芦野宏さんが、
2月4日、お亡くなりになりました。
泣きました。
とても残念で、悔しいです。
初めての出会いは、長野市民会館。
生のシャンソンとの出会いもはじめてでした。
コンコーネの裏に、サインをいただきました。
私は、高校生でした。
その頃は、まさか、自分がシャンソン歌手になるなんて、
思ってもいませんでした。
それから、何年か後、私は、シャンソンコンクールで
優勝させていただき、石井音楽事務所にはいりました。
高校時代、拝見した同じまんまの芦野さんがいらっしゃり、
私は、目をみはりました。
日生劇場の地下に、アクトレスという
レストランがありました。
そのステージで、いつも前唄を歌わせて
いただいておりました。
おつな寿司のおいなりさんがお好きで、
いつも、持ってきてくださいました。
美しい奥様と、いつもご一緒でした。
パリ祭、ディナーショー、イベント、と
沢山のステージをご一緒させていただきました。
長い間、お世話になりました。
心から感謝もうしあげ、
ご冥福をお祈りいたします。
奇しくも2月4日、
私は、長野のライヴで、歌っておりました。
深緑先生、石井先生、そして芦野さんと、
シャンソン界の重鎮が、旅立たれ、
悲しみに、心が沈みます。
残された私達は、しっかりとしなければ!!

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