今回はラッセルのパラドクスについて考察してみます。
前回は、冪項という概念を導入し、その記号列が持つ性質:
(1) x が変数で、
R(x) が命題なら 2
τ({x|
R(x)}) が成り立つ。
(2) 変数 x と命題
R(x) と項
T に対し、命題
T∈{x|
R(x)} は命題
R(
T) と同値である。
を“形式化の原理”によって理論内部の概念に“翻訳”することにより理論を拡大する方法を説明しました。
ところで、上記の (1) と (2) は推論規則として翻訳されるわけですが、その際に注意しないと、以下のようにしてラッセルのパラドクスが生じます。
命題
P を任意に選び、命題
R(x) を
(3)
R(x) ≡ x∈x ⇒
P
で定義し、項 T を
(4)
T ≡ {x|
R(x)}
で定義します。
さて、
(5)
T∈
T
を仮定します。これは、その右辺の
T を (4) によって書き下すと
(6)
T∈{x|
R(x)}
を意味しますから、推論規則 (2) により
(7)
R(
T)
と同値です。ところがこれは (3) によれば
(8)
T∈
T ⇒
P
のことです。ゆえに、(5) と (8) に対して (⇒消去) を用いれば
(9)
P
が得られます。
すなわち、仮定 (5) のもとで (9) が得られたのですから、(⇒導入) により、(8) が得られます。
ところが、(8) は (3) により (7) を意味しますから、推論規則 (2) により (6) が得られ、これは、定義 (4) により (5) を意味します。
すると、(5) と (8) が、今度は何の仮定もなしに得られているので、(⇒消去) により、何の仮定もなしに (9) が得られます。
すなわち、冒頭の (2) を推論規則に定めると、論理記号 ⇒ とその推論規則である (⇒導入) と (⇒消去) だけを用いて
任意の命題 P が証明できてしまうことがわかりました。
上記の議論でどこがおかしかったのかを考えてみましょう。
まず、冒頭の (2) の中に「項
T」とありますが、この (2) を形式化の原理で理論内部に翻訳する前は、「項」といえば、当然、「理論拡大する前の理論における項」という意味でした。
ところが、形式化の原理によって理論拡大すると、それまでは項でも何でもなかった冪項 {x|
R(x)} が、新たに項の仲間入りを果たします。
そうです!ここでもε量化記号を導入したときと同じことが起きています。
すなわち、形式化の原理によって新たな概念の持つ性質を理論内部の推論規則に翻訳する際に、
項の概念が拡張されることを考慮しなければならなかったのです。
ここで、ε量化記号を導入する際に一緒に導入した
存在述語記号が役に立ちます。
すなわち、冪項を導入する前の理論は、ある存在述語記号 τ によって特徴付けられており、その理論で「何かを表わしている項」は、τ(
T) を満たす項
T という形に形式化されているのでした。
そこで、以下、τ(
T) を満たす項
T のことを、省略して
τ項 と呼ぶことにしましょう。
そうすると、冒頭の (2) は、正しくは
(10) 変数 x と命題
R(x) と
τ項 T に対し、命題
T∈{x|
R(x)} は命題
R(
T) と同値である。
とすべきだったのです。
また、冒頭の (1) は、2
τ も冪項に関する存在述語記号に他なりませんから、
(11) x が変数で、
R(x) が命題なら {x|
R(x)} は2
τ項である。
とも言い換えることができます。そういう意味で、存在述語記号 2
τ によって特徴付けられる理論も「理論 2
τ」と名付けることができますが、この理論のことを、別名
冪理論とも名付けることにしましょう。
さて、それはともかくとして、冪理論に関する推論規則を (10),(11) のように書き直すと、上記のラッセルのパラドクス (9) を導いた証明は、(4) で定義された項
T がτ項であることを証明していないので、後半で (7) から (6) を導くところが禁止され、証明が不成立になり、パラドクスは回避されます。
このことは、逆に言えば、もし
T がτ項であると仮定すれば、上記の証明が有効になって矛盾を生じる(命題
P のところに ⊥ を代入すればよい)ので、
T はτ項ではない、すなわち
¬τ(T) が定理になる、ということです。
つまり、形式化の原理のもとでは、ラッセルのパラドクスとは、「新たに項の仲間入りをした冪項を、もとから存在するτ項と混同したことによるパラドクスである」と見なすことができるのです。
εや冪項の導入の際に行ってきたことを要約すると、“形式化の原理”のもとでは、項という概念が理論拡大に伴って拡張されるということをきちんと自覚し、それに対する当然の対処をすることによって、ε量化記号の導入により非構成的な定理が導かれたり、集合概念を導入したときにラッセルのパラドクスが導かれることが、自然に回避されるのです。