米国や欧州の金融や担保である、商業不動産問題、金暴騰、株の乱高下、そして地震の件など、大変騒がしく情報が行き来しています。
でも、たとえ地震や破綻を知っても、確実な日にちと、場所等が解らないとあまり意味が無いと考えます。
確かに備えあれば憂いなしといいますが、簡単にはいかないのが未知を相手とした準備であると想います。
「何れやってくるぞ」程度で心の備えと、実践的には社会の連携を深めるように動き出した方がいいかと想う次第です。
確かに地震の件は太平洋側はそろそろ危険である事は、以前から言われている事です。
関東・東海・南海など何時あってもおかしくないのは、周期理論でも予想できると想います。
上記に上げられた数々の変化と混乱で一番怖い物は、
我が助からんために、他を退ける人間の行為が一番怖いと考えます。
私たちが今考えなくてはならないのは、現状認識と私たちの共存への行動原理です。
認識だけでは何れ迷路に落ちてゆき、原因追求と批判しか出来なくなる筈です。
すべてを認識して、時代は人に何を求めているのかという事を探求して、実践しなくて未来は開けません。
さて、昨日のお話で労働における考え方なのですが、私の考える労働とは効率ではありません。
私の考える労働は秀逸である事です。時間ではないのです。
健常者も障害者もそこに目指す労働は、無限の完成であると考えています。
一つの労働で被創造物およびサ−ビスに対するとき、常に高い完成を目指す事です。
確かに工程を考えると順番があるのですが、社会が目指す無限の創造性に、いかに流れを付けてゆくかなのです。
完成度はロボットでは極める事は出来ません。人であるから極められるのです。
そのような仕事では人に生産物が行き渡らないと考えがちですが、それは違います。
人はあまりに余っているのです、農家では老人も大切な労働者です。
働いているから呆ける事も比較的に少なくなります。
消費するだけの生活から、老人が脱却すれば、国は歳出・歳入両面から救われるのです。
当然、効率は無視していいのです。ただただ、納得できるものを作ればいいのです。
工作機械が人から労働を奪うようでしたら、その機械は世の中に必要な物ではないでしょう。人の手が極めれば何物にも変えがたい物が出来上がるのです。
消費という考え方を廃棄から循環に持ってゆく事が必要なのですが、そこには成長は見られないのです。
つまり資本主義では無理。資本主義の基本的な金利は5%です。
そもそも、ここに矛盾があるから資本主義はリセッションするのです。
現在の日本は資本主義の基本的金利も施行できないのです。これが世界中で広がっていては、マネ−ゲ−ムだけが歪に運営されるだけでしかないのです。
労働本位で考えると、労働し終わった時点で、物やサ−ビスはその目的を果たし、果たしかけています。つまり、ここに金利の入る余地はありません。
その日その日であなたは生産もしくは流通を生み出しているのです。
それが本来、あなたのお金に変わる労働です。見方を変えて社会資本なのです。
ではここにロ−ンが何故入る必要があるのでしょうか?
出来上がらなければお金にならない?
心配はありません、ロ−ンなど必要ありません。
一定期間の準備期間はロ−ンを組もうが、組まないが関係ないのです。
制作期間はどの生産物にも必要です、衣食住に関する産業の構築からやり直し、次に必要なものの生産に移れば良いだけです。
伴う労働を数値化して個人にマイナスプラス関係なく渡せばいいのです。
そしてマイナス分はあなたの出来る事で消してゆくいいだけです。
世の中には人の手が必要な事ばかりです。
それでは自分の好きな仕事に付けないと考えるでしょう?
違います、人は自分で居場所を求める事が必ず出来るのです。
このやり方であると何れ生産物の方があまってくるのです。
生産調整など無く、廃棄も少なくなってゆきます。
必要分だけ作り、残れば誰かが利用する、マイナス労働価値でも消費してくれるのです。
では、人の目標はどの様に変化するのでしょうか?
極めること、人により良いもに加工する事しかないのです。
人の思考は変化を好みます、何故だか解ります?
常に新しいものを求める様に神の仕組がなされているのです。
今までは資本主義・共産主義とも、目的は変わりませんお金です。
お金が新しいものを与えてくれている気がしていただけです。
しかし、お金が無く労働しかなければ、目的意識が物やサ−ビスの完成度にもとめるしか、なくなるです。
この仕組は辛いのは最初だけです。
徐々に発展してゆきます。リセッションも必要ありません。
ただこれらの仕組は小さな単位から始めなくてはなりません。
皆さんもお考えになってください。
どんな時代も活路はあります、国と世界を思えば。
すべてひふみの書いていることです、特に下巻にこれらの仕組の神示があります。
見直してください。
それと、弥勒の世の前は月の世です。
月の世とは自分が動いて運動を形成することです。太陽のように中心に居ていては人を動かさないと、輪を形成する事は出来ません。
月の運動の鍵は民にあります。
上が裸で下が袴の世となる。

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