この言葉は、私の親友がアーシェスのために送ってくれた言葉です。
去年の夏から食道拡張症を患っていたアーシェス。
とにかく食事の管理に全力で望みましたが、なかなか思うようにいかず、一進一退を繰り返していました。
主治医の先生には本当にお世話になりました。
徹夜で悪くなった肝臓の監視をして下さいました。
本来ならば試験開腹をするところですが、麻酔をかけたらそのまま帰らぬ子になるであろうと私も主人も感じていました。
28日までの2週間は走りたいアーシェスを、押さえる方が大変なほど元気いっぱいだったのに・・・・・・
採血したくても4つ足から血液が採れないくらい、血流は阻害され、自力で歩行が困難になっていました。
あまりの急変にとても混乱しました。
どうして・・・・どうしてなの。
水も飲めなくなってしまったこの子に、残された道は悪くなった肝臓の補助を点滴で補いながら入院してすごすか?
自宅に連れ帰り様子をみるか?
事実上入院は延命をすることは出来ますが、回復の確率は非常に低く、ただ、年齢のことも考えるともしかすると一過性のものか?
そうだとしたら、点滴をやめて連れ帰れば、治る物も本物に悪くしてしまうことになります。
苦渋の選択でした。
静に私たちを見つめるだけのアーシェスの姿に私は情けないことに、ただただ涙がこぼれてしまって何も答えることが出来ずにいましたが、主人が「先生、手術をすることは完全に不可能でしょうか?」と聞きました。
獣医の答えはNOでした。
甘えん坊できかなくて、人が大好きで、体力の有る強靱な子でした。
ミライやmotokoやウィンリーがどんなに、全力で追い掛けても、ただの一度もアーシェス母さんに追いつくことは出来なかった。
アーシェスの走りはサラブレットの様でした。
食いしん坊で、食べることには命をかける女でしたが、娘のミライにだけは何もかも譲ってしまう母でした。
夜は毎晩ミライを抱え、自分の体よりはるかに大きい娘をそっと舐めて寝かせる姿は黒いマリアでした。
若い頃、一緒に暮らす甲斐の牝たちは、アーシェスをボスとして絶対の権力を握り、些細な小競り合いもアーシェスが出ていくと、主犯はキツイ制裁を加えられていました。
そんな鬼女将だっ子が妊娠、出産して赤ん坊に大きな口を開けるたび、「あっ!!!!」と手を出すと、迷惑そうにはねのけて、そーと子供を暖かいお腹の方へ移動して・・・・私はどれだけ謝ったでしょう。
アーシェスの子育ては、慈愛に満ちていました。
一度だって私たちや、見舞ってくれるお客さんに子供を隠してしまうことはありませんでした。
むしろ自慢げに見せているかのようでした。
私自身授乳している子供達を横になって撫でている内に、何度アーシェスのお腹で寝てしまったか・・・・私にも優しい母のような子でした。
書いても書いても書ききれないほど、アーシェスは私たち夫婦にとって特別な存在だったのだと今更ながら痛感しています。
赤ちゃんだったアーシェスを迎えに行ったあの日、ジャズママに抱かれてちっちゃな黒い女の子は我家にやってきました。
そして、逝く日もジャズママと一緒に家族全員そして、アーニャパパも一緒。
頭すら起こせなかったアーシェスでしたが、血流を少しでも上げようとすぐ茶といいなが必死に温灸をアーシェスに施術しました。
ガスが溜まったお腹だったのに、すーと柔らかくなってきたのです。
氷のように冷たく冷えた手足も温まってきたのです。
内臓が動いてくれたらもしかしたら???と試みた温灸で少し血流が促された瞬間でした。
みんなで小躍りして喜びました。
体が楽になったのか、上半身を起こしたのです。
そして、回りの一人一人を見つめて、2mほど離れた子供達の犬舎へ向かって高鼻をかんで、まるで居ることを確認するように回りを見回して・・・・
その時のアーシェスの目。
こんなに優しい大らかな目は見たことが有りませんでした。
きっと、今思い返せば挨拶をしてくれていたのでしょうね。
自宅に帰ってきて2時間・・・・家族や大好きな人に見守られ、アーシェスはジャズの元に旅立っていきました。
お父さんのジャズが亡くなった日と同じように昼間の晴天とはうって変わり、夕方は涙雨がしとしとと降っていました。
主人と私は一晩アーシェスを抱いて寝ました。
朝目が覚めて、いつものようにアーシェスの寝床を覗いて「のどの調子はどうかなぁ?」と声をかけてしまっている私。
居ないんです。。。。アーシェスが居ない。
そう。。。。居るはず無い、アーシェスは石のように冷たく硬くなって私の横に居るのですから・・・・
無性に悲しくなりました。
大声張り上げて泣きました。
泣いて泣いて前が見えなくなるくらい泣きました。
何も手に着かない私を、支えてくれたお友達。
心強かったです。本当にありがとう。
沢山の人に見送られ、自宅前に着いた葬儀車に入っていくアーシェス。
いつも走っていた相模川ぞいを走りながら、火葬してくれるのでした。
いつもお腹が空いて空いて私に哀願していたアーシェス。
食べさせてあげたくても、病気のせいで少しずつしかあげられなかった。
それが、何より不憫でならなかった。
お骨を拾ってくれる方々のお口を借りて、アーシェスにお腹いっぱいたべてもらおう。
みんなで献杯をしました。
沢山の思い出話が飛び出しました。
こんなに愛されていたのです。
こんなに可愛がってもらったんだね・・・アーシェス。
泣いてばかり居たらきっと叱られますね。
沢山の犬達を看取って送ったはずなのに・・・・ママは本当にだらしがなくてごめんなさい。
今はもう、2度と触ることが出来なくなってしまったアーシェスの最後につけたよだれや匂いの染みついたトレーナーが脱げずに居ます。
もう少し、泣かせて下さい。アーシェスと作った思い出が沢山すぎて、流す涙が多すぎます。
必ず私の元へ戻ってきて!!アーシェス。
また会おうね。アーシェス。
私の最愛のアーシェス。沢山の愛と思い出と出会いをありがとう。
そして、可愛がってくれた皆さん、本当にありがとう。


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