何かをしているとき、どっちなんだろう?と思うこともあると思う。
ポジティブな感情が動く方とネガティブな感情が動く時。
やはりポジティブな方を選びたくなる。
しかし、ポジティブな方はどこからそれを始めたらいいのかわからない。
ネガティブな方はすぐにでも始められる。
色々と選択する時に多いと思う。
直観を大切にと言われることもあるが、直観さえ信じることができない。
その先の失敗が怖いからだと思う。
でも、直観ほど、的確でいい加減なものもないから、自分の心の奥の声を聞いてうごくとは簡単ではないような気がする。
色々と自分の考えてで描かれて心が反応しているのか、自然と心が動いての声なのか?
それを見分けるには、やはり失敗も含めた行動を起こして経験を積まないとわからないような気がする。
一番頼りなのも自分、一番頼りにならないのも自分。
自分と共に生きていくって本当に難しいなぁと思いますね。
でも、生きるということもいかに自分を頼りがいのある存在に育てて生きやすくすることの修行のような気がする。
犬と生きることでもそうだが、犬が自らマナーを守ろうなんて思わないし、もっと勉強しようなんて思わない。
そうさせるのも、やはり自分であるし、自分が愛犬でもあるとは、やはり自分とは切ってもきれない関係になる。
9の失敗に1の成功ならまだ良い方かもしれないが、これが自分行の始まりだと思う。
それが徐々に9の成功に1の失敗になっていく。
習い事などもそうだが、すべてに共通している肯定でもあると思う。
習う・・習うとはまさしく羽を白くするために、9の失敗1の成功から9の成功1の失敗に変換していく勉強そのものだと思う。
これから何を習って9(成・失):1(成・失)を変えていきますか?
習うごとを通じて、一杯この変換肯定を積んで人生を習う変換肯定も安易にできる生き上手になってみたいものですね。自分習成(習性)を上手くなりたい・・。

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