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山田家の家族会議

作:ジャージレッド




「あはははは〜、というわけでここは再生医療専門病院に接続された電脳空間の仮想現実領域なわけなんだが、とりあえずあれだけの事故にあっても一家4人、 めでたく無事に助かることが出来ました! で、これからどうするかということを決めようと思うんだが……」

 とりあえず仮にも一応、山田家の家長である健治(けんじ)は、その威厳のかけらもない態度と声で家族会議の開会を宣言した。

「どこが無事なのよ! ぜんぜん無事なんかじゃないでしょ!!」

 中学生ぐらいに見えるツインテールに髪をまとめたちょっと生意気そうな娘が、ひきつった笑いを顔に張り付けながらも何とかその場の雰囲気を明るくしよう とする父親の言葉をさえぎり、カミナリを落とす。

「死にかけてるのよ! 4人とも身体は焼け焦げてたしグチャグチャだったし!! 助かったと言っても医療カプセルの中で脳みそだけがぷかぷかって浮いてる だけじゃない!! ああ、こんなことならやっぱり家族旅行なんかせずに友達と遊びに行ってればよかった」

 そのまま可愛い顔に似合わず、ものすごい形相で父親をにらみつける。

「喜代子(きよこ)、確かにお父さんのそんなに上手じゃない運転で、事故をおこすような場所とも思えないようなところで事故をおこしちゃって車は潰れちゃ うし、ついでにエンジンからは火が吹いちゃって、熱くて痛くて、もうホントに死にそうになっちゃったわけだけど、『と・り・あ・え・ず』生きてるんだか ら、そんなにお父さんのことを悪く言っちゃダメよ」

 一家の主婦である好美(よしみ)が娘をたしなめる。しかし顔は娘のほうを向いているが、視線だけは健治のほうから片時も外さないその態度が言葉とはうら はらな心境をもの語ってるようで、なんだかとっても妙に恐い。

「ねえ、僕達、死んじゃうの?」

 両親と姉の会話を聞き、自分なりに何かを感じたのか、まだ小学校低学年に見える子どもがちょっと不安げに父親に質問する。

「竜司(りゅうじ)、みんな死にはしないから安心しろ。ただ、今まで使ってきた身体はもう完全に壊れちゃったから、新しい身体に交換することになったんだ よ。で、今からそのことについてみんなで話し合おうってことなんだよ」

 安心しなさいと息子の頭に手を乗せる健治。

「まあいいわ。ともかくこうなっちゃったもんはしょうがないわけだし、問題はこれからのことよ。お父さん、ひとつ聞きたいんだけど、最新式のクローンボ ディを保障してくれるちゃんとした保険には入ってるのよね? お父さんって、しっかりしているようで変な所で抜けてるんだもん」

 怒ってばかりいてもしょうがないと、喜代子は若い娘らしく考えを切り替えると健治に問いかけた。

「そういえば、『保険のことは会社のつき合いがあるから』って、あなたが全部仕切ってきたのよね。私も詳しい保障内容を知らないんだけど大丈夫なの? 確 かに前に聞いた話だと喜代子が言ったようにクローンボディを保障してくれる保険だとは聞いた記憶があるけど、御近所の鈴木さんが入っている保険に比べてず いぶん月々の保険料が安いような気がしたんだけど……」

 喜代子の言葉を聞いて急に不安になってきた好美も、指を折って月々の保険料の計算を始める。

「大丈夫、任せなさい。保険業界No.1のリバース総合保険だぞ。間違いがあるわけないじゃないか」

 胸を張る健治。対していっせいに顔を曇らせる3人の家族たち。今回の事故のことも含めて、今まで健治の『間違いがない』に何度もだまされて来たことを思 い出したのだろう。

「なんだ、その顔は? お父さんのことを信じてないのか? ようし、じゃあリバース総合保険の担当の人を呼んで説明してもらおうじゃないか。……ああ、も しもし。斎藤さんですか? ちょと、私が契約している保険の件で、家族の者に説明してもらいたいんですけど? ……え!? そちらからも話さなければなら ないことが有る? はあ、分かりました。では、お待ちしてます」

 テーブルの上に置いてあった内線電話で現実空間に連絡を取った健治は、少々不審そうな顔をして受話器を置いた。

「どうかしたの? 何か問題でもあったのでなければいいんだけど」

 ますます心配そうな表情を深める好美。その横では喜代子が弟の竜司に肩をすくめてみせる。

「いや、とりあえず相談したいことがあるということしか聞いてないんだよ。担当の斎藤さんという人がすぐにこっちにやって来るそうだから……」

 自分自身もさすがに不安になってきたのか、その声は徐々に小さくなってくる。健治は所在なさげに視線をさまよわせる。すると家族4人が座っているテーブ ル横の空間が明るくなったかと思うと、光りが人間の形となり、ピシッとしたスーツを着た男が現れた。

「お待たせいたしました。リバース総合保険の斎藤です。お見知りおきを。とは言いましても今の私のこの姿は電脳空間における仮の姿でございますから、現実 の私の姿とは少々違いがあるんですが、どうかご容赦ください」

 斎藤と名乗ったリバース総合保険の担当者は、丁寧に健治に向かって頭を下げた。ちなみに現在の山田家の4人も、今見えるその身体は電脳空間の仮想現実領 域でのみ存在している実体のないものでしかない。

「いえ、そんなことよりも、何か問題があったのですか?」

 健治は時間が惜しいとばかりに、おじぎをする斎藤を軽く手で制した。

「おお、そのことなのですが、再生治療に先立ち、山田健治様がご加入されています保険契約内容をご確認いたしましたところ、問題のあることが分かったので す。具体的に申しますと保障限度の問題により、ご家族4人の方すべてに完全なクローンボディをご提供することができないのです」

 斎藤は営業スマイルを曇らせると、さも『お気の毒です』という表情をその顔に浮かべたのだった。

「しかし! 私は保障内容が無制限の保険に入っていたはずですが!!」

 声を荒げて斎藤に抗議する健治。山田家の他の3人は不安そうに顔を見つめあっている。

「確かに山田様は、事故や病気が原因で身体の全部、もしくは一部を人工体や人工臓器に交換する場合の保障は無制限となる保険にご加入されていますが、この 場合の【無制限】とは【金銭的な無制限】を意味しているのではなく、【保障対象事由が発生した時点における最高品質のクローンボディをご提供する】という 意味での無制限なのです。しかもご契約内容によりますと、その保障を受けられるのは、契約者である山田健治様ご本人のみとなっております」

「じゃ、じゃあ、クローンボディは1人分しか用意出来ないって言うんですか? そんな馬鹿な! 確か契約前の説明だと、家族に対する保障もあると聞いてい たんですよ!!」

 慌てふためく健治。

「お父さんの馬鹿、もう、なにやってんのよ! 私、脳味噌だけで生きてくなんて嫌だからね!!」

 父親に対して遠慮のない喜代子。健治は何か言い返そうと思ったが、自分自身の頭の中が混乱していることもあって、ただ口をぱくぱくとさせることしか出来 ない。

「僕達、これからどうなるの〜?」

 そう言うなり泣き出す竜司。電脳空間でそこまで可能かとも思えるが、ちゃんと涙まで流している。

「竜司……」

 やはりどう言葉をかけて良いのか息子の名前を呼んだきり、健治はそのまま口を閉じてしまう。

「抜けてる、抜けてるとは思っていたけど、まさかここまで抜けてただなんて。抜けるのは髪の毛だけにしておいてください。もう、あなたには何も期待しませ ん」

 そのまま目をつむり、海よりも深いため息をつく好美。もはやおろおろとするしかない健治であった。

「皆様、何か誤解をされていませんか? 確かに私は、『最高品質のクローンボディをご提供出来るのは、ご契約者である山田健治様ご本人だけ』と、申しまし たが、ご家族の方に対する保障がないわけではないのですよ。ご契約内容には、ちゃんとご家族の方に対する保障も含まれています」

 斎藤はそう言って山田家の4人を安心させた。

「しかし斎藤さん、さっきあなたは、『家族4人に対して完全なクローンボディを提供することはできない』と言ったじゃないですか。結局、どういったことな んです?」

 健治はわけが分からないなりにも家族に対する保障が一応はあると聞き、少し安心した様子で斎藤に尋ねた。そして好美、喜代子、竜司の3人も、斎藤がどう 答えるのか真剣な面持ちで聞いている。

「つまりですね、山田健治様おひとりがクローンボディや人工臓器をご利用になる場合、契約内容は無制限となっていますので、その費用に上限はありません。 全ての実費費用を保険で負担させてもらうことが可能です」

 ここまではよろしいですね? と、斎藤は山田家4人の顔を見渡した。

「しかし、ご家族の方々に対する保障は無制限ではないのです。健治様に現時点における最高品質のクローンボディをご提供する為の費用を最大限に見積もりま して、その1.2倍を限度とした費用に見合ったクローンボディをご提供することが出来るだけなのです」

 そして斎藤は、その言葉が山田家の面々の頭に染み込み理解されるのを待つかのように口を閉ざす。あたりはしばし沈黙が支配することになったが、その支配 に異を唱えたのは主婦の好美だった。

「あの……、ということは、クローンボディは、2人分しか用意出来ないということですよね。どうしてそんなことになるんです?」

 信じられないと、目を丸くして斎藤に問いただす好美。

「必要な人数のすべてにクローンボディの提供をする保障よりも、ある程度の制限を付けた金銭保障タイプの契約のほうが、月々のお支払いがお安くなるんで す。山田健治様はご契約時に、契約者本人以外に対する保障には金銭保障タイプのオプションを選ばれたと、そういうわけでございます」

 淡々と機械的に事実を述べる斎藤。

「思い出した! そういえば、まさか一度に家族全員がこんなことになるだなんて思ってもみなかったから、そういう保障にしたんだった……」

 しまったという表情を浮かべ、呆然とする健治。

「で、結局どういうことになるんでしょうか?」

 黙りこんでしまった健治に代わって好美が斎藤に質問する。

「私が相談したいことというのも、まさにそのことなんです。つまりですね、今後の再生治療についてなんですが、現在のままですと、御契約者である健治様に は完全なクローンボディを御提供出来るのですが、ご家族の3名様には、ひとりあたりに必要な予算の40%しか無いということになるのはおわかりでしょう か? つまり費用が全然足りないのです。せいぜいアンドロイドタイプのボディにするのが精いっぱいです。そこで保障内容を契約の範囲内で見直したいのです が、いかがでしょう」

 にこにこと笑顔を浮かべる斎藤。

「アンドロイドタイプのボディって、それってロボットのことじゃない! そんな身体になったら、もう一生恋なんか出来なくなっちゃう。いやだからね、ロ ボットになるだなんて私は!!」

 口から泡を飛ばし、猛烈に反対意見を述べる喜代子。もうこの際みっともないという言葉は辞書から消してしまったらしい。

「お姉ちゃん、僕達、ロボットの身体になるの? なんだか面白そうだね。カッコよさそうだし♪」

 小学校低学年らしい感想を嬉しそうに話す竜司。

「バカ! あんた、ロボットの身体になることの意味なんて分かってないでしょ!」

 弟の頭をげんこつでぐりぐりとする姉、喜代子。いつの世も、姉というものはこういうものである。

「ちょっと、大事な話をしているんだから静かにしなさい。それで話を戻しますけど、『いかがでしょう』と言われても、何をどう見直すのかを聞かせてもらい ませんと……」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ子ども達を軽く叱ると、好美は首を傾けつつ斎藤に話の先を促した。

「これは失礼いたしました。結論から言いますと、健治様に完全なクローンボディを御提供するという保障内容を金銭に換算して、その費用も含めて家族の方々 で平均して使ってみてはどうか? ということなのです。これなら完全なクローンボディに再生治療するのと比較して、お一人様あたりの費用が、約55%とな りますから、オーダーメイドのクローンボディは無理でもバイオロイド用に育成された既製品のクローンボディを流用するなら、なんとかかろうじて生身のボ ディを買うことが出来るというわけなんです。但しこの方法を使うには、健治様の御承認が必要なのですが……、御承認頂けますか?」

 そして4人を順番に見渡した斎藤は、最後に健治の顔をしっかりと見据えて返事を待った。しかし健治はどう返事をしたものかと、すぐには返事が出来なかっ た。
 ちなみにバイオロイドとは、望みの年齢まで成長(製造)させたクローンボディに、有機脳コンピューターを載せて疑似人格をプログラムしたものである。今 回は有機脳コンピューターの代わりに、山田家4人の生身の脳をバイオロイド用のクローンボディに入れてみてはどうか? と、いうことなのだった。

「ああ、もう! じれったいわね! なにも考えることないじゃない。斎藤さん、それでお願いします。お父さんもそれで良いわよね? いいでしょ!?」

 強引に話をまとめようとする喜代子。父を父とも思わぬ態度である。……かもしれない。

「だけど、喜代子、既製品のクローンボディを使うということは、外見が今までとは全く違ってしまうってことなんだぞ。それでもいいのか? アンドロイドタ イプのボディなら、少なくとも外見は今まで通りに出来るんだぞ。やっぱり今までと外見が変わったら、人間関係とか色々と大変になるだろう……」

 なんとか踏みとどまり反論しようとする健治だったが、それは好美と喜代子の2人に阻まれた。

「外見が変わっても、機械の身体になるよりも生身の身体のほうがよっぽどましよッ!」

 テーブルをダンッ! と叩き、言い切る喜代子。

「あなたは、家族がロボットになっちゃっても本当に良いんですか? 自分だけ元の身体と同じクローンボディにしようだなんてダメですよ。家族みんな同じ条 件で平等にしましょう。それが家族というものです。まさか嫌とは言いませんよね?」

 笑顔で、夫を脅迫する妻、好美……。対する健治は冷汗だらだらである。そしてまだ現状が把握しきれていない竜司は、家族の様子をきょとんとして見てい る。

「……それじゃあ斎藤さん、そういうことでお願いします」

 女性陣2人の視線を思いっきり感じつつ、健治は斎藤に頭を下げた。

「分かりました。それではご契約者本人である健治様に対する保障を金銭換算して、これをご家族の方に保障される金銭と合計した額を上限として、山田家の皆 様4人の方の再生治療をさせて頂くことといたします。さてそれでは……」

 にっこりと営業スマイルを全開させた斎藤は、テーブルの上の内線電話に手を伸ばした。

「もしもし、斎藤です。……ええ、山田様より了解を得ることが出来ました。はい……、はい……、分かりました。ではそのように伝えます。ええ、1時間とい うことですね。……はい。では、カタログデータへのアクセスを可能にしてください。よろしくお願いします。ええ、では失礼します」

 電脳空間から現実空間に対する通話を終えると、斎藤は受話器を置いた。

「それでは皆様、こちらにクローンボディの既成品カタログデータが入っていますので、この中から再生治療に使用する御自分用のボディを選んでください。そ れからその決定は、1時間以内にしてくださいますようお願いいたします」

 テーブル横のボタンを斎藤が操作すると、それまで平らだったテーブルに家族4人分のモニターと操作パネルがそれぞれの目の前に現れた。そして同じくテー ブル中央に現れた大きな砂時計が、さらさらと落ちる砂で時を刻む。

「あの、1時間以内っていうのはどういうことなんですか?」

 健治が家族4人の気持を代弁して疑問を口にする。

「現在の皆様の現実空間での姿は、医療カプセルの中で浮いている脳みそだけという状態なわけですが、その状態を維持するにもやはり色々と費用がかかります からね。あと1時間程度ならともかく、それを越えるようですと保険金額だけではお金が足りなくなって、既成品のクローンボディですら御用意出来なくなる可 能性もあるということなんです」

 そこまで説明すると斎藤は、『しかたありませんよねえ、』と、小声で付け加えた。

「それでは、皆様、どのボディにされるかが決まりましたらお知らせください。それまで私は脇で控えていますから、何か質問がございましたらいつでもどう ぞ。ああ、それから皆様の目の前にある端末で御自分用のボディを選ばれると、モニターの右下にご家族4人の見積もりの合計金額が出てきます。ボディの選択 の際には、そちらのほうも御参考にしてください。それではよろしくお願いします」

 そして斎藤が部屋の隅のほうに引くと、テーブルを囲むようにして座っている山田家の4人はお互いに目を見合わせた。軽い緊張状態が山田家の4人の間に漂 う。

「それじゃあ、とりあえず自分の気に入ったクローンボディを選んでみようか。それで予算内に収まればそれで良いわけだし、予算オーバーだったらそのときは そのときで考えよう」

 見つめあっていてもしょうがないので、健治はその場を仕切ってみる。

「そうですね。時間もないことだし、そうしましょうか。喜代子も、竜司も、それでいいわね?」

 テーブルの上の砂時計をちらりと見ながら、好美も健治の提案に賛成すると、二人の子供達に確認をした。

「わかったわ」

 軽くうなずく喜代子。早くもその手は自分用に割り当てられた端末を操作している。

「これで、好きな身体を探せばいいんでしょ?」

 モニターを指さし、母親に確認をする竜司。この時代の子供は、小さな頃からこういったものの操作に慣れているので戸惑いは無いようだ。姉の様子を参考に しながら、見よう見まねでパネルを操作し始める。

「そうよ。これからの自分の身体になるんだから、ちゃんとしたのを選ぶのよ」

 こうして山田家の4人は、各自それぞれが自分の新しい身体を選ぶべく、クローンボディの既成品カタログに目を通していくのだった。







「私は、このクローンボディがいいなあ。ほら、東京ドリームランドで使われているパレードアトラクション用のバイオロイドのクローンボディなの。けっこう いいでしょ。ね、お母さん」

 テーブル中央に置かれた砂時計の砂が3分の1近く落ちた頃、クローンボディの既成品カタログデータを検索していた喜代子が好美に話しかけた。そして喜代 子は、好美が操作している端末にデータを転送する。

「あら、外人さんみたいに日本人離れした可愛い子ね。でも、どうせ身体を完全に変えるんだからここまで外見を変えちゃうのも良いかもね。私は旅館の仲居さ んタイプのにしようかと思っていたんだけど……、いっそのこと私もそういったのにしようかしら?」

 なんだか楽しそうな雰囲気の母娘ふたり。『きゃあきゃあ』と、はしゃいでいる。

「お母さんにお姉ちゃん、ふたりとも東京ドリームランドのバイオロイドにするの? 僕もなんだけど、みんな一緒だね」

 さっそうとパネルを操作してクローンボディの既成品カタログデータを検索していた竜司だったが、目当てのタイプのボディは奇しくも姉が選んだものと同じ で、東京ドリームランドで使用されているパレードアトラクション用のバイオロイドのクローンボディだった。但し、彼が選んだのはまだ小さな男の子のボディ ということだけが違っていた。

「あら、竜司もここのにしたの?」

 弟の竜司が行った選択の結果を見て、へぇ〜と、感心した声をあげる姉、喜代子。

「だって、僕ぐらいの歳の男の子のクローンボディって言ったら、ドリームランドで使われているぐらいのしかないんだもん。いいよね、女の人用のクローンボ ディはいっぱい種類があってさ」

 やや、不満顔の竜司。

「それはそうと、あなたはどんなボディを選んだの?」

 まだ、どのクローンボディを選んだのかを発表していない夫に対して、好美は問いかけた。

「それなんだが、今までの外見に1番近いところで執事タイプのバイオロイド用のクローンボディなんか良いんじゃないかなと思うんだが……。それにしても男 性用のクローンボディの既製品っていうのは数が少ないんだな」

 妻の問いかけに答えていた健治だったが、最後は誰に話すわけでもなく、つぶやくようにちょっと不満を口にした。

「しょうがないわよ。お父さん。既成品のクローンボディっていうのは、大半が女性用なんだもの。男性用のクローンボディなんてほとんど造られていないん じゃないかしら? ほら、街で見かけるバイオロイドもほとんどが女性タイプでしょ」

 訳知り顔で答える喜代子。とはいっても、それぐらいのことはこの時代の誰もが知っていて当り前の内容だったりする。

「そうか……。まあ、バイオロイドの中で一番普及しているのは、介護用のバイオロイドだけど、確かにだいたい女性タイプばかりだな。男性タイプのバイオロ イドって、数が少ないとは思ったけど、あらためて見てみると本当に数が少ないし、やっぱ、出回る数が少ないと値段も高いんだろうなぁ……。ん? そう言えば4体の合計でいったいいくらになっているんだ?」

 まずは値段のことなど気にせずにボディを選んで来た4人だったが、最終決定するにはやはり予算の問題が立ちはだかっている。各自、それぞれのモニターの 右下に表示される合計金額に目を凝らす。

「ああ、これは高すぎますね。150%以上の予算オーバーです」

 ごく淡々と事務的な発言をしたのは、それまで部屋の隅にいた斎藤である。健治の背後から背中越しにモニターを覗き、羅列されている数字を確かめると、軽 く肩をすくめる。

「お父さんの選んだボディが高すぎるのよ。もう少し安いのを選んでもらわないと、私達の分に回す予算が無くなっちゃうでしょ。予算は公平に分けてもらわな くちゃね、家族なんだから♪」

 喜代子としては父親のクローンボディよりも自分のクローンボディのほうが大事である。最後はこんな時だけ愛想を良くして、父親への牽制を忘れないのはさ すがだ。ま、普段はともかくおいといて。

「しょうがないだろ、高すぎるんだよ! いくら需要が少なくて生産数が少ないからと言っても、ここまで男性タイプのクローンボディの値段が高いなんて異常 じゃないのか? この執事タイプのバイオロイドのクローンボディも、ほとんどオーダーメイドのクローンボディと値段が変わらないんだから」

 父親の威厳も何も無く、癇癪をおこす健治。……まったく大人げがない。

「でも困ったわねえ。竜司が選んだクローンボディもけっこう高いみたいだし……。時間もあもり無くなってきてるから、早く決めないといけないんだけど」

 好美の視線の先には、砂を落し続けている砂時計があった。

「でも僕もあのクローンボディ以外にもう選びようがないよ。だって他にあの年齢の男の子タイプのって無いんだよ。それにお母さんとお姉ちゃんが選んだク ローンボディだって、かなり高いと思う」

 こと、ここに至り、山田家の4人は顔を見合わせてしまった。予算内では各自が希望するそれぞれのクローンボディを用意するのは、もしかすると不可能らし いということが理解出来てしまったのだ。つまり、もっと格安の、『安かろう悪かろう』というクローンボディを選択しなくてはならないかもしれないというこ とに。

「もっと格安のクローンボディって言ったら、中古のバイオロイドからのリサイクル品しかないじゃない。……ほら、見てよ。私の分の予算から言ったら、何と かなるのは40歳台位の外見になるまで使い古された中古ボディだけじゃないっ! いやよ、そんな使い古しのどんな病気があるかも分からないようなクローン ボディを使うのは」

 真っ先に反対したのは喜代子だった。まだ女子中学生の身の上にしてみたら、いきなり40歳台になってしまうのは絶対反対だろう。

「でも、喜代子。喜代子はまだ良いほうだぞ。お父さんと竜司の場合は、もっと条件の悪いボディしかないんだからな。予算内で手の届く男性用のクローンボ ディと言ったら、60歳台前半ぐらいまで使い込まれたやつぐらいしか無いんだぞ」

 困り切った表情の健治。横にいる竜司も放心状態である。

「私の場合は40歳台のクローンボディといったら、年齢的にはちょうど良いと言えばちょうど良いですけど、いきなり娘が同年代になったり、息子がおじいさ んと呼んでも良いような年齢になったりするのは嫌ですよ。あなたがおじいさんになるのはもうしょうがないですけど」

 同じくこちらも困り切った様子の好美。自分だけのことならともかく、家族全員のことを考えると、どうして良いのか分からなくなってくる。 

「……いったいもうどうしたらいいんですか? 斎藤さん」

 疲れ果てた健治は、リバース総合保険の斎藤に助けを求める。
 砂時計の砂は、既に残りあとわずか。このままではもうあと数分でタイムリミットになってしまうだろう。そうなってしまったら、4人の脳を医療カプセルの 中で生かしておくことだけでお金がかかってしまい、クローンボディを買う為の予算がさらに減ってしまう。何も考えがまとまらない状態の中、健治は、『月々 の支払をケチらずに、ちゃんとした保障内容の保険に入っておけば良かった』と、後悔していた。

「皆様、お困りですね。しかし御安心を。どうぞカタログのこちらを御覧ください。ここには正規ルートから外れたクローンボディの数々が掲載されています。 例えばこの中にございますこれは、愛玩用兼、性的な奉仕をさせるものとして開発されたバイオロイド用のクローンボディです。しかし開発が終わって販売に至 る直前にこの手の法律規制が強化されたものですから犯罪品扱いとして行き場を無くした大量の在庫を、当社ではこのような目的の為に仕入れることができたの です」

 斎藤がパネルを操作してモニターに映し出したクローンボディのスペックと価格を見てみると、確かに安い。今まで見てきたものに比べれば、激安と言える。 健治を始め山田家の面々は、それだけは認めることが出来た。

「ええと、確かに安いですけど、私用のクローンボディだとしたら、ちょっと幼すぎじゃないですか? 可愛いと言えば可愛いんですけど、この娘の年齢はどう みても10歳ぐらいですし……。まあ、歳を取っちゃうよりはマシですが」

 モニターから顔を上げた喜代子が、素直な感想を漏らす。その意見には他の家族も同様である。

「お嬢様には、とりあえず気に入って頂けたようですね。そこで御提案なのですが、山田様。この格安ボディなら4人分をそろえても予算内で十分におつりがく ると思うのですが、いかがでしょう? 若くて健康的で、そして新品のクローンボディ。御予算の中では最高の品だとお勧めいたします。それとも、ご家族そ ろってアンドロイドタイプのボディになさいますか? 早く御返事を頂かないと、もう時間がないのですが……」

 砂時計の砂はもうほとんど落ちかけている。健治はそれを見て、うなり声を上げるのだったが、最終的にはもはや選択肢は残されていないのは明白だった。







「おはよう喜代子。どうしたの? まだパジャマのままで。早く着替えてきなさい」

 早朝、家族の朝食を用意していた好美は、台所にパジャマ姿で現れた娘の喜代子をたしなめた。

「だって、制服が見当たらないんだもん。お母さん知らない?」

 喜代子は、『おかしいなぁ〜』と言いながらあちこちを探し回っている。

「おはよう。好美、喜代子」

 するとそこに健治がやって来た。

「あーーッ! お父さん、なんで私の制服を着ているのよ。早く脱いで返してよ。予備の制服は昨日クリーニングに出したばかりだから、今はそれしか制服は 残ってないのにッ!!」

 健治が自分の制服を着ているのを、目ざとく見つけた喜代子は、健治に詰め寄る。胸ぐらを掴まなかっただけありがたく思えと言わんばかりの勢いである。

「代わりに今日はお父さんのスーツを貸して上げるから許してくれ。今日はお父さん、女子中学生風のかっこうをして御得意様を接待しなくちゃいけないんだ よ。いやあ、なんと言うか、リクエストされちゃってね♪」

 健治は初めて着たセーラー服の感触を楽しみつつ、今の自分と全く同じ顔をしている娘に笑いかける。

「気色悪ーーいッ! そんなロリコンで変態な人の為に私のセーラー服を着ないでよ。どうせ、触らせたりなんかするんでしょ?」

 中身は間違いなく父親なのだが、外見はいまの自分と同じで、10歳程度の女の子の身体をしている。そんな健治に対して、娘の喜代子は遠慮のない言葉を投 げかける。まあ、もとからタメ口だったような気もするが……。

「まあ、触られるぐらいなら別に問題ないだろ?」

 女の子の身体になってから、ちょっと性格が変わったかもしれない健治だった。

「もう、どうでも良いから、喜代子も早く着替えてきなさい。それから、あなたッ! いくら接待とはいっても、変なことまでしたら浮気とみなしますからね」

 エプロンをして片手にフライパンを持ち、すごんでみせる妻、好美の顔に、本気の色を見た健治は、慌ててこくこくとうなずいた。ちなみに好美の姿も、夫や 娘とまったく同じ顔形である。

「おはようございます。お父さま、お母さま、お姉さま」

 ちょと険悪になりかけた台所に、場違いなまでに上品な挨拶の声が響く。やって来たのは、これ以上フリルをつけたら元の服の布地が見えなくなるんではなか ろうかというようなゴテゴテとした装飾を施した服を着た竜司である。もちろんその姿も顔も、他の3人と同じく10歳程度の女の子になっている。
 元の年齢とのギャップが無いだけに過剰なまでに今の身体に適応しているのだが、……まあいいか。

「竜司、セーラー服を来てはいるけど、『お父さま』は、あっちよ」

 弟の間違いを指摘する姉、喜代子。しかし見た目は完全に姉妹である。いや、正確には四つ子の姉妹という感じか?

「それは失礼いたしました。お姉さま」

 元々可愛らしい系の男の子だったのだが、外見も完全に女の子になった今、その態度は、今の竜司の姿からしたらとてもよく似合っている。

「まあ、元々、男に媚びる為に造られたバイオロイド用のクローンボディなんだから、お父さんや竜司のように身体を使うのが、しっくりくるのかもしれないけ ど、私や喜代子のような元からの女性組にしてみたら、何だかちょっと変な感じね」

 ため息をつく好美。しかしその顔は笑っている。服装こそバラバラだが、顔を見合わせる同じ顔と身体をした4人の少女達。誰からともなくクスクスとした小 さな笑い声が湧き起こる。

「ねえ、私達って幸せよね?」

「「「もちろん♪」」」

「生きてるだけで、儲けもんだよ」

「「「そうそう、そのとおり♪」」」

 誰が問いかけ、誰が答えたのかということは、見た目が全く同じになってしまった4人の家族にとっては既にどうでもよいことになっていた。



終わり


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