人と犬との共生・・奇麗事ばかりに目をとらわれて大切な意味を失っている現代。
一体共生とは何か?を足元から見直すことが必要であると私はいつも感じます。
苦しむ犬達、苦しむ飼い主さんを目の前にして、なぜこのようなことが起こるのか?
それを無視して、ただ直すだけではいけないといつも思う。
結果は結果であるけど、原因を知らなければ同じことが繰り返される。
それを予防することにもっと力をいつも注ぎたいと思う。
そうでないと、出来た!の後に落ち込みがくるからです。
何故、こんなに人と犬との共生が乱れてきたのか?
私は目の前で見てていつも見てるのは、「境界線」です。
どこが人間と犬との境界線になっているのかがわからない。
それで、お互いが自分の種の領域を見失ってさ迷う。
これが、お互いを見失う、心なくす一番の原因となっていることに気がついているのだろうか?
私はこれは非常に危険なことだと思うのです。
犬は人間ではなく、生きる世界が違います。
人間は犬ではなく、生きる世界が違います。
私たちは人生を歩むます。
そして、彼ら犬達は動物生(畜生)を歩みます。
同じ、場所で暮らしていても、私たちは人間ではあることを見失ってはいけないし、犬達は犬であることを見失ってはいけない。
それぞれの生をしっかりと生きていくことこそ、それが共生となる。
人生と畜生という二つの生きる道を尊重しあい、共に自らが歩みべく道を歩むこと。
それが本来の共生でなくてはならない。
私たち人間が人間という領域をしっかりと認知し、守ること、そして、犬達の領域をしっかりと認知し、尊重すること。
これには、人間と犬との境界線をしっかりと人間側が持つことで、互いが自分の生きるべく道を歩むことができる。
この境界線を見失ったら、私たちさえ人生を歩むことから外れてしまい、動物のように貪り好き勝手に生きるようになれば、これがすべての生きる道を犯す原因となり、人間から順番に崩れていくのです。
何故、お互いの種の尊重ができなくなったのか?
これは、動物と共に生きるものの責任として、軽くすませてはならない。
命の領域をしっかりと尊重し、区別することで互いを生かしあえる日々が成り立つのだから。
犬は犬として生きることで、命を全うする。
人間は人間として生きることで命を全うする。
この領域を間違えたら、互いの生に障害がうまれる。
これを止めなければ、人畜同生になってしまい、生きることに迷うことになったら、共生ではなく、共に迷うことになる。
人間の行動も年々、鬼畜になってきている。
境界線はどこからなくなってしまったのか?
実は家族の中から見失って、お互いの領域の尊重、尊厳を見失っている。
人間同士の境界線の欠如が、動物の領域までも犯し、命の摂理を壊すことは、共生とは呼ばない。
兄弟でさえも、境界線を持つことは大切なのです。
友達なのか、兄弟なのか?親子なのか?親族なのか?同僚か?
この境界線を見失ったとき、人も畜生道を歩み始める。
もう、これは始まってしまっているから、犬達が犬としての自分を見失う現象を起こし、人も、境界線がなくなれば、動物の如く非道な行動が始まる。
もう一度、共生のルールともいえる境界線を家庭の中から見直しましょう。
ここまでは、共生は形だけの種の破壊になっていくだけになってしまうから。