清々しい空気を吸っていると、何故か人間は嫌なことを考えない。
自然と欲を断とうとしなくても、自然と気持ちいい心が生まれてくる。
その気持ちいい気持ちとは”ありがとうございます”という感謝の気持ち。
色々な聖地と呼ばれる場所が日本には本当にたくさんある。
サンクチュアリーと呼ばれるが、忙しい時こそ、こうした場所に立ち寄る癖を持つと、自然と気持ちいい心になる癖がつきやすくなってくる感じがします。
ポジティブという気持ちも、一番のポジティブは感謝の心だと思います。
よし!やるぞ!!その気持ちが生まれる本心もやはり感謝の気持ちからだと思います。
最初はお願いごとばかり・・・でも、これが気持ちいい空気を吸いながら休んでみる。
そうすると、階段を登りきっていざ拝殿に向かった時、感謝の祈りとなってしまう。
息が切れて、お願いごとを何をしたらいいかわからなくなるときが一番いい祈りの状態だと思います。
だから、私は最近こう感じます。
若者の時はわからない・・でもお歳を重ねるとこの御利益が本当に受け取れるようになる。
もうこの階段登るのがきついと感じた方こそ、真の御神徳を頂けるから休みながら登りきって、拝殿の前で手を合わせて頂きたい。
登りきった時に、頭真っ白で、登ったことで目の前に現れたことのありがたさに素晴らしい祈りができると思います。
だから何でも、重ねていくことの大切さを感じます。
できないから駄目ではなく、やはり上手に歳を重ねていくことは、駄目が自然とできるに変わることだと思うし、わかるようになるものだと思います。
歳をとらないという美も最近は騒がれてますが、わざわざわからなくなる歳の重ね方よりも、わかるように、感じるように歳を重ねて一杯の自然のエナジーを頂ける人の方がよほど美しく輝き、周囲の人たちまで幸せにしてくださいます。
都会のサービスより、田舎の下手でも温かいサービスに心気持ちよくなる経験はありませんか?
気持ちは技ではできないと思います。
おもてなしの技術は機械のように感じるし、やはり相手をもてなす心は、技であってはいけないと思いました。
気持ち良い心、楽しい心、それを提供する側に起きる社内環境なら、必ず技ではなく、お客様にも自然と気持ちいい、温かい気持ちにして頂ける心が伝わり、互いに気持ちよくなれるでしょう。
苦しんで感動して、真っ白で神様と向き合う日本人の生きる美を是非体験してみてはいかがでしょうか?


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