20XX年、民族民主主義革命が日本で成就した。
TAMO2党首(謎)はレーニン・トロツキーが行なった如く、法令による支配にまずは取り掛かった。折りしも、北海道のヤメ共同志から「保育所は駅前に一杯要るのでは?」と提案を受け、事態の速やかな対応を図った。
駅前を占拠していると言えばパチンコ・パチスロである。TAMO2党首は尊敬する孔子の論理に従い「賭け事は悪所に追放や」と言い、その後に保育園を作るように指令し、そのための法律を作った。
数ヵ月後、パチンコ屋の団体が陳情に来る。法治国家なので、陳情を受けるのは当然である。「あの〜、客の来ないところ(何しろ悪所)でのみ商売ってのは、あんまりじゃあないですか」と言う。TAMO2党首は言う。「いや、別にパチンコを一切認めないというわけじゃないんですよ、人民の圧倒的な要望に従って、粛々と仕事を進めているだけですよ。法令も衆院・参院とも通りました。お客さんが入るかどうかはあなた方の経営努力私大じゃないですか?」と答える。
勿論、TAMO2党首はあくどいので、町外れの、敢えて道が整備されていない(そしてこれから整備する気もない)地域を悪所と指定し、そこでの商売のみを認めたのであった。法に違反すれば、警察力などを差し向け、ガンガン取り締まったのであった。
多くのパチンコ屋が、自殺を含めたあぼーんに追い込まれたことは言うまでもない。
「別に死なんでもええのになあ」と欺瞞的にTAMO2党首は言うのであった。
革命的暴力は、レーニン・トロツキーの言うように、法によってまずは遂行されることを考えるべきである。

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