目にはっきりと映る架け橋として  小説

 外では秋雨(あきさめ)が降り出した。室内にいて雨が降る音を聞きながら、あたしは座っていた座椅子を幾分倒し、リクライニング状態にする。さすがにこういった天候だと気分は沈む。疲れるのを感じていた。普段からずっと在宅で仕事をしていて、運動不足気味になっている。特に必要なとき以外、外には出ない。二年前まで散歩をしていたのだが、この街もめっきり犯罪が増えた。滅多なことじゃ外を歩けないぐらい物騒だ。週に二度、買い物には行っているのだが、店内などでもなるだけ無駄な時間を潰さないで、必要なものを買ってしまったらすぐに帰ってくる。その繰り返しなのだった。そして仕事の合間に疲れたらすぐにベッドに横になり、静かなクラシック音楽を聴きながら眠る。ゆっくりと時を送っていた。出来るだけ自分の時間を作って楽しみながら……。
 年下の彼氏の健一郎はサラリーマンで、普段ずっと外回りをしている。営業職なので街のあちこちに車を飛ばしながら、得意先などを回っていた。彼は彼で大変なのだ。別に健一郎は仕事ぶりが悪いわけじゃない。ただ営業成績においては中の上ぐらいで、社でも真ん中辺りを走っているのが実態だ。もちろん営業マンは歩数で稼ぐ。車を近辺に停めたら辺り一帯を歩き回りながら、注文を取ってくる。知り合ったきっかけは彼が社から売り込みを促されているダイエット用のサプリメントをあたしが買ったことだった。家にこもる仕事は何かと太りやすい。それにずっと家にいれば、欝(うつ)のような状態にもなってしまう。そういったことの対処法として健一郎が売っているサプリメントを試しに買い、よかったので、定期的に送ってもらうよう手配した。それと同時に彼とも付き合い出す。彼は五歳年下で、週末あたしの自宅マンションに会いにやってくる。体を重ね合う仲だった。互いにある程度加齢していたので、何ら抵抗なく相手を受け入れることが出来て、別にこれと言って言い分はない。それどころか、健一郎はあたしの体調を心配してくれ、いろんなサプリメントを勧めてくれた。飲み合わせると案外体調がよくなる。特にコラーゲンやヒアルロン酸などは肌によかった。女性にとって必須(ひっす)の健康補助食品である。あたしも三十代後半になり、ようやくそういった健康のことを意識し始めた。ずっと健康でいられないと――、と思いながらサプリメントを飲み続けている。もちろん食事も三度きちんと取り、室内で軽く体操などをしながら溜まっていた無駄な脂肪を燃焼させていた。まあ、一度肉が付いてしまうと、落ちにくいのが現実だったが……。
     *
 十月の中頃のとある日、健一郎があたしの自宅にやってきた。確かに携帯電話に来る旨を伝えるメールが入っていたので、彼が来てくれるとは予測できていたのだが……。室内を綺麗に片付けて掃除をし、ホットコーヒーをいつでも淹れられるように電機ポットにお湯を溜め込んでいた。健一郎もせめて休日ぐらいはゆっくりしたいようだ。アラフォー女性がアラサー男性と付き合うのは別に珍しいことじゃない。あたしもいつもはずっとパソコンの画面を見続けているので目が疲れやすかった。ドライアイになっているのも分かる。だけど随時仕事が入ってきていた。マシーンのフリーのメールボックスに業務用のメールが入ってきていたので、それを読みながら手順を踏んで在宅で仕事をこなす。キーを叩くのがあたしの仕事だ。パソコンは古いOSのものを使っていたが、支障はない。単に速度が幾分遅いというだけで、それ以外は全く問題がなかった。このマシーンは五年前買ったものでまだまだ使える。あと五年ぐらい使ったら新品を買い、データを移してしまってから乗り換えるつもりでいた。パソコンは寿命があるというが、上手に使えば一つのマシーンを十年でも十五年でも使用できる。あたしの友達にも相当古い型式のパソコンを使っている人がいた。単に使用する際に上手く使うか、乱暴に使うかだけの違いだ。キーを叩き続けながら、ずっとそんなことばかり考えていた。ふっと気が抜けると立ち上がり、コーヒーを淹れる。その日は健一郎が来ていたので、彼の分にホットのコーヒーを淹れてカップを差し出した。
「ああ、ありがとう」
 健一郎がカップを受け取り、口を付けて飲む。彼はエスプレッソを好むので、あえて濃い目に淹れていた。別にアメリカンでもよかったのだが、普段ずっと街を歩き回っていてブラックの缶コーヒーを買って飲む代わりに、カップに五杯分ぐらい水筒のようなものに入れて持っていっているという。典型的なコーヒー党なのだった。健一郎はコーヒーを飲み終わるとあたしに抱きついてきた。抱きつかれたあたしも応じて抱き返す。ゆっくりとベッドの上で絡み合った。そして体を重ね合い、抱き合い続ける。加齢していても恋愛に法則はない。単に腕同士を絡ませ求め合うだけだ。互いの体が熱を帯びたように熱くなってくる。外はさっきまで晴天だった空から雨が降り出していた。どうやら雨雲が掛かり始めていたようだ。雨が降るザーという音が聞こえてくる。あたしたちは抱き合った。満足いくまで。
     *
 幾分荒いぐらいの呼吸と、かなりの体力を伴う性行為が終わった後、あたしたちはベッドに並び、いろいろと語り合っていた。この時間は女性にとって大切なのである。実のところ、いきなりシャワールームに行きたくはないのだった。女性は男性と違って行為の余韻を楽しむ。別に不自然じゃない。それに会えなかった時間、自宅や会社などで何があったのかを、全部電話やメールなどで伝え切れていなかったので話し込む。何もおかしなことはないのだった。単に時間を共有できているということだけなのだし……。
「健一郎」
「何?」
「普段お仕事きついでしょ?」
「うん、まあね。でも慣れたよ。外回りしてると健康にもいいし」
「あたしは運動不足よ。ずっと在宅でパソコンに向かって仕事してるんだから」
「そう?……でも可奈(かな)ちゃん、スタイルいいって思うよ。別に太ってるわけじゃないみたいだし」
「そう言ってくれると嬉しいな」
 あたしが頷き、彼の唇に自分のそれをそっと重ね合わせた。そして湧き上がる愛おしさを感じ取る。何も抵抗はない。愛し合うという一点に尽きるのだから……。窓から外を見ると、いつの間にか雨が上がってしまっていた。もう一度ゆっくりと抱き合う。大人同士の恋愛は何も学生のそれの延長線じゃない。しっかりと互いを想い合っていたからこそ関係が出来るのだ。そして一通り抱擁(ほうよう)が終わった後、二人でシャワールームへと向かった。これから共に入浴する。それで浮いていた汗や脂を洗い落としてからリビングで寛ぐ。あたし自身、健一郎と一緒にいるときテレビは見なかった。彼がそういったものにあまり興味がないことを知っていたからだ。代わりに静かなクラシック音楽を掛ける。落ち着いた感じで休日が過ぎ去っていく。難しいことは何も考えなくていいのだ。せめて休みのときぐらい。また休みが終われば、互いに仕事なのだし……。
 雨上がりの空にくっきりと虹が出来ているのが窓から見えた。これがあたしたちのこれからの運命を象徴するように思える。目にはっきりと映る架け橋として。
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