神は言葉である。
そういえば、長い間この意味が解らなかった。
ではこの神は善神・悪神?
そんなことを考えていると、以前も書いている。
中心である。それも全体を含むのです。
善神も悪神もそこにはいる。隠れている。
人を殺す言葉も活かす言葉もそこにある。
そんな言葉を自由に使う人の心とは?
言葉であり、それを使う神であると想うのです。
いろんな生き方や思想はあるでしょう。
当たり前ですね、善も悪も作り出せる言葉を持つのですから。
よき言葉は人を活かし、悪き言葉は人を殺す。
まさしく、相対的な力です。一方は創造また一方は破壊。
世の中は二つが在って動いているのですから、あって当たり前ですね。
出来れば悪を利用して、先進=善進したいのです。
次の世界に向けて歩んでゆきたいです。
人間の行為は言葉から生まれている、言葉は神。
善でも在り、悪でも在り。
善は常に進んでいる。
みんなにより素晴らしい世界を味わってもらうように、古い心と社会を消しながら。
今、私に出来る事探しています。
悪も善も活かしながら出来る事。
今出来る最低の事は、人々が変わることへの不安を少しでも減らしてくれるようにと書いています。
善も悪も包括した心で。
言葉は神そんなことを考えていると手嶌葵さんの虹を聞きたくなりました。
皆さんにも
幸せとはそんなに遠くに無いと想います。
我慢しなくとも必要でないものは消え、必要な物は何れやつて来る。
必要なものを人に探して貰わなくとも、与えてもらわなくとも。
いい。

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