『坊っちゃん』(夏目漱石 角川文庫)
たぶん高校生以来で読んだ。初めて読んだのは中学生だったと思う。当時の私は、これが日本文学のイロハだろうと思って、まず漱石を読破したのだった。
今回また読もうと思ったのは、珍しい理由なのだが、純粋に、本ブログのためである。というのは、訪問者のアクセス解析をすると、夏休み冬休みの時期が異常に多く(日によって3〜20倍)、これは宿題の“読書感想文”を書きあぐねた中高生のアクセスに違いなく、また検索ワードでは、予想通り漱石の名も出ており、それならばとちょっとサービス精神を出す気になったわけだ(彼らの望むような感想文は書けないと思うが)。
前置きはさておき、意外に面白かった。実をいえば「いまさら『坊っちゃん』もあるまい」と見くびっていたのである。
たたみかけるような歯切れ良い文体は滑稽味を際立たせ、爽快である。喜劇的な無鉄砲かげんは、終始一貫している。
若干、人物が典型的に描かれ過ぎな観があって、時代劇風の勧善懲悪が匂うのは否めないが、そういった通俗性に陥るのを防ぎ得たのは、『清』という老女中の存在が大きいだろう。
無鉄砲ゆえに親兄弟からも認められない主人公を、いつも全肯定し、褒め、愛した女中の『清』。題名も『清』の主人公に対する呼び名なのである。
家に在るときは、なんでこんな俺を偉いと言って褒めるるのかと、不思議がる“坊っちゃん”だが、いざ松山に来て世間の汚さに接して、初めて『清』をありがたく感じるのである。そういった場面が、“坊っちゃん”を単なる無思慮な青年に終わらせない。
また、全肯定を与えた『清』は、“坊っちゃん”にとって母なる存在だったろう。読者は、そんな温かなバックボーンを感じるからこそ、“坊っちゃん”の無鉄砲ぶりを安心して見ていられるのかもしれない。
漱石にしては珍しい読み物的な作品だが、登場する典型化された人々が、その後漱石の作品の中でさまざまに描かれていくのだから、漱石入門にはちょうど良い本である。


6