんとかならないんですか?」

 午前中のことを思い出して、ちょっとだけ要求をしてみる。なんだか網に捕獲されるのって、あんまり良い気分じゃないし。

「改善すべき点であることは認めよう。とりあえず今のところは我慢しておいてくれ。……では、零号機の起動に入る。起動30秒前ッ!」

 剣持主任が、零号機の起動を宣言すると、スピーカーからはカウントダウンをする声が聞こえる。これは、仁村さんの声だ。

「……27・26・25・24・23・22・21……」

 自分では緊張していないと思っていたけど、カウントダウンが進むにつれて自分の小さな手のひらから汗が滲みだして来るのを、ワタシは感じていた。やは り、全く緊張しないということは無理なのかな。身体って正直だね。ワタシは軽く握っていた脱出装置のレバーをギュッと握りしめるのだった。

「……5・4・3・2・1、零号機、起動ッ!」

 その瞬間、例のコンピューターによる不快な感覚がワタシを襲う。しかしそれもつかの間、零号機が完全に立ち上がると不快感を回復させるような感覚がとっ てかわる。単純に快感とでも言えば良いのだろうか? 精神的な快感が肉体レベルまで来たような感じと言えば少しは分かってもらえるんじゃないかな?

「零号機、アイドリング状態。美姫さんの身体反応に異常はありません。良好です」

 仁村さんの声が遠くから聞こえる。ワタシ自身が世界の全てに広がって行くような……。

「予定値まで出力上げ。ゆっくりとな」

 指示を出す剣持主任。その声も遠くから聞こえる。

「徐々に出力上がります……。現在、予定値の50%、……70%、……90%、……予定値まで出力上がりました。全て正常。美姫さんの状況も良好です」

 椅子に座っているにもかかわらず、雲の上を歩いているような感覚。そして今なら何でも出来そうなぐらいの高揚感。……確かに、気分は上々かもしれない。

「よし、予定通りだ。やはりこのポイントで調整すると、美姫君の魔法力は詩衣那君よりも何倍も強化されるようだな」

 スピーカーから聞こえる剣持主任のつぶやき声。そうなのか……、詩衣那さんよりも何倍も上なんだ。

「でも、今まで協力してあげたのは私ということをお忘れなく♪」

 詩衣那さんの茶々が聞こえる。その言い方、詩衣那さんらしいかも。

「詩衣那君、それは十分に分かっているから……。では、美姫君、羽を出してくれないか? 今の状態なら通常の10倍の大きさぐらいは軽く行けるかもしれな いぞ。まあ、それは冗談としても3倍から4倍の大きさを期待したいところだな」

 詩衣那さんに弱味でも握られているのか、どうも剣持主任の詩衣那さんに対する態度は怪しすぎる。なにかこう、おどおどしてる時があるし。それとも詩衣那 さんが単に加賀重工の会長の孫娘だからというだけなのかな?

「あんまりプレッシャーをかけないでください。緊張しちゃうのはあまり良くないんじゃないですか?」

 一応、言葉ではそう返したものの、本音を言えば先程も言ったように何でも出来そうな感覚だったので、言葉の内容とは裏腹に妙に自信に満ちた口調になって しまった。う〜ん、ワタシって、こんなキャラだったっけ?

「確かに……。では、美姫君。自分で出来る範囲で頑張ってくれ。決して無理はしないようにな」

 その言葉を最後に、スピーカーからは誰の声もしなくなった。ワタシの周囲を取り囲む12台のパソコン本体、零号機が発するブーンといった作動音だけしか 音がない。静かだ。普通ならうるさく感じるかもしれない音に囲まれているにもかかわらず、何故かその音は大自然そのものが語りかけているかのようだった。

「今から羽を出します」

 そう宣言したワタシは目をつむり精神を集中させると、ゆっくりと背中から羽を出し始めた。ゆっくりと、あくまでもゆっくりと。そう、大きなシャボン玉を 作る為にゆっくりとストローに息を吹き込むように。

(力が……、流れ込んで来る……。これは零号機から? ……そうか、妖精の魔法が機械で増幅されている以上に、零号機を通じて魔力をもらっているんだ)

 ゆっくりと羽を出していたからだろうか? ワタシはなぜか突然に気がついてしまった。ワタシが持っている魔力が増幅されているのは確かなんだけど、それ 以上に零号機を通じて魔力をもらって いることに。というわけでワタシは、積極的にその魔力の流れを受け入れてみることにした。なぜって? そうしたほうが良いと心の奥でささやく声がしたよう な気がするんだもん。

(人間が作った機械でしかない零号機だけど、人間が大いなる大自然の一部なら、その人間が作った機械もまた自然の一部……。零号機、そしてそれをサポート する機械達。もしもワタシを助けてくれる気持があるのなら、ワタシに力を貸してください)

 後で考えるとなぜそういうお願いをしたのか不思議な気がするのだけど、とにかくその時のワタシは、心の中でそうお願いをしたのだった。そしてそのお願い が終った瞬間ッ! ワタシの中に流れ込んで来る魔力が、今までとはくらべものにならないぐらいの量になったのだった。この調子なら、かなり大きな羽が出せ るかもしれない。

「美姫君ッ!」

 目をつむったまま、なるべく大きな羽を出そうと精神を集中していたワタシを、剣持主任の鋭く叫ぶ声が打つ。どうしたんだろう?

「美姫さんッ! 羽を出すのを止めてッ! このままじゃ天井を、羽が天井をつき抜けちゃうッ!!」

 切迫感あふれる詩衣那さんの声に、ワタシはそれまでつむっていた目を開くと首を右にひねり、いつもよりも大きく広がっているであろう羽を確認してみる事 にした。するとそこには思ってもみなかった光景が広がっていた。なんと通常の3〜4倍どころか、いったい何倍の大きさになっているのか見当もつかない大き さにまで大きくなったまだ実体化していない光の羽が、ドームの天井をつき抜けてまだ大きくなっていこうとしていたのだった。

「キャーーーッ!!」

 半ば思考停止しかけたワタシは何をするでもなく、ただ叫び声をあげるしかなかった。

「電源カットッ! システムを強制終了しろッ!」

 慌てきり、完全に冷静さを失った剣持主任の声が響く。

「駄目ですッ! 電源が、電源が切れませんッ!!」

 仁村さんの声もパニック状態だ。もちろんワタシもパニック状態であることは言うまでもない。ただ自分の背中から生えている非現実的な大きさにまで大きく なったキラキラと輝く光の粒子状態の羽を、呆然と見ていることしか出来なかった。

「美姫さん、美姫さーーんッ!!」

 詩衣那さんもパニック状態になってしまったようで、その感情が波となってワタシにも流れ込んで来るのが感じられた。しかしそのおかげだろうか? 心が乱 れて、零号機から流れ込んで来る魔力が一瞬だが止まったのだ。いけるかも?

「大丈夫です。なんとかなるかもしれない」

 一瞬だが魔力の流れ込みがストップしたことにより、ワタシは自分の中に供給された魔力をコントロールすることに成功したと思った。そこでワタシはこれ以 上羽が大きくならないように、まずは光の粒子状態の羽を実体化させることにした。しかし今、それだけはやってはいけないことだったのだ。今となっては既に 遅かったけど。

「駄目ッ! 今、羽を実体化させちゃ駄目ーーーッ!!」

 何かに気づいた詩衣那さんが、大声をあげる。何!? 何のことを言ってるの? ともかく羽をしまうために、一度この大きさで羽を固定しないといけないの に……。

「魔力のコントロールは出来てますから……。うわッ! キャーーーッ!!」

 大丈夫ですと言おうとしたそのとき、ワタシはその羽に激痛と言うのも生やさしい痛みを感じた。詩衣那さんが、なぜ羽を実体化させるなと言ったのかという ことが分かった時、既に事態は手遅れだった。天井をつき抜ける程大きくなった状態で実体化したワタシの羽は、それが光の粒子状だった時にはドームの天井を 素直になんの抵抗もなくつき抜けていたのに、実体化した瞬間に羽は天井の構造材によって分断されたのだった。

「美姫君ッ! 美姫君ッ!! 今、助けるからなッ!! くッ、スイッチで電源が切れないなら、電源コードを断ち切れッ! 物理的に電源をカットするんだ。 それでも駄目なら、構わん。零号機を破壊しろ……」

 激しい痛みの中、剣持主任の怒鳴り声を聞きながらワタシは気を失いかけていたが、気を失う直前、ワタシはなぜか感じていた。妖精世界にいるはずの、今は 妖精のエルフィンのものとなってしまったワタシの元の人間の身体の存在を。

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次回に続く



【 あ と 書 き 】

 さて、お久しぶりの妖精的日常生活です。何とか14話までやってきました。予定では最終回まであと12話ですから、半年に1作の割合で書いても、完成ま ではまだ6年かかるわけです(遠い目)。おそらくそれよりも短くなることは無いでしょう。でも、とにかく完結まではがんばりますので何とぞよろしくお願い いたします。
 それはそうと今回からファイルをちょっと工夫して、7つの章に分けてみました。というわけで、200KB超の大容量でも朝まで安心。読んでる最中に寝て しまっても、すぐに途中から読み直すことができます♪ いや、ホント。
 まあ、冗談はおいといて……。というか、ぜんぜん冗談になってないような気がするけど、今回から徐々にシリアス度がすこ〜しずつアップしていきます。今 回は妖精の魔法を強化する機械の開発の1シーンを描写しましたけど、次回はそれを利用した製品が世間に売り出される様子を描写する予定です。やはり初期設 定に、美姫ちゃんが妖精世界の戦いに介入する展開が何も無かったものですから、それをねじ曲げて介入を可能にさせるためにはいろいろと追加設定を積み上げ ないといけませんからね。時間がかかります。
 あらすじを羅列してラストまで速攻で持っていくということはしたくないので、どうか作者のわがままにあと数年(10数年?)、おつきあいくださいませ。
 現在は別シリーズの、魔法少女♪奈里佳の第3話を書いてますので、妖精的日常生活の第15話は、その後の執筆になりますから、完成と発表は今年度中にで きたら良いかな? と、いう状況ですね。
 それでは皆様、ここまで読んでいただいてありがとうございました。次回は、第15話、『研究 成果?』でお会いいたしましょう。(^_^)/~
 


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