続きです。
B ネットと現実社会
それを考えるには、まず、ネットと現実社会について考えなければならないと思う。
先日、私は
光っているlogにこうコメントを載せた。
山邉さんとお会いして思ったのは、山邉さんはアナログ世代の方で、インターネットに詳しくなかったんですよね。最初の頃は何となく利用したらうまくはまって一気に盛り上がったのですが、有識者会議のあたりから段々ずれが出てきた、ということなのでしょう。でも、それに気が付くことはありませんでした。
sweet air氏も一見そうだし、他の人もそうなのだが、インターネットを使っている人はその価値観で判断しようとする。山邉さんは何も知らない中で、それを始め、それがユーザーの共感を集めた。しかし、それは狙ってやったものではなくて、偶然だった。彼らの運営スタンスは多分一致していた。簡単に言えば、「書ける情報があれば書く」ということだった。ところが、表面化できる情報が極端に減ってしまった。あれこれやっていた時期にしても、対外的に公表していないものは公表していない(と思う)。それが、対外的なものがなくなったために相対的にそういう部分が前面に出ることになり、それまでインターネットユーザーのツボにはまって支持を広げてきたユーザーに不信感を持たれてしまった、ということではないだろうか。
有識者会議にしてもそう。
皆さんかなり不審感を持っていらっしゃる方が多いようだが、それは皆さんの価値観が
全く見ず知らずの相手にそこまでの情報を山邉氏は提供するだろうか。相手が友好的とも限らないのにそこまでするとしたら間抜け以外の何者でもないが、恐らくそんなことはないだろう。つまり、会議の内容に公開してまずいようなものは含まれていなかったと容易に推測される。(光っているlogより)
という方向で固まっているからではないだろうか。
ところが、現実の世界ではそんなことは全くなかった。光っているlogに寄せたコメントをこちらにも載せると、
記憶は残ってませんが、当時表に出ていなかった採算面(3月に公開したもののベースになるもの)とか、県とどうやって対峙していくかとかを包み隠さずしゃべっていたんですよね。当時直接をやりとりをしていたヨハンソン氏はともかく、他は全く赤の他人な訳で、裏切り者がいるかもしれないのに、普通はありえないんですが、ハルウララの1件でもわかるとおり、どうやら山邉さんは競馬blogに対して、性善説で行っていたようです。まあ、新高崎競馬応援団なんて作ってガンガンやるような方ですから、想定の枠を超えているのでしょうが。で、これは書いてしまうと県もHPを見ていますから、確実に対抗策を打ってきます。したがって、blogで書ける訳がないわけです。変に書けない情報を持ってしまったがために頭を抱えたことを覚えています。なので、blog上(2月18日)では一連の流れをかいつまんで書くに止めました。これしか方法がなかったわけです。
山邉さんとしては、競馬ファンサイトは味方(結果的には問題なかったが、必ずしも本当はそうとは限らないのだが)だから現実世界では出すけれど、ネットでは敵(この場合は、批評サイトではなくて、県とか対決している人を指す)も見るから出せない。という考えだった訳だ。このあたりをちゃんと書けばよかったのかもしれないが、
今回の会議は、各ブログ主宰者の皆さんのご好意・ご協力により行われたものですので、議事録の公開は、ひかえさせていただきたく、よろしくお願い申し上げます。
というふうに書いてしまったがために誤解を招いてしまった。多分皆さんの意見を総合すると、このときに山邉さんは「インターネットで公表することは、インターネットが誰もが見ることができる媒体である以上、今後の運動に支障が出ることになるため、資料や議事録の公開などはできないことをご了承ください」とでも書けばまだ誤解は招かなかったのかな、と思う。それでも完全に理解は得られないかもしれないが、そもそも常識の範囲を外れているのだから、それはそれで仕方ないことだろう。
本当の事かの確信がなかったので書かなかったが、今なら問題ないだろうから書くと、そもそも議事録なんて多分ない(笑)。いい、と思った意見をメモしているだけだったと思う。そのあたりズレが生じている訳で、それを修正する方法という考えまで山邉さんはいきつかなった。狙ってた訳ではないのでそれは仕方ないだろう。そういう点ではお互い不幸な出来事だったという気がしている。
この件でもわかるように、「現実」で起こっていることと、「インターネットにおける情報」、そこをどう繋げて、理解を広げていくのか、そこが今後におけるキーワードだと考えている。
ちなみに脱線するが、KANKANさんが、近々「ファンサイトや関係者の方とお会いできそう」と書いているが、集まる、という動きは私のところにも来ていることは事実。ただ、本稿制作時点(9月3日午後3時)では詳細はまだ決まっていない。行けるかどうかもわからない。
これは私の信念だから違うと言われればそれまでなのだけれど、内容が決まるか否かもわからない時点でアナウンスするのはいらぬ期待感や疑念を招くだけだ。途中経過は書いていいことと悪いことがある。途中経過を書けば、それは期待する。その結果、実は何もありませんでした、だと反動が大きい。ガトーさんが「大きな動きがあると聞いている」が、勿論私もどうあるべきかを提言している訳だし、皆さんが皆さんの立場を示しているのだからこれから枠組みが変わるのは容易に予想がつくわけだし、それは否定しないけど、何をするかなど何にも決まっていない。それは我々の立場でもそうだし、Racing ISESAKI Clubの立場でもそうと(私は)聞いている。決まっていないからアナウンスをしても出せるものなど何もない。ガトーさんは聞いているのかもしれないが、現実に何も出ていないという事実しかない。そうなれば時間が経てば経つほどsweet air氏が不信感を持つのは当然だろう。情報を出せ出せ、というが、情報を欲しているものはみんな欲しいのだろうが、だからといって情報を流す方は全部出せばいいというものではない。全部出さないから隠蔽というのは全く誤りで、完全に蛇足ではあるが、このあたりは今後注意した方が良い。
C やっと結論へ。
そもそも、Racing ISESAKI Clubなる公式サイトを作ったのは何故だろう。
私が提言していた理由はsweet air氏が書いてあることと全く同じで、要は、各自「公表してもいいですよ〜」とした情報をそれぞれの個人blogでアナウンスしても限界があるし、共有もできない。無料blogだとその辺の信用性にかかわるため、それを克服する方法としてドメインを取得して公式サイトを立ち上げましょうというお題目だ。それを受け入れた、ということである。
勿論その方法論は間違っていないと思っているが、現実にはその後すぐに共同トレセンの話があって、身動きが取れなくなってしまい、ほとんどアナウンスされることもなくこのような事態になってしまった。というか実際にはそれより前から身動きが取れなくなりつつあったようだが。
これはネット世界での失敗ではなく、現実世界の失敗であり、ネットの問題とは何の関係もないのだが、ただ、インターネットという手段は主人公にはなれないにせよ、ムーブメントを起こすこと、というのは私は意味がないと考えていたのだが、今後の運動を考えるにつけ、側面的な観点からは必要なことであることは確かにそうなのかもしれない。
したがって、今後もRacing ISESAKI Clubの活動を続けるのであれば、公式サイトの形からアナウンスをしていくことが望ましいと考える。
あとは「活動していますよ」ということをどういう情報で提供するかである。これは皆さんが求めている到達点が違うので何とも言えないし、皆さんの意見を聞きたいところでもあるのだが、少なくとも「
世間一般に出ている疑問に応える」くらいのことはやらなければダメだろう。例えば、分裂していることはネガティブ情報だから書きたくない、としても、
育成組が会社を作った時点で分裂は確定している訳で、その段階で実は分裂したと書くとか。それ以上の中傷合戦は書きたくない、という方向は(支持しない人も出るだろうが)、それはそれできちんと説明すれば、理解はして貰えると思う。Racing ISESAKI Clubはその点ですらしなかったことは間違いない事実。ファンサイトに頼ってきたつもりなのかもしれないが、それでは公式を作った意味が全くないし、そんなことを頼まれても困る(笑)
ここまで延々と超長文を何回も書いたんだから中に入って活動すればいいのではという人が公式側やファンサイト、アンチの人からも出てきそうだが、残念ながら私には本業があり、100%それは不可能である。したがって、以前のとおり、必要があれば助言はしますよ、という位の立場でしかいられない。また、以前書いていたとおり、本来こういう運動はその中でもやはり地元の方が動かす形にするのが望ましいと考えているので、私のような余所者は一歩引いて活動を見守る、そういうのが今のスタンスである。勿論、そもそもどういう枠組みになるかも知らないし、また、やる気満々と思われるヨハンソンさん他からどんな説得が来るのかもわからないので、その結果によっては変わるかもしれないが。

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