カレンダー

2016
December
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

掲示板

最近の記事

検索



このブログを検索

カウンター

本日のアクセス
昨日のアクセス
総アクセス数

ブログサービス

Powered by

teacup.ブログ
RSS

11

すべての和音は、実はA♭というひとつの和音に集約されているということを知り、恐ろしい事だと感じる。この事は世の中の限られた人しか知らないが、気付いている人々の間では、徐々に研究が進められており、自分もその仲間に迎えられている。研究者たちの「事務所」は、4畳半ぐらいの和室に座卓を置いただけの場所で、それ以外には壁際に分厚いファイルの仕舞ってある書架や、収まり切らない雑多な書類・資料などが積み上げられている。その場に居る人間は僕の知らない者ばかりで、外国人(フランス人女性とか)も居る。最近の彼らの研究で分かったことは、集約されているのは和音だけに限ったことではないらしい、ということ。例えば人体などは、我々が「目」「鼻」「口」などと呼んでいる各部位は幻想であり、実態は無いに等しい。あるとすれば「肘」の中に集約されている。我々が意識の無い時、「人体」は全て「肘」の中に収まっている。文字なども同様に、実は全ての言語が、ある一つのキャラクター(例えばアルファベットのFとか)に集約されている可能性があるのだという。だとすると、世の中に「存在している」とされる全ての事物がそのようにある1点を拠点として、我々の意識に「記号」のように、あるいは「幻想」のように働きかけているだけなのかもしれない、という恐ろしい結論も容易に想像できるのである。
0
投稿者:others

10

ステンレスのバスタブの中から、蕎麦を箸でつまんでズルズル食べている。最初は何も意識していないが、食べながらバスタブの中を見ているうちに、蕎麦が浸っている水が黄色っぽく濁っていることと、バスタブの内側に、横に渡されているパイプみたいなものが、深緑色の苔か藻のようなもので覆われていることに気付く。
0
投稿者:others

9

兄がラーメンを作るというので、Y子とソファに座って待っている。長沼の中央区にあった家だったかもしれない。「浩次、ソファの生活が恋しいべ」と兄に言われる。何か言い返さなくては、という感じで、Y子が「澁谷さんの家にはこんなソファが3つはあるでしょう?」と僕に言う。兄はその発言が気に入らなかったのか、Y子が居るのに、まるで居ないかのような態度で接してくる。わざと「ラーメン一つでいいか?」などと言ったり、Y子の前にバサバサと新聞を広げて置いたりするのだ。その狭量な様子は実に兄らしくはあるけれども、Y子の手前恥ずかしくなってきて、一刻も早く家に帰りたい、と思う。

(一度目が覚めて)

ジャック・パターソンという若者と親しくしている。彼は誰もが忌み嫌っている町の不良少年で、以前、人を殺したという噂もある。しかし僕の前では礼儀正しく誠実なので、そういう噂を流す者こそ悪だ、と思っている。僕はヘリコプターに乗っている。機体は電車かモノレールのように四角く改良されたタイプで、とても静かだし、快適だ。窓から町を見下ろすと、ジャックが住んでいるアパートが見える。
0
投稿者:other

8

量販店らしき所で働いている。僕は全体を指揮するような立場に居て、秘書の女性を連れて店内を見回っている。健康器具のコーナーに行くと、ボディビルダーがデモンストレーションとして実際に健康器具でトレーニングをしている。僕が近づいて行くと、ボディビルダーは胡散臭そうに、僕に一瞥をくれて、曇った表情のままトレーニングをする。「そんなつまらなそうにやっていたんじゃ、宣伝効果が無いじゃないか」と言うべきところなのだが、どうも気圧されて言い出せないし、その様子を横で秘書に見られているので、「ああ、従業員の信望が無いと思われてしまう」などと気にしている。惣菜を売るコーナーもあって、売り場に会議テーブルを出して、ホテルのボーイみたいな制服を着た若い男子数名が、茶封筒にコロッケを入れる作業をしている。そのコロッケは僕が発案したもので、見た目は、水着を着た女性がグリコのマークのようにバンザイをしている形をしている。本物そっくりに着色してあって、人形に写真をプリントしたように見える。そのコロッケが入ってちょっと膨らんだ茶封筒が次々に量産されて、会議テーブルに積み重ねられていく様子を見ていると、なぜだか悲しいような、泣きたいような気分になってきた。
0
投稿者:other

7

大勢でショーをしながら移動するキャラバンに参加している。芸人は各自1台ずつオープンカーを所有していて、車で列をなして往来をゆっくり走りながら芸をする。僕はその一人。僕の車の後部座席は取り払われていて、代わりに大きなシンクを取り付けてある。中は氷水がたっぷり満たしてある。芸をする時は金魚ぐらいのサイズにまで体が小さくなって氷水に飛び込むことになるのだが、夢の中では最後までその芸はしなかった。しかし実感として、自分にはそういう事が出来るし、普段からやっている、という意識がある。

移動の途中、皆で食事をすることになり、車を停めて「なか卯」へ行く。そこは居酒屋のような雰囲気の「なか卯」で、テーブルの上は打ち上げの時のようにビールや酒や細々とした皿の料理が所狭しと並ぶ。僕は、その店で母が働いているという情報を得たので、いつ母が出てくるかと気が気ではない、という顔をする。しかし本心では、そうやって芸で身を立てている自分を知って欲しいという気持ちでいる。

結局母は現れないまま「なか卯」を出て、かんかん照りの路上へ車で出る。今度は助手席に「見習いとして呼ばれた」若い女の子が乗っている。その子からだしぬけに、「『なか卯』に居るのはお母さんじゃなくて、Y子さんですよ」と言われて、非常に動揺する。それならばもう一度戻ってY子に会いたい、と思うが、キャラバンは既に移動しているので、勝手な行動は許されない。と同時に、助手席に座った見習いの女の子とこれから行動を共にすることを思い、「この子がもし僕に気があるなら、付き合わないでもないな」などと、相反する事を考えている。
0
投稿者:other
1 2 3 4 5 | 《前のページ | 次のページ》
/18 
 
AutoPage最新お知らせ