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2009/5/9  1:21

国鉄 165系 モハ164-500番代  その他電車
こんばんわ。
たった2日間しか働いていないのに、スッゴイ疲れました。ストレス絶好調!
仕事に行くだけで気分悪いし・・・。ま、ここで言っても仕方ないですね。

今日はマニアックネタになってしまいますが、165系をご紹介しようと思います。

本来急行形というのは、クハ・モハ・クモハ・サロ・サハ・サハシといった6種類くらいしか車種を持っておらず、初期車・出力アップ車の違いや勾配抑速ブレーキの付加による形式の違いによるバリエーション程度となっており、衰退期以降の改造を除けば比較的変化に乏しい分野と考えらると思います。
※非冷房・冷房改造・新製冷房を加えると、かなり複雑で解かりにくくなりますが(笑)。

こうしたバリエーションの乏しいと思われる急行形の中でも、比較的レアな形態を持っているのが165系かな?と思います。
クモハ165+モハ164+クハ165をベースとして、これとは別にモハ165+モハ164という中間車ユニットを持ち、サロ165、サハ165、サハシ165といった付随車ももちろん用意されておりますが、さらに売店を設備したサハ164、中央東線用にパンタ部を低屋根化したモハ164-800番代もあります。

そしてもう一つ、モハ164に簡易運転台を設備したモハ164-500番代というのが存在します。今回は、わずかですが過去に撮った写真から画像をご紹介したいと思います。


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昭和52年 品川駅にて 急行「ごてんば」に使用されたモハ164-500番代

妻板部をアップで撮ったものです。この写真を撮った頃はまだ中学生の頃であり、簡易運転台付きの500番代に関する知識は持ち合わせていなかったと思います。偶然品川駅で写真を撮っているときに居合わせた急行「ごてんば」にこの車両を見つけ、非常に違和感があったので写真を撮っていたものと思います。
妻板の窓をくり抜くように窓が付いており、雨用にワイパーも設備されています。
運転設備は車内の側面にマスコンやブレーキ軸が取り付けられており、使用しないときは壁と同色の金属カバーで覆われ、格納されています。


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昭和52年 品川駅にて 急行「ごてんば」 モハ164−514

モハ164-500番代は、全部で14両製作されていますので、写真の514がラストナンバーとなります。
標準のモハ164は妻側に便所、内側に客扉が付く構造となっておりますが、この車両だけは便所が客室寄りで客扉が妻板側となっており、クハやグリーン車も含めても例外はこのモハ164-500番代だけとなります。


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昭和55年 新宿駅にて 急行「アルプス」に連結されたモハ164−504

私は車両配置にまで詳しくないので、どこに何両の500番代が配置されていたかは知りませんが、中央線にも配置されていたんですね。
通常のモハを見慣れた人からすれば、この形態は一目で違和感が湧いてくると思います。


モハ164-500番代誕生の元々の経緯は、山陽スジの急行への増結用として用意されたもの(具体的には「鷲羽」だったと記憶しています。)で、3両の増結に至らないこと(又は有効長の関係か?)から2両増結することとなりましたが、最小単位が3両編成となっていたため、モハ164に簡易運転台を設備して対応したとなっています。

当時の山陽急行は平坦区間の関係から殆どの直流急行が153系であるため、最小単位である2両で考えると、165系を使用するしかなかったということだと思います。
そんな目的をもって14両も製造されたモハ164-500番代でしたが、新幹線の岡山開業後は山陽急行が大幅に縮小し、増結編成の運転もなくなってしまったことから、クハ165+モハ164-500+クモハ165として組成されて、簡易運転台を持たないモハ164と同じ用途、共通運用で使われるようになってしまいました。

せっかく特別な設備を持った異色車種でしたが、ほんのわずかしか目的は達成しておらず、異色ながらも地味な活躍に終ってしまいました。

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2009/5/10  0:34

投稿者:キハ181つばさ
金太郎様
ご心配お掛けしてすみません。ブログでは仕事の内容は書かないことにしているので詳しくは言えないのですが、人事の関係で今とんでもないことになっているんです。簡単に言えば、自分の持分以外に他人の分までやらざる得ない状況になっているのです。肉体的には過重労働にならないようにコントロールしているのですが、やり場のない怒りでストレスまでコントロールできない状況なのです。ブログの更新以外でストレスは溜めたくないのです。
そうそう、記述を忘れていましたが、クモハと同様に大型ベンチレータが2個付いているんですよね。まるで本線を走るぞ!と言わんばかりに(笑)。座席も無いし、長時間はきつ過ぎます。
トイレはおそらく、横引きして車端に寄せようにも、配管が台車に干渉してしまうのでしょうね。ただ、キハもあまり変わらない構造だと思うので、できなくは無いと思いますが。1.5mの差が極限の状態で可否を左右しているのかも知れませんね。

2009/5/10  0:22

投稿者:キハ181つばさ
シービー様
ホントに読破したんですか?ありがとう&お疲れ様でした。分離したコレクション系を除いても1100記事あるんですよ。凄過ぎですわ。
しかし、良く調べましたね。以外にかなり散らばってましたね。たぶん最初の頃は向日町辺りに集中配置されていたんじゃないかと思いますが、結局それらしい活躍ができないまま厄介払いのように散らされた感じですね。少なくても私が知る範囲では、50・3以降、この運転台が活躍した場面(情報)というのは聞いたことがありません。ちょっと可哀想。
Wありがとうございました。

2009/5/9  23:07

投稿者:金太郎
急行鷲羽に使われていたという事は宮原所属という事でしょうけど新幹線開通で散らばったという事でしょうか。
実車は気が付かなかったですね。
こうしてみるとクモハ165のような通風器とサロ165のような回送運転台が印象的です。
模型では汚物タンクを床下にビス止めかエポキシで(ちょっと乱暴ですが)取り付けられますが実車はどうしたんでしょう。
模型でもこの番台は発売されたか記憶にありません。

PS16H・・・つばささん連休明けの反動で疲れたんでしょう。
わたくしも疲れてます。
エアサス酔いみたいにふわふわ来てると疲れが溜まってきた証拠ですから。

2009/5/9  20:54

投稿者:シービー
80年国鉄車両配置表を見てみましたが、501.506.513が新潟運転所、508.514が田町電車区、502.503.504.512が松本運転所、509が大垣電車区、505.507.510.511が神領電車区となってました。
意外と散らばっていたんですね。
回送運転台付きというと、サロ、サハシってイメージでした。
それと過去の記事、やっと全て読み終わりました。
今日はWですよん。

2009/5/9  7:17

投稿者:キハ181つばさ
宮オオ様
便所までは気にしたこと無かったですが、なるほど、台車の位置に干渉してしまうので、タンクの設置は難しいですね。キハ58系も同様ですが、どうだったんだろ?未だに垂れ流しとは思えないんですが、オーバーハングが違うのでしょうかね。

2009/5/9  2:48

投稿者:宮オオ
おはようございます、
今日はなかなか寝つけないので今のうちにコメントさしていたゞきます。
私が高校生の頃、朝の6時台の東海道の下りで[上り大垣夜行の折返し]静岡行きの普通電車[その反対に小田原を21時20分に出る静岡始発の上り普通電車は折返し下り大垣夜行となる]は165の11連車でしたけど、まれに写真の500番台車が編成内に入ることがありました。この車両の一番の特徴だった簡易運転台のおかげでトイレや洗面所が台車の上に乗っかってしまった為、垂れ流し式だった事を憶えてます。[参考に東海道を走ってたサロ110-0番台やサロ111も最期まで垂れ流し式でした]
=なお、小田原発の上り列車の時刻は昭和61.11改正当時のです=
それでは、この辺にて失礼いたします。

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