『ロシア 闇と魂の国家』(亀山郁夫+佐藤優著、文春新書)
ロシアは謎の謎のそのまた謎というチャーチル。西原理恵子さんは蟹工船で かに味噌を捨てるロシア人を見て「ロシアに幸せなんか来ない!」とか言った。いずれにせよ、ロシアってのはどうも想像の範囲を超えた存在である。
我ら日本人の想像の範囲を超えているのは、どうも感覚からして異なるものがあるからだ、とこの本を読んで思った。ルーシ(大地)との一体感。そのメンタリティーがスターリンなどの苛烈な独裁を支持し、個人主義的な幸福を“小さなこと”と見なす。一体感を感じさせる飲み物としてのウォッカ。霊的でありながら、受肉思想によってどこまでも唯物的なロシア。キリスト教を受け入れながら、シャーマンなものを色濃く残すロシア。そんなロシアにどっぷり嵌っているお二人による対談は、非常に面白かった。以下、引用とか思ったこととか。
やがてわたしは、確信するにいたった。スターリン時代を生き抜いた知識人たちこそ、現代に生きる人々の心にじかに通じあう深さとアクチュアリティを備えていた人々なのだ、と。(p9)
社会主義芸術は体制に奉仕することを強制された。その条件で、表現すべきことをギリギリのところで表現したのがかの芸術家たち。また、生活は全くもって特権的でなく、庶民そのものであった。ロシアにおいては歴史的に「イソップ語」のレトリックの蓄積がある。レーニンが帝国主義論で書いた奴隷の言葉だ。
強大な権力のもとに組み敷かれた弱者は、みずからの芸術的良心を失いつくすことを恐れ、さまざまな地雷をテクストの地価にもぐりこませていく。(p10)
そして、物凄くロシア的な精神だなあ、と思うのが引き続き書かれた次の文章。
その地雷が踏まれる時はおそらく永遠に訪れて来ないにちがいない。やがて時が来れば、丁重に除去される定めだが、不発の事実そのものが、優れた芸術家たちの良心の証となる。(p10)
・自らは住まない住宅建設の土台穴の工事について記された『土台穴』(アンドレイ・プラトーノフ)は凄まじそうだ。1929年の作品。
・ロシアの魂について。フョードル・チュッチェフの詩を挙げておこう。
知もてロシアは解し得ず/並みの尺では測り得ぬ/そはおのれの丈を持てばなり/ロシアはひたぶるに信ずるのみ(p18)
・一つのヒントは「ケノーシス」。運命、恨むなと言って銃殺されて行ったトルストイの『戦争と平和』のカラターエフ。
・「野蛮のロシア」と良く言われる。しかし、彼らの野蛮は無軌道の野蛮ではなくて、掟化された野蛮ではないのか。日本国の嘘に踊らされた佐藤さんが受けた暴力と恐怖は、そういうものかと。
・「決断」「命がけの飛躍」。それこそが、物語を作り歴史を作る。(p38)
・真宗門徒として、我が意を得たり。タワーリシチ!
信と不信の間を揺れ動くことこそが信仰だ(p43)
一般の国民にとってソ連社会って、案外息苦しくなかったということです。一九五〇年代、ニキータ・フルシチョフの高度成長時代からは特にそうですよね。もちろん、政治的意識が強いインテリにとっては息苦しい社会だったというのは間違いないですけどね。(p45) 甘い腐臭の時代。プーチンは、この郷愁と共に語られることになった時代との連続性を強調しているらしい。
欲望を満たすのは給与の額じゃなくて地位なんですね。(p49)ソ連のこと。
・高級香水「石の花」は腋臭の臭い。
亀山 幸福のロシア的基準というのは、貧しい平等です。(p51)
亀山 どうしようもない悲劇的状況のなかにある奇妙な満足ですよね。(p50) 亀山さんは「ユーフォリア」という言葉で説明する。
プーチンには、ブレジネフ時代の、貧しい平等という幸福の記憶がまだあって、それを取り戻そうとしているように思えます。一部の特権階級はそれなりに認めてやろう、ただし貧しい人間の幸福の観念を壊してはならない。(p52) プーチンが支持される理由かと。
・『モスクワは涙を信じない』という大衆映画で、そういう気分が分かるらしい。
スターりん崇拝は人民権力の一要素だった。この崇拝は上から植えつけられたが、それ以上に下から生じてきた。スターリンは語の厳密な意味での人民の指導者だった。(p58;アレクサンドル・ジノヴィエフ『余計者の告白』より)
共産主義は、人間がみずからの欲望に自在にブレーキをかけることができれば、それほど迂遠な理想ではなくなる。(p58) 以上、時代の記憶として。用語の内実には注意が必要。
・パヴリック・モロゾフは人間の屑、しかし、そうは言えない時代があった。実の父よりも民族の父(スターリン)に忠誠せよ!
ただ、暗殺が怖い。シリヴィキの連中をあんまり締めすぎると、メドヴェージェフは突然、心臓が止まってしまったという……。(p75) 生命を賭け金にするロシアの政治中枢。
イタリア・ファシズムに類比的なロシア・ファシズムを、プーチンは、新しい装いで構築しようとしているのだと思います。(p78)
第一章だけでもかなり面白い。げっぷが出そうだ。
(続)