2010/10/28

あらあら  

あらら、気が付けば随分と、更新してませんでした。

一応、店からもブログは更新できるんですが、店のブログでまさにアップアップなので、こちらは放置プレイですね。

店は四苦八苦、自転車操業、青色吐息って感じですが、なんとかかんとかやっていってます。

サラリーマン時代には見えなかった事が、色々見えて苦しい中でも、いい経験させてもらってます。

まぁ、店の方はおいて置いて、こちらは楽しい事を記していきたいと思います。

最近、いろんな人と出会う事が多いのですが、とある酒場で坂東道生さんという、シンガーソングライターの方とお話する機会がありました。

最初、歌い手さんだと知らなかったので、酔っ払った勢いで僕の女性論について話をしたのですが、えらく楽しんで頂き、即興でギター片手に歌を歌って頂きました。

凄いです。うまいです。当然です。
思わずその場で、CDを買ってしまいました。

坂東道生 ミラクルラジオアワー、声量のあるいい声で、腹に響く歌声です。

ああ〜=、でもあんな話、他の知り合いに聞かれたら、僕の品位が下がってしまいます。
もう少し、自重する様にしよう。
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2010/5/19

まぁ、なんとか  仕事

随分と更新するのに間がありました。ほぼ2ヶ月ですね。

お店の方はというと、開店からちょうど2ヶ月、なんとか利益で諸経費がまかなえる位にはなってます。

とは言っても、ほとんどが知り合い関係なので、その人達以外にも買って貰える様にしなくちゃね。

最近はようやく、一元のお客さんも買い物していってくれたり、のぞいていってくれるので、少しづつは認知されてきてるのかな?

とはいえ、雨が降ったり寒くなったりすると、とたんに来客数が0になる(それでなくても、片手で足りる来客数なのに)ので、そんな時はちょっと心がヤサグレル。

まぁ、のんびりできるからいいかっと、開き直ってるけどね。

自分で店をすると気づく事があって、色々と考えさせられる。

やっぱり雇われの身とは、感覚が変わるのだろう。

一番変わったのは、今まで気にしなかったけど、他の店舗さんの営業方針。
それまではそれぞれのやり方と、気にもしなかったけど、いざ自分で思ったとおりの方針でできる様になると気になってきた。

悪く言うつもりはないけど、このままいくとこの業界の行く末が危ぶまれると思う。

良識のある一般ユーザーの人達は気づいてるみたいだけど。

ただ、自分が正しいと思ってるだけかもしれないと思うと怖い。
自分の考えが正しいと思う思考は、悪い方向への第一歩だからだ。

このままぼんやり、のんびり、人生を過ごしていけたらいいなぁと、痛感する今日このごろだ。
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2010/3/18

神経質?  自分

お店のオープンも、ようやくと言うか何と言うか、明日オープンだ。

いろんな人からお祝いがくるが、観葉植物は当たり前だが、サボテンが何個かやってきた。

といっても、これは僕が要求したんだけど。

何が欲しいと聞かれたから、サボテンと答えたから。

すると、内装工事してくれた工務店の社長がこう言った。
“サボテンが好きな人は、きっちりしてて、神経質な人が多いんですよ”

確かに、言われてみれば当たってる。

自分ではまっいいかと思っていても、そう思おうとしていると指摘されたが、全くもってその通りだ。

これは性格だからどうしようもないけど、なんとか“まっいいか”とホントに気楽に思える様になる様、努力して行こう。

ところでサボテンだが、僕は西部劇に出てくる大きくて平べったい奴とかは好きじゃなく、丸いこじんまりした奴が好きだ。

小さいころもよく飼ってたもんだが、兄貴いわく“ずぼらなお前には、ぴったりだ”と。

水もやらなくていいし、めんどくさく無いもんね。
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2010/3/16

まぁ、なんとか  仕事

お店の準備が着々とできてきた。

先週に今頃は、展示台も届かず本当にオープンできるのか、不安でたまらず夜も眠れない位だったが、なんとか台も商品も入荷してきて、今は値付けの最中だ。

ただ、商品がまだまだ入荷してきていないので、展示しているとはいえその数は少なく、店の中はスキスキの状態だ。

まっ、自転車を並べたらそれなりには、格好はつくと思うんだけど。

ここにいたるまでは、今まで気が付かなかったが、周りの人のいろんな思いに助けてもらったと思う。

あんまり書き過ぎると、陳腐な台詞の羅列になるので、これ以上は言わないが本当に助かっている。

ただ、本当の勝負はオープンしてからなので、ちゃんとやって行かなくっちゃね。

僕らしさを無くさずに、のんびり長い目で見てもらえれば嬉しいな。
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2010/3/2

思い出の地  自分

最近は慌しくて忘れてたけど、僕が今度、自分の店をオープンする場所は、僕にとっては思い出の地である。

そこは僕が通ってた中学の学区内で、当然ながら同級生が今でも多く住んでいる所だ。

しかしそこは学区の一番北側にあり、僕の家は一番南側にあったので、中学に上がるまでは全然、テリトリーには入ってない場所だった。

僕には中学の時に、仲良くなった友人がいて、彼は僕が開ける店の近所に住んでいた。

住んでいたというのは、彼とは中学一年の時に同じクラスになったのだが、中学3年になる前の春休みに家の仕事の関係で、東京に引っ越して行ったからだ。

引っ越した後も、しょっちゅう電話したり(電話代の請求書を見て、親にえらく怒られたもんだ)、お互いの家に泊まったり、2人で旅行に行ったりした。

しかし、僕の彼に対しての初対面の印象は非常に悪かった。

彼の席は僕の真後ろだったが、入学初日からそこは空席で、顔を合わせたのは一ヶ月位たってからだった。

彼は生まれつき体が弱く、おまけに心臓の病を抱えていて、しょっちゅう入院しておりその時も具合が悪く入院していたそうなのだ。

彼の顔を初めて見た時はびっくりした。あまりに顔色が悪く(というより真っ白だった)、こんな人間を見たのは初めてだった。

しかし外見とは裏腹に、彼は意思が強く、しっかりとした考えをその年齢にしてちゃんと持っていた。

向こうも僕のイメージは悪かったらしい。あとで聞いたら、なんて人相の悪い奴だ、こいつ絶対ロクな奴じゃないと思ったらしい。

お互いそんな初対面のイメージにも関わらず、妙にウマがあったのはなんともおかしい話だけど・・・。

そんな彼が高校一年の夏に、我が家に泊まりがけで遊びに来たことがあった。

彼は帰る時に、しつこく僕にこのまま一緒に東京まで来て、今度は自分の家に泊まって一緒に遊ぼうと言っていた。

しかし、うちの母親が泊まりに来て、泊まりに行くのは失礼だからまた今度にしろと言うので、その時は結局行かなかった。

のちにこの時行っとけばよかったと、後悔しきりだ。

彼とはこの日を最後に会う事はなかった。

その年の冬に彼は今度は、天国に引っ越して行ったから。

その冬に定期的に行う、心臓の手術が終わったらまた一緒に旅行に行こうと2人で計画していたが、結局はだめだった。

手術自体はそんなに難しいものではなく、ほんとに定期的にするものだったらしいが、合併症か何かは忘れたが、最後は大分苦しんで亡くなったそうだ。

彼の母親から亡くなったという連絡を聞いた時は今でも忘れない。

足元が崩れ落ちて、落ちていく感覚というのは本当にあるのだ。

あれから25年。もうたまにしか思い出す事もなくなったが、やはり彼以上の存在はないと思っている。

よく遊んだ彼の家のあった土地で、新たに自分の人生を生きて行くのも何かの縁かもしれない。

もう少し落ち着いたら、車や自転車でなく、自分の足で店の近所を散策してみたいと思う。
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