去年の大晦日のNHK紅白は、戦後はじめて、戦場に日本の陸上自衛隊が行く”イラクへの陸上自衛隊派遣”も迫っていて、後半は”平和の祈り”みたいなストーリーになっていた。
とくに長渕剛”しあわせになろうよ”からスマップ”世界に一つだけの花”への流れはNHKのバラエティにしては異色のメッセージ性の強いものだった。帰省先で父母とテレビを見ていたが、みんなウルウルしていて、世代を超えて感じるものは同じだなあとしみじみ感じることが出来た。
アメリカとの戦争の中を生きてきた父と母は、日本が再び戦争に参加していきそうな時を、どんな思いで見つめていたのだろう、、、
恥ずかしながら感性が麻痺していた僕は、実のところ、長渕の”しあわせになろうよ”を、秋頃まで、普通の男女のラブソングだとばかり思っていた。
”出会った頃の二人にもう一度戻ってみよう。そして二人手を繋ぎしあわせになろうよ”という歌詞を単純に”まんま”抽出し、全体の流れを感じとることなく”長渕は最近、奥さんとうまくいってなかったのかなあ”なんてドッぱずれの脳天気なコメントをしてしまった。
当然まわりはドン引きの”ええ?なんで?”状態、、、
入ってくる情報を、粗雑に機械的に処理する癖が付くと、記号化できない空気みたいなものに託された”声なき声”を感じとる感性が摩滅してくる。まさに僕は機械脳だけで”しあわせになろうよ”を処理していたのだ。世の中がデジタル化して、機械脳ばかり使い過ぎると、人間の感性は摩滅していくという典型的な”みせもの”に僕はなってしまった。
”海の広さに負けないように 眩しい太陽睨んでみた
ずぶぬれの僕は 魚になり あの島まで泳いでいった”
と歌う中に託された言葉は、、、
”現実の泥海の中で、あふれる情報知識に惑わされることなく、高い理想を見つめ続けよう。”
”理想に手が届くことはないかもしれないが、せめてたどり着けそうなあの目標には到達しよう。”
というようなメッセージだと今でこそ感じられる。
男女の愛というより、人類愛まで照射して、”世界中が手を繋いでしあわせになろうよ。”という率直なメッセージを、裏に秘そめた奥深い歌だとしみじみ感じとれるようになった。
ジョンレノンの”イマジン”の長渕バージョンともいえるこの歌を、今年も大晦日で家族そろって聞きたかったが、今年の紅白には出ないようで残念だ。
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