「読書メモ:『港区ではベンツがカローラの6倍売れている』」
読書
『港区ではベンツがカローラの6倍売れている 〜データで語る格差社会〜』(清水草一著、扶桑社新書)
データとインタビューや現地調査で格差社会の「実際のところはどうなの?」を追求した意欲作と思う。ただ、結論に相当する部分については、かなりの反発があると思う。
今回の取材を通じて私は、今日本が大きな変化のただ中にいることを実感した。日々、市場が流動化し、状況が変わり、新しい何かが生まれている。それを目の当たりにするのは実に楽しかった。
それは、多様化の許容であり、本質的には良いことに思えたのだ!
もちろん、そこにはさまざまな問題もあるわけだが、それでも私は、皮肉でもなんでもなく、多少の思い込みを込めてこう叫びたい。
「日本はいい方向に向かっている」(p230)
この文章だけを読めば、ワープア問題に取り組んでいる人は怒るだろう。しかし、小生は、大枠では同意する。そして、これは取材を通じた著者の実感だと思う。というのは、近代資本主義における大衆の夢=モナド化=自由 を、今、完遂しようとする過程と見ることが出来るからだ。明治維新からこの方続いてきた 農村から都市への人間の流入は、マルクスが描いたような「自由な労働者」を、結果として日本には齎さなかった。企業、労組、新興宗教にそれぞれ組み込まれ、都市の中にムラを作ったからだ。第八章に描かれる富山の「豊かさ」を構築した原動力だが、しかし、それは自由を犠牲にするものだった。それに対するチャンスは、書物名は忘れたが、例えば共産党系の新日本出版社の書物が明らかにしている。その方向と、この本が示す傾向は一致する。これは現在の肯定的側面。
一方、それでもなお、セーフティーネットの崩壊という危険がある。また、ロスジェネの問題もある。だけど、同時に、「革命」のチャンスもある。それは決して、かつての左翼が夢見たものではないだろう。むしろ、脱構築・再構築に属するような、関係性の革命、小さな物語のパイルアップによる社会革命だろう。そして、それは、かつての社会が強制した規範(=良い学校、良い大学、良い大企業)を形式的にも、内面的にも無化することでなされよう。ちょっと道は遠そうだが、それを言う資格が著者にはあると思った。
で、内容。非常に簡単に。第一章と第三章。車についての価値観が、地域やライフスタイルでバラバラになっている。高知は軽で十分。フェラーリは意外と安い。金持ちの上流は女(あるレベルを超えると釣り放題)よりもカジキマグロを追いかける。第二章。芦屋の金持ちは中途半端、、と、大阪人として思う。ポールファッセルの『階級』を補助線にして考えると、自慢など一切しない帝塚山の金持ちが最強。それから、阪神芦屋駅から西に行った海沿いには、日本最古のテニスクラブが何気なくある。芦屋侮り難し。第四章。苗場の別荘は格安。300万円でゲット!維持費は年20万くらい。不動産という欲望まみれの産業は、欲に敗れた良い物件が探せばありそうだ。湯沢がお勧めとか。あと、風景保全や町並み保全に熱心なところが勝ち組に入り易いようだね。道後もそろそろ頑張って欲しい。アメックスは選民意識をくすぐるんだね。だけど、伊良部事件でイメージががががが。グリーン、ゴールド、プラチナ、ブラック、そしてチタン。何が何やら。予め入金しておけば、ジェット機も買える。信用を積み重ねたら、それも要らないようだ。一方、自己破産する人も今やあっけらかーのーかー。だけど、それが正しいと思う。金持ちは投資が必須なんだね。第六章。白人掛けるイケメン=日本では勝ち組。モデルでウッホッホ。日系人は昭和30年代の日本人のよう。健気で働き者で、しかも未来は大抵勝ち組。その希望のありようが、苦しい生活を苦しいと感じさせないようだ。第七章。花魁(おいらん)から夜鷹(よたか)までの日本の伝統。月収600万の夜の女は顧客もかなりの地位の人たちで、物凄い教養とプライドと仕事への誇りを持つ。一方、場末のヌキ産業の人は、月収は60万あるが、心を壊しかねないありよう。メンタルでの格差が気になる。第八章。釜の1年、娑婆の10年は昔話か。大昔よりもセーフティーネットが充実しているのは事実だけど、アブレのキツさは直に聞いた15年前よりも酷いと思うのだが、結婚してから支援行ってないし。あと、西成署の警察官は人権意識高そう。奥の院は低そうだが。あと、富山は古き良き日本っぽい。公務員is best。この本によると、小生の学生時代の寮の友達(上級国家公務員、ベンチャー社員)は宇宙人なので結婚対象外のようだ(笑)。
まあ、真面目な議論に直接役立つとは思わないが、今の社会の断片を知る上で、面白い。特に、勝ち組のあり方について。で、個人的にはやっぱり型に嵌められている人たちのことほうがが気になる。