『マンガで読破 神曲』(ダンテ原作、イーストプレス社)
まずはマンガと関係ない薀蓄から。
中世ヨーロッパでは文章はラテン語だった。文学はラテン語。勿論聖書も。絵画は宗教画。こうやって、イデオロギーの面から宗教は人間を支配(洗脳)していた。
神曲は宗教世界(死後の世界)を描きながら、言葉をイタリア語にすることにより、中世世界の要素の一つを突き崩し、近代の扉を開いた。ほつれ、とは、こういうところから生じるのだ。・・・内容そのものとは関係なく、この小説が偉大とされる所以である。
さて、『神曲』。人類史上最大の「喪男」小説かも知れない。
ダンテは幼馴染、ベアトリーチェを愛していた。しかし、それは叶わぬ恋であり、片思いであった。ベアトリーチェは若くして死ぬ。ダンテは生きる道(希望)を失った。天使の心、死後の世界だから天使であるベアトリーチェはダンテの愛に生前(うん、何てぴったりする表現だ)気づいていて、ダンテが希望を失ったことに心を痛めた。死後の世界を知らしめることにより、ダンテは救われる、そして、ダンテを通じて信仰をなくした人の世(現世)の救われるとベアトリーチェは考え、ダンテを生きながらにして死後の世界へ誘う。現世では古代ローマの詩人であったウェルギリウスを案内人として。
まずは地獄からのご案内。地獄の入り口の広っぱ(辺獄;リンボ)で洗礼を受けていない人たちが佇む。うわぁ、いきなりキリスト教的妄想だww。別にいいけど。だって、中世の小説、宗教絡みでないと発表でけへんやん。かつてイエスがやってきて、洗礼を授けまくったので空いているようだ。イエスが来たとき、ソクラテス、プラトン、アリストテレス、、、、などが洗礼を受けたらしい。もうね、何というか。こんな調子で、歴史上の有名人が以後でまくり。で、どうも、罪の深さに序列があるようだ。軽い順に、ドンドン重い罪を列挙していくと・・・。愛欲(愛は罪なのでしょうか?)>暴食(飢餓を招く;ケロちゃん登場)>怒りと不満(向き合い方に失敗したのね)>(この辺までは一概に罪とは言えない、方向性の問題かと、いやあ、キリスト教はぶっちゃけた人間臭い宗教だ)>暴力行使者>自殺者(出た!自殺者の森、天から授かった命と肉を自ら消すという重罪)>汚職(タールで煮られる、鬼が面白い、鬼はタールに落ちたら消えるのね)>女衒>阿諛追従>泥棒>詐欺>謀略・・・この辺で自由意志についてのウェウギリウスの講釈:「現世の人々は何もかもを天や神のせいにしたがるが それは違う。天は万物に初動を与えるが すべてに関与しているわけではない。人々には自由な意志があるではないか。……正道を踏み外しているとすれば人々の中にこそ原因があるのだ。」(p100)・・・ここからは一部は神々の罪。神に挑もうとした罪:巨人族(ヒガンテス)>裏切り(肉親、祖国、神;ウゴリーノの話は凄まじい、でも科学的分析では息子を食べてなかったらしい:@堕天使ルチフェルの口の中で噛み切られているのは 主イエスを裏切ったイスカリオテのユダ;でも、最近「ユダ」の福音書が発見されたもんね)。この辺で、終わり。Wikiを見ると、ルチフェルの存在こそが、地獄の発生根拠らしい。
ルチフェルの腰のあたりでクルクルすると、地獄の反対側に出て、煉獄へ。ここは悔い改める魂が浄化される場所。現世に似ていると思う。星が見える。「あの星はベアトリーチェなのかもしれません。それは良いことだ。信じること……希望を持つこと。そして愛することこそが 人を支える基本的な力なのだから。」(p131)悔い改める罪の順番。傲慢>嫉妬>怠惰。この辺で「つまり良い良いおこないも 悪いおこないも ともに愛から発しているということだ」(p143) >貪欲 この辺で、天地が揺らぐ。一つの魂が浄化され、それに感応して全てが揺らぐ。全ては繋がっているのだ。 >淫蕩(浄化されるために焼かれることに悦びを感じる魂)。ダンテもこの炎を浴びる。ベアトリーチェに会えることを信じて。天国はベアトリーチェが案内。殆どいきなり「至高天《エンピレオ》」。いいのか? 神の愛の光に包まれた世界。全てはつながり、多にして一。神の愛の精髄を見たダンテは、初動の源を発露を忘れ、光が薄れる現世を天から見る。神にヨリ近い、死後の世界を現世に伝えることで、神を人々は思い出すのではないか、というベアトリーチェの思いをダンテは自分の使命として受け止め、現世に帰る。
以下、適当。
・にしても、ニーチェは「イエスは仏教徒だ」とよくぞ言ったものだ。閻魔様=地獄の審判官、ミノス。
・ただ、死後の世界、生まれる前の世界の記憶などを封印して現世に生まれてくることの意味も、神を問う立場からは考えなくてはならないだろう。
・キリスト教=日和見主義を再発見(爆)。