宮沢賢治の有名な詩で”雨ニモマケズ”というのがある。
若い頃の自分にとっては、へんに説教臭く感じて、さほど感じるところがなかったが、人生の半ばの年齢になった今日この頃、やたら”こころ”にしみわたる。日本人が過去何千年と紡いできた”生きる”ということの原景がそこにはある。
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテイカラズ
イツモシズカニワラッテイル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニイテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負イ
南ニ死ニソウナ人アレバ
行ッテコワガラナクテモイイトイイ
北ニケンカヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイイ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
ソウイウモノニ
ワタシハナリタイ
先日TVで、坂本龍一が旅人になって、未来を探す旅として、日本人の生活のルーツを求めて、縄文文化、アイヌ文化、琉球文化を訪ねていくという設定の番組をやっていた。
日本人の祖先が、限りある自然の摂理に対して、いかに謙虚さを保った暮らしを守り続けたか、また、そうした暮らしをどのように楽しんでいたかということをクローズアップさせていた。大量消費を前提とした現代のあり方を問い、未来への提言としてのスローライフを提起する意味で面白かった。
当時の人は、食べ物がなくなるまで狩をせず、遊んで過ごすという怠け者みたいな習慣をもっていたそうだ。資源を再生する時間を与えるためには、必要以上に獲物を蓄えてはいけないという理にかなった掟があったという。古代人の知恵の奥深さにはおおいに感服する。
今の社会は、より生産効率を上げ、より経済成長をめざし、あくなき富の追求を至上命題として回っている。だが、悠久の宇宙の営みの中で、それがどれほどの意味あるものなのか?という根本的な問いかけに立ち返る段階にきているのかもしれない。
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