一つの意思が二つそして三つに分かれて、最後に一つに戻る。
そしてアナタは二つの視点だけをうかがい知ることが出来る。
それが日月。
「先祖は自分ではないか」と神示は示します。
神示を読まれた方は、なぜ自分であると示しているか、考えたこと在りますか?
月として産まれ(月は物質であり、心の守護)
日が心に指し目覚める(日は精神であり、体の守護)
地は自我であり見えず。
両親(両神)がいて自分がある。
しかし、本当は自分が存在するから両親が必ず存在できる。
自己の無い時、両親も無い。
その関係は日月地と同じである。
つまり、自己の存在は日月地の変化であり、三つで一つの世界を永遠に続ける。
その視点は二つしか持ち得ない。
自分の変化は母親もしくは父親。
その変化には陰陽があり、二つの世界が相対的に現れ、そして結ばれ新たな自己を二つで一つ産む。
つまり結婚における両家という陰陽の家族。
ここで云う物質的な数の問題は関係ない、双子であろうが自己とは一つである。
ただ、兄弟もその立場からして横の自分である事は神示の示すと通りである。
陰陽は二つで一つであり、この関係は離反と結合の運動を生む。
変化までの一定期を変化といい、大きな変化を大峠と表現する。
大峠とは死である。
ただ、それは精神変化を伴う物理的大変革をもたらす、これを人は進化と読んでいる。
この世には作られた人と自らがなった人が存在する。
これは母と父の関係である。
生む関係と成る関係である。
本質的に外国人と日本人(日の本という意味)の出所が違うので、人類誕生の議論は一律に統一できないのである。
成る人と産む人。
常にキッカケは父である。
見落としていけないのが、父母、両方の神の仕組は必要であり、立場上の上下は無い。
この世は母から出来ている、つまり逆順である。
外国から文明は起きている。
しかし集約は日本で結する。
このことを神示は示さんが為に出てきたのである。
それは、言葉こそ神であり、即、人であるからである。
世の中は終末を迎える、しかしそれは新たな誕生である。
父となるものが先に自覚することが必要、母はそれに必ず副う。
母とはユダヤである。
これは、物理的な事を言っているのではない。
物理世界と精神世界、二つで一つ。
本当は精神世界が先にこの世に生まれている事を知らなくてはならない。
なぜなら精神には終わりも始まり無い永遠であるからである。
自己と他の認知、その事はすでに永遠であることを、知らなければならない。
愛=逢い、父は成った事を知らず、母は父に合うまで生む事を知らず。
物理現象は精神における行為の結果である。
この世界も物理現象である。
霊的世界と物理世界別けて考えろと神示が示すと通りなのだが、別けてみていない人が殆どである。
この世の終末は太陽が消え、月が地球にぶつかる。
そして新たに生まれるのである。
その前に総てが元に戻る、陰陽のエネルギ−バランスの平均化である。
ゼロに戻すのである。
地上のもの総て消える、そして半霊半物質が姿を現す。

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