深く考えさせられる記事を読みました。
介護ロボットを開発しようとしているのは 大きな誤解をしている・・・・・・と言う事なのでした。
介護は「動作」を介助しているのではなく、「行為」を介助しているという考え方です。
つまり、動作を行う前に、そうしたいという「意思」があり「欲求」がある。
そして、それらが起こるには そうしたくなるための「情報」が与えられているというのです。
例えば、お風呂。
朝から「今日はお風呂ですよ」と 早くから声をかけておかないと心の準備に時間がかかる人と、「今 良い湯が沸きましたよ」と直前でないと忘れてしまう人では 情報の与え方が変わります。
また もう一つとても興味深い事が有ります。
お風呂に入る時、介助が上手いと言う事は その方と息を合わせられるという事なのだそうです。
音楽と同じなんですもん。面白いです。
人は 力を入れる時に息を止めます。
介助者がそれを察して 同じ様に息を止めたら 本人も介助者も力まずにできて楽だという訳です。
介助の上手い人というのは それを無意識でできる人なのだそうです。
「ウトウトしていたら、突然 体を抱き上げられたから 驚いて抵抗したら 注射を打たれて眠らされた」(80歳)
ある病院で 機械での入浴時の出来事だそうです。
こんな介助をやっているから ロボットにでもできると誤解されるんだ・・・・・と言うのが結論でした。
ロボットの開発者が 無神経なんじゃなくてね。
でね・・・・・。
人と息を合わせる事の大切さと難しさ。
これは 介護だけの問題じゃあ無いなあ・・・・・と思ったのです。
誰かと 上手く行かないとき、何となく ずれちゃう時って
意外と こんな事だったりするかもしれませんね。
私は 本当にマイペースで 下手なので ちょっとこの文章が堪えたんですよね・・・・・・・。

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