TAMO2ちんの日常

思想の嵐 猛(たけ)るとも 正しき道を いざ進め 

 

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投稿者:TAMO2
あるみさん:
西郷さんは鎮台さんと戦ったので合祀できません。そこで、西郷を慕う人が作った南洲神社を認めたということのようです。

天皇反逆云々というのはそりゃそうですが、ここを脱臼して明治政府によって作られ、庶民が認めたのが靖国神社じゃないでしょうか。この経緯は高橋徹哉氏の『靖国問題』に詳しかったかと。

そして、もっと興味深いのは、明治天皇政府ってのが、過去の日本の歴史との切断(廃仏毀釈など)によってでっち上げられた(上げざるを得なかった)、「祟られまくり」の政府だという皮肉があるんだと思います。
投稿者:あるみさん
「靖国」が「祟り神」を鎮めるためにあるとするならば、戊辰戦争で「賊軍」として敗れた会津藩兵や、西南戦争で敗れた「西郷軍の兵士」なんて、祟りそうな気がするのですけどね…なぜか彼らは「靖国」に祭られていないのですよ…
ここで>靖国神社について。日本人の宗教的感覚の根底は祟りである。
というのは、筆者の思い付きでしかないですね。古代から祭られてきたのは、天皇に「反逆」したとされる人物ばかりですからね。

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