2008/12/4

引っ越ししました。最終回です。  

AOLのブログ事業は廃止に伴い
この記事をもってAOLでのこのブログは最終回となります。訪問下さった皆様、有難うございました。

次回以降は場所を変え

ミネアポリス 痛みの研究日記
(↑クリックで新ブログに移動します。)

として相も変わらずこれまでどおりの内容、ノリで新規開始します。過去ログはそのうち新ブログに移動させたいと思います。

またBookmarkなどして下さっている方がいらしゃいましたら、変更のほどお願い致します。

それでは皆様,

So Long!!
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2008/12/4

論文審査結果が来た  痛みの研究/研究室

朝、大学に来てPCを立ち上げる。まずe-mailをチェックしたところ、先日来、我々のラボから投稿していた論文の審査結果のFinal descisionが来ていた。これは目の痛みに関する内容で10月初旬に投稿、11月初旬に最初の査読結果が来たものだ。

途中Neuroscience Meetingがあったので再投稿は学会後となった。そして今日その最終の返事が来た。
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(↑クリックで拡大可能。)

無事アクセプトだった。(画像クリックにて拡大可能です。)とりあえずよかった。この論文も次期グラント獲得のため若干、安全策をとった感があるが、まあ、その内容の質量から考えて今回、投稿した雑誌は実力相応な所だった。
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(↑クリックで拡大可能)

(告知)AOLのブログ事業の廃止に伴い、引っ越し作業をぼっつらはじめております。引っ越し先ではタイトルを少し変えて
ミネソタ 痛みの研究日記』からミネアポリス 痛みの研究日記。(←クリックして下さい)。しばらくはこちらでAOLがメインですが少しずつ引っ越し先に移行して行きたいと思います。たかだかブログの引っ越しで何とも落ち着かないのが不思議な感じだ。
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2008/12/3

報告:ブログ引っ越し作業中  雑感/読書/その他Sports

AOLのブログ事業の廃止に伴い、引っ越し作業をぼっつら開始しました。いざ作業を開始するとなんと言いますか、寂しいもんです。しばらくはこちらでUpしますが、数週間以内にFC2ブログさんに引っ越しします。FC2にした理由はとりたててないのですが、使いやすそうというのが決め手です。

現在、FC2の方で新ブログ工事中。引っ越し先ではタイトルを少し変えて
『ミネソタ 痛みの研究日記』から『ミネアポリス 痛みの研究日記』。(←クリックして下さい)。

これまでと変わらず思う所書き記したいと思います。少しずつ整備していき、それなりにworkしはじめたらAOLからは完全に撤退します。過去ログをどうするか?とかいろいろ考えてますが、まだ2ヶ月猶予があるみたいなので、そのうち決定します。

新アドレスはこちら↓
http://paingophers.blog57.fc2.com/

AOLブログを使用されている皆様は今後、どうするのでしょうか?
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2008/12/3

現実と理想のはざまで  痛みの研究/研究室

AOLのブログサービスが終了するらしい。近日中に引っ越ししますが、移転先など詳細は後ほど。今後ともどうぞよろしくお願いします。

さて昨日と同じ実験を今日もやった。結果は昨日と同じだった。ということでこの実験結果はほぼ間違いないと思うが、あと最低3回は繰り返す。大雑把に言うと過度の自律神経系の興奮は痛みの回路をも興奮させ、結果、痛みを引き起こすというもの。

この結果を受けて、執筆進行中の論文にこのデータを入れるか入れないかで議論が起こっている。この論文、実はラボの次期グラント獲得に重要なもので、できれば早くPublishしたい、という時間的制約のある状態。投稿する雑誌のQualityは我々の自己評価、学会でのBig nameの評価からするとNN級、少しランクを落としてJN級だと考えている。

ここ数日、さらにおもしろい結果が出て来たこともあり、それをしっかりやれば、もしかすると NNのNが一つとれてN級に届こうかというレベルになりそうなのである。

ところが、次期グラントのことを考えるとじっくり実験をやっている時間がない。今、やっている実験を終えるには最低1ヶ月、普通に考えれば2ヶ月かかる。しかしそうなると次期グラントの期限までにこの論文をPublishするのはムヅカしい。私としては千載一遇のチャンスなので2ヶ月かけてこの実験を完成させBig Journalに投稿したい。

しかしボスはこの論文の投稿をこれ以上、延期することはできない。そこで折衷案としてこの実験をいくつかやってPreliminary dataとして紹介するのはどうか?とボスが言い出した。不完全でもデータを出せば論理構成に有用だが、完全でないものを中途半端に出してもReviewerから指摘されるのは目に見えている。何度も経験した。これはやぶ蛇をつつく事になるのでどうにかやめることにした。

しかしまだこの実験結果を加えていい雑誌に投稿することを諦められないのである。理想を追求するとグラントが取れず、失業、現実を追求すれば千載一遇のチャンスを失うことになる。私の人生でこれ以上のチャンスが今後何度もあるとは思えないし。どうしたものか?
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2008/12/2

久しぶりに実験  痛みの研究/研究室

今日、ミネアポリスは最高気温が摂氏マイナス6度らしい。あまり驚かなくなった。

ここ最近、学会やらでdesk workが多く、実働から遠ざかっていたが今日から電気生理の実験を再開した。以前より関連論文を読み、暖めていたアイデアがあった。Thanksgiving week前、ボスと話しその実験をやることに決定した。目に強い光が入ると何故目に不快を感じるのか?のメカニズムの解明が目的である。

この連休中、多くの論文を読み、その仮説がかなり当たりであることを確信し、実験を始める。まずはpreparation。ラットの気管に人工呼吸用のチューブ、外頚静脈のカテーテル、これは薬剤注入用、femoral 動脈にも動脈血圧測定用のカテーテルを入れ、stereotaxic frame にラットを固定する。麻酔はisoflurane。血圧を110mmHg付近で維持する。

その後、記録部位である三叉神経脊髄路核を露出させる。もう何年も、あきるほどやっているのでさっさと終わる。とにかく出血してこないよう完璧に止血する。さて今回のメインイベントは記録する部位(三叉神経脊髄路核)とは全く関係ない部位に薬剤注入用のガラスピペットを留置し、そのピペットに入れた薬剤をその脳の部位に打ち込むと、三叉神経脊髄路核のニューロンの興奮がどう変化するのか?を調べる。

そしてこの場所はこれまでの研究から基本的に痛みとは全く関係ない部分だ。しかしとある事情で目の痛みに関係する可能性が思い浮かんだ。

実験が始まる。薬を注入した。微量(200nl)を脳のある部分に注入する。
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5分後、目に光刺激を加え三叉神経脊髄路核のニューロンの興奮を見た。するとなんと、予想通り、反応は消えた。鳥肌がたった。この結果を親分と議論した。現在、作成中の論文に入れるか否か?の話も出たが、これをそれなりの形になすにはあと2ヶ月近くはかかるし、それは避けた方がいいのでは?という方向に持ち込んだ。

まだ1回だけなので確信はないが、多分そうだろう。明日も同じ実験をやってみる。最終的に5回やって、その後は、コントロール実験、薬剤でなくその薬剤を溶かしている溶媒(Vehicle)を注入したとき、何も起こらないことを示す必要もある。
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2008/11/30

『峠』河合継之助の生き方  日本を考える

4連休も最終日。映画『007』を観に映画館に行ったが、基本的に毎日、読書か仕事の論文を読みふけっていた。連休、完全に自宅で過ごすというのもあまりないが、のんびりできてよかった。司馬遼太郎の『峠』全3巻を読了した。

読了したあと、少し落ち込んでしまった。これほどの人物を戦いとは言え失ったことの喪失感。歴史にもし〜だったら、は虚しいが、河合継之助という長岡藩の家老、あと10年活躍のチャンスを与えられたなら、日本はもう少し別なものになったと思う。明治維新後の藩閥政治、そして大正、昭和の軍部の台頭、大東亜戦争への流れを、こういう型破りな人物がいれば、多少別の形に変えることができたかも知れない。

坂本竜馬もそうだが、自己という現在の存在を過去ー未来という時間の流れの中でとらえるということ。そして現在の立ち得るまいが後世の模範となるか否か、そこを基準に身の振り方を考える。時は大政奉還の後、徳川慶喜は新政府に恭順の姿勢を示す。しかし拳を振り上げた薩長、降ろす場所を求めて奥羽、信越へ武力討伐を開始した。長岡藩は中立を維持しようとするが、受け入れられなかった。決戦を覚悟する。

周辺諸藩は次々、薩長に寝返る中、河合継之助はこう言う (下巻P302)。『この激動期にあたり、人なるものがことごとく薩長の勝利者におもねり、打算に走り、争って新時代の側につき、旧恩を忘れ、男子の道をわすれ、言うべきことを言わなかったならば、後世はどうなるのだろう。それが日本男子か?その程度のものが日本人かと思うであろう。』さらに

『長岡藩の全藩士が死んでも人間の世というものはつづいてゆく。その人間の世の中に対し、人間というものはどういうものかということを知らしめてやらねばならない。この一事だけでも越後長岡藩も千数百の生命で購うだけの価値があるのではないか」

現実問題、巨大近代戦力の薩長を前に勝てる見込みはなく、しかし戦いを長引かせ、世論の動揺を誘い、この戦いの真の意義を国内外国に知らしめたならば『それだけで全藩玉砕しようとも価値はある』と考えた。

このあたりに河合継之助という人物の美学があると司馬氏はいう。人間が成功、失敗の計算を重ねてついに行き詰まったとき、残された唯一の道として美へ昇華しなければならない、ということだそうだ。

しかし長岡は戦火に焼け出され、人々は当然のことながら悲惨な目にあった。見方を変えれば河合継之助自身の思想のため負の結果をもたらした側面は否定できないし、このあたりにこの人物の功罪を問う声も時々見かける。しかしながら河合はひたすら戦争を避けようと努力した。特に小千谷での薩長との談判はそれまでの河合の気質を知ったあとならば到底ありえない腰の低さ、粘りであった。しかし薩長には拳を振り上げたそれを降ろす場所が必要でもあった。(司馬氏はこの談判で河合と顔を合わせた谷村といういわゆる官軍の軍鑑を教養のない小僧とこきおろしているが、実際、長岡攻略の総大将だった山県有朋もそう評価している。)

長岡藩は徳川家譜代である。もし薩長の要求を飲むならば、長岡藩が来る会津攻めの先鋒となる。長年の恩を仇で返すことになる。ここに上述した河合継之助という人物の美学が具現化するのである。

とにかく”ぶれる”ことのない思想というか哲学、だから生き方、行動に矛盾が出にくい。そこが後世にまでその名を轟かす所以なのかもしれない。ただ河合は基本的には長岡藩の藩士でありあくまで長岡という枠組みの中で行動した。そこが坂本竜馬とは違う。

日本人にはこういう人物がいて、こういう事情で徹底抗戦した、勿論、こういう負の部分もあるが、結果としてこういう展開になった。こういう論法で穏やかに思考すれば、日本人の自覚すらない自虐史観も少しは改善されるのではないのだろうか?と思ったりもした。

思うところ他に多々あるが、いかんせん、思慮不足、表現力不足で河合継之助という人物をうまく自分なりに表現できないもどかしさを感じている次第。おすすめです。
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2008/11/30

そんな心の狭い事言わんでも、、  痛みの研究/研究室

連休などいうものはあっという間に終わるもんだ。もう3/4。懲りずに毎日活字を眺めている。とは言っても仕事を省くわけにもいかない。大量の論文のコピーを読破し続けてもいる。
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目ん玉に入った視覚情報は大きく2つの回路に区分される。一つは何か見た、どんな色だった、とか最終的に視覚認識するもの。もう一つは例えば過剰な光が目に入らないよう目ん玉の機能を調節する経路(縮瞳など)。私は痛みとの関係で後者を文献的に調べている。昨日読んだ写真右の論文は勉強になった。脳幹の上の方にEdinger-Westphal 核という場所がある。1885年、Edingerという人が見つけたらしい。この部分を興奮させると瞳孔が収縮する。と同時に眼球内の血流が増加する。という感じで読破した関連論文のコピーを積み上げると4cmになった。

という感じで私はしばしば自分の研究内容をここで書いたりする。ほとんどは備忘録的なものだ。ごくわずかの方々を除き全くおもしろくもない内容で世間様のネット回線を汚している。その一方で、稀に『研究内容を公開したりすると誰かにそのアイデアを盗まれたりするのではないか?』と親切に助言下さる方もいる。

少なくとも私の関係する分野ではそんなシナみたいな下品なことする研究者はいない。第一学会などで再三発表しているのでここで隠す必要もない。また私からすると誰かが我々のアイデアを盗みより早くその結果を発表できるならそれでいいやないか、と思う。その方がこの分野の発展により早く寄与するではないか。

先日、読んでいた本にこういう行があった。
めずらしき書をえたらむには、親しきも疎きも、同じ心ざしならむ人には、かたみに易くかして、見せもし写させもして、世に広くせまほしきわざなるを、人には見せず、おのれひとり見て、誇らむとするは。いちいと心汚なく、物まなぶ人のあるまじきこと也

口語訳)珍しい本を手に入れた時、親しい人でも親しくない人でも同じ目的を持っている人には、お互い気安く見せてやったり、写させてやったりして、広めたいものであるが他人にも見せずに自分だけ読んで、自慢することは心が卑しく、学問をする人にはあってはならないことである。

本居宣長の『玉勝間』の一節である。以前、日本のとある研究室にいた頃これとは全く逆の人がいた。同じ研究室の仲間ですら結果などをあまり教えない。盗まれるからだとか。アホかと思った。もっとも新薬の開発に携わる方々などは会社の利益に関わっているのでそういうこともあろうかと想像に難くないが、大学の研究者がねえ〜、と違和感だった。

以前、現在のラボのボスにこれらのことを話した。『シンポジウムとかセミナーでまだ論文発表していない内容をあまり公開しない方がいいのではないか?』と。ボスの回答。『そうなると素晴らしい事ではないか。我々がやらなければいけない研究が一つ減ったということだよ。むしろ感謝したいくらいだ』と。さすがだと思った。

根本的な考え方の部分や価値観がボスと共有できているというのは仕事環境を快適にする重要なfactorであると思ったし、同じ事を本居宣長みたいな人物が言っているのは自己正当化に好都合だ。

突然、出て来た本居宣長、江戸時代の国学者。”日本人の心”を研究した。つまり外国からの影響を受ける前の日本の心とは何か?というものらしい。この人物の学問は後に神道と結びつき、尊王論、王政復古運動のよりどころとなった。現在、私が読み続けている幕末シリーズ、竜馬も河合継之助もこの思想の全盛の時代に生きたわけで、興味がある。日本人とは?と聞かれたら私は本居宣長の歌をあげたい。
しきしまの やまと心を ひととはば あさひににほう 山桜花
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2008/11/29

日本人のあいまいさ  日本を考える

通算6回目のThanksgiving Dayとなった。その所以はともかく実質は日本で言う正月みたいなノリらしい。今週は大学構内の学生達は帰省して閑散。以前は我が家もこの日それなりにアメリカ風な過ごし方もやってみた。が所詮、日本人、今回は普通のOne of Holidayだった。

不思議なもんで世間全体が休暇モード。ダウンタウンもほぼ人がいない。あくせく感がなく、実にrelaxした1日であった。終日、読書か仕事の論文を読んでいた。そんな中、おもしろい話を目にした。現在,読んでいる司馬氏著、『峠』から。

一般に日本人は西洋人と比べてみてモノごとに対する思考が『あいまい』と言われる。私もそう思う。だから西洋人からすると何やらよく解らん?ということになる。司馬氏によるとこれは古来、日本人の思考癖として『真実は二つ以上になる』というものに起因するらしい。具体的にどういうことか?という話だ。

例えば『神も尊いが仏も尊い』『孔子も孟子も劣らず尊い』。『花は赤、柳は緑』いずれも美しい。それらの存在はまちまちであるが、その存在なりに価値を認める。だから江戸時代までの政治体制においても実質的政治権力は徳川幕府がもっていたとしても、その権威は朝廷から与えられるものである。だから日本人の価値観はこうなる。『江戸幕府という存在も正しく価値があるが、朝廷という存在も正しくかつ価値がある』。西洋人からすればどちらが日本国の代表なのか?不思議に思うだろう。

何故、こういう『あいまいさ』を西洋人は不思議に思うのだろうか?

これは司馬氏曰く、宗教観によるものらしい。西洋社会、キリスト教に代表されるように1神教を信じている。とすればGodは絶対に一つである。真理、真実も一つでなければならないのである。例えば絶対的存在のGodのもとでは自然ですら征服する対象だ。共存調和するものでない。キリスト教によると動物はGodが人に与えたものらしい。例えるなら人と犬は全く別もので、人にはあるが犬には魂はないらしい。

一方の日本。古来より山にも川にも谷にも石にも木にも動物にも無数の神を持っていた。どの神もそれぞれが真実だ。そこへ仏教が渡来し尊崇すべき対象がさらに増えた。おまけに儒教が加わり、両手にあまるほどの無数の真実をかかえんだ。ところが日本人はそれらを不思議としなかった。それぞれ共存していた。

それでもこれら無数の矛盾を統一する思想も鎌倉時代に生まれたそうだ。禅だ。

禅では以上のような無数の矛盾(真実の乱立)を色(現象)として観た(峠、上巻の page 496)。そしてそれらの矛盾は『それらはそれで存在してもよい』と捉えた。全てそれらは最終の真理である(空)に参加するための門であるに過ぎない。という。私的にはこの禅の話はよく解らないが、早い話、宗教でいえば神も仏も儒教も結局はただ唯一の最終真理にたどりつく過程にすぎない、みたいなもなのだろうか?と思ってみたりもした。少なくとも西洋でいう絶対唯一のGodとかいう存在すら日本的にいえばone of themに過ぎない。

キリスト教が信仰対象としてあまり深く日本に根付かない理由の1つかもしれない。だからといって現代の日本ではキリスト教を嫌うわけでもない。このあいまいさ。時に責任の所在がはっきりしないというデメリットもあるし、ある種の卑怯者には都合のよい慣習かも知れない。が、道徳、知的レベルの高い集団においてはこれほど自由な環境はないだろう。こういう習慣のようなものが日本らしさの一つなのかも知れない。

世の中のこと、一般に社会と呼ばれる。社会とは何か?それを生かしめているのは4つのfactorであると司馬氏は言う。制度、法律、習慣、道徳、だそうだ。制度、法律は極めて人工的なものだと思う。現在にいる人が勝手に作る事が出来る。しかし習慣、道徳というのは何百年、何千年とかけて熟成されてきたものだ。

大東亜戦争後、 GHQは徹底的に後者二つを破壊し、それが悪の根源であるとさえ言った。中でもあいまいさという日本人固有の社会のあそびの部分を『合理化』とか耳ざわりのよい言葉で今なお破壊しつづける。そしてそれらを具現化するためやたら法律を作る。藤原正彦氏によると品格があり美しい国というのは法律のいらない社会、習慣、道徳だけで成立する国だそうだ。氏の著書『国家の品格』に書かれてあった。

社会は現在だけで成立しているのではないと思う。長い時代の流れの中でそれぞれの人々が未来への責任をもっているのだと近頃感じる。それを強烈な形で表現した人々の一例が先日も少し触れたが、特攻隊の若者であり、靖国神社にいる英霊だと思う。歴史問題と称される一連の問題でシナがうるさいからとその場しのぎに,シナ製ねつ造史実をあたかも事実かのように平気で受け入れる歴代の日本政府関係者は過去ー現在ー未来という時間軸の中での国益とか責任を軽視しすぎている。これもGHQ洗脳のたまものなのか?いい加減、目を醒ましてほしいものだ。

よりよい現在、未来を創造するには『あいまいさ』も含め日本固有の文化、歴史を素直に眺める必要がある。なんともまとまりがなくなったが、Thanksgiving Dayひまにまかせてちょっとばかり思索してみた。
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2008/11/28

シャック=オニール、ナッシュ観て来た。NBA観戦記  雑感/読書/その他Sports

ターゲットセンターで NBAゲーム観戦。ミネソタTimberwolves vs Phoenix Suns。ミネソタ。今季まだ3勝10敗の弱小チーム。対するサンズは優勝を狙おうかという強豪チーム。今回の主な目的はやはりシャキール=オニールとナッシュのPlayである。昨年、サンズ戦を観戦したがシャックの移籍前だった。
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試合開始1時間前に会場に到着。自宅から徒歩10分。
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勿論、試合前練習から見学する。シャックが出て来た。とにかくでかい。やはりNBA重鎮。あちこちでえらい人から挨拶を求められる。
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32番オニール。昨今。以前程のスーパースターがいなくなたとささやかれるNBAにあっていまだそのオーラは消えない。とにかくでかい。
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試合開始。素人目にも力の差が分かった。ミネソタなんであんなにフリースローが入らない?
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終始7点〜20点差をつけられながら試合は続く。合間にダンサーズの登場。観客を盛り上げてくれる。
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ナッシュ(左)とシャックのツーショット。この二人が相手だ。どうにもならないミネソタ。しかし25番ジェファソンだけは28得点と気をはいた。
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タイムアウト。指示を出す監督。期待のルーキーのKevin Love 42番。一見JustinTimberlake風だが。
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ナッシュ。去年はじめて生観戦して噂に違わぬ素晴しい選手だと思った。今日もフリースローは外さない。伸びきったような試合展開。つい視線はおねえちゃんに向く。仕方がない。
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終わってみれば102-110でサンズの勝ち。一度もリードできず終わってしまった。しかしシャック=オニール。いつ辞めてもおかしくない年齢だし、今回観る事ができてよかった。
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2008/11/27

『峠』を読み始めた。司馬遼太郎。  日本を考える

昨晩から始めた本、『峠』全3巻。長岡藩士 河合継之助、の人物像を描いた司馬作品。河合継之助も坂本龍馬もそうだが、とにかく毎度驚かされるのは、両者基本的に世の情報からはほど遠い地方にいながら、かくも驚く程の先見性を持っていたことだ。

まだ上巻の半分くらいであるが興味深い。今の所、河合継之助の人物像の描写が主である。時は幕末。ペリーが来航した後、そろそろ日本が西洋列強の植民地政策に呑まれるか否かで国内騒乱の時期だ。長岡藩士である河合継之助が江戸留学を志願し、そこで様々な人物と出会い見聞をひろめるあたりである。

当時、武士は朱子学を学ぶのが普通であった。しかし河合は陽明学を少しかじっており、さらにそれをきわめるべく江戸の私塾古賀塾に行く。古賀塾にあるおびただしい蔵書も目的だったらしい。当時、幕府は陽明学を有害な学問と見ていた。陽明学とは何か?以前も少し書いたが、一言で言えば『惻隠の情』で代表されるモノらしい。具体的には『考えたことは即実行しないといけない。その時自分の身に降り掛る損得は考える必要もない。』みたいな感じだそうだ。が、解釈のしようによっては『もし倒幕という思想が浮かんだなら即,倒幕のため実行しないといけない』とリンクするため幕府はこの学問を禁じた。既に広まりきってはいたそうだが。

という感じで、朱子学、陽明学などの大雑把な概説をまじえながら河合継之助を浮き彫りにしている。この人物が究極的に追求していたのは『モノごとの原理』を知る事のようだ。国家とは国民とは何か?ということの本質を知ろうと江戸留学しその後諸国遊学を続けるのがこの人物の前半期のようだ。

おもしろい記述があった。時代はペリー来航以後、異国の悪意に日本がおびやかされていた頃。日本はどうあるべきか?を議論が紛糾する中、河合継之助自身はまず産業を起こし国を富まさないといけない、軍事力を強化し異国の悪意に対峙しないといけないと考えていた。産業を起こす。大砲、軍艦を作り国を強くする。産業の発達=必然的に武士階級以外が富んで来る。すると武家という存在が相対的に矮小化する。それは自然の成り行きだ。

以上の河合自身の思想自体が究極的には『武家の存在の否定』であり結局は『自己否定』に繋がること気がついた。武士である河合自身は『これは緩やかな謀反の道であり武士の道に反する』ことになると考えたらしい。普通、事なかれ主義ならば自己保身のため自らの思想を放棄するものだ。

しかし河合は世界の中の日本という視野で見た場合、日本が西洋列強の植民地とならず日本人が彼らの奴隷とならぬためには方法は一つしかない、と悟ってしまった。つまり封建制度の解体である。徳川幕藩体制の終了という当時ではもっとも危険思想である。しかし河合の所属する長岡藩は譜代でありいくらモノごとを論理的に思考しても、徳川幕藩体制の打破という事自体が、河合自身の武士としての忠義の道に反する。つまり自己矛盾だらけになってしまったのである。とこのあたりまで読んだ。

現代の日本は資本主義システムだ。司馬氏によると資本主義は根源的には欲望の制度という。金欲、物欲、食欲を追求していく。その一方で現代の日本は民主主義である。国民一人一人が国の『主』である。安っぽく言えば『主役』である。古来、国の主役が欲望のままに流され時、その国の末路は言うまでもない。

極論になるが欲望の制御をなくした時、それはもはや人間ではなく獣以下だ。欲望追求の成れの果て。刑務所行きだろう。現状を鑑みた場合、現代の日本は物欲、食欲を追求することに重きを置きすぎていないだろうか?そして恐るべき事に現代の日本の未来はその自己の欲望の追求にいそしむ国民による民主主義で成り立つ。

欲望を追求しつづける国民が民主主義国家を形成する。言い換えると食欲、物欲だけを追求する獣性丸出しの国民が国の方向性を民主主義という名のもとに決定していく。ひとえにGHQ洗脳教育いやGHQの日本植民地化政策そのものである。しかし昔の日本人の公心を知ると『現代の状態』が異様に思える。美しくない。勿論、単純に昔がいいというのではない。バランスの問題だ。

現代の日本、民主主義と資本主義、この国のより良い未来を創造するために両立しているのだろうか?坂本龍馬や河合継之助ならどう見立てるだろうか?そして前述のバランス感覚を磨くにはどうしたらいいのか?子供なら教育の在り方であるだろうし、大人ならより知的自己研鑽につとめる事かも知れない。麻薬(=現代の民主主義と欲望追求主義)は刹那的には極楽気分を実感できるらしいが、間違いなく人格、健康を根本から破壊する。質の低い民主主義と資本主義は麻薬みたいなもんである。GHQはそれを戦後日本に処方した。連中は賢いと思う。

明日はThanksgiving dayで休日。今日はたわいもないがこんな事考えてみた。連休はどっぷり読書に浸ろうと思う。
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