多分、最初に見たのは社会人選手権の大阪球場。新日鉄堺に凄いのがいる、と聞いて見に行った。余りフォークの印象は残っていない。ただただ速かった。
プロ入り初先発の試合は、デーゲームであり、自分の試合と重なり見にいけなかった。初勝利は強烈に覚えている。西宮球場のデーゲーム。はじめ、三塁側から見ていて、東急時に「11」の背番号が見えるのに驚いた。次に二階席ネット裏へ。驚いたのは、2階から見ていてもフォークが落ちるのが分かるのだ。2階からなのに、一旦浮き上がって見える。そして、目線から外れるように(!)落ちる。
そして、一塁側の下階へ。パンチ佐藤が三振したフォークボールは、揺れながら生き物のように力強く地面めがけて落ちて行った。
17奪三振の当時、タイ記録とともに初勝利を挙げた。
さて、いつだったか、職場の同僚と阪神デパートの屋上にビールを飲みに行った。その日の大阪は雨で、恒例の甲子園放映はなく、代わりに西武球場からの中継が流され、野茂が登板。投げても投げてもフォアボールか三振。メチャクチャな試合。16四球で、完投勝利。
某監督に代わり、優秀なトレーニングコーチの首が切られ、野茂投手にとって非常に環境が悪くなったとき、故障した。周囲は「当たり前やろ」と言っていたような。で、選手の主体とかを考えない日本球界に嫌気がさしたと思われる野茂投手はメジャーへ。80年代からBSで野球の放送が始まっており、大体のレベルは見ていたので、野茂なら怪我さえなければ大丈夫と信じていたが、しかし、あそこまでの旋風を巻き起こすとは。
その後、2度のノーヒットノーランなどの数多くの栄光があったけど、印象に残るのは怪我をしたあと、再びメジャーのマウンドに挑戦したこと。結果は出なかったが、挑戦していることが嬉しかった。
とにかくとにかく、お疲れ様でした。