4本の火柱がめらめらと燃えさかり、煙が立ち昇る
俺は今揺れる小舟の上、ガンジス河を下っている
細い路地裏には死を待つ老人の群れ、座ったまんまで動かない
やせこけた右手を道行く人に出し、小銭を手のひらに掴む
俺は舟を降り3時間近く、焼け崩れる真っ黒い人間を見た
「神様はどこにいるのか」と尋ねたら、老婆は自分の胸を指した
笑いながら自分の胸を指した
Bye Byeガンジス大いなる河よ
Bye Byeガンジス何も教えてくれない
鮮やかな色に包まれた女たちは
今日も明日もこの河で乳房を洗う
今日も明日もこの河で乳房を洗う
やがて跡形もなく白い灰になり、黄土色のガンジスに流された
わかっちゃいたけど人間って奴が、確かに目の前で灰になった
裸足で艪を漕ぐ老人が、憂い顔で俺に笑いかけた
深いしわを顔中に刻んで、「死んだら灰になるだけさ」と笑った
旅をするのは帰る家があるからだ、さすらいの旅ほど淋しいものはない
ふと虚しさに突き落とされそうになったけど、「死んだら灰になるだけさ」と笑ってみた
「死んだら灰になるだけさ」と笑ってみた
Bye Byeガンジスもっと生きようと
Bye Byeガンジス俺の命が叫ぶ
さよなら名も知らぬ死人たちよ
あなたのように強く死ぬまで生きようと
あなたのように強く死ぬまで生きようと
以上 長渕 剛 作「ガンジス」から抜粋
日本の年間自殺者は3万人以上、イラク戦争で亡くなったイラク人の数(2万人以上)より多い。経済苦での自殺増が数を押し上げているが、相次いで報道される集団自殺のように、20代の若い人の自殺の多さも目立つ。
若い世代に”生きる”という肝心なことまで、この国の社会は伝えることができなくなってきたのかと、哀しい思いがする。
若くして自殺しようと思う人の多くは、おそらく、強烈な自意識の持ち主なんだろう。社会的存在価値がないと思える自分、必要とされないと思える自分が存在することが許せなくなるのだろう。
しかし、命の存在価値などというものは、たかがひとりの人間が、デジタルチックに数値化よろしく、比較評価できるものでないだろうと思っている。
総理大臣の命であっても、一人の売れないセールスの命であっても、壮大な宇宙の歴史をとらえる視点から見れば、物語を構成した一微粒子にすぎない。
たまたま役回りでそうなっただけの勝ち組エリートが、運悪く落ちぶれた自己破産者を揶揄したとしたら、”目くそ鼻くそを笑う”愚かな行為と哀れんでやろう。
巨万の富を築いた青年実業家も、ガンジスの物乞いの老婆も、死んだら灰になるだけだ。せめて死ぬまで、与えられた役回りを精一杯演じようと思う。
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