「花押付き秀吉朱印状(・o・ ))(( ・o・)?」
史料紹介
TV東京系の「おんな太閤記」をちらちら見ておりますが、前田利家役の原田泰造を見てると、なぜかブサイク侍に見えてしまいます、あほやんです(・ω・)ノ
「花押付き秀吉朱印状」(・o・ ))(( ・o・)?
史料は
こちら
ちょっとガチで読めませんΣ(T▽T;)グワーン
うっかり釈文を書いてたくさん読み間違ってると、何かと差し支えがあるので、誰か読める方、読んでみてください。
記事はこちら、
asahi.com(朝日新聞社)「花押付き秀吉朱印状 三重・亀山市歴史博物館に」
asahi.comによると、
「羽柴秀吉が1584年、亀山城主の関右兵衛にあてた書状が三重県の亀山市歴史博物館で公開されている。東京大学史料編纂(へんさん)所に写本はあるが、実物の所在は長い間不明だった。同館が京都市の古書店にあるのに気づき、08年7月に189万円で購入した。通信文は9行したためられている。秀吉は「亀山城に織田信雄軍が攻めてきたが、堅固に踏ん張った」とたたえ、「亀山城が攻撃対象になるとは思わなかった」と告白。文章は祐筆と呼ばれる書記の筆跡とみられるが、花押は秀吉本人だ。秀吉の朱印状は豊臣政権の公文書として数多く残っているが、花押を据えた文書は少ないという」
そうです。
どうでもいいんですけど「花押付き秀吉朱印状」って、朱色のハンコ、どこにも無いんですけど(-д-;)
つーか、「花押」の付いている「朱印状」って、どういうのをイメージしたらよいのかな(・o・ ))(( ・o・)?
てきとーな記事、書きよってっ(;゜ロ゜)ノ
どんな書札礼やねんっ(;゜ロ゜)ノ
なお「花押付き秀吉朱印状」の(たぶん)写しは、(今手元に無いですが)『愛知県史』などにも掲載されているようです。また、
播磨良紀「秀吉文書と戦争―小牧・長久手の戦いを中心に―」(藤田達生編『小牧・長久手の戦いの構造―戦場論 上』)
の表1・2にも挙がっています(こちらも「書状写」となっています)。
う〜ん、新年早々久しぶりに歴史っぽい話でした♪(ノ≧∇≦)ノ
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