マル鉄コレクション館 更新情報  
マル鉄コレクション館最新記事情報をお知らせいたします。


平成21年11月6日 アップ 国鉄から地下鉄への乗入れ硬券乗車券:馬橋〜北千住→80円

平成21年11月7日 アップ Nゲージ GMキット改造:クモハ51830(身延線)

平成21年11月5日 アップ 「トレたび」さんから掲載のご案内!(特集:急行列車)
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Nゲージ 展示ケースの試作品モニター  

『うんちく・カザール』


バナーをクリックすると、販売ページに飛びます。

また、モニター記事は『マル鉄コレクション館』でアップしていますので、是非覗いてみてください。

最新記事は、この下にアップしています。お見逃しないように!
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2009/11/7  1:15

485系「やまびこ」:総集編(その2) 非貫通型  特急型電車(交直流・交流)
こんばんわ。
今日は久し振りにボリュームのあるやつをアップしちゃいます。

上野〜盛岡間を結んでいた485系特急「やまびこ」。東北本線では初の電車特急となった列車です。最初はボンネット型での登場ですが、間もなく東北本線全線電化に際して青森運転所へ移管となり、同時にボンネット型の運用がなくなってしまいました。

それからは、貫通型200番代及び非貫通型の300番代(後に1500番代も参入)というあまり変化のない編成になってしまいました。

今回は、非貫通型300番代の総集編としてアップいたします。


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昭和52年 上野駅にて

文字マーク時代の「やまびこ」です。まだ貫通型の車両が多く配置になっていたためでしょうか、貫通型の写真は何枚かありましたが、非貫通型の写真をやっと見つけました。なんとか見られる写真はコレだけみたいです。


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昭和55年頃 川口駅にて

雑誌用の写真を頼まれて撮っていた頃。現像の技術が未熟でボツになってしまった写真。でも、この頃はそうでもないとあまり特急列車の写真を撮っていなかったようで、このきっかけが無かったら残っていなかったかもしれない。


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昭和56年 蕨駅にて

東北新幹線の開業を間近に控え、近場でも写真を撮るようになりました。ただし、東北・上越新幹線の開業による動きは大き過ぎて、「やまびこ」ですらあまり的が絞れなかったほどでした。


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昭和56年1月5日 白坂駅にて

母親の田舎に行く際、単独行動で寄り道して撮った写真。
急行の止まらない白坂駅ですが、特急の追い越し待ちで運転停車する例が多く見られました。


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昭和57年1月4日 豊原〜白坂間にて

景色の良いところで最後の勇姿を撮ろうと一大決心で、豊原〜白坂間を踏破しました。
しかし、雪ならまだしもずうっと雨・雨・雨。参りました。
上下線が離れているのであまり効率が良くなく、「やまびこ」はたった2枚しか撮れませんでした。


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昭和57年6月22日 貝田〜越河間にて

在来線特急「やまびこ」としての最終日です。国鉄に入社して間もない頃でしたが、出番を合わせてもらって友人と最終日の「やまびこ」の撮影に臨みました。
この日限りでなくなってしまうなんて信じられない気持ちでした。走っている「やまびこ」たちは何の装飾もなく、いつもどおりに東北本線をかっ飛ばして行きました。


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昭和57年6月22日 宇都宮駅にて 上り最終「やまびこ8号」

そして、とうとうお別れの時がやってきました。全ての撮影の行程を終え、最終の「やまびこ8号」へ乗り込もうと福島駅で待っていると、入線してきた列車には「さようなら やまびこ」の大きな装飾がされていました。カメラを構えていなかったため、写真を撮ることができず、上野駅ではパニックだろうし、写真は撮れないと思っていたのです。
しかし、途中の宇都宮付近に来たところで、東北本線が送電故障だか忘れましたが、運転見合わせになってしまったんです。確か、宇都宮駅で30分以上は止まってしまったと記憶しています。そんなトラブルのお陰で、真っ暗な中、勘でスローシャッターにより撮影したのがこの写真です。なんとか、ギリギリ画像になった感じですが、とても思い出深い最後となりました。


「やまびこ8号」に乗車したときの特急券を「マル鉄コレクション館」でアップしています。
在来線「やまびこ」特急券:上り最終列車


過去ログでアップした「やまびこ」のリンクを貼っておきますので、よろしければご覧ください。行った先のリンクは旧AOLでリンクが壊れていますので、こちらに戻ってリンクを辿ってください。

  ・485系「やまびこ」:総集編(その1) 貫通型

  ・クハ481−1500番代「やまびこ」

  ・クハ481ボンネット用「やまびこ」ヘッドマーク
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2009/11/6  6:49

只見線のサボ キハ55?  気動車(急行・その他)
こんばんわ。
昨日はメチャクチャ低調なアクセスで、やること成すことみんなダメ。
テンション限りなく0に近し。

なので今日は1枚だけ。


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昭和57年1月4日 国鉄 只見線

ずっとキハ58のサボを撮っていたと思ったのですが、良く考えたら、キハ58系のサボは向かって左側ドアの右上についています。
これはどう見ても車体センターの下部。急行塗装でこの位置と考えれは・・・そう、キハ55系ですね。そう言えば、キハ55に乗ったかもしれません。

東北線の撮影から上越線の撮影に抜ける際、無謀にも真冬の磐西〜只見線を使って異動しました。
もうこの頃から温暖化の影響があったのでしょうか、只見線は何の支障もなく走っていました。昔は急行列車を計画運休するほどの豪雪地帯だったんですがね。

こういうサボの写真は、アップで撮ってしまうと車両の状況を隠してしまいがちですね。
センターについているサボだったら、少し引いて形式と一緒に撮っておきたいもんですが・・・もう、こんな車両も無くなってしまいましたね。
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2009/11/5  0:41

石巻線:消滅したワム貨物  国鉄・JR機関車(ディーゼル)
こんばんわ。

このところ貨物列車の写真を撮っていなくてネタ切れになってしまったので、古い写真から貨物列車を拾ってきました。

東北本線小牛田から分岐する石巻線ですが、現在も貨物列車が設定されており、全線非電化区間のため、DE10形ディーゼル機関車が牽引しています。

貨物輸送の殆どが紙輸送の関係で、JR化後もワム貨物が設定されて注目されていたのですが、知らない間に全てコンテナ輸送に切り替わってしまったらしいです。

そんなに昔の話ではないのですが、仙台出張の帰り掛けに寄ることが出来たので、1回だけ写真を撮りに行ったことがあります。


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いずれも平成15年9月19日 石巻線 佳景山〜鹿又間にて

時間の都合で1往復しか撮ることが出来ませんでした。かなりコンテナ輸送に切り替わってしまったのか、オールワム車ではありませんでした。
私が国鉄にいた頃は、ワム80000なんて一番数が沢山あってつまらなかったもんですが、あれから25年を経過した現在では、ワム80000でさえ数えられるほどになってしまったようです。私的には紙輸送というと、ワム80000よりもワキ5000のイメージなんですけどね。ワキ5000もあっという間に無くなってしまいましたね。

時期的には良い季節だったのですが、撮影に入ったときは時折り小雨の降る生憎の天気でした。地図もわからずに1人で1駅間歩くのは非常に心細かったですね。
残念ながらのたった2枚ですが、初めて行った石巻線。大切な記録です。
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2009/11/4  1:12

雪に映える キハ58系能登色(七尾色?)  気動車(急行・その他)
いや〜、寒いっすな。
完全な防寒体制でパソコンに向かってます。

今日も記事をもう直ぐ書上げってところで飛ばされちゃいました。テンションがた落ちです

世間では昨日、一昨日と半月以上も早いという雪の便りが届きました。
今日の昼間からはまた暖かくなるようですが、こんな機会なので今シーズン初めて雪景色の写真でもアップしてみようかと思います。


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平成3年2月10日 七尾線 能登中島〜西岸間にて

現在はのと鉄道になってしまった区間ですね。
七尾線にC571+C56160の重連が走るということで、はるばる能登半島まで行った次第。わが人生でも能登半島に行ったのはこの時だけです。

国鉄色一辺倒だったキハ58系も、JRになると各社で様々な地域色が発生するようになりました。
それは逆に私自身の写欲を削がれた最大の理由でもあったわけですが、そんなことで地域色豊かなキハ58系というのは殆ど撮っていません。
今になってみると、そんな個性色豊かだったキハ58系たちも、更なる塗色更新、路線の廃止、果ては車両そのものの廃車という運命にあり、何らこれらに興味を示さなかったことが仇になって返って来たように思います。

写真のキハ58系能登色(七尾色?)も、現実には彼等を撮影するために用意したアングルではなく、この後来るSL列車のためのものであります。練習のために前走りとしてきたものを撮っただけ。
当時、七尾線の車両は殆どがキハ58系であり、同じような配色でありながら、急行色と普通色が存在するという異例の路線でした。写真の車両は急行色のようです。

その後、七尾線は和倉温泉までの電化、七尾以遠の「のと鉄道」へ切り離しなど大きな変化を向かえ、キハ58系には黄色ベースの新能登色に変更されるなどし、このデザインの車両たちも比較的短期間で解消してしまったようです。


今や全国的に絶滅状態を迎えてきたキハ58系たち。今では国鉄色復活などとして騒がれていますが、私的には国鉄色ばかりが記録として残っており、逆にこのような地方色の方が余程貴重な資料になるという結果になってしまいました。

ネットで検索してみたのですが、意外とこの塗装に関する記事・サイトにHITしませんでした。
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2009/11/3  0:52

EF811 トップナンバー車  特急型電車(交直流・交流)
こんばんわ。

今日もネタ選びで迷ってしまいました。
昨日、一昨日とスキャニングしていて、プリントからのスキャンで準備していたEF81のトップナンバーの画像があまりにも良くなかったので、ネガからスキャンし直してみました。


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昭和58年4月16日 米原駅にて EF811 ※画像は大きくなります。

今月号のレールマガジンでEF81の特集をしていたので、じっくりと読んでみました。
今まで新型の部類に入ると思って注目していなかったEF81ですが、もうかなりの数が廃車になってしまっているようですね。今でも2号機は現存して最若番を守っていますが、トップナンバーは既に廃車になっているのは最近まで知りませんでした。

誕生時はタイフォンがナンバー下の向かって左側に付いており、北海道のED76500のようなちょっと変なイメージがあったのですが、その後屋上に移設されたということです。
量産ナンバーの1番を名乗っておりますが、試作車の位置づけであるということは今回のレールマガジンの記事を見て初めて知りました。

写真は、富山港線の撮影から飯田線の撮影に移動する際、富山から急行「きたぐに」(当時は14系+10系寝台だと思いました。)に乗り、乗り継ぎの米原で下車した折りに偶然停まっていたのを捉えたものです。

当時から正面にタイフォンを備えていたのを知っていたので、改造により最大の特徴を失った姿にガッカリしたものでした。
それでも、廃車となってしまった今としては、これもまた貴重な歴史の1枚となってしまいました。
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2009/11/2  1:17

碓氷峠を登る:165系モントレー色  その他電車
こんばんわ。
昨日は1日中家に篭って外出せず、ネタ作りに励んでおりました。

その中で、懐かしい画像を見つけたので早速アップしてみたいと思います。


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平成9年8月20日、娘がこの世に誕生するわずか2週間前です。
もう直ぐ廃止となる碓氷峠の列車たちを写そうと、なにかと言えばついでに通った頃です。
165系は既に定期運用からほとんど離脱しており、首都圏ではこの波動用の新前橋区に所属するいわゆるモントレー色に塗られた車両くらいしか残っていなかったように記憶しています。もしかしたら、三鷹区辺りにも少量が居たかもしれません。

今でこそこのモントレー色も鮮やかでキレイな色だな・・・と思えるのですが、当時は「なんてことしやがる!」くらいしか思っていませんでしたし、白熱灯からシールドビーム化、さらにはステンレス仮面へと化けてしまい、とても写真に撮ってやりたい車両ではなかったんですね。だから、修学旅行臨「かながわ」や各種快速列車に使用されていた頃、これ以外の列車は全く撮ったことがありませんでした。

碓氷峠廃止が告知され、夏休みにこのモントレー色の臨時が走るということで、それだけのために行ったようです。
この写真では、勾配がキツ過ぎて後部が見えず、肝心のEF63は写せませんでした。


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こちらは後部を別のカメラで撮影したものです。最後部はEF634が後押ししています。

碓氷峠を行くEF63の風景はもちろん貴重な姿になってしまいましたが、この写真で取り上げたのはあくまでも165系モントレー色です。当時はそれなりに臨時運用がありましたが、やはりこうした塗色変更車に拒絶反応を起こしていた頃でしたので、私的にはそう言った意味でモントレー色の貴重な画像となっています。

ところで、この列車の名前、快速「軽井沢リレー号」とか言ったみたいなんですが、当時の時刻表が引っ張り出せなくて分かりません。ご存知の方、いらっしゃいますでしょうか?
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2009/11/1  17:50

10月分拍手コメントのご紹介  
18時前なのにこんばんわ!の暗さですね。
早いもので、10月も終わってしまい、今日から11月です。
北海道は雪が降ったとか?関東は昼寝をしていて汗だくになるくらい暖かでした。

さて、10月にも拍手コメントを3件いただいております。ここにご紹介させていただきます。



2009/10/17 20:25 189系国鉄色 幻の「あずさ銀嶺」

やまばと銀嶺やざおう銀嶺、あさま銀嶺もよろしく!

ん〜、難しいご要望ですね。「やまばと銀嶺」はポケットカメラで撮ったのがありますが、ネガが見つかるか、スキャンが上手くいくかというところですね。「ざおう銀嶺」なんて外観から区別付きませんし、関東では夜しか走ってなかったですから、見た記憶もないです。「あさま銀嶺」はありますよ。シーズンになってきたらアップしようと思っています。



2009/10/24 0:57 189系「あさま」(国鉄色)その2

JNRがさりげなく写ってるのが素敵です
今後も期待してます


ありがとうございます!ただ、アップした写真も4000枚超。期待されるほどネタが残っていないかもしれないです。いつまで続けられますか・・・体力勝負でもあります。



2009/10/30 1:08 不届モノとEF58150荷物列車

あほは死んでも治らない。別人種ですよ

新しいところですね。
同感です。私もそう思います。もう一つ例えれば「付ける薬がないタイプ」と呼んでいます。死んでも治らない・・・そういうタイプが急増しているように思えます。


ランキングは休止という形をとってしまいましたが、ブログはネタが続く限りこのまま続けていこうと思っています。今後とも応援の程、よろしくお願いいたします!
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2009/11/1  1:46

上野口に「ニューなのはな」現る!  写真撮影
こんばんわ。

昨日はあるポイントに紅葉でも撮りに行こうかと考えていたのですが、晴れといってもなんかスッキリしませんでしたね。午前中に歯医者の予約も入っていたので、近場であっさり撮影としてしまいました。

表題のとおり、昨日は千葉支社に配属されている関係で、なかなか上野口には顔を出してくれない「ニューなのはな」が来てくれるので、いつもの撮影ポイントまで行ってきました。

普段まったく興味を示さないジョイフルトレインに何で・・・
登場以来、何回も目撃はしている「ニューなのはな」ですが、今まで1枚も写真を撮ったことがないんです。しかも、珍しく休みの日に地元を走るとあっては、「これは記録しておかにゃ」という気にならざる得なかったわけです。実は、今月に入って2度目のRUNなのですが、前回は運転日を間違って撮り逃してしまったのです。

ということで、歯の定期健診の前に出掛けたわけです。
※撮影は、すべて平成21年10月31日、東北本線 蕨〜西川口間にて。


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E231系

地元の蕨を走っている光景を重視したかったため、いつもの足場となる跨線橋を入れて撮るアングルとしてみました。前走りとなるE231系でタイミングの練習。15両編成はさすがに後部まで入りません。


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9662M 485系 「ニューなのはな」

6両編成だとちょうど良いバランスで収まります。このど真ん中の柱がなければスッキリするんですがね。これが「ニューなのはな」の初ショットとなります。
ちなみに、列車番号は9662Mを名乗っていますが、大宮からの時刻はどう見ても「カシオペア」のスジでした。


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E259系 「成田エクスプレス15号」

「北斗星」の前に貨物線を走る「成田エクスプレス15号」。大宮口は完全にE259系化され、253系を見ることは出来なくなってしまいました。


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EF8194牽引 上り「北斗星」

「ニューなのはな」の10分後に追従する「北斗星」。昨日は団臨の後を追っ掛けるかたちとなりました。


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9663M 485系 「ニューなのはな」

午後からの返しも撮りに行っちゃいました。雲に隠された線路にも、通過5分くらい前にちょうど陽が当たるようになって助かりました。

しかし、この「ニューなのはな」はカラーデザインが大変好みなんですが、顔のデザインがイマイチなんですよね。これは485系改造のジョイフルトレイン全体に言えることなんですけど。旧「シルフィード」みたいなスピード感溢れるスタイルが良いんですけどね。

ま、なんにしても地元でやっと撮ることができた「ニューなのはな」でした。
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