今日の新聞で読んだ事。
「仏」は「ほどく」から来ているそうです。
自分はこういう人だという自己規定、そんな決め込み。
仏教は そんな私というものをほどいて行く。
東洋的 仏教的な価値観だそうです。
西洋的な考えでは「アイデンティティー」を重視します。
「私というものをしっかり持て」と言っています。
けれど、そんなに自分というものは確かなものなのでしょうか?
状況の中で 次々自分は生まれ続ける果てしのないもの。
そのように書かれていました。
だから、自分探しなんてしなくて良い。
面白い表現が有りました。
何を着ようか、状況に関係なく考えているのが自分探し。
でも、暑い所でも寒い所でも良い、そんな都合のいい服が有りますか?・・・・そんな風に問うていました。
元々空の器である人間。
状況ごとに その器に満たして行く。
これって意外に難しいですよね。
自分を決め込んだ方が 何となく安心。
それさえ持っていたら 次々起こる事にその武器を持って戦えるような気がしている。
でも、人生には 想定外のことが起こるもの。
何も決め込まず その時々に応じた自分を生きる。
そんな事が出来るようになったら 人生はキラキラの虹色に輝くのでしょう。
そう、瞬間ごとに きらめいて生きるのが 私のしたい生き方。
出来るかな〜?

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